去年と今年は、日本に出張が多いので日本でも道路の交通標識や案内標識を中心にいろいろ写真を撮ってきています。ドイツの標識の例と比べると、わかってきたことがあるので、何回かに分けて書いてみようと思います。
まず、欧文サンセリフ体のデザインの基本について説明します。これは全く同じ太さの縦線と横線でつくった T。

縦線が細く見えて、なんか落ち着きません。横線と縦線とを数値的にまったく同じ太さにしても、目の錯覚のせいで縦が細く見えてしまうんです。
なので、縦線のほうをちょっと太くすると落ち着きます。これは代表的なサンセリフ書体 Neue Helvetica Bold
。
たいていのサンセリフ体と同じく、そういう調整がちゃんとされています。
逆に、縦線をさらに細くした場合は、支えきれないような感じに見えてしまいます。
仮に、「あえて縦線が細いという新しいコンセプトのサンセリフ体」とかいって、そのTをベースにこんなのをつくったとしたら…
実際はこれは Neue Helvetica Bold を左右方向に思いきり縮めたものですが、落ち着かないという感覚的なことだけではなく、機能的にも良くない。標識など公共サインは、斜めから見られることも多いわけですが、ただでさえ細い縦線を斜めから見たら、もっと細く見えてしまいます。こんな縦画の細い書体が最初からあったとして、少なくともこれで長めの単語や文章は組めない、と判断されるのが普通だと思います。まして公共サインの書体として選ばれることはないでしょう。
でも、東京で見つけた英文のサインは、そんな変なバランスのものが多い。決められた幅に長い名前を入れようと左右を縮めて無理矢理押し込めている。これをやっちゃうと、縦線が極端に細くなる。結果として、真っ正面から読んでも読みにくいです。


狭くなったうえに、文字と文字との間がリズム感を無視して詰められているのもあります。これは JR 渋谷駅付近で。

Helvetica のようなポピュラーな書体は、バリエーションが豊富です。狭い場所に収める場合を考えて、書体ファミリーの中にコンデンス体(字幅が狭いバージョン)も持っていることが多いです。
これはそういう書体の一つ、 Neue Helvetica Bold Condensed。縦線は横線より太くつくる、という原則をきっちり守っているので、字の幅が狭くなっても落ち着いて読むことができます。

さらに注意深く見ると、O は少し四隅を張って小判型になるように調整されています。コンパクトにしながらも真ん中のアキを大きめに見せてバランスをとったわけです。単に幅を縮めただけじゃない。幅の限られた場所でもしっかり読めるように、デザイナーの知恵と工夫がこの狭いデザインの中に詰め込まれているんです。
ここであげた東京の例は、いずれもそういう書体を使わないで左右を縮めているだけ。読みにくいし、いかにも「とりあえずつくった適当な間に合わせ」感が出て安っぽくなります。狭い場所にふさわしい書体を選んで使えば、英語の情報が頼りの人たちも助かるのに。そんなことを考えてしまいます。