ゴールデンラッキー

 東京での暮らしも今週いっぱい。来週からヘンな看板のエルドラドである大阪に拠点を移し、このブログをよりいっそう面白くしていきたい所存なり。

 そんなおり、イラストレーターのふんころがし女史が、新宿ゴールデン街に連れていってくださった。

 僕は東京に来て10年になる。この間に東京の繁華街、歓楽街はほぼ踏破したつもりだった。が、最後の牙城たる新宿ゴールデン街で飲んだのは、この日が初めてだった。戦後の闇市から始まり、いまなお往時の面影を遺すあの奇跡の飲み屋街に、ついに足を踏み入れてしまった。

 新宿ゴールデン街の最寄り駅は東京メトロ丸ノ内線、都営新宿線『新宿三丁目』駅。花園稲荷神社の裏手にあり、歌舞伎町とはまた一線を画した他を寄せつけないムードが漂う。10人も入れば満員札止めになる小体なカウンターバーの一大密集地帯。その数なんと約170軒! 最盛期は200軒を越えたというから、もはや飲み屋の独立国家、黄金の自治区だ。

 この街には、ずっと憧れがあった。憧憬、いや畏敬といったほうがいい。「憧れはあるんだけど、近寄りがたい」、そんな感じ。

 田中小実昌がいつも酔っ払って寝ていたり、荒木経惟の奥さんがやってた店にいつも赤塚不二夫一派がいて大騒ぎしていたり、内藤陳の店にはミステリー小説が天井まで堆く積まれていたり、そこでバーテンしてたのが馳星周だったり、森田芳光が「ゴールデン街で映画論を闘わせた最後の世代」と語ったり、俵万智もどっかの店で働いてたりと、雑誌や本を読むにつけ見るにつけ、いやでもこの街の名が目に飛び込んでくる。
 実際一時期の文芸誌や日本映画、マスコミは、この街を司令塔にしてまわっていたといって大袈裟ではない。

 ならばもっと早く自分も行けばよかったんだが、ずっと気後れしたままだった。「酔客からいきなり文芸論を吹っ掛けられたらどうしよう」「いったいお金は幾ら用意すればいいんだろう」(バブル崩壊期以前には、実際にぼったくりバーもあったらしい)。

 それになにより客のほぼすべてがマスターやママの知人脈で成り立っている招待制のソーシャル飲み屋ワーキングな場所ゆえ、まったくの一見がいきなり店に飛び込んでいいのか迷ったていたのだ。

 ふんころがし女史からご招待を受け、10年目にしてやっとこの街にログインできたのだが、ある部分は予想通り、ある部分は嬉しい予想外だった。

 木造の建物がびっしりアナーキーに犇めくさまは、まさに思い描いていた闇市ムード。背中がゾクゾクする異世界。しかし値段は(ふんころがしさんにご馳走していただいたので正確な値段は判らないが)、銀座のバーよりは遥かに安い。店側も客側も「全共闘世代が占めてるんじゃないか」という不安も払拭された。世代交代し、若いマスターが独自なカラーを出すポップな店がたくさんあった。

 ……いやぁしかし、あの街の独特すぎる雰囲気を文字にするのは難しい。まさに、

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 『くればわかる

 なのである。ふんころがしさん、貴重な経験をありがとう!(吉村智樹

本日のお題

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今週のお題

名前に『古今東西』の字が入ってる有名人を挙げよう
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by yoshimuratomoki | 2006-10-26 23:12