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illustration by Shu-Thang Grafix |
さよならデーブ
2007年 08月 07日
「すでに身内のような気がしてメールしてしまいました」
という言葉から始まる一通のケータイメールで、ボクは信じられない訃報を受けた。 送り主は、高幡不動アンジュナの藤井さん。 横浜緑園都市ガネーシュのデーブこと石原さんが亡くなったという。 まさか……。 藤井さんのメールはこう締めくくられていた。 「まだ全然デーブがいなくなった気がしないです」。 まさか……。 でも、そのメールには、通夜や告別式を行う斎場の情報がしっかりと書かれてる。 真っ先に思ったのは、最近、コラムを書いた雑誌『小説新潮』のこと。 コラムの中でボクは、石原さんとガネーシュのことについて触れていた。 掲載に関する連絡は編集側でやってくれたため、 ボクがこの件で石原さんと直接話すことはなかった。 緑園都市という街は渋谷区に住むボクにはちょっと遠い印象で、 なかなかお店に足を運べないまま、もう2年も3年も過ぎている。 石原さんはとにかくインド料理に熱い方で、その熱のおかげなのか、 ボクは会わずにいてもその存在を異様なほど身近に感じられていた。 その証拠に 「カレーリーフがね、沖縄で初めて冬を越したんですよ!」 なぁんてキラキラと目を輝かせて話してくれた石原さんの顔を、 もうずいぶん昔のことだというのに今でもハッキリと思い出すことができる。 とはいえ、話もできず、顔も見られないまま、石原さんはいなくなってしまった。 いったい何をしてたんだろう、ボクは……。 告別式の会場には、石原さんと九段下のアジャンタ時代を共に過ごした、 検見川シタールの増田さんがいらっしゃった。 アンジュナの藤井さん、沼袋たんどーるの塚本さんは、 前日の通夜に出席したそうだ。 ほかにも『風来坊のカレー見聞録』で知られる浅野さん、 ガネーシュで修業をした押上スパイスカフェの伊藤さんもいらしてたという。 告別式では埼玉さらじゅの小森さん、仙台チットラの今井さんの電報が読み上げられた。 そう、みんな、今日の昼は店を開け、ランチの営業をしなくちゃいけないのだ。 同志の訃報を受けても告別式に出席する余裕すらない。 お客さんのためにお店を営むということって、それだけ酷な仕事なんだろう。 お坊さんのお経はさっぱり意味のわからないものだったけれど、 唯一聞き取れた内容があった。 「石原幸雄、1954年1月生まれ、享年53歳」。 ありきたりな言い方をすれば、早すぎる死ということになる。 哀しい気持ちと同時に、不謹慎にもこんなことが頭の中を駆け巡った。 1954年1月に生まれ、53歳まで生きた石原さん。 1974年1月に生まれ、33歳を生きる自分。 ボクはこれからの20年でいったい何ができるんだろうか? お経が終わるまでの間、自問自答をくりかえす。 石原さんの奥さんがボクを見つけ、わざわざ挨拶をしてくれた。 皮肉にも『小説新潮』が石原さんを最後に取り上げたメディアとなったそうだ。 「病室で読んでました。嬉しそうに看護婦さんにも自慢したりして……」。 涙が溢れ出そうになったけど、ぐっとこらえた。 何も言葉が見つからない。 告別式が終わり、藤井さんにお知らせをいただいたことへのお礼をメールすると、 その返事にこんな言葉があった。 「デーブがもういないなんて、悔しくて悔しくてしかたがありません」。 人が死ぬのは哀しいことだとはわかっていたけれど、 本当に慕っていた人がいなくなることは、哀しいよりも悔しいことなんだ。 日本のインド料理界はとてつもなく大きな財産を失った、と本気で思う。 ぽっかり空いた穴を埋めることは誰にもできないけれど、 ボクはこれから先、真剣にインド料理に取り組んでいこうと思う。 身勝手ではあるけれど、そうすることで、 少しでも石原さんの遺志をボクなりに受け継いでいけるのかもしれない。 告別式から1週間ほど経って、ガネーシュを訪れた。 ランチのノンベジタリアンセットに単品でラッサムスープを頼む。 窓際のカウンター席、午前中の強い陽の光に照らされたテーブルの上で、 ガネーシュのカレーはとっても美しく、そして、しみじみとうまかった。 やっぱ、カレーって、いいなぁ。 石原さん、本当に、本当に、ありがとうございました。 (水野)
by tokyocurry
| 2007-08-07 02:25
| *水野仁輔の「プラスカレー」
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Comments(9)
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セントアイビス
at 2007-08-07 09:52
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水野さんにも石原さんにもお会いしたことはありませんが、本日の写真をみて、人とのつながりについて、ぐっと感じるものがありました。
今年の夏には 河合隼雄さんや 小田実さんの訃報もあり、どちらもお会いしたこともない遠い方ですが、追悼番組などから、自分なりにも 残された言葉をしっかりと胸に刻んで生きて行かないといけないなあと感じました。遠い遠い存在のかたでさえ 訃報が胸に刺さるので、水野さんには、このたびは本当につらい夏となられたのではないかと、心中お察しします。 先日、神様カレーを読ませていただきました。 親として、自分の子供と夫に料理する心構えを見直しました。 料理は心といわれますが、ほんとに、味の決め手は心配りのような気がします。今後もこのような著書、活動を通じて、家庭の食卓の味の向上のきっかけともなり続けてくださいね。 追悼文、ありがとうございました。
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キティ
at 2007-08-07 15:51
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若くしてなくなられたのですね。ほんとうに残念です。ご冥福をお祈りします。
この日記を拝見しながら、人の縁の不思議について考えました。 最後のメディアになったという記事、残念ながら私は拝見できませんでしたが 病床で読んで嬉しそうにしていらっしゃる様子が目に浮かびました。 最後のラブレター、ちゃんとご本人に届けることができて、ほんとうによかったですね p.s.今日、mama's cafe見ました!
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しんどー
at 2007-08-07 17:05
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いまし
at 2007-08-07 22:45
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ショックです。
石原さんがおっしゃっていた、「つぼ」カレー、ついに食べ損ないました。 でも、魂の本来あるべき姿に戻った訳で、 そういう意味ではとてもおめでたいことだと思います。 インドにかえられたのでしょう。
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ちも
at 2007-08-08 00:03
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水野さん初めまして、
石原さんの訃報に思わず書き込みしてしまいました。 緑園にはよく用事で通っていたので、ガネーシャに立ち寄るのが楽しみでした。 インド料理とワインの相性の良さを熱く語り、 キラキラとしたお顔でインド料理を語って頂いたのが印象的で 独りで行っても楽しい食事が出来るお店でした。 dancyuに載った時も嬉しそうに見せて下さいました。 5?6月だったか忘れましたが、この日も楽しくお話したのが最後でした。 本当に残念です。 ガネーシャ、ソックリの石原さんのご冥福をお祈りします。 水野さんのこれからもますますのご活躍を応援してます。 有難うございました。
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じゃり
at 2007-08-08 06:04
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水野さんにすごく推されてここのお店に行ったことを思い出しました(私も知人に聞いていたのでびっくりしました)。故人の人格が偲ばれます。ご冥福をお祈りしたいと思います。
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tokyocurry at 2007-08-20 02:13
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ちも
at 2008-04-12 22:18
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今日、葉書が届きました。横浜の金沢区で
4月17日からランチで 26日から本格的に再開するそうです。 また、あのコフタカリーが食べられると思うと嬉しいです 石原さんの魂が生きているカリーを楽しみに出かけたいと思います^-^
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tokyocurry at 2008-04-12 23:47
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