The John's Guerrilla OFFICIAL BLOG 「Seize The Time」
Leo(vo,g)、Ryoji(g)、Kaname(b)、Junichi(ds)

2004年結成、2007年、渋谷を中心に始動。現代のUK、USインディロックシーンや、60's / 70'sの多様なカルチャーやアートからインスパイアされ、独自のデフォルメを加えながら辿り着いたサイケデリックなサウンドアプローチは、都内ライヴハウス、クラブシーンにおいて圧倒的な支持を獲得中。ファッション、アート界をも巻き込み、MySpaceや口コミでFM各局関係者や各メジャーメーカーが殺到。現在盛り上がりをみせている、海外インディロックの影響直撃の若手バンド勢にして最右翼と評されており、メロコア、パンク以外では成し得ていない英詞ロックシーンを確立すべく、2008年6月25日についに初の音源をCRUXレーベルよりリリースした。


RELEASE INFORMATION
The John's Guerrilla
on sale
1st. Double A Side Single
「Shoot the radio/  Shadow disco」

1.Shoot the radio
2.Shadow disco
3.Jewel(LIVE)
※Shoot the radio PV収録
RTC-005 / ¥799(tax in)
詩について 中原中也について
第一章 あいさつ

メンバー更新ブログも1週間無事達成できた。

読んでくれてる皆さま、友人たち、ありがとう!

月曜日は、俺の回だから、

また書きたいことをゆっくり書いていくよ。

前回は、

ボブマーリーについて、書かせてもらった。

今日は、

詩について、中原中也について書こうと思う。



第2章 詩人 

詩人であった中原中也(1907-1937)。

僕は詩人は、当時でいうロックスターみたいなもんだと想像してる。


昔のバンドも無いころ、はたまた、アコースティックギターすら珍しいころ、

音楽は、クラシックが全盛。楽器が必要だったり、教育も必要で、

金持ちの許された特権だったのかもしれない。


それにくらべ、

詩という芸術は、

紙とペンだけで、人々に問いかける、投げつける芸術。


シンプルな勝負。

言葉に託す、自分の命。

そいつは、時を超えて、万人にわたる可能性。

時空も、国も、超える永遠の叡智。

歴史に一番近く、一番早い芸術。


作品は自費出版がほとんど。(どの時代の詩人も)

その瞬間にも、今の音楽と同じように流行なども当然ある。

そのなかで、いかにして、自分があり、何を書き、何を見て、何を詠むか。



これだけ書いても、

今のバンド、音楽、ミュージシャンたちの心境や状況と変わらない気がする。

そして、1960年代にロックスターがたくさん死んでいくのと同じように、

小説家や、詩人たちも皆、自殺や、病によって、命を落としていく。

芥川、谷崎、太宰治、川端、三島、有名どこでもこれだけいる。

そして、

中原中也もまた30歳の若さで命を落とす。


第三章 中原中也の歴史(簡潔にまとめる)




http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/41/Nakahara_Chuya.jpg



凄く簡潔に、彼の歴史を話すと、(今日は詩がメインの為、)



小さいころ弟が死ぬ。はじめて詩をかいた(このとき8歳)

15歳で、友人と詩集をつくってみる。


高校に進学するときに失敗しまくる。


田舎から高校のために上京して、

16歳のころ、恋人が出来て、

同棲する。


ついに進学が決まる。

親友にも出会い、

順風満帆にいくかと思ったら、

恋人を親友にとられる。(18歳)



大学に進学したけど、

長続きするようなタイプでもなく、辞めて、

アンダーグラウンドな集団と、

活動を始める。(音楽楽団)

フランス語にはまる。

専門学校にもいく。

同人詩というスタイルで、作品を発表したりもする。(自費出版オムニバスみたいなもん)(このとき19歳)



語学の大学に進学して(24歳)、

ようやく、出版社から作品がでる。(フランスの詩人アルチュールランボーの和訳作品) 
(今まで、ライブ会場や、ディスクユニオンだけだったのが、タワレコや、ツタヤでCDを発売するみたいなもん)


●ちなみに、このランボーというフランスの詩人は、音楽でいうとセックスピストルズみたいなもんです。いつか彼についても詳しく書きたい。



大学も卒業して、

同人誌も参加しつつ、

遠縁の人と結婚する。(このとき26歳)


翌年には、子供が生まれる。(長男)

最初の詩集作品も完成し発売する。(山羊の歌)(27歳)


今現在もある、(歴程)という詩集の同人誌が作られる。

そろそろ、就職しろってことで、

親戚にNHKの仕事を紹介されるが、

面接の末に、落とされる。

そして、2歳の長男が急死する。(11月)

精神が壊れはじめる。(このとき29歳)

翌年、

入院して、

心療しつつ、引っ越したりするなか、(1-9月)

新しい作品を作り、(在りし日の歌)

親友に託す。

10月に

故郷に帰って、心機一転をはかるが、

結核性脳膜炎を発症し、同22日に死去。1937年。(30歳)


翌年、1月。二男も、亡くなる。

4月 在りし日の歌  刊行される。(メジャー流通)





こうやってみると、なんともいえない人生である。

想像するに、

相当なやんちゃおぼっちゃま。

実際、すさまじく不幸というよりも、


現代では、

もしかした、近所に居るかもしれないくらいの悲壮さだと俺は思ってる。

しかし、悲しみをしっかり、かみしめ、生きるしかできない彼の人生だ。

表現されるために、神様が息子の死などの悲しい試練を与えたのではないかと思えるほど、

詩人としては、無駄がない人生。



酒癖はかなり悪かったらしい。

草食系代表の太宰治を、

けちょんけちょんに、

いじめてたらしいし、

何度も学校をドロップアウトしたり、

仕事を紹介されたのにも関わらず、

面接で落とされたり、

もしかしたら、

今でいうDQN要素すらあったのかもしれない。



写真で見るかぎり、

ハットをかぶってたりと、

かなりオシャレさんだ。


繊細すぎる、

やさしい魂だけは、そのままのロックスターだと思っている。




そして、

詩人は預言者だとも思う。


悲しい詩を書く人間は、悲しい人生を全うしなければならない、

自ら生きる如く詩を書き、

また詩の通りに生きる。

これが、詩人の宿命だと思っている。

いや、アーティスト、芸術家は、皆、作品の描く本質に寄り添って生きなければならないだろう。

そうでなければ、人を感動することの出来る力は、生れやしないはずだ。

それは、生きてるときに評価されるとは限らない。


しかし、本当の生きる力を爆発させながら、人生を全うし、何かを生みだし、意志を持ち、作品を残したならば
きっと届くのであろう。



時空を超えて、まさに見る人、聞く人、の人生を預言されたのかと錯覚するほどの力が、詩が、


現に、2012年の俺の心をつかむ。

僕を支える大好きな詩を検証してみる


第4章 頑是ない歌

死ぬ前に、完成した在りし日の歌(ちなみにこの作品には、亡き児文也の霊に捧ぐと  始まっている。)から



頑是ない歌



思えば遠く来たもんだ
十二の冬のあの夕べ
港の空に鳴り響いた
汽笛の湯気は今いずこ

雲の間に月はいて
それな汽笛を耳にすると
竦然として身をすくめ
月はその時空にいた

それから何年経ったことか
汽笛の湯気を茫然と
眼で追いかなしくなっていた
あの頃の俺はいまいずこ

今では女房子供持ち
思えば遠く来たもんだ
此の先まだまだ何時までか
生きてゆくのであろうけど

生きてゆくのであろうけど
遠く経て来た日や夜の
あんまりこんなにこいしゅうては
なんだか自信が持てないよ

さりとて生きてゆく限り
結局我ン張る僕の性質
と思えばなんだか我ながら
いたわしいよなものですよ

考えてみればそれはまあ
結局我ン張るのだとして
昔恋しい時もあり そして
どうにかやってはゆくのでしょう

考えてみれば簡単だ
畢竟意志の問題だ
なんとかやるより仕方もない
やりさえすればよいのだと

思うけれどもそれもそれ
十二の冬のあの夕べ
港の空に鳴り響いた
汽笛の湯気や今いずこ



第5章 俺なりの詩の読み方


一つ一つ俺なりに感じたところを、難しい詩ではないが、向き合ってみたい。(俺の見解なんで、指摘があれば是非頼む。)



思えば遠く来たもんだ
十二の冬のあの夕べ
港の空に鳴り響いた
汽笛の湯気は今いずこ




思えば遠く来たもんだ  

というのは、場所もあるが、歳月の距離も語っている。この詩の書かれた27歳から29歳のころからみた、12歳の冬との歳月の距離。


十二の冬のあの夕べ
港の空に鳴り響いた
汽笛の湯気は今いずこ

  

生まれ育った港町で
12歳の冬の日が沈むころに、
港の空に鳴っていた汽車の湯気は、今はどこにいってしまったのかと。

みんなが、小さいころや、12さいのころ、
様は、自我が芽生えてきたころ。

なんとなく大人になりはじめて、

漠然と夢や、将来、など考えながらも過ごした、

あのころの、いつもの通学路や、

景色はどこにいったのか?

的なイメージだ。



雲の間に月はいて
それな汽笛を耳にすると
竦然として身をすくめ
月はその時空にいた



またここで、12歳のころの景色に戻って、


雲の間に月はいて


月とは、絶対的なモノである。しかし、天気によって、みえなくなったりする。

それが雲の間にある月という 言葉から

12歳の迷いや、悩みや、答えや、希望、も見えたり、隠れたりする心境をイメージする。


それな汽笛を耳にすると
竦然として身をすくめ
月はその時空にいた


なんとなく、月を見ながらも、未来を考える12歳の少年が、

日々町で聞こえる汽笛の音を耳にする。


汽車とは、自分を遠くに運ぶ象徴だと思える。

少年はどこか、遠くにいきたい、大人になりたいが、

12歳ではまだ無理だ。
まだ世界を知らないし、目覚めたばかり。

まだ来ない未来と現状。迫ってくる汽笛という大人への出発の合図を聞くたびに、

しょんぼりして、体をちいさくする。

しかし、自分がそんな気持ちでも、
月は変わらず、
そこにあり続けている。


月はその時空にいた      この行から

自分の気持ちとは関係なく存在する残酷さと、
不変の持つ、やさしさを
感じとることが出来る。



それから何年経ったことか
汽笛の湯気を茫然と
眼で追いかなしくなっていた
あの頃の俺はいまいずこ



景色は、大人のころに戻る。

この部分はそのままだ。


なにも出来ずにいた、あの頃から何年たったのか、

汽笛の湯気を、

なにも出来ずに、眼で追いかけて、

悲しくなっていた12歳の俺は今どこに?と。

悲しみながら、語ってるわけでもなく、

なんかこう、愛おしく語ってるイメージだ。

今では女房子供持ち
思えば遠く来たもんだ
此の先まだまだ何時までか
生きてゆくのであろうけど

生きてゆくのであろうけど
遠く経て来た日や夜の
あんまりこんなにこいしゅうては
なんだか自信が持てないよ



景色は、大人のまま。

今を語っている。


今、自分にも、子供も嫁もいて、(子供や嫁は大人の象徴だと思える)

あのころ望んだ、大人になった。

きっとこのまま、歳をとって生きていくだろう。

生きていくんだろうけど、

今まで、昔のように思える生きてきた日々や、人生や景色、

夢をかなえるまで、努力してきた日々や、悩んでいた夜が

こんなに恋しいと、

この先、生きていけるか自信がもてないよ、と。

遠く経て来た日や夜の
あんまりこんなにこいしゅうては
なんだか自信が持てないよ



昔の夢を追いかけていた頃が、

恋しいというのは、

目標を達成させてしまった寂しさ、

あんなに、夢を達成することが人生そのものだった。

夢見てた日々が、叶った今、

それでも、変わらず人生は終わらないし、

大人になったこれからも、

目標や夢を持って行きなければならない。

昔の純粋な12歳のころの気持ちや、今までの人生の道を、

おもうと、

もう一回頑張る自信が持てないよと。

そんな解釈だ。


さりとて生きてゆく限り
結局我ン張る僕の性質
と思えばなんだか我ながら
いたわしいよなものですよ

考えてみればそれはまあ
結局我ン張るのだとして
昔恋しい時もあり そして
どうにかやってはゆくのでしょう



こうは言っても、結局がんばる自分の性質。

つまり自殺などは考えないよと、

そんな自分に同情しないではいられないけど、

まあ悩むけども、

それはまあ結局頑張るとして、

こうやって、昔のことが、恋しくて、ノスタルジックになるけども、

どうにかやっていくでしょう。


考えてみれば簡単だ
畢竟意志の問題だ
なんとかやるより仕方もない
やりさえすればよいのだと



考えてみれば、簡単だ

結局、意志の問題だ、やるかやらないのかの問題だ!

やるしかないし、

迷ってるよりも、やればいいんだ、後は結果がついてくる。




本当にシンプルな、問いと、

意志がすべて、や、結局がんばるというありきたりな真実の自分への答え。

しかし、カラ元気や、悲しみや、疲れ、が詩からは漂ってる感じがする。


そして最後の句につながる。



思うけれどもそれもそれ
十二の冬のあの夕べ
港の空に鳴り響いた
汽笛の湯気や今いずこ


考えてみれば、簡単だ

結局、意志の問題だ、やるかやらないのかの問題だ!

やるしかないし、

迷ってるよりも、やればいいんだ、後は結果がついてくる。

そう思うし、そんなのは分ってるんだ、


だけども結局 それもそれだ


生まれ育った港町で

12歳の冬の日が沈むころに、

港の空になっていた汽車の湯気は、今はどこにいってしまったのか


と、第一句に戻って、終わる。

第一句と違うのは、


思えば遠く来たもんだ


と、はじまらない。

冒頭は、ポジティブに肯定しながら、昔を振り返ったのに、



最後は、

思うけれどもそれもそれ

と、今の自分を、否定しながら、

あの頃の純真の自分を恋しんでる印象も持つ。

つまり、

明るく強がって、自分をほめたり、

昔を、振り返ったものの、

結局大丈夫、このさきもなんとかなるよ

と、

励ましてみても、

結局!!!!(この結局というのが、この詩のテーマでもある気がする)

このさき自信を持って生きていくのが大変だと

嘆かずにはいられず、

あの頃の自分を問うてしまう

つい、魂からあふれ出てしまった嘆きや、寂しさを持たせる印象のラストだと思う。






本当に大好きな詩だ。

シンプルでいて、

誰にもわかるような、

傷のような詩。

生の倦怠と虚無感。




最後に

彼ら、詩人から学ぶことは一つ。

芸術と、人生を切り離すな。

常に、自分の人生を詩と共に歩きなさいということだ。

どうか、俺自身も、

よいこと、

わるいこと

きたないこと

きれいなこと

うれしいこと

かなしいこと

きもちいいこと

きもちわるいこ


すべてに誠実に

自分の人生を全うできるようにと、常に祈っています。
by emm_tjg | 2012-02-05 22:16 | Trackback | Comments(0)
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