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Birthday

「ナイアガラ(の滝を見)に行くのは、いつ?」

というメールが入ったのが、昨日の午前中。

全てのサマースクールが終わって、

高校に本入学するまで、私とボストンで過ごすことになっているので、

その間にナイアガラの滝を見に行くことにしています。

そのスケジュールの問い合わせでしたが、

理由は、今のサマースクールで仲良くなったお友達でボストンに住んでいる子が

何人かいるから、

みんなで会おうということになっている、と。

「それは楽しそうね!」ということで、

すぐにナイアガラへ行く予定を伝えました。

昨日の晩には、どんなお友達だとか、

それぞれどこの高校に行っているかとか、

色々聞くことができ、

息子が自分の力だけで、

それも異国で、

お友達関係を順調に作れていることに

安堵する思いです。

息子との再会の日々が近づき、

どれだけ成長したのか、

いえ、私と会えば、またあっという間に

私への「依存体質」が戻るのか、

どちらでも母はいいと思っています。

今日は、息子の誕生日。

15年前、外は台風一過の35度の猛暑だったけれど、

私はクーラーのきいた病院で、

息子と初対面しました。

予定より3週間も早く出産することになって、

直前はかなりお腹が苦しく、

早く産んでしまいたいと思っていたものの、

いざ、出産を終え、

ぺったんこになった自分のお腹を触ってみると、

私の元から離れたことに、なぜだかちょっとだけ寂しくなったことを

覚えています。

母親は、大変、大変と思いながら子育てをし、

早く手がかからなくならないかなと思いながら、

でも大きくなれば、それはそれでちょっと寂しくなって、

本当に勝手です。

でも、いつも、どこにいても、

誰よりも我が子を案じ、

元気でいること、幸せでいて欲しいと思う気持ちは、

恐らく私の命がある限り、

変わらないと思っています。

「お誕生日おめでとう」

バースデーコールが、無事できることを祈って。

そうそう、

先月、息子が今いるバーモントへ行ったときに発見した不思議な飲物。
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「こんぶちゃ」って書いてあるけど、

昆布茶の味は全然しませんでした!

引退撤回

もうお弁当は一生作らない、と”引退宣言”したはずだったのに、
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訳あって、社食が使えないからと、この間からお弁当を切望していた夫。

頑なに拒否をしていたけれど、たまたま、昨日の夕食の残りが結構あったので、

今日は約40日ぶりにお弁当を作りました。

「おかずカップ」とか、もう、上の方の棚にしまっていたけれど、

それも引っ張り出してきて。

まあ、社食の代わりに毎日コンビニ弁当では、それも体にどうかと思うので。

でもやはり毎日は負担。気が向いたときだけにしてもらいたいと思っています。

私も忙しいし!

とりあえず、朝食代わりの「グリーンスムージー」は毎朝手作りで、と思っています。
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私も健康でいたいしね。

また、9日ぶり

相変わらず、なかなか息子と連絡が取れず、

セッションとセッションの間の週末に一時的に戻ってきたスマホで色々な話が出来てから、

またもや9日ぶりに電話で話せたのが、24日の夜。

新しいルームメイトは、ニューヨークに住む15歳の高校生であること、

ここのサマースクールの目玉アクティビティである「Farm」は

思ったより「普通」だったこと、

元々はスポーツアクティビティのメニューではなかったけれど、

仲良しのAndresと一緒にディレクターに頼み込んでスポーツアクティビティに取り入れてもらったものがあること、

コンピューターラボのパソコンでもメールを日本語で打てるようになったこと

などなど、

一人で、時にはお友達と一緒に、

色々と試行錯誤しながら過ごす日々を想像し、

何もかも、私に依存していると思った息子が、

こんなにも「自立」して異国で過ごすことができていて、

やはり、母としては、

本当に嬉しいと、

素直にそう思います。

電話で話してから3日後のメールには

「あと1週間なのが淋しい」

と・・・。

今、参加しているサマースクールはあと1週間で終わります。

それがさみしいと思えるほど、楽しんでいると思うと、

たった一人の日本人で、本当によくここまで頑張った、と

涙が出る思いです。

さて、相変わらず、写真がないので、

息子が頑張っている間、

私が取材で行った場所をご紹介。



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岐阜県瑞浪市にある、明智光秀像。

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瑞浪超深地層研究所(核廃棄物の地層処分を行うにあたっての地下500メートルの研究施設)
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未来のエネルギー、核融合科学研究所@岐阜県土岐市。

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名古屋市内の幹線道路下を通る送電線。

詳報はまた後日。

大変有意義な地方取材でした。

息子も母も、それぞれ頑張って、

そして来月の再会を楽しみにしたいと思います。
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3週間ぶりの我が子の顔

もうあまり嬉しくないとはいえ、迎えてしまった先週金曜日の誕生日。

朝、起きてしばらくすると、珍しく息子から日本語でメールが届きました。

「一時的にデバイスが戻ってきたよ。携帯は充電中だけど」

スマホ、PCとも本部に預けてサマースクールに参加している息子との連絡方法は、

寮の呼び出し国際電話と手紙と、コンピューターラボにあるPCでのメールのやり取りだけで、

セッション1が始まって3週間、電話で話せたのは2回、メールの返事が来たのは3回、

それも息子のメールは英語なので、必然的に「簡潔」なものとなっていました。

セッションとセッションの間の週末はもしかしたら

スマホを返してもらえるかも・・・とちょっとだけ期待をしていたら、

実際にはセッション1の終了前日の夜に戻してもらえたようでした。

セッション1で終わるお友達との連絡先交換のためかなと思いますが、

それで自分のPCからメールを送ることができ、日本語だったわけです。

そして、その晩、

「ママ、お誕生日おめでとう。これからFinal Performanceの練習があるから。」

と、

ほんの10秒くらいの会話でしたが、電話ひとつ、難儀を極めていた三週間だったので、

まさかの誕生日コールは、何よりのプレゼントでした。

翌日の朝には、このサマースクールで初めての写真が送られてきて、

三週間ぶりに息子の顔を見ました。

いつものようにスタンプで顔を隠しては意味がないので、ブログに貼り付けるのをやめましたが、

満面の笑顔、ルールメイトや仲の良いお友達との、本当に楽しそうな表情。

この三週間、どんな思いを重ねて乗り越えてきたのだろうかという息子の努力を垣間見た気がして、

この三週間、連絡もままならず、ひたすら「うまくいってる」と念じるように信じるしかなかった自分自身の緊張の糸も解けるようで、

やっとホッできました。

息子の表情が見せられないので、代わりに、一番仲の良いお友達の写真を貼り付けます。
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彼は、この6月に高校を卒業して、来年4月から日本の大学にくるそうです。

そのため、日本語勉強中ということもあり、いい相手になっているようでした。

大学も、我が家とは至近距離なので、来日の折には、私も出来る限りのことをしてあげようと思います。

再び、スマホと ”さよなら” しなければならない2時間前には

この彼とも話すことができ、見かけより(?)可愛らしい声の子で、

とっても愛しくなりました。

SIT(Staff in tranning)として息子を助けてくれていることにもお礼をいい、

日本で待っているね、と言って彼との会話を終えました。

ここでのサマースクールも、後半のSession2に入りました。

また連絡が不自由になりますが、私もこの状況にだいぶ慣れたので、もう少し楽に乗り切れそうです。
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さて、また、息子の元へ送る荷物づくりです!



準備

帰国したばかりだけど、

再渡米の準備。
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日本の運転免許も、今年が更新時期だったので、

ついでだから一緒に。

出来る時に出来ることしておかないと。

息子を旅立たせた母の心境

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ちょうど2週間・・・

異国の地での孤軍奮闘が始まった息子。

一人でアメリカで頑張り始めてちょうど2週間が経ちました。

「いずれ、海外へ」と漠然と考えていた息子の進路が、

明確に、そして急展開を見せたのは、わずか10ヶ月前のことでした。

そう、一年前の今ごろは、まだ「いずれ」だったのに、

今、もう、息子は、家族とも離れ、友達とも離れ、文化も習慣も違う国で、

たった一人、頑張っています。
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私にとっても、「いずれ」という思いと、「いずれ行くならできるだけ早い方がいい」という思いの中で、その頃合いはいつなのか悩んでいました。

その期間も、一年なのか、二年なのか、大学はどうするのかなど、「絶対これ」という唯一の答えなどないことは承知の上、ただ、決めるとすれば、息子自身が「行きたい」と思った時が、ベストのタイミングだろうとは考えていました。それも漠然と・・・。

「来年からアメリカの高校に行く」

息子の決意と共に始まった準備。
「無我夢中」とはまさにこのことを言うのだろうという10か月を経て、

先月末から、息子はアメリカで過ごしています。

参加したサマースクールがとても厳しくて、

スマホもパソコンも本部に預けなくてはならず、

6週間、連絡方法は国際電話か手紙という、

今どきにしては珍しいアナログの生活。
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サイトなどで様子を見ることもできず、

大事な大事な一人息子だというのに!

私が帰国して、9日目にやっと声を聞くことが出来ました。

「便りのないのは良い便り」と思っても、心から、そんなふうには思えません。

言葉もまだ不自由なのに、しかも日本人が一人で大丈夫なのか、

衣類は足りているのか(寒さや暑さに対応できているか)、風邪は引いていないか、食事は、飲物は・・・

ムシに刺されて腫れたりしていないか、鼻血はでていないか・・・などなど、

もうきりがないほど心配しました。

でも、9日ぶりに聞いた声は、とても元気そうで、「何か苦しいことはない?」
と聞いたら、「コミュニケーションがまだね・・」といいつつ、

「でも楽しいよ。アクティビティも楽しいし、みんな優しいし」

「頑張れそう?」

「うん、頑張れそう。あ、日本食と日本のお菓子がなくなりそうだから、送って。あとお箸も。それと、Beethovenとドゥビッシーと、ショパンと・・・」と必要なものをあれこれ私に「指示」し、

元気な声で電話を切りました。

緊張でこわばった顔で私と別れて、

日本への連絡も不自由で、英語も十分に話せなくて、

ツライ思いをしているだろうな・・と思っていましたが、

(もちろん、ツライことはいっぱいあると思いますが)

子供の順応力には驚くばかりです。

あのまま日本にいても、それなりの進路を歩んだろうと、今でも思います。

一方、一人息子で、目が行き届いてしまうことにも不安があり、

この先、この子に必要なことは、私と離れること、自分の力で乗り越えていくこと

と思いながら子育てをしていたことも事実です。

「一人っ子なのに、よく手放した」と言われますが、

「一人っ子だからこそ」母子分離は早い方がいいと、私は思っています。
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ただ、誰でも、どの家庭でも同じようにすればよいかといえば、そうも思いません。

わずか14歳で、最愛の息子と離れる決意が出来たのは、
・息子自身が決意したこと
・当然、この先の目標は変わるかもしれないけれど、少なくとも今の時点での息子の将来の目標を考えると、なかなか日本では十分な環境がなく、海外へ行った方がよい、それならできるだけ早い方がいい

というのが、理由であったと思っています。

何より、本人が自分の将来の、自分の人生のために決意しないことには

どれだけ周囲が無理強いしても、どうにもならないと、私は思うのです。

親ができることは、自分自身の将来像を描ける子供に育てる事であろうと思います。

もちろん、それは母親一人ではできません。私も色々な人の力を借りて、

母親ではできないこと、気づかないことを、たくさん息子に与えていただきました。

黙っていても子供は育つかもしれませんが、

意識をすれば、意識をした分も育つ、と私は思っています。


さて、息子を送って帰国した翌日から、

私も新しい職務が始まりました。
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三井住友建設株式会社の社外取締役に選任いただき、

最年少、紅一点の取締役として、非常にやりがいのある職務を与えていただいています。

これまでの仕事ももちろん続けますので、

二足?三足?四足?・・・の草鞋、

息子にとっても、私にとっても、新しいスタートとなりました。

もちろん、夫にとってもですね。

「老」?夫婦の生活が、こんなに早くにくるとは思わなかったのですが、

結婚20周年の節目も何とか通過できたので、

息子も夫も私も、それぞれが、自分の人生を満喫できるよう、
お互いの力を借りながら、がんばっていきたいと思っています。
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細川珠生 ブログ


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