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カテゴリ:金属活字( 14 )
合字だけじゃない、職人技(の解説編)

二つ前の記事「合字だけじゃない、職人技」について、きのう Wiesbaden の町でちょうどぴったりの例を見つけたので、その例といっしょに詳しく解説します。

Wiesbaden の町で歴史的建造物の説明会にいってきました。説明会の集合時間が朝早いので、前日から泊まりがけで。きのうの夕食後、5月の記事「Wiesbaden の文字」に出てきたベッカーブルンネンという建物をまた通りかかりました。

前回は遠くからしか見ていなかったので気づきませんでしたが、この写真右下の窓の部分をよく見ると、ガラスの部分にブラックレターで文章が書かれていました。

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ここに湧き出る温泉の説明です。

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一部分を拡大したのが下の写真。

この3行のなかで1行目の erwähnt に出てくる e は広め、2行目 Goldgasse の最後の e も同じく広めです。このガラス一枚に収めるさいに、1行目2行目の単語が短いので t や e を右に伸ばして空間を埋めようとしていますが、3行目 Brauchwasser の最後から2番目の e は狭めに書いています。そうしないとこの単語が収まりきらないからです。もちろん e だけでなく他の字も微妙に狭くして全体のバランスを取りながら書いています。いわゆる「長い s」だけは、なにせほぼ縦棒一本なので幅の変えようがありません。他の部分でカバーするわけです。

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行末のこうした調整の難しさは、一度カリグラフィをやったことがある人からわかるはず。ぴったり揃うように、あるいはデコボコにするなら行末の形が理想的なデコボコに収まるように何度か試し書きをしながら調節します。ところが金属活字の場合は、手先で調節して字の幅を変えるわけにはいきません。使えるのは出来合いの字だけ。それらを駆使して、なるべく各行末のデコボコが目立たなくなるようにします。

この金属活字 Wilhelm Klingspor Gotisch を使った嘉瑞工房の組版、3行目で狭い e を使っています。e はドイツ語でも英語でも頻出する文字なので、それを狭いものに取り替えるだけで文章一行の長さがだいぶ違ってきます。

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この活字は、特殊な文字をたくさん持っていて、たいていの大文字は幅の広いのと狭いのと2種類あり、小文字にも幅の違う字や合字があって、使い方には一定の決まりがあります。

高岡さんの組版は、そのたくさんの種類の使い方が頭に入っていて、まるで活字をペン先のように調整しながら組んでいることになります。ドイツの看板職人がガラスに書いたのと同じ事を活字でしているわけです。だから冷たくない。見ていて安心するのです。

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by type_director | 2018-06-01 04:10 | 金属活字 | Comments(0)
目に見えない部分にも語らせる職人技
金属活字の作り手のいろんな工夫と、それをちゃんと活かして使う職人の話、3つめ。この嘉瑞工房のカード、良い意味でネタ満載なんです。
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これまではインキの乗った、黒く印刷される部分を見てきました。ここで、とうとう「印刷しない」部分の話までしちゃいます。

英国で鋳込まれた金属活字 Caslon で刷ったカード、なんとなく、普段見慣れている文章のリズムと違う気がする。なんだか、ぱらぱらしているような…。そう、嘉瑞工房のカードは、単語と疑問符との間を少し開けている。しかもこのカードだけ意図的に。
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うまいなー。これ、カスロンが活字をつくっていた18世紀によく行われた組み方です。当時(18世紀)の Caslon の活字見本を見ると、ほら。
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実際、このカードを見せてもらったとき、嘉瑞工房の高岡さんにこっそり「スペース空けたでしょ」ときいたら、それをわかってくれたか、と喜んでた。

合字をきちんと使う、まあそれは職人として普通にやるでしょう。しかし、スペースでこういう演出までするか。

カード一枚でも、わかる人と話をするのに十分なネタがつまっています。










by type_director | 2018-05-19 02:50 | 金属活字 | Comments(2)
合字だけじゃない、職人技
こないだ引っ張り出してきた、嘉瑞工房の組版・印刷によるカードの話の続き。

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これは Wilhelm Klingspor Gotisch(ヴィルヘルム・クリングシュポール・ゴーティッシュ)で刷られたカード。ドイツ語で、合字の出てくる頻度がすごい。

金属活字で、ドイツでつくられたブラックレター書体には、かなりたくさんの種類の合字がありました。
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1行目で st 合字(s は「long s」です)が2回、ft 合字が1回、そして一行目の終わりが es の合字です。2行目も st 合字、ft 合字、 st 合字の順に出てくる。

そして3行目、細かい技を使ってます。2種類ある小文字の e のうち、1行目と2行目には幅の広い方を使い、文字の量の多い3行目には狭い e を使っています。これによって、何行かある文章の行末のデコボコを目立たなくおさえているわけです。







by type_director | 2018-05-18 07:46 | 金属活字 | Comments(0)
フランスのエスプリを味わう

きょう、町で開かれていたフランス食品市場に行ってきました。

フランスのブルターニュ地方から出店していた焼き菓子を買って、その場で食べました。

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会場のポスターは、くだけたカリグラフィというかレタリングというか、今風な感じのフォント。
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そういえば嘉瑞工房の組版・印刷によるカードでこういうのがあったな。これを取り出して眺めていたら、フランスをしっかり味わった気分になりました。

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嘉瑞工房の印刷物には、ヨーロッパのエスプリみたいなものがある。ちょっと前に、ドイツでまだ活版印刷機を毎日稼働させている博物館を訪ねたときに、そこで働いているベテランの組版工だった人や印刷の職人さんにや嘉瑞工房の印刷物を持って行ったら、組版のレベルや品質にビックリされた。自分が褒められているようでちょっと嬉しかったものです。

嘉瑞工房の組版は、きちんと合字を使います。わかりやすいように拡大します。この2行目、Excoffon (エクスコフォン)というこの書体のデザイナーの名前に、2つの f が1本の活字に鋳込まれた ff 合字が使われています。

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2つの f がそれぞれ違う形をしていて、合字のなかでも流れるような動きを出しています。前後の o と ff の合字もうまく連続して見えるのは、この活字のデザインのうまさです。ff 合字の右下に次の文字への導入部があるので、それで ffo がうまくつながっているように見えるわけです。同じ線が、次の行の単独の f にも入っているのでよくわかります。

そして印刷は、あの葉書大の印刷物をこれだけ拡大しても凹みらしい凹みがない。いわゆる「キッス・インプレッション」で、ぐいぐい紙に押しつけすぎないんです。これが良質の活版印刷印刷の証です。

合字の使い方も印刷の具合も、何気ないようでベテランの組版工や印刷工にしっかり見られていると思うんです。そういう目の肥えた人たちに手渡して恥ずかしくない印刷物です。






by type_director | 2018-05-12 20:27 | 金属活字 | Comments(0)
サンタさん=ニコラウスさん
ドイツではサンタさんは12月6日に来ます。サンタさんはドイツでは「サンタクロース」ではなく、「ニコラウス」です。

Monotype 日本の Facebook 記事に、指揮者 Nikolaus Harnoncourt(ニコラウス・アーノンクール)さんの話を書きました。先週まで出張で行っていた東京のCDショップで通りかかったこのアーノンクールさんの指揮によるモーツァルトのCD、私の書体 Clifford の使用例として買いました。前に彼の指揮によるブラームスのCDを図書館で借りてきて聴いたくらいで詳しくはないんですが、今年亡くなったことは知っていたので記念にと思って。
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そのあとアーノンクールさんのことを調べたら、きょう12月6日が誕生日と知って、「そうか、あれのことか」と思ってクリングシュポール活字鋳造所の出していたカレンダーを引っ張り出してみました。1934年のと35年のを持っています。

やっぱり、どちらのカレンダーも、12月6日のところに「Nikolaus」と書いてある。
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ドイツでは、いまはそんなに厳格ではないと思うけど、昔は子供の名前は生まれた日で決まったらしいです。これはドイツに移ってすぐにドイツ語の先生に聞いた。同じ日でも年によって名前が違うことがあるけれど、特定の日に付けられる名前というのがあるみたいで、たとえばこのカレンダーによれば12月24日なら女は Eva で男は Adam、12月31日なら Sylvester(または Silvester)。

そして Nikolaus Harnoncourt さんは12月6日生まれなので、この名前がつけられたのでしょう。

ちなみに、使われている活字書体は最初の写真は Kleist-Fraktur、そのあとの2枚はどちらも Wilhelm Klingspor Gotisch。
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(追記)あるウェブサイトによれば、誕生日にキリスト教の使徒の名前をつけてその使徒を守護神にするという意味合いがあるらしいです。もちろん好きな名前を選ぶ人もいて、その割合は増えているらしく、1894年にはカレンダーどおりの名前を付けられた子供の割合は50%、1994年での割合は32%だそうです。















by type_director | 2016-12-06 10:26 | 金属活字 | Comments(5)
ダルムシュタットの博物館
先週、相変わらずお元気なグドルン・ツァップさんを訪問して、そのあと印刷機や鋳造機を動態保存しているダルムシュタットの博物館に行ってきました。昔の印刷機の上にのっかっている取っ手の付いた革製のタンポは、インキをのばすローラー以前の道具、インク・ボール。

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年季の入った活字ケース。中に入っている木活字の種類が一目でわかるようにしてあるらしい。

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ライノタイプ自動鋳造植字機も動かしていました。
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ヘルマン・ツァップさんのつくった書体 Melior の活字ケースも。
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今日はヘルマンさんの誕生日。ご存命だったら98歳でした。












by type_director | 2016-11-08 20:43 | 金属活字 | Comments(0)
「春」という名前の書体
先週は雪が降っていたドイツ、ようやく春になりました。
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ブラックレターというと、黒の面積が多くて文章を組むとずっしりと重みを感じるものが多いですが、この書体はブラックレターには珍しく細身で、春の木々の梢のようなしなやかさを持っています。ルドルフ・コッホの1914年の活字書体「Frühling (春)」です。

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by type_director | 2016-05-05 20:01 | 金属活字 | Comments(2)
珍しい形の Baskerville 補足説明
前の記事で、V や W をライノタイプ用に「右下があまり空かないデザインにしたんでしょう」と書きました。それについてはちょっと説明が必要だと感じたので書きます。

前のブログの本文ページはライノタイプ自動鋳造植字機で組まれたと思われます。ライノタイプ自動鋳造植字機というのはこれです。以下の三枚の写真は『Linotype Instruktionsbuch(ライノタイプ取扱説明書)』からです。
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大人の背よりも高いです。下の方にキーボードが見えます。この前に普通は椅子があり、入力する人は座って作業します。

キーボードで入力した文書データをその場で活字の行単位で鋳込むもので、19世紀終わりに発明されて新聞や雑誌、書籍の組版の効率化を可能にした機械です。でも、その鋳造植字機にはいろんな制約がありました。

詳しい説明は省いて、入力された文章どおりに複数の母型が機械の上から下りてきて、並んで一行に鋳込まれた状態の活字がこれです。活字の母型が一行に並んでから溶けた鉛合金を流し込むので、一本一本バラバラにはなりません。
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その母型というのが、こんな真鍮の板です。この真鍮板の厚みが字の幅になります。W だと厚い板、I だと薄い板になります。図の5番のところ、板の横が凹んだ状態になって、この溝に合金が流し込まれます。
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ここでは上下に字の彫られている部分があり、A の字のレギュラーとボールド2ウェイトの母型をかねています。この対になった母型を使うと、入力している途中でボールドに切り替えることができます。合金が流し込まれる部分は一行なので、レギュラーの文章にボールドの単語が入る場合、その単語の部分だけ母型をレギュラーからボールドの位置にスライドさせて一行を組み、組み上がった後で合金を流し込んで鋳込むわけです。

板の厚みイコール字幅なので、このレギュラーとボールド二種類のウェイトは字幅が共通ということになります。

これがレギュラーとイタリックが対になった母型もあり、それだとイタリックはレギュラーと同じ幅になります。しかも、母型は斜めにならないし隣にはみ出すことができないので、四角の中にむりやりデザインすることになります。これがデザイン的な制約で、Baskerville のレギュラーとイタリックを例にとるとこうなります。字の周り、ここまでがその字の母型の幅だったんだろうと見当を付けて白い線を引きました。
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K のむりやりな感じや、N で右下の空きを埋めようとしているところや、下の写真のイタリックの小文字の f もデザイン的に苦しい。

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これがライノタイプ活字の特徴です。機構の説明はだいぶ省略しましたが、活字のデザインが難しかったことと、イタリック体で右下のアキをなるべく埋めようとしていたことが伝わればいいかなと思います。

でも、ライノタイプだと絶対 V や W がこうなるというわけでなく、右下が空いてもいいから普通の形の V や W が欲しい場合にはそういう母型もありました。さらに、右下が大きく空かなくてすむように、次に来る字を「Va」「Wa」など一つの母型にして用意もしてありました。
by type_director | 2015-08-11 12:10 | 金属活字 | Comments(1)
珍しい形の Baskerville
長男が、学校の図書館から面白い本を借りてきた。初版が1930年代で、これは1946年版。
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書体は Baskerville ですが、イタリック体に、ライノタイプ自動鋳造植字機用に特殊なデザインが施された大文字 W や V などを使っています。
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機構上の制約があって大きく傾く字は苦手なので、右下があまり空かないデザインにしたんでしょう。

ライノタイプのカタログを探したら、同じ書体がありました。
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普通のデザインの大文字 W や V もありますが、長男が借りてきた本では特殊なデザインのほうを使っていたので、なんとなく Baskerville らしくない感じに見えるんです。
by type_director | 2015-07-30 12:57 | 金属活字 | Comments(4)
Helvetica の合字
二つ前に書いた Cefischer さんのことがもっと知りたくなって、彼の自伝『Cefischer errinert sich』を古本で購入しました。1969年発行。届いて初めてわかったんですが、金属活字の Helvetica (ヘルベチカ)で組まれています。

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本文が全部 Helvetica で組まれた本を見るのはちょっと珍しい気がする。カタログやパンフレットならたくさんあるんですが、こういうふうに読み物としての本ではあまりない。

前に、合字について何度か書いてますが、いつもセリフ書体中心だった。たとえば これ これ これ にはサンセリフ書体の合字の写真もある。

これはサンセリフ体 Helvetica でドイツ語の組版。 ch 合字 ck 合字はしっかり使っている。ch、ck がちょっと詰まっているのがわかりますか?
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私の本棚にある活字 Helvetica の見本帳。
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ここでも ch 合字 ck 合字は使われてます。
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金属活字の Helvetica の合字は手元にありませんが、この活字みたいに二つの文字が一本になっているはず。セリフ書体やドイツ文字(ブラックレターともいう)では、つながったデザインでつくられることも多いです。
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今はたいていデジタルフォントの組版になって、ドイツ語でもこういう合字は使わないのが当たり前になっている。だから、こういう ch、ck がちょっと詰まった組版を見ると、少し昔の本だということがわかります。
by type_director | 2015-03-15 12:58 | 金属活字 | Comments(0)