二つ前の記事「合字だけじゃない、職人技」について、きのう Wiesbaden の町でちょうどぴったりの例を見つけたので、その例といっしょに詳しく解説します。
Wiesbaden の町で歴史的建造物の説明会にいってきました。説明会の集合時間が朝早いので、前日から泊まりがけで。きのうの夕食後、5月の記事「Wiesbaden の文字」に出てきたベッカーブルンネンという建物をまた通りかかりました。
前回は遠くからしか見ていなかったので気づきませんでしたが、この写真右下の窓の部分をよく見ると、ガラスの部分にブラックレターで文章が書かれていました。

ここに湧き出る温泉の説明です。

一部分を拡大したのが下の写真。
この3行のなかで1行目の erwähnt に出てくる e は広め、2行目 Goldgasse の最後の e も同じく広めです。このガラス一枚に収めるさいに、1行目2行目の単語が短いので t や e を右に伸ばして空間を埋めようとしていますが、3行目 Brauchwasser の最後から2番目の e は狭めに書いています。そうしないとこの単語が収まりきらないからです。もちろん e だけでなく他の字も微妙に狭くして全体のバランスを取りながら書いています。いわゆる「長い s」だけは、なにせほぼ縦棒一本なので幅の変えようがありません。他の部分でカバーするわけです。

行末のこうした調整の難しさは、一度カリグラフィをやったことがある人からわかるはず。ぴったり揃うように、あるいはデコボコにするなら行末の形が理想的なデコボコに収まるように何度か試し書きをしながら調節します。ところが金属活字の場合は、手先で調節して字の幅を変えるわけにはいきません。使えるのは出来合いの字だけ。それらを駆使して、なるべく各行末のデコボコが目立たなくなるようにします。
この金属活字 Wilhelm Klingspor Gotisch を使った嘉瑞工房の組版、3行目で狭い e を使っています。e はドイツ語でも英語でも頻出する文字なので、それを狭いものに取り替えるだけで文章一行の長さがだいぶ違ってきます。

この活字は、特殊な文字をたくさん持っていて、たいていの大文字は幅の広いのと狭いのと2種類あり、小文字にも幅の違う字や合字があって、使い方には一定の決まりがあります。
高岡さんの組版は、そのたくさんの種類の使い方が頭に入っていて、まるで活字をペン先のように調整しながら組んでいることになります。ドイツの看板職人がガラスに書いたのと同じ事を活字でしているわけです。だから冷たくない。見ていて安心するのです。
