Optima や Palatino などヘルマン・ツァップさんの活字デザインで知られるドイツの活字会社ステンペル鋳造所から1949年に出版された本。アンデルセンの「裸の王様」です。タイトル文字はツァップさん。挿絵も見事です。
500部しか刷っていないそうなので、そう簡単に手に入りません。この装丁をしたツァップさんご自身がこの本をお持ちでないとうかがったので、数年前に手に入ったときにはすぐにツァップさんに差し上げました。そのあとすぐ見つけた別の一冊は、ツァップさんがアキラ持っていろとおっしゃるので手元に取っておき、今年一月にもう一冊見つけたのでまた買ってツァップさんにお渡ししました。
ツァップさんの活字 Gilgengart(ギルゲンガルト)を使った本文組みもすばらしいです。
奥付の部分。ツァップさんの名前が6行目に見えます。
4行目には、「Cefischer」の名前が見えます。この本の挿絵を描いたイラストレーター Cefischer (ツェフィッシャー、本名 Carl Ernst Fischer、1900–1974)さんとツァップさんは、この本以外でも仕事を一緒になさっていて親交もあったそうです。
今年一月に同じ本の二冊目を差し上げたときに、ツァップさんから、もらってばかりじゃ悪いからといってお返しとしてこの本をいただきました。『Reineke Fuchs』(狐のライネケ)、1948年刊。同じくツァップさんによる装丁です。二冊あるうちの一冊をいただきました。
この挿絵の線も活き活きとしています。ツァップさんのイニシャル文字も心地よい緊張感のある見事な線。息がぴったり合っている感じです。
この二冊の本の挿絵を描いた Cefischer さんは1900年3月7日生まれ。1920年代中頃からイラストレーターとして活躍しますが、第二次大戦中の1944年にフランクフルト近くのフルダの駅で空襲にあって、両腕を失います。終戦後の1948年に、それでもイラストレーターとして再び仕事を始めます。ここで見せている挿絵は、口に絵筆をくわえて描いている絵ということになります。
ツァップさんも、戦争を文字通り生き延びた人です。彼の任務は地図を作成することだったので前線で戦ったりしてはいないのですが、1944年1月、フランスでの兵役から休暇で自分の住まいのあるフランクフルト近郊に戻る際、汽車の乗り継ぎに間に合わず、一日遅れでフランクフルトに帰ります。そのおかげで、ツァップさんは1月29日のフランクフルトの空襲を一日違いでまぬがれています。その空襲で、ツァップさんの住まいのあった地区では11人が亡くなっています。私は、ツァップさんがそのとき描いた空襲で瓦礫となった自宅のスケッチを見せていただいたことが何度かあります。
二人が共同でこの素晴らしい本を造り上げたことは、まさに奇跡だと言わなければなりません。