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「元の金属活字に忠実」ということ
セミナーで、こういう質問を受けたことがあります。

「元の金属活字に忠実なデジタル化」というフォントが少なくて、「○○の活字をベースにした」というフォントが多いのはなぜか。

その時は、時間が限られていたので、数百年前の欧文書体に関して言えば、「元の金属活字に忠実な」というだけでもすっごく大変なことだという話をしました。活字そのものが残っていなくて印刷物が参考資料で、その印刷物が刷られたときに間違った活字が混入していて、それをオリジナルと勘違いしてデザインの元としてしまった書体もある、という例を紹介しました。

ちょっと前のこのブログの記事でも、他ならぬカスロンの活字見本に別の書体が混入したりしている例がありましたよね。

金属活字は、ライノタイプやモノタイプなどの自動鋳造植字機が19世紀末に発明されるまでは、使ったら版を崩して活字をケースに戻してまた使ったんです。だから別の字のところに返しちゃったらそれを使って組版されちゃうわけで。ライノタイプやモノタイプの場合は版を壊したら活字はまた溶かして地金に使います。

引き出しの中から、Hoefler Typefoundry (現 Hoefler & Frere-Jones )のフォントのフロッピディスクが出てきました。それでこの記事を書こうと思ったんですが。
「元の金属活字に忠実」ということ_e0175918_16491089.jpg

この Fell (フェル)フォントは、最初のバージョン。私が日本にいた1996年12月に買ったものです。そのころは、「元の金属活字の印刷物をスキャンして忠実にデジタル化した」というふれこみでした。

元の金属活字には含まれていなかった文字や記号は入っていません。買う前にそれについて質問したところへフラーさんから手紙がきて、それによれば「改良(improve)ではなく記録(record)が目的です」とある。

つまり、¥ や $、@ なんか入っていなかった。元の活字がつくられた時代(1690年代)には存在しなかった記号ですから。気を利かして付け足しちゃったら、それは「元の金属活字に忠実」でない。

だからカーニング(特定の文字の組み合わせの調整、たとえば To の間を狭くするなど)機能もこの Fell フォントにはありませんでした。ストイックなまでに「元の金属活字に忠実」が徹底していた。

でも、同じ手紙には、「やっぱり記号をつくり足して、カーニングも備えてバージョンアップしようと思う」とも書いてあった。さすがにこのご時世でアットマークとか無いのはダメだろうと。それが1997年に出た Version 2.0。

ちなみに、当時の書体の値段って高かったなー。請求書も残っているので値段を見ると、その他の二つの書体といっしょの「Historical Allsorts」パッケージで199ドルでした。
(追記:いまの値段も同じ199ドルです)
by type_director | 2010-04-10 09:47 | Comments(0)