どっちかというと、こっちのほうを(1)とすべきでしたが。
コナン・ドイルが一連のシャーロック・ホームズの推理小説のひとつとして書いた『バスカヴィル家の犬』のはじめのほうに、脅迫状みたいなのを分析するところがあったはずだ、と思い出して、うちにある日本語の文庫本を探しました。文庫本は2年前に日本に行ったときに御茶ノ水の美篶堂ギャラリーさんで買ったもので、いまは長男の本棚にあります。
やっぱりそうでした。正確には、バスカヴィル卿あてに届いた警告の手紙でした。
新聞の文字を切り抜いて貼り付け、「沼沢地に近づくなかれ」などとしるされたこの手紙を見たホームズが、もとの新聞が『タイムズ』紙であることをすぐに知り、同紙がインテリ層の読む新聞であることから、教育のある人物が出した手紙であることを推理します。
日本語訳だと「『タイムズ』紙の九ポ活字」と書かれていますが、原作の英文ではこのくだりでは昔の活字サイズの呼び名で「bourgeois」と書いてあったと思う。ロンドンに住んでいたとき、この部分が気になってどう発音するのか調べたことがあるので覚えているんです。調べたところ読み方はたしか「バージョイス」だった。
ドイルがこの小説を書いたのが1901年頃らしいので、当時は『タイムズ』紙は Times Roman では刷っていませんでした。Times Roman で刷られるのは1931年10月になってから。モノタイプ社が Times New Roman と呼んでいるのは、「『タイムズ』紙の新しいローマン体」という意味です。
同じホームズの『バスカヴィル家の犬』の同じ部分を、1930年発行の本 * の中で「S.M.」氏が引用しています。そう、Times Roman の監修をすることになるスタンリー・モリスンです。その中で彼は、活字書体
Baskerville (バスカヴィル)の読みやすさについても触れています。その書体が『タイムズ』紙の新しいローマン体の候補のひとつだったらしいです。
蛇足ですが、小説の中の人はヘンリー・バスカヴィル卿、活字の Baskerville の名前の元になったバーミンガムの印刷屋さんはジョン・バスカヴィルです。別人です。
* 『Printing in the Twentieth Century: a Survey Reprinted from the Special Number of The Times, October 29, 1929』1930年刊。