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「似た」フォントって
こういう質問をいただきました。

「『〜という書体を元にした』や『〜に似た』というフォントを作る場合に、それは著作権の問題等に関係するのでしょうか?」

これも、図を出したほうが分かりやすいので記事として載せます。

まず、「〜に似た」のほうからいきましょう。書体デザインの業界で不思議なのは、文字のデザインをかりにそのまま盗用しても、名前さえ違っていればいちおう法律的には問題ない、ということです。名前は商標登録できるけど、字の形はできないと。(ドイツには書体デザインの登録制度があります)

でも、書体の名前だけすげ替えて売るとか配布するというのは、モラル的にどうなのか、という点で騒がれたり、メーカーからクレームが行ったりしますけどね。ライノタイプ社には、そういう盗用デザインの検索専門の担当者がいます。

ちょっと前に騒がれた(というか多くのデザイナーにすっごく嫌われた)Arial (アリアル)は、ライノタイプのトップセラー書体 Helvetica(ヘルベチカ)のクローンだと言われました。大手ソフトウェア会社が、ライノタイプにライセンス料を払わずに「素人目には Helveticaっぽい書体」をOSに搭載したわけです。実際に重ね合わせると、文字の輪郭そのものは微妙に違っています。でも、字幅がぴったり同じなんです。ここです。書体デザイナーを始め、文字に詳しいデザイナーの多くが「反 Arial」を声高に叫んだのは。

書体のデザインには時間がかかります。大変な忍耐が必要なんです。書体デザインの時間の半分は、字幅の調整に費やされます。文字の輪郭がきれいにできた、というだけでは終わりじゃないんです。それが並んで単語になったときにどうなのか、ということの検証の作業が大事なんです。しかも、ロゴと違って前後に来る文字は単語によって当然変わる。予想される多くの組み合わせをあらかじめ書体デザイナーがテストして、気の遠くなるような回数の字幅の調整をしてから初めて世に出るわけです。その苦労を知っている人、つまりプロフェッショナルから Arial が嫌われるのは、その字幅を Helvetica と全く同じにしてあるからです。

ある書体制作ソフトウェアで見た、 Arial の字幅の数値。クリーム色の細長い枠に「278」とか書いてあるのが字幅の数値です。
「似た」フォントって_e0175918_1541896.jpg

これが Helvetica です。全く同じでしょ?
「似た」フォントって_e0175918_5321553.jpg


こういうふうに、単語を組んでもぴったり同じです。
「似た」フォントって_e0175918_1523321.jpg


でも、法律的にはなんにも問題ない。書体デザインというのは、非常に弱い商売なんです。「こんなビジネスモデルがあるのか」って人に驚かれるくらいです。

「〜という書体を元にした」のほうは、それに比べると多分に独創性の入ってくる余地があります。過去の金属活字の書体をヒントに、というのはこっちの部類です。ただ、昔の書体のコピーをしたんじゃあ意味がない。私は金属活字の書体をヒントにするときに、自分に出す課題があります。

1.その書体を現代に蘇らせる意味があるのか
2.元にした土台の金属活字書体を超えているか
です。2のハードルはかなり高いですよ。でも、超えることができたら、それは「猿真似でなくオリジナルになった」ということです。
by type_director | 2009-07-09 22:09 | Comments(6)
Commented by つみれ at 2009-07-10 10:14
ヘルベチカ展のギャラリートークの時にArialの話が出て「あんまり使わないでおこう」と思っていましたが、このお話を読んでますます使いたくなくなりました・・・。ずるいですね。

小林様のブログは読む側との対話があり、とても理想的なブログだと思います!このようなブログを書いてくださってありがとうございます。

あ、「Mr. Typo and the Lost Letters」配布される事期待しております!
Commented by YOUU at 2009-07-10 10:27
回答を一つの記事にしてくださってありがとうございます!
それにしても「似た」「元にした」は難しいですね。。。
書体にせよ、デザインにせよ。。。

非常に勉強になりました、ありがとうございました。
Commented by kuni at 2009-07-11 16:01
「Arial」が嫌われているという話は聞いたことがありましたが、単純にまねをしたからだと思っていました。きちんと理由も書いてくださったのでよくわかりました。

たのしみ読んでいますのでこれからも続けてください。
Commented by type_director at 2009-07-11 20:56
kuni さん、理由はやっぱり大事ですよね。「なんとなく似ているから」みたいな話じゃないのを知るのとそうでないのとは見方が変わってくると思います。
Commented by A at 2013-08-05 19:41
Arialはtが斜めなのが好みではないですね。
tを他の文字と区別しやすくなっているかと言うとそうではなく
前の文字が小文字だと前の文字を引きつっている感じがして
逆に可読性が落ちているような気がします。
tだけあきらかに他の文字と浮いているのはなぜでしょうかね?

一応、個人的な意見なのでそこらへんご了承ください。
Commented by type_director at 2013-08-21 07:55
A さん、コメントありがとうございます。
Arial は、数字3とか小文字 g とかも、意外な角度の切り口があったりして、拡大するといろいろ発見があります。
『欧文書体のつくり方』
小林章著
Book & Design 刊
欧文書体の第一人者によるフォントとロゴ制作の教科書。美しく読みやすい文字をつくるための基礎知識と考え方を解説。
 
プロフィール

小林 章
欧文書体で120年の歴史を持つライノタイプ社のタイプディレクターとして 2001年よりドイツに在住。同社は 2013 年 3月よりモノタイプ社と改称。主な職務は、書体デザインの制作指揮と品質検査、新書体の企画立案など。有名な書体デザイナーであるヘルマン・ツァップ氏やアドリアン・フルティガー氏と共同で書体制作も行っている。欧米や日本での講演多数、コンテストの審査員もつとめる。
著作:『欧文書体:その背景と使い方』『欧文書体2:定番書体と演出法』『フォントのふしぎ ブランドのロゴはなぜ高そうに見えるのか?』(いずれも美術出版社)『まちモジ:日本の看板文字はなぜ丸ゴシックが多いのか?』(グラフィック社) 『英文サインのデザイン:利用者に伝わりやすい英文表示とは?』(田代眞理氏との共著、BNN 新社) 『欧文書体のつくり方:美しいカーブと心地よい字並びのために』(Book & Design)
 
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