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Feature of the month '06.July

『太陽』 悲劇と孤独に立ち向かう、ひとりの人間として
Feature of the month \'06.July_b0071697_2075862.jpg
 映画の記者発表の時のことだ。集まった記者団を前に、イッセー尾形はこう言ったという。
「この作品を観ていない人とは、同じ土俵に立ちたくない」。
とにかく映画を観て欲しいという強い自信から、彼はこの言葉を口にしたのだろうが、この作品ほど観た人と観ていない人の認識の差が大きい作品もないかもしれない。それは、本作の題材そのものが大きな誤解と混乱を生む危険性をはらんでいるからである。ベルリン国際映画祭で初めて上映され話題を呼んだが、日本での公開は危ぶまれていた。主人公は、昭和天皇ヒロヒトである。物語は第二次世界大戦が終わろうとしていた一九四十五年の八月末から、昭和天皇が人間宣言を伝えるまでの数日間を描いた。戦争映画としてではなく、悲劇と孤独に打ちひしがれる男性の人間ドラマとして完成されている。地下の防空壕でひっそりと暮らす昭和天皇。国民は彼を神の子孫だと言い、侍従も畏れ多いと頭を下げる。夢の中では魚に化けた爆撃機が東京を襲い、町はみるみる焦土に変わってゆく。悪夢にうなされた彼は夜中に目を覚まし、離れて暮らす皇后や皇太子を想いアルバムを開く。幼い皇太子を抱いて微笑む皇后の写真に唇を寄せる彼は、子供のように無邪気で、どこかコミカルでもある。しかしそれは、彼の極度な孤独の上にこそ成り立っているということが圧倒的な静寂の中からひしひしと伝わってくる。キャメラはそれを肯定も否定もせず、淡々と映して出している。「誰も私を愛されていない」とつぶやいた言葉も、宙に浮いたままだ。
 アレクサンドル・ソクーロフ監督は、『モレク神』ではヒトラーを、『牡牛座』ではレーニン扱い、『太陽』は全四部作になるというシリーズの三作目にあたる。このシリーズに関してソクーロフ監督は「私は独裁者の映画を作っているわけではない。他の人々よりも傑出した人物についての映画だ」と語っているが、本作は前二作に比べ、対象物により近い位置で映画が語られていたように思う。権力や使命の前において、その人物が持つ弱さや情熱がどう働き、どう現われていくのかというテーマを、かなり深いところで追い詰めているのだ。いや、ソクーロフ監督は三作目にしてすでに、発明と呼ぶに近い“答え”を見つけたのかもしれない。さまざまな文献や記録を読みあさり、研究し、消化した上での成果ともいえるが、それ以上に、役者の力が大きく影響しているのだろう。イッセー尾形や佐野史郎はもちろんのこと、ほんの数シーンでしかないが、個性的で目をひく役者が何人も登場する。彼らの多くは小劇場で活躍するベテラン俳優だが、お辞儀の速度や汗のかき方にすら感心するほどだ。そして、この映画で一番温かいのは昭和天皇の“あ、そう”という相づちの響きであり、一番冷たく残るのは、無伴奏で鳴り響くチェロの音色である。それはあまりに物悲しく、焼け野原に漂う煙のように、いつまでも心に残っている。(坂本亜里)

監督:アレクサンドル・ソクーロフ
出演:イッセー尾形、桃井かおり、
佐野史郎 ★8/5より銀座シネパトスにて公開

www.taiyo-movie.com
by switch-movie | 2006-07-19 00:05

観ておきたい映画4本 '06.July

『全身と小指』

観ておきたい映画4本 \'06.July_b0071697_205514.jpg兄妹の禁断の愛といえば、近作では『くりいむレモン(山下敦弘監督)』や『僕は妹に恋をする(安藤尋監督)』があるが、本作はそれらが持たない危機感と絶望感に満ちている。救いは西湘バイパスのまっすぐな道と富士の美しい樹海、焼きたてのパンだけだ。妹のみずみずしい肉体は兄との接触で破壊され悲劇を生み、しかし、それと反比例するように彼女は美しさを増すから、この映画はどこまでも切ない。(坂本亜里)

監督:堀江慶 出演:池内博之、福田明子 ★渋谷シネ・アミューズにて公開中




『深海 Blue Cha-Cha』

観ておきたい映画4本 \'06.July_b0071697_2053666.jpg心に病を抱えつつも恋に落ちる女性アユー。他者との距離感がうまく取れず、愛情と失意がぶつかってしまう彼女は、愛情に飢えているにも関わらず、いつもその愛情に裏切られてしまう。二人の男性を悪役にすることなく、映画に出口を与えているのが素晴らしいが、何より彼女を包み込む台湾・高雄の風景と友情に感動する。また、度々見せるアユーの笑みは言葉以上の奥深さを持ち、「深海」の名と重なった。(坂本亜里)

監督:チェン・ウェンタン 出演:ターシー・スー ★8月新宿武蔵野館にて公開




『マッチポイント』

観ておきたい映画4本 \'06.July_b0071697_2054628.jpgウディ・アレン、健在である。ありふれた物語の中に次々と注ぎ込まれるウィットと皮肉。“浮気男の運”というモチーフだけで、120分がここまでスリリングで上質なものになるとは! さらに、スカーレット・ヨハンソンの存在が本作を完璧な成功へ導いている。官能的な肉体とナチュラルな演技。ウディとスカーレットの出会いこそ本作の強運であり、運もウディも甘くみてはいけないということなのだ。(坂本亜里)

出演:ジョナサン・リース・メイヤーズ ★8月恵比寿ガーデンシネマほか全国順次公開





『ハッスル&フロウ』
観ておきたい映画4本 \'06.July_b0071697_2055662.jpg中年にさしかかったメンフィスのハスラー(ポン引き)がラップに夢を託す人生模様。ハスラーライフ、その人生はつくづく苦い。フォークナーの南部文学そのままに舞台となるメンフィスの夏の闇には死とセックス、絶望が横溢している。だからこそ音楽が生まれる訳で、ヒップホップアレルギーのブルース好きやR&B好きには格好の解毒剤になること間違いなし。サウス全盛の現在だからこそ堪能したい一本だ。(青木雄介)

主演:テレンス・ハワード ★8/12よりテアトルタイムズスクエアにてレイトショー
by switch-movie | 2006-07-19 00:00




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