劇場紙風船 TEXT+PHOTO by 河内山シモオヌ

演劇の目で観たスポーツ 2 フレンチオープンテニス

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 さてスポーツも演劇も、世界的に注目を集める大会やチケット完売の人気公演を横目に、もっと関心を持ってもらいたい・客を呼びたいとさまざまなメディアで双方の関係者が言っている。

 自分をアピールするために都合のよさそうな舞台を、決まった見方で観る人たちの言葉や、お気に入りの競技を持ち上げるために、それ以外のスポーツをけなす言葉が、他人を惹きつけないのは当たり前だろう。どちらも結局は、対象をダシに自分語りしているだけだからだ。こういうのは、ネタとして捉えてやっと少し面白くなる。

 スポーツの試合には、勝ち負けがついて回る。どうすればこのスポーツは盛り上がるかという話を専門家がしている時、身近にいる生粋の勝ち負け好きが神妙に聞きつつも、そこにツボはないんだなあという様子でぼんやりしているのを見ると、実に偽りのない反応だと思う。

 私が昨年のフレンチオープンテニスを観戦して感じたこと(前回の記事)は、直接勝ち負けには関係していない。が、それらはATPランキングに大きく反映する・勝ち負けが大前提にある試合だということを、まず選手が自覚して戦っていたから得られたものだ。「スポーツ観戦の楽しさは勝ち負けだけではない」という言葉は、たしかにごもっともだが、その「楽しさ」をもたらしてくれる人たちは、勝敗と堅く結びついている。

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 もちろん試合の勝者は、対戦相手だけに勝つのではないだろう。しかし名選手の立派なエピソードを紹介されても、それがきっかけでスポーツを観ようという気はおきない。これは私の実感だ。
 実験的な公演を除くプロのパフォーマンスの場合、私はポイントを真剣に取りにいくものより、スポーツの表現でいうなら「魅せる」ために真剣になっているもの、そしてそこに生じる共同幻想の質を観に行っている。パフォーマーに、演出家に、振付家に、作品に勝ち負けをつけたい客は自由につけられるが、それは誰に対しても、何の効力もない。賞ですら、それ自体に価値があるかはわからない。これは、スポーツの試合の「勝ち負け」と親和性が低い。

 「厳しい練習に耐えてここ一番で決める選手は、だらけた自分に比べてなんてかっこいいのか」という紋切り型の感動は、演劇の世界でも不滅だ。でもよく考えると「厳しい練習~」は勝負の世界にいる限り続くアスリートの日常なので、試合を観てもそこにしか感動を見出せないのなら、スポーツを観ることはあまりスリリングではなさそうに思えてくる。もっとも言った側も、たまたまOAなどで観た時にそう感じたということであって、選手個人への感動と、競技そのものへの関心とは別だろう。

 ある競技が伝統的に、住んでいる地域や社会の遊びの延長で親しまれてきた歴史、自分もそのスポーツをやっていたことなどは、選手に対する素朴な尊敬を覚えるきっかけになる。しかしテニスをやることにほとんど執着のない私も、試合を観ながら夢中になって拍手を送っていた。「人間の身体は、そんなふうに動かないはず。ボールはそんな軌道で飛ばないはず。今のテニスの趨勢と違うから、そんなプレースタイルの選手はいないはず。もっともらしい、さまざまな「はず」が、ただの自分の思い込みだったと知らされる」のが、楽しくてたまらなかったからだ。
 
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 ナダルのボールと身体が、2000年に同じ場所で観た、クレーコートを得意とするプレーヤーとまるきり違うのは一目瞭然だった。ナダルは今年のフレンチオープンも優勝し二年連続チャンピオンとなり、同時にクレーコートの連勝記録を60にのばした。ボールは昨年より強く速くなり、相手を前後に揺さぶるのはもちろん、多彩になったショットでコートを立体的に使っている。

 アスリートの信じがたい運動現象を、人体力学やスポーツ科学が解明する。やがて、それを超えるスキルを持った選手が現れるというように、選手は進化し、スポーツの科学は鮮やかに変わっていく。新しいもの、隠れている未知のものへの期待がつねに持てる領域だ。
 今まさに、そういう進化の場に立ち会った!─「ああっ」とともに、私がローラン・ギャロスで聴いたもう一つの記憶に残る声、勝者が決まった瞬間の客席の歓声には、こんな興奮が込められていた。それは勝ち負けの決着がついたことを喜んだり、両者を讃えているだけではない、強い驚きを含む声だった。ふだんからスポーツに関心を持って観ていれば、この興奮はより大きくいち早く、自分のものとなるに違いない。

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写真 上から順に
・男子シングルスファイナル 試合開始直前。ナダルの足元の土が乱れている。
 つねにこうやって動き、コイントスが終わるとダダダと左右に走ってポジションにつく
・試合が白熱した時の、地元紙の記者席
・表彰式 準優勝はマリアノ・プエルタ(アルゼンチン)。ジダンの姿も見える
・最寄駅の飾りつけ 右下が電車。コートの赤土を構内に敷いた年もあったそうだ
by kouchiyama-simone | 2006-06-18 16:15




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