劇場紙風船 TEXT+PHOTO by 河内山シモオヌ

プロデューサーズ

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製作年度 2005年
製作国・地域 アメリカ
上映時間 134分
監督 スーザン・ストローマン
脚本 メル・ブルックス 、トーマス・ミーハン
出演 ネイサン・レイン 、マシュー・ブロデリック 、ユマ・サーマン 、
ウィル・フェレル 、ゲイリー・ビーチ


 ブロードウェイでは、酷評された舞台は瞬く間に打ち切りになるという話をよく聞く。でもそんな作品を見逃したら「しまった」と感じるtheatergoerも、少なからずいるのではないだろうか。岩波ホールのエキプ・ド・シネマと映画秘宝のファビュラス・バーカー・ボーイズ両方のメンタリティの持ち主で(1)、「観劇に失敗したくない」「わかりやすい感動を際限なくよこせ」という無理を超越した境地に達した人なれば、やっぱりどういう作品か自分で観て、じっくり考えるというつきあい方を望むのではないかと思う。劇場で観てCDなど持っていたら、もう得意の絶頂かもしれない。

 このように制作者の予想外のところで、短絡的な肯定否定のジャッジを超えて作品が捉えられることは往々にしてある。「プロデューサーズ」も、ブロードウェイの落ち目プロデューサーが必要以上に集めた出資金を横取りするため、鬱屈した毎日を過ごす小心者の会計士を相棒にして、わざわざ打ち切りになるような史上最低の駄作を創ったつもりが、大評判をとってしまうという話だ。オリジナルはメル・ブルックス脚本の1968年の映画。時代を1959年、つまりベトナム戦争直前に設定し直し、ミュージカル化したトニー賞12部門史上最多受賞(2001年)の舞台を、演出・振付担当のスーザン・ストローマンが監督となり映画化したのが本作だ。

 冒頭から、プロデューサーのマックス・ビアリストック(ネイサン・レイン)の元を訪ねた会計士レオ・ブルーム(マシュー・ブロデリック)のヒステリー演技が炸裂する。この強引かつミエミエの爆笑をもたらす導入シーンで、「プロデューサーズ」はこういう描法の作品だと観客へ知らせつつ、ジャブを入れている。往年のMGM作品の影響も見られるが、映画ならではの撮り方をほとんどしていないためか、映像としての評価は芳しくないようだ。

 が、全体的に導入部そのままの親切なつくりになっており、特に憧れだったプロデューサーに成長していくレオの視点とカメラを、さりげなく重ねた構成になっている。
 ショウビズの「深みにはまって」いきつつも、マックスがまだまだというとおり、どっこいレオは生きている。かと思えば「俺こんなとこで死んじゃうのかなあ」という状況に陥る彼らの一見特殊な体験を通し、実は多くの人の生死は、こんなに誇張されこそしないが、似たようなラッキーとあっけなさの間に漂っているのではということを、間接的に語っている(これによって舞台『プロデュース』にあったものは失われた。詳しくは後で書くが、この構成を罪と決めつけるのは性急だと思うのでやめておく)。

 最低の作品を手がけるマックスは、脚本選びの時に見せる知性とセンスから察するに決してぼんくらではない。その彼が拘留中に一人で歌う古典名作の早送りナンバー「Betrayed」を始めとして、新旧舞台のパロディやコンテクストは猛烈な勢いでつめこまれている。とはいえマニア受けの知的遊戯ではなく、たとえばかつては2時間半ぐらいでゆっくり謳われていた「CAN DO」の精神は、スタート後20分で出てきてそれをベースに次のテーマが展開されるというように、ブルックスはミュージカルの構造を踏まえた鮮やかなスピードで、伝統的なバンド編成のミュージカル音楽の襞をまくっていく。 この奇跡のような素晴らしさはそのまま、オリジナルキャストで映像化されている。

 実際の舞台では、マックスに最低と見込まれたゲイの演出チームが「Keep it gay!」と盛り上がっている「客の観たがる」パフォーマンスを、今ここで大勢の俳優が演じ客が観ているという事実も手伝って、よりメタ的な感覚が強くなる。またエンディングのナンバーの後、客に「待っててももう何もないから出てけ(映画ではブルックスが登場して言う)」とオチがつくところで、この猥雑でいんちきで真剣で、たしかに終われば消えるが受け止める者によって大きな可能性を秘めた、実用では測れない世界に目の前の彼らは生きているのだという、虚実の認識をシャッフルされる強い衝撃が走る。
 自分と似た人ではなく、何かすごい他者に出会うのだ。これが映画とは異なる点だろう。
 
 映画版で削られた台詞も紹介しておこう。ナチス礼賛の脚本「春の日のヒトラー」を見つけ、これぞ最低最悪と小躍りしたマックスとレオが作者に会いに行く時、ステージのマックスは「ヴィレッジは駐車場がなくて嫌だ」とぶつくさ言う。いざ行ってみると映画を観た方はご存じのように、かけがえのない認められない日々を仲間(鳩)たちと過ごす、年齢不詳の変人フランツ・リープキン(ウィル・フェレル)がいた。これは制作側は意図していないと思うが、結果としてヴィレッジの物語「RENT」のパロディになったと、私は観ている。

 「プロデューサーズ」には、出てきてほしいタイプの人が必ず登場する快感がある。その中で不思議な感慨を覚えたのは、「春の日のヒトラー」演出(&初日直前に主演)を請け負うゲイの演出家ロジャー・デ・ブリー(ゲイリー・ビーチ)と彼のアシスタント兼恋人カルメン・ギア(ロジャー・バート)だ。 …このレビュー続く

(1)それぞれ公式サイトより抜粋
エキプ・ド・シネマ
川喜多かしこと高野悦子の二名により発足した組織。日本では上映されることの少ない、アジア・アフリカ・中南米など欧米以外の国々の名作の紹介。(略)欧米の映画であっても、大手興行会社が取り上げない名作の上映。映画史上の名作であっても、何らかの理由で日本で上映されなかったもの。またカットされ不完全なかたちで上映されたもの。 日本映画の名作を世に出す手伝い。
 
ファビュラス・バーカー・ボーイズ
ガース柳下(翻訳家)とウェイン町山(編集者)のコンビ。ファビュラス・バーカー・ボーイズは最低の映画を愛好し、アカデミー賞作品にツバを吐きかけます。バーカー・ボーイズはティム・バートン、故新宿ローヤル、『トゥルー・ロマンス』に賛成します。(略)バーカー・ボーイズはすべての映画スノッブを撃滅します。映画を映画オタクの手に! それがバーカー・ボーイズの願いであります。
by kouchiyama-simone | 2006-05-16 11:29




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