49 トーマス・ピンチョンの三本立て

三冊あるから三本立てと言ってみるのだが、『スロー・ラーナー』は短編集だから、正確には三本立てとは言えないかもしれない。長編小説として三作目の『グラヴィティーズ・レインボー』も、ペーパーバックの山のなかのどこかにあるはずだが、いまはまだ見つからない。『V』は彼の最初の長編で、一九六三年のウィリアム・フォークナー・ファウンデイションの、処女作賞を受賞した。一九六四年にバンタムでペーパーバックになり、写真にある一九八四年の版にいたるまでに、十七版を重ねている。二作目の『サ・クライイング・オヴ・ロット49』は一九六七年にペーパーバックになり、一九八二年の版までに十八版を重ねた。ピンチョンを読んだ人は少ないに違いない、と僕は思ってきたのだが、その考えは訂正しなくてはいけない。
『スロー・ラーナー』は一九八五年にペーパーバックになった。一九五八年から一九六四年にかけて、つまりピンチョンが二十一歳から二十七歳だった期間に書かれた短編を、五編集めたものだ。この短編集に彼は前書きのような文章を寄せている。これがじつに面白い。ペーパーバックで五編の短編が一冊にまとまったとき、彼は四十八歳だった。四十八歳の作家が、小説を書き始めたばかりの二十代の自分に、その頃の作品のなかで、久しぶりの再会をする。過去のある時期への執着について、彼は前書きのなかで書いている。小説を書き始めたはかりの頃の若い自分、という過去に執着すると、その当時の彼を主人公にした、現在の彼による小説が生まれていくのではないか。
小説を書く前の自分から書始めた頃の自分を主題にして、いまの自分が小説を書く。これはきわめて興味深いことだから、僕もぜひ試みてみようと思い、ひとつ、またひとつと、短編のかたちで発表を始めたところだ。回想や自伝など、とんでもない、けっしてそんなことではなく、書くとはどういうことなのかをめぐる、いまの自分によるそのときの自分を描いた小説だ。
by yoshio-kataoka
| 2006-12-12 22:52