ペーパーバックの数が増えていく TEXT+PHOTO by 片岡義男

14 「コールドウェル・イズ・グッド」

14 「コールドウェル・イズ・グッド」_b0071709_1738922.jpg アースキン・コールドウェルの短編すべてを一冊に収めたペーパーバックだ。一九五五年のシグネット・ブックの「ダブル・ヴォリューム」で、定価は五十セントだ。確か立川の米軍基地の売店で、新刊で買った。一九五五年の秋深くだったと思う。日系二世の中年女性が店員をしていて、彼女は小説をたくさん読む人だった。娯楽小説よりは文学を好んだ人で、これを読めあれを読めと、いろんな作品を僕に薦めてくれた。ウィリアム・フォークナーのシグネット版を、何冊も僕にくれた。いまでもそのままあると思う。探してみようか。
 コールドウェルの短編全集を彼女のいるレジへ持っていき、代金を払おうとしたら、「イエス、コールドウェル・イズ・グッドよ」と言った。「グッドよ」というような言いかたは、日系二世のものだ。少年の僕を相手に気を抜いているときなど、ふと出てしまうのだろう。
 なぜコールドウェルは「グッド」なのか、彼女は僕の目の前で証明してくれた。僕が買おうとしたこのペーパーバックに収録してある最初の短編の、第一ページを開き、その最初の一節を、彼女は音読してみせた。読みながら彼女は、右手のまっすぐにのばした人さし指の側面で、レジスターの置いてある台の縁を叩いてリズムを取った。コールドウェルの文章のなかにある抑揚や強弱など、音声としてあらわれるすべてが、彼女が指で叩くリズムに完璧に乗るのだった。「シー、ユ・ノー・ホワット・アイ・ミーン」と彼女は言った。「ね、わかるでしょう」という意味だ。僕もいろんな人からいろんなかたちで、貴重な薫陶を受けている。
by yoshio-kataoka | 2006-06-16 17:39





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