誰にでもできる小旅行インド篇 TEXT+PHOTO by 伊勢谷友介

12月29日

b0071708_19422999.jpg

2日目、朝の4時に起床。ピックアップを待ちながら急いで朝食を食べていると、時間通りにアシスタント君到着。ほんとうにきちんとしている。しかしここからは徐々にインドらしさを出して来る。道を走らせていると、まず運転者の用事で寄り道。30分走った所で道行く人に駅までの道を訊ねる。っておい、調べてねぇのかよ。地図持って来いよ!!尋ねてみること7回。Uターン数回。駅に着くころには列車の出る5分前だった。ホームを走り、もう完全に混乱している車内で座席を探し出し(しかし何故こんなに分かりにくいんだ?)、荷物を棚に上げてやっとひと安心。アシスタント君も少しホッとしている様だ。席について、どこで降りるのかを知らない自分に気付く。この旅はどこまでいい加減なのか。(いい加減なのは僕だけなのだけど)。地図を広げ、いろいろ検討、そして車中のインド人、旅行者たちと話して決定。年末の大きなイベントのあるAnjuna Beachへ。8時間という長旅。(インドでは序の口)。何も無いわけはない。いきなり自分の後部に座るあまりにベタベタしてくる(暑いのに)20才前後の若者に話しかけられる。日本の金を見せろと言うのだ。僕の日本円はすでにBack Packの奥底。面倒臭いと思いながらも、他国でBe Niceを心掛けている僕は、棚からBack Packを下ろして500円玉、1000円札を見せる。すると、1000円札の方に興味を持ち、これはいくらだと聞かれた。1RS(ルピー)は約2.5円なので、400RSだと言うと、500RSで売ってくれと言う。まったく他の国のお金集めに興味が無い僕は気が知れず、そしてインドの大衆からそんな取り引きを持ちかけられ、商売をするのは気が引けた。日本に帰ってからのお金が無いと困るとか、そんな事を言って断ってしまった。別に今さら考えると、換えてあげればよかったのに。ウトウトしながら5時15分に出た列車も、夜が明け始め、徐々に景色が見える様になる。中国程の大平原のimageではないが、所々赤い土を見せながら、大小の木、草が生えている。地平線は遠くに見える山、近い山に見え隠れしながら、その稜線を慌々しく変えている。空は今まさにSilent Blueの状態なのだろう。(『DISTANCE』でARATA君が話している空の色)。
しかし、車内はというと、南へ向かうリゾート列車なので、人々のテンションが上がっているのか、誰かが寝ている隣で、誰かが騒ぐ。そして、退屈をしのぐかの様に色々な人が入り混じりながら、会話がいたる所でされている。僕も、日本人としては比較的人見知りの少ない方なので、慣れないIndian accentを聞き返しながら話した。聞き返すとせっかくの冗談も殺してしまう事もあるけど、あまりにも聞きとれないのだ!ちなみにインドの列車の連結部分に乗降車用のドアがあるのだが、開けるのも閉めるのも自由な扉。もちろん寒かったりもするのだが、陽も出て来ると思いの他気持ちがいい。ただ本当にうるさい。その連結部分で会ったのが、Dehli出身のTomとBabooという20才か21才のインド人青年。暑くなり始めた車内を抜けだし、大声でその“扉”の前で話した。Tomの方は頻りに鏡で髪を気にしている。Babooはどうやらインドの歌を歌っている。そしてなにか日本の歌は無いのかと言われ、歌える歌はと考えて出てきたのは『君が代』。情けないったら。Babooも最初は何となくTempoをとりながら手拍子を試みてはくれたのだが、あまりにゆっくりなので途中で手を壁について聞いていた。もっとも。こんな所で聞くものじゃないわな。他にも色々な人と話した。あとで聞くとGOAヘ行く様な人は、そしてこの電車に乗れる人はそれなりに裕福な人々だと言う。確かにそれぞれに余裕がある。
車内の人々と相談した結果、****と言う駅で降りることに。駅に降り、さて何で向かうのが安いんだと思いつつ、ボーッとリクシャーの方へ下っていると、前方から、汗を吹き出しながらBack Packを背負い、右手にナップザック、左手にギターケースを持った、もうほとんど肩が抜けてしまいそうな白人の(少しハゲ?)青年が現われ、日本語で言うならば“僕もう無理です”と言う顔をして話し掛けてきた。
青年が、一人だったらShareしてリクシャーで行かないかと誘われた。バスに乗ろうとしていたのだが、そのつらそうな彼を断るのはあまりに心なく思え、一緒に40分をAnjunaまで共にすることにする。外は多分30度を超えていた。片側ほぼ1車線くらいの道路を、あまりにもパワーの無いモーターリクシャーは精一杯走っていた。彼はまだ僕より3つ年下で(年上だろっていう感じ)N.Y.に住むアメリカ青年で、今ほとんどの時間を旅をしているという男だった。ギターをもらった話から、名前をつけたらどうだとか、英語がうまいなとか。リクシャーに乗ってお互いにホッとしたのか会話がはずむ。自分の仕事(俳優、監督、Designと美術)の話をすると、小説を書いているという彼女の話になった。そしてなんでもAnjunaという場所が、半年前に彼女と出会い、最初のロマンスの場所なんだという。先に到着していた人達と合流し、部屋がどこも空いていない事を聞きつつ、食事をする。飲み物が来るまでに30分、食事が出る頃には1時間たっていた。気候は日影にいると乾燥しているから涼しいが、日向は太陽によって皮膚が焦げているな、ぐらい暑い。2時間半を過ぎた頃、そこにJeff登場。無い宿を探さなくてはならないので、少し気が重い。
JeffがBusの中で知り合ったというAnjunaに住む中年のおばさんが、Guest Houseではないが部屋を貸していると言っていたという情報を元に、僕達はバスに乗ろうと信号もないかなり交通量の多い交差点をなかなか進めないでいる。まだ部屋の見つからない哀れな3人。Anjunaから少し離れたBeachの近くなのだが、海岸線から少し内陸に不規則に走るGOAの道は、慣れないと迷う。しかも、初めて来る僕にとっては、なにがなにやら。やっとたどり着くと、そこは本当に民家の一部屋で、まだ外は真昼とは言わないまでも、まだ日差しも強いというのに、小さい電球で照らされた部屋は、ドヨーんと暗く、3人とも言葉が少なくなる。他も見て来る、考えさせてと優しく断った。帰る道沿いのGuest Houseはどこも満室。高かろうが安かろうがことごとくダメ。途中にある民家に聞いても、インドでは人の家に泊まる事もめずらしい事ではないと言う。途中、一部屋だけ空いているという所を見ても、ベッドは3つも入らないと言う。それもずいぶん暗い、汚い。そんな調子でかれこれ3時間程彷徨い、汗もかき切りながら坂を登ったり、下ったりして、言葉も発さなくなった頃、2人なら入れるGuest Houseを発見!! そこには2人に入ってもらい、僕は途中で見つけたガマンな部屋(少々汚い)に入る事にする。Back PackをJohnの彼女の部屋まで取りに行き、僕は泊まるべき部屋に戻ろうとしたが、いきなり道がわからない。とにかくなんとなく思う方向にBack Packを背負い歩いていると、AnjunaのJunkt’sから200m程のところにInternetを発見。店に入ると、日が暮れたにも拘らずBack Packを背負っている僕を見て、部屋を探しているのか?と聞かれた。以前の所はKeepsしてはいるものの、場所はあやふやだし汚いので、期待せずに見るだけと思い行ってみると、通りから少し入って人気もまばらな民家に連れていかれた。ライトが点くと、薄黄色の壁のかわいい家だった。中に入ってみるとBedを2つつなげてQueen Sizeになった清潔そうなベッド、テラス、フリーザーもある。快適そうじゃないか!!交渉でなんとか一泊200RSまで下げ、そこに決定。その後、その家族を紹介されたのだが、やさしくて、きちんとしたママ(僕もママと呼んでいた)と娘(顔が整っていて少しシャイな女の子)と気のいいパパの3人家族。これはいい所を見つけた。インド実質自由行動2日目の夜は結果オーライ、バンバンザイで終わった。
b0071708_19425352.jpg

by iseya-yusuke | 2006-10-04 19:44 | Trackback
トラックバックURL : https://blog.excite.co.jp/switch-iseya/tb/5807261
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]




ページの上へ