ビーチサンダル・クロニクルズ TEXT+PHOTO by 今井栄一

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043【桜、地球温暖化、多様性】

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 パリとニューヨークで、桜が開花したという。
 ニューヨークにはたくさんの桜の樹があるし、パリにもけっこうある。もちろん、それらすべての桜の樹の花が開いたわけではないと思うけれど、話題になるくらいだから目立ってはいるのだろう。
 先週、ニューヨークに住む知人がメールしてくれた写真には、浜辺で水着になって日光浴している人々が写っていた。1月初旬のコニーアイランドの風景。
「昨日は25度まで気温が上がったよ。街中、Tシャツと短パンだらけ。春なんかひとっ飛びで、もう夏だね」
 と彼はそのメールに書いていた。
 数日前はロンドンに暮らす親友の女性から久々にメールが届いて、「ロンドンも温かいよ」との連絡。ちなみに、彼女(日本人)、旦那の名前がニール・ヤングで、その旦那の弟の名がポール・ヤング。冗談みたいだけれど、ほんとう。
 ところがそのロンドン、この週末にかけては「冬の台風」がやって来たそうで、死者も出たとか。ロンドンで台風というのは聞いたことがないし、死者が出るなんて・・・。
 ロンドンは北緯51度30分に位置している「北の都市」だけれど、たとえばニューヨークのように冷えこむことはない。雪はほとんど降らないし、零度以下に冷えこむことは多くない。東京の冬と同じか、むしろ東京よりも温かいというのが僕の印象だ。大西洋からのガルフ・ストリームの影響もあって、この辺りは温暖多湿なのだ。
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 各地で早々と桜が開花し始めている。さすがに東京ではそんなことはないようで、近所の桜の木々を見ても、芽はまだまだ縮んだままだ。でも、沈丁花や梅は蕾が膨らみ始めているから、確かに「春遠からじ」だ。
 各地の冬が温かい、というニュース。地球温暖化なのか異常気象なのか、それは僕にはわからないけれど、とりあえず車をパークしたらすぐエンジンを切るとか、ペットボトルなどのリサイクル品は(もちろんキャップやファイルは剥がして)分別するとか、最低限の常識は守っている。
 科学者の中には、「今は長い氷河期の終わりであって、だから気温が上昇しているのだ」と語る人たちもいる。
 どうなんだろう?
 確かに、気の遠くなるような地球の時間からすれば、今は「長い氷河期の終わりで気温が少しずつ上昇している」頃なのかもしれない。ただ、その上昇に人間の活動の影響がどれほど関わっているのか、ということが問題なのだろう。
 もちろん、あらゆる生物が相互に影響し合っているわけで、人類が与えない影響などないはずだ。
 でも一方で、「地球の歴史のほんの最近しか生きていない人間なんかに壊されるほど、地球はヤワじゃないよ」と考えたい自分も確かにいる。人類なんかに影響されるほど地球はきっと弱くない、というか、そう信じたいというか。この惑星は繊細でデリケートには違いないのだけれど、人間なんて「地球全体から見ればちっぽけな存在だ」という思い(そんなちっぽけなヤツらが最近はのさばって好き勝手やっているわけだ)。
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 この「人間活動」というものは、草や樹や魚たちの側からすれば、「まったくお前ら人間、いい加減にしろな!」と言いたいところだろう。実際、彼らが僕らと同じ言語を話せたら、集団で大ブーイングしているはずだ。魚も樹も草も花も象も鯨も熊も、彼らはみんな「考えて」生きているのに、地球上で唯一人間だけが「何も考えず=つまり自分たちの都合だけを考えて」生きていることは明白なのだから。
 様々な環境運動やエコ活動に「地球のために」「地球の未来のために」というキャッチコピーが使われるけれど、それは結局のところ都合のいいコピーであって、本来ならこう言うべきなのだろう。
 「人間のために」「人間の未来のために」。
 地球からすれば、「あんたら人間が全員いなくなったら、一番幸福なんですけれど」という意見だろうから、結局こういうのは僕ら人間のためでしかない。僕ら人間が絶滅したくないから一生懸命にエコ活動をしたりしている、と言うべきだろう。そういう意味では「エコ運動」とか「環境活動」というものは存在せず、本来なら「人間運動」とか「人間活動」とだけ呼べばいいのだろうと思う。
 こういう「人間がやっている、当の地球を参加させない議論」にこの地球がなんと答えるか是非とも聞いてみたい。もし、この惑星が僕ら人間に向かって言葉を使って主張できるなら、彼(ら)は何と言うだろう?
 そう、エコとか環境についての「議論」や「研究」や「決定」というのは、常に、米国主導で決まっていくイラクの内政ルールのようなものに見えてしまう。主体はイラクでありイラク人なのに、すべて米国の都合の良いように(当の本人たちが不在のまま)何事も決まっていく。アフリカの無関係な国へ勝手に爆撃するのも同じ。つまり、人間が、人間以外のあらゆる生き物を無視して人間主導で決めていく「エコのルール」や「ロハスの活動」というのがあるわけで、そう思うと、なんだかやりきれない。だからといって、何か代替案があるのか? と問われれば、じゃあ、人間が絶滅すれば地球のためにはいい、というのでは、辛いし、やりきれない。
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 初めてアリゾナのナヴァホ・インディアン居留地へ行ったとき、知り合ったナヴァホの男が僕ら4人に向かってこう訊いた。4人とは、僕、旅を共にした写真家、編集者、そしてユタ州からやって来たコーディネイターの米国人、という4人。
 ナヴァホの男がこう言った。
 「自然、と言われて思い浮かぶものを言ってごらん」
 「自然」。自然とは何だろう?
 たとえば、そこに転がっている石。足の下にある土。たとえば遠くに連なる山脈。たとえば、森の木々。森に流れる川。地の果てにある海。海の中の生き物たち・・・。
 4人はそれぞれ、そのようにパッと思いつく自然、つまり一般的に答えるような対象を、それぞれ言ったのだと思う。僕は「樹」と言ったかもしれない。覚えていない。
 ナヴァホの男はにっこり笑ってこう言った。
 「何か、大切なものを忘れているね」
 そして彼は、僕ら4人を指さして、こう言った。
 「君自身のこと。君も大切な自然の一部。人間も、自然なんだよ」

 とても西洋的、あるいはクリスチャン的と言うか、資本主義的と言うべきか、わからないけれど、僕らは確かに「自然、人間」と別々に考える。ある意味、河岸・彼岸のように、対比して考えたり、別々の場所に存在しているかのように語るのだ。
 だから、標語にはこう書いてある、「自然を大切に」。あるいは、こんなふうにも言う、「私たちの大切な自然」。
 自然は僕たちの「もの」なんかじゃないし、僕らもその一部に過ぎないのに。
 僕ら人間もまた自然なのだ。石や樹や草と同じように。
 だから、そう考えれば、家族を大切に、というのはつまり、「自然を大切に」と同義語なのだ。本来的には。木々を大切にすることはつまり、家族や友人を大切にすることと同じ。
 僕ら「人間がいて」、その向こうに「自然がある」、というような考え方を、僕らは子供の頃から教わってくる。なぜだろう? 僕ら人間(西洋社会の人間だ)の生きる世界では自然と人間との間に境界線があるのだ。いつ、その境界線が生まれたのだろう?

 旅の最初にナヴァホの男は、僕らが当然として抱えていた西洋クリスチャン的な考えとは異なる、オルタナティブなアイディアを示したわけだ。
 石と人間の間に差はない。熊と人間は同じである。「人間の傲慢さが生んだ境界線をとりなさい」と彼は言いたかったのかもしれない。
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 「自然って、いいよね」と僕らは言う。森や海辺へ行ったときなどにふと口にする。でも、僕ら自身も自然であり、そして僕ら自身の内部に無数の自然がある。僕らの中に森や海があり、僕らは彼らの一部として、時には全体として、共存しているのだから。
 ナヴァホ居留地を旅しながら、特に議論することもなく、特に強いメッセージを発することもなく、ナヴァホの男は僕に、彼が持つそういった自然観をいろいろ話して聞かせてくれた。僕らは友人になり、今では僕は彼のことをガイドとして尊敬している。
 異国へ旅をすると、様々なオルタナティブな考え方、見識、常識に出会う。まさに千差万別というか、人それぞれ違う青の色を持っているように、考え方が異なる。
 米国の大統領はアフガニスタンやイラクを攻撃する際、「我々につくか、さもなくば敵だ」と言った。映画『スターウォーズ・エピソード3』の最後、ダークサイドに落ちてダースヴェイダーになってしまったアナキンはその米国大統領とまったく同じセリフを吐いて話題になった。もちろん、米国大統領がダークサイドにいることを示すブラックジョークでもあるのだけれど、とにかくこの似たもの同士の2人が(そして彼の部下たちが)「こっちか、向こうか」という二元的な物差ししか持っていないことに「やれやれ」と思わざるを得ない。人が3人いれば、3つの考え方があり、3つの宗教があり、3つの常識がある。「こっちか、あっちか」なんて、子供のドッジボール・ゲームじゃないのだから、そんなふうに決められるわけがない。あらゆる米国のスポーツは引き分けを認めない。たとえばメジャーリーグ・ベースボールは深夜1時を過ぎても決着が着くまでやるし、再試合も辞さない。ヨーロッパや南米の主流スポーツであるフットボールには引き分けという決着がある。勝負は勝ち負けだけではない、そんなに単純なものではないのだ。米国一般の二元的な発想は、そんな身近なスポーツの世界にもよく現れている。

 そう考えていくと、「人間、自然」というのも、ある意味で単純な二元論の物差しだ。僕らはもっと多元的な、というか、多種多様な(diversity)眼を持っているはずだ。熊や鯨や、樹や草たちのように。そしてそのダイヴァーシティは、さらなる深淵へと至るはずだ。魂とか、心とか、そういう決して目に見えないものに宿る「何かの答」とでも言うのだろうか・・・。
 ナヴァホの友人は僕にこう言った。
 「Remenber that the air shares its spirits with all the life it supports. 忘れてはいけないよ。我々が吸いこむ空気(大気)には、それが育むあらゆる生命と魂があることを。あらゆる生命が分かち合って生きているんだ」
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<今回の旅のヘヴィ・ローテ>
『PEACETIME』EDDI READER
『SAG VOYAGE 2006』VARIOUS ARTISTS
『AFTER THE GOLDRUSH』NEIL YOUNG
『THE END OF VIOLENCE Original Score』RY COODER
『ASHES AND SNOW』from ASHES AND SNOW

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by imai-eiichi | 2007-01-22 13:32

042【HOWL、星子、デニーさんのこと】

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 「HOWL」が今年でオープン10年になると聞いて、驚いている。
 そうか、10年前に、僕は、ぶらりと、あの「HOWL」に入ったのか・・・。
 なぜ、あの店を僕は見つけたのか。
 もちろん、「店の方がオマエを見つけたんだ」と、まるでヘミングウェイかチャンドラーのような気障なセリフで納得することもできるだろう。でも、そうじゃない。
 なぜ僕はあのときにあそこを通りかかり、そして、「HOWL」の前をただ通り過ぎるのではなく、わざわざ中へ入ったのか。そして、僕は、なぜ、入れたのか。

 「HOWL」は、東京・青山、外苑西通り沿いにあるバーだ。デニーさん、という伝説のバーテンダーがいる店。

 こんなことがあった。
 いつしか僕も「HOWL」の常連客のようになり、いつものようにある夜飲んでいるときのこと。デニーさんが、ドアを開けて入ってこようとする客にこう言ったのだ。
 「悪い。うち、会員制なんだ」
 言われた客は(3人連れだった)、腑に落ちない顔をして、すごすごと外へ戻っていった。
 僕は、なぜ、そのようにして断られなかったのだろう?
 10年前と言えば、(今でもそうなのだけれど)僕は生意気盛りの若造で、「あれ」と「これ」の区別さえつかないくらいの、自意識過剰な青二才だったはずだ。
 デニーさんは、あの夜、そんな僕を招いてくれた、と言うべきだろう。
 とは言え、それが10年前の「どの夜」だったのか、残念ながら覚えていない。こういうとき、日記を付けていたらよかったのになぁと思う。初めて「HOWL」へ入った夜が、夏だったのか、秋だったのか、冬だったのか、春の宵だったか・・・。それは何曜日で、何時頃だったのか。そのとき店は混んでいたのか。僕はそこで何を飲んだのだろう? そして、しばらく飲んだ後にどうしたのか。僕はそのとき幸せだったろうか。孤独なヤツだったろうか。
 もちろん、あらゆるバーに(あらゆる正しいバーに、と言うべきか)、孤独な者は集う。ニューヨークでもパリでもリスボンでも、孤独、というカードを持っていれば、バーは歓迎してくれる、はずだ。
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 「BAR HOWL」。
 奥行きが広く、手触りの良い、美しいカウンターにスツールが並ぶ、とてもオーセンティックなデザインのバー、とも言える。けれど、どことも違う、とも言える。似たようなデザインのバーはニューヨークにもロンドンにもあるだろう。けれど、「HOWL」は結局、「HOWL」でしかない。デニーさんがそうさせているのだろうし、彼の作る酒は、そこでしか飲めないのだ。
 店内は明るくない。むしろ、暗い。古いガス灯を思わせるぼんやりした光が灯る店だ。小さな空間。広くはない。狭い、と言うべきだろう。10人も座れるだろうか。スツールはいくつあっただろう? 数えたことがないからわからないけれど、たぶん、7つとか、8つくらい。そんなバー。
 もちろん、パリやロンドンのように立って飲んでも構わない。常連がけっこう来るから、にぎわっている夜にはかなりの混雑となる。

 あれはいつだったか。東京の熱い夏の夜だった。
 店内があまりにぎゅうぎゅうなので、僕はギネス・スタウトの泡がきれいに収まるのを待ってから、そのワンパイント・グラスを片手に外へ出て、入口横に置かれている小さなベンチに座って飲んだ。目の前に、外苑西通りがあり、行き交う車、ときどきだけ通り過ぎる人々、気持ちのいい夜の時間だった。冬の今は、さすがに路面では飲めない。

 細長い4階建てのビルの1階が「HOWL」だ。少し前までは階上にもうひとつ専用の部屋があり、プライベート・サロンのような感じで飲むこともできた。だいたい1人で行くのが心地いい店だけれど、何度か、3人、4人、連れだって行ったとき、上の部屋で飲ませてもらった。下で飲み物をもらい、金を払って、自分で持って上へ行くのだ。階段は外にあって、パリの古いアパルトマンについているような螺旋階段だ。酔っぱらって降りるのが怖かったから、上で飲むときはあまり飲まなかった。とは言え、「HOWL」は酔っぱらうために入る店ではない。酒をきちんと飲む人間のための店だ。礼儀正しい酔っぱらいたちの店。酒を飲めば酔っぱらう、それは当然だけれど、誰もが礼儀正しい紳士淑女であることが、暗黙のルールとして、あるいは正しい文法として、そこでは求められるのだ。少なくとも、僕はそういうことを、つまりそのような「正しいバーの文法」を、デニーさんの店で学んだと思う。
 気障ったらしく言うなら、僕はあの店で、少しだけ大人になった、ということだろう。
 たぶん。
 そういうバーが東京にもあるのだ。今も。

 「HOWL」の名前は、もちろん、アレン・ギンズバーグの詩からとられている。そこは、永遠のビートニクスたちが集う空間でもある。
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 デニーさんは伝説のバーテンダーだ。僕よりずっと年上の常連客の中には、「HOWL」以前からのつきあいがあるという人々がいる。たとえば「STAR BANK」という店。確か六本木か西麻布にあったバーで、その店とデニーさんの作る酒の美味さについて語った記事を、何かの雑誌で僕は読んだことがある。
 デニーさんはまた、オートバイ乗りでもある。『イージーライダー』のような大型バイクに乗って旅をする。彼が、アメリカのどこかのハーレイ乗りたちが集結する祭典に日本人として参加している様子を、古い雑誌で見たことがある。とは言え、デニーさんは彫りの深い顔をしているから、アメリカへ行くと、きっと「アメリカン・インディアン」と思われるだろう。

 10年前、僕が「HOWL」に通い始めた頃、デニーさんは長髪だった。かなり長いストレートの髪の毛をポニーテイルにしていた。そして、ヘヴィ・スモーカーだった。
 彼は、カウンターの中でひとり、静かに酒を作る。そして、煙草を吸う。自分は店では酒を飲まない。お湯を沸かして茶を飲んでいる。客には茶は出さない。「HOWL」には、酒以外の飲み物はないのだ。酒が飲めない客は、入れない。
 僕は、カウンターの向こうにいる彼を、「かっこいい大人」と思った。実際、クールで、シャイで、けれど笑顔がとってもピースフルな、素敵な大人。僕は彼に憧れて、髪の毛を伸ばしたのかもしれない。今、デニーさんは髪の毛を短く刈り、僕は、長髪をポニーテイルにしている。デニーさんは今、もう煙草を吸わない。「愛のためさ」と彼は笑う。なるほど、ボブ・ディランも唄っていたけれど、時代は変わる、のだ。

 バーテンダー、という仕事を僕はしていたことがある。
 ニューヨークと、キーウエストで、僕はちょっとだけその仕事をしていた。理由はいろいろあって、また、そこに至るまでの物語もあって、それはここでは書ききれない。僕が言いたいのは、「バー・カウンターの向こう側から見る風景というものが、ある」ということ。その風景は、バーテンダーをした者にしかわからない。僕は、その風景を見たことがある。
 HOWLは、もしかしたら、その「風景」が最高にクールなバーなのかもしれない。しばらく僕はそこへ行っていなくて、つい最近、実に久しぶりに行ったのだけれど、かつてよく通っていた頃、HOWLへ訪れる常連客たちは、クールで、かっこいい大人たちだった。僕にはそう見えた。あんなふうに酒が飲みたいな、夜の始まりを過ごしたいな、そんなことを考えながら僕は、デニーさんの作る酒を飲んだ。
 ギネス・ビール、ウィスキー、ワイン、何でも飲めるけれど、デニーさんが作るカクテルは、世界中でここでしか飲めない美味しさだ。笑われるかもしれないけれど、僕はデニーさんの作る、つまりHOWLで飲む、ピニャコラーダとフローズン・マルガリータが、大好きだ。デニーさんが作るフローズン・マルガリータを「世界一だ」という常連客は多い。
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 デニーさんはずっと、考えていた。
 「ニューヨークやパリ、ロンドン・・・、世界の都市にはそれぞれ、独自のリキュールがあって、それは世界中で飲まれている。なのに、東京には独自のリキュールがない。世界に誇れる、素晴らしいリキュールが。オレは、それを作ってみたいね」
 東京のリキュール。
 デニーさんは、何年か前から、梅を使って独自のリキュールを作り始めた。最初は趣味、つまり、店で気に入った客に飲ませる酒として作っていた。しかし、いつしかそれは本格的なものになり、ついに、アルコール製造のライセンスを取得し、「自分のリキュールを製造、販売」するようになった。
 それが、『星子 HOSHIKO』という酒=リキュールだ。梅酒ではない。梅を使ったリキュール。東京の酒。
 クラッシュアイスで冷やして飲んでも美味いし、熱燗のように温めて飲んでも美味い。温めると、香りが強く感じられる。それが楽しい。氷で飲めば、さわやかだ。デニーさんの酒らしく、アルコール度はやけに強い。すぐに酔っぱらう。けれど、ハイになったりはしない。メロウな、ゆったりと酔える不思議な酒だ。
 僕らは、この『星子』をデニーさんの店で飲むことができるし、ネットでボトルを買って自宅で自由に飲むこともできる。僕は、デニーさんの店へ行って飲むし、注文して自宅でも飲む。毎日。メロウな気分が心地いい。
 デニーさんが作った東京の酒、「星子 HOSHIKO」は、実に美味い酒だ。

 今宵も、HOWLで。


<今回の旅のヘヴィ・ローテ>
『NIGHT RIDE TO HOME』VARIOUS ARTISTS
『SAG VOYAGE 2006』VARIOUS ARTISTS
『BRUSHFIRE FAIRYTALES』JACK JOHNSON
『NO GOOD FOR NO ONE NOW』OWEN
『THE BEAUTIFUL LIE』ED HARCOURT

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by imai-eiichi | 2007-01-09 23:35

041【深夜のゴミ清掃車、アザーン、Sound of Silence】

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 正月三が日の東京にいると、びっくりする。「東京も、こんなに静かになることができるんだ」と。
 静かな東京。年末年始の1週間ほどのあいだ、街は本当に静かだ。まさにdead quiet、死んだように静か。
 年末年始の数日間をのぞいて、東京と言えば・・・絶え間なく走っている車の音、場所によっては昼夜問わず続けられている工事の音、人々の声、飛行機やヘリコプター(俺たちの上空でオマエたちはいったい何をしているんだ?)、時には戦闘機、サイレン、あらゆる商店が流す音楽やメッセージ・・・、この都市はいろんな音であふれている。
 風景や匂い、食べ物などと同じように、「音」もまた、その土地ごとに違いを見せるものだ。パリにはパリの、ニューヨークにはニューヨークの、マウイ島ハナにはハナの、それぞれのサウンド=音がある。

 ニューヨークの音、ニューヨークのサウンド。
 ニューヨーク、マンハッタンの中心地区に暮らすか滞在していれば、雑多なノイズを絶え間なく耳にすることになる。でも、その雑多なノイズ=音は、東京のそれとは違う。まったく違うと言っていい。同じ都市でもずいぶん違うのだ。街の構造、社会のシステム、暮らす人々の習慣・・・、いろんな状況の蓄積が「その場所ならではの音」になっていく。
 食べ物で音が変わることだってあるかもしれない。そして、気候。熱帯地方と寒冷地方では、音が違う。
 ニューヨークの音。
 あの街の音として僕が何よりも最初に思い出すのは(そして自分の耳の奥底に沈殿しているのは)、夜中にやって来るゴミ清掃車が立てる騒音だ。
 日本ではゴミ清掃車はたいてい早朝にやって来る。朝7時から9時の間くらいに街をまわり、道に出されたゴミを収集していく。
 ニューヨークの中心地区マンハッタン島では、ゴミ清掃車は深夜に街を駆け巡る。だいたい真夜中から明け方にかけて。このゴミ清掃車が、実に大きなトラックなのだ(日本で言うところのダンプカーよりもさらに巨大)。そんな巨大ゴミ清掃車が深夜に街を駆け回り、ものすごい音を立ててゴミを集めていく。
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 米国は、その国の大きさと比例してか、車の大きさや、スーパーマーケットの大きさ、ファーストフード店での炭酸飲料の紙コップの大きさなどなど、何から何まで日本の3倍くらいのサイズがある。たとえば、コーヒーのテイクアウト用カップ。日本で言うところの「トール・サイズ」が米国では「スモール・サイズ」だし、日本での最も大きな「グランデ」よりもっと大きな「ヴェンティ」というサイズがあって、「あいつら、なんでこんなにたくさん飲めるんだ?」といつも思う。
 そんなわけで、米国ではゴミ清掃車も大きい。ニューヨークも例外ではない。トラックも大きければ、立てる音も巨大で、どちらも日本の比ではない。それが真夜中、深夜1時とか2時とかに路上を巡る。どんな高級ホテルでもゴミは出るわけで、もし自分の泊まった部屋の真下がたまたまゴミ集積所だったりすると、これはもう相当な騒音なのだ。眠りを妨げられることもある(事実、僕はこの騒音を理由に部屋を替えてもらったことがある)。
 市民にしてもこれはうるさいと思うのだけれど、聞いた話では市民からの発案で「ゴミ清掃車は深夜に仕事をする」ことになったらしい。マンハッタンの中心地区の交通渋滞は相当なもので、朝の渋滞時間に巨大なゴミ清掃車が現れて車道の一部をブロックするようなことがあると、なるほど、それはそれでストレスが溜まりそうだ。ゴミ清掃車で働く人たちだって、ノロノロ運転で仕事をするより、真夜中に他の車を気にせずさっさとやれれば仕事は多少楽そうだ。

 というわけで、深夜のゴミ清掃車の立てる轟音。僕にとって「ニューヨークのサウンド」と言えば、やはりこれが一番に思い浮かぶのだ。好きとか嫌いではなく、耳の奥底に沈殿してしまっている。
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 旅先の音でときどき懐かしく思い出すものがある。潮騒の音とか、森の鳥たちの囀りとか、そういういわゆる「きれいな」と形容される自然の音ではない。僕がときどきすごく懐かしく思い出すのは、アザーンの音だ。
 トルコやモロッコといったイスラムの国を旅していると、街の各所に設置された拡声器から、決められた時刻ごとにアザーンが流される。アザーンとは、イスラム教における礼拝(サラート)への呼びかけ、合図のようなものだ。「皆さん、さぁさぁ、お祈りの時間ですよ〜!」と呼びかけている。アザーンの特徴は何と言っても「人間の肉声」ということだろう。礼拝の合図は、キリスト教なら鐘の音だし、ユダヤ教ならラッパの音。「人の声」というのがとてもいいと僕は思う。
 「アッラーフ・アクバル! アッラーフ・アクバル! アッラーフ・アクバル! アッラーフ・アクバル!(神は偉大なり!)」という4度の繰り返しからアザーンは始まる。1日5回、アザーンは流される。つまり、1日5度、祈りの時間があるわけだ。近くにモスクがあれば、そしてその人が敬虔な信者であれば、アザーンの呼びかけに応じてそこへ行くだろう。仕事場から離れられない、近くにモスクがない、といった人たちは、ヨガ・マットのような手持ちの敷物を広げ、額をそこにくっつけるようにして礼拝をする。
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 20歳の頃、初めて旅したイスラムの国がトルコだった。
 トルコはイスラム教の国の中では比較的戒律が緩やかな国として知られている。今では、イスタンブールなら女性でもTシャツ姿で歩いているし、ノースリーブの女性だっている(とは言え、田舎の方へ行けばトルコでもまだまだイスラムの戒律は厳しく残っている)。
 僕はギリシアのアテネから飛行機でイスタンブールへ入った。およそ1か月かけてトルコを一周しようと考えていたのだ(そのとき実際は半周しかできなかった)。
 春の初め頃で、まだ寒かった。
 バックパックを担いで探し当てた宿は、有名なブルーモスクから歩いてすぐの海沿いにあった。部屋からは海が見渡せたし、清潔だったけれど、室内にヒーターがついていなかったから朝夕はとにかく寒かった。シャワーのお湯の温度調整も不安定で、浴びている途中で水になったりしたけれど、これはまぁ、ヨーロッパを旅していると今でもよくあることだ。
 夕方、そんな宿にチェックインして、夜はイスタンブールの旧市街地でとにかく美味しくて安い晩ご飯をたらふく食べ、満足して部屋へ戻り、冷え切った部屋で冷たくなったベッドに潜り込んで、ガールフレンドと抱き合って眠った。
 翌朝、たぶん6時だと思うのだけれど、ものすごい音で叩き起こされた。それが、僕が生まれて初めて耳にしたアザーンだった。
 アザーンは、モスクのミナレット(尖塔)に取り付けられたスピーカーから流されるか、街のあちこちに設置された(だいたい電柱などに付いている)拡声器から流される。僕が泊まった部屋の窓の真ん前に、その拡声器のひとつがたまたまあったのだ。
 1日5回、礼儀正しくアザーンが流れる。日中は別にいい。どうせ街をほっつき歩いているのだから。問題は朝だ。ゆっくり朝寝坊を楽しみたいのに、6時きっかりに叩き起こされる。何しろ、ものすごい騒音なのだ。
 トルコやモロッコなど、イスラムの国々を旅していると、「泊まった部屋の窓の真ん前」ということは希だとしても、必ずこのアザーンを耳にするだろう。
 僕は、トルコを旅しているうちに、このアザーンのサウンドがとても好きになってしまった。これは「礼拝への呼びかけ」にしか過ぎない。そしてこちらはその言葉を知らないし、何を言っているのかわからない。けれど、旅を続けるうちにいつしか、肉声で、まるで歌っているように、朗唱のように、呼びかけてくるその言葉の列が、イスラム教と無縁の旅人の心に染みこんでいったのだ。そう、僕の心に。

 街や都市に限らず、その場所には「その場所のサウンド」がある。もちろん、それを、(風景を目に焼き付けるように)耳に沈殿させるかどうかは、人それぞれだけれど。旅をしているとき僕は、風景よりもむしろ、音や匂いに強く反応するし、想い出として残ることが多いみたいだ。風景は、写真を撮っているから安心してきっちり瞳のキャメラに残そうとしていないのかもしれない(それは良くないな)。
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 「東京の音」と言われて、たとえばそれがソフィア・コッポラの『ロスト・イン・トランスレーション』のように「渋谷・ハチ公前交差点のサウンド」がそうだとすれば、あのコンフューズドしたノイズが「好きか、嫌いか」というのは、また別の話だ。でも、確かに渋谷ハチ公前交差点、その金曜日午後7時の音はもしかしたら、「東京の象徴するサウンド」かもしれない。僕はそのサウンドを決して「好き」とは言わないけれど、何処か遠くに居たらあの音を「懐かしく思う」かもしれない。
 音もまた、想い出なのだ。

 正月三が日の東京にいると、「静かな音」を体感する。そう、Sound of Silence。1年でこの時期だけだ。ほかの362日間には体感できない。いつか東京を放れ、何処か異国の地に暮らすようになったとき、その地で1月を迎えたら、きっと僕は東京の正月三が日のサウンド・オブ・サイレンスを懐かしく思うに違いない。
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<今回の旅のヘヴィ・ローテ>
『O』DAMIEN RICE
『DREAMING THROUGH THE NOISE』VIENNA TENG
『GOOD NIGHT, AND GOOD LUCK』DIANNE REEVES
『LET ME SEE THE FISH』SIGUR ROS
『INTO THE BLUE AGAIN』THE ALBUM LEAF

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by imai-eiichi | 2007-01-04 18:16




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