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031【秋のベリーと熊、不都合な真実と京都議定書】

アラスカやカナダでは今、ベリーのシーズンだ。
先週か先々週だか、ジュノーでは恒例のベリー・フェスティバルが開催されたらしく、知人のローカルラジオDJからメールが届いた。
同じ頃、友人のMさん(女性)が休暇を取ってアラスカへ行っていて、彼女からのポストカードでの便りにもベリーのことがいっぱい書かれていた。
「このカードの写真の赤いところは」と彼女は書いていた。「この赤いのは全部、ベリーなんですよ!」
山の裾野、そこに草原が広がっているのだが、その7割くらいのスペースは赤や赤紫色に染まっている。秋色に染まった草原だと思ったが、紅葉の赤ではなく、熟したベリーの色だった。(今回の上と真ん中の写真4点は、そのMさんが送ってくれた現地での写真)
「熊も人間も、秋のベリーには夢中になる」
確か星野道夫さんもそんな内容の文章を書いていたと記憶するが、このMさんは今回身をもってその気分を「感じた」と言っていた。東京へ帰ってきたMさんと、僕は先日会った。
「ジャムを作ろうと思っていっぱいとったんだけど、とっている間、ついつい夢中になって周りのことを忘れちゃうのよね」と彼女。
「向こうから熊がやって来て鉢合わせしちゃったりね」と僕がその先を読んで言うと、真剣な顔で彼女は「いや、あれはほんとうに危ないと思うわ」と、その口ぶりはもうほとんどアラスカ人のごとき達者な雰囲気。
「秋のフレッシュなベリーはほんとうに美味しいから、熊もすごく夢中で食べるでしょ。で、ベリーは、ブルーベリーとか、地面に這いつくばるようにして広がっているから、こう腰を落としてこっちもほとんどはいはいするような感じでとっていくわけ。そうすると、熊も人間もお互いにベリーの海の中に顔を突っ込んでいるようなもので、周りが全然見えないでしょう、ほんとうに鉢合わせしちゃう。頭と頭がごっつんこ、なんてこともあるんだって」
「だから、腰に鈴をつけたりするわけだね」
「うん。宿を出るとき、レンジャーの人が鈴を渡していたもの。実際にその理由を生々しく感じたな」
たとえばジャック・ロンドンの本を読んだりして、頭の中でわかったつもりになって、理解した気になっていても(もちろん実際理解はしているのだけれど)、それを「リアルに知る」こととはまた違う。そこへ行ってみて初めてわかることは多い。だから、旅は楽しいし、驚きと発見に満ちていると言えるのだろう。もちろん、知りたくなかったことも知ったりするわけだけれど。
Mさんは今回、デナリで氷河を見に行き、その後退ぶりをまざまざと見せつけられたと言う。
連れて行かれた氷河の先端にガイドが立って、10数人の旅行者に説明するのだ。
「去年は、今皆さんが立っているところまで氷河がありました。10年前は、もっともっと向こうの方まで氷河がありました。今年の今はもう、ここが最先端です。氷河が急速に溶けて消えています。何が原因だと思いますか?」
ガイドのその問いの答は「地球温暖化」の話へと繋がるわけだが、そこで10数人の旅行者のひとりは、こう応える。
「ブッシュのせいさ!」
何人かはドッと笑い、数人は苦々しげに笑う。
山も森も海も氷河も、何もかもが美しい。けれど、「何かのせいで」「誰かのせいで」その自然が確実に破壊されている・変化しているとしたら。その「何か」「誰か」というのが、僕ら人間だとしたら。
そういうことを僕らは「知っている」けれど、実際に「現地で体感する」と、これはもう、心穏やかではいられない、ほんとうの意味で。

米国では今、アル・ゴア元大統領候補が出演しているドキュメンタリー映画『不都合な真実』がヒットしている。東部の都市部のみで細々と公開スタートされたこの映画、今では中西部や南部も含め、米国全土の映画館へと上映館が広がった。日本ではこの10月から公開予定だったのだが、このヒットを受けてだろう、来年1月公開と変更。延びた代わりに全国ロードショーされるようだ。1月ならアカデミー賞の候補作タイトルも出ているだろうから、この映画が候補作となれば「良い宣伝になる」と日本の配給会社は考えたのかもしれない。もちろん、より多くの人が見られる機会を持つことは、決して悪いことではない。
僕はこの映画を米国で見たが、なかなか興味深い作品だった。『21グラム』のように心に突き刺さりはしないが、痛烈に事実を突きつけるノンフィクション映画にはなっている。
『不都合な真実』
というタイトルが示すとおり、この映画は、人間にとって不都合な地球上の真実の出来事を伝えている。つまり、TVのニュースではあまり取り上げられない真実。できたら遠回しにしておきたい真実。つまり、地球温暖化問題だ。「そういう(人間にとって面倒で)不都合な真実は、ずっと隠されて蓋をされている」とこの映画は訴えているわけだ。
アル・ゴアという人は、クリントン元大統領のサブで「なんとなくいるだけ」という人だとずっと思ってきたので、この映画を見て意外だった。彼は今、地球温暖化問題に対して、非常に精力的に活動をしているようだ。彼自身は次の大統領選に「興味がない」と言っているようだが、果たして真実はどうなのだろう?
ブッシュ大統領は、たとえばイラクに大量破壊兵器が結局存在しなかったように、サダム・フセインがアルカイダをまったく支持していなかったことがわかったように、これまでに数々の「都合の良い大ウソ」をでっちあげてきた。
ブッシュは、かなり控えめに言っても史上最大の大嘘つきだし、かつ、史上最悪の殺戮者=テロリストのリーダーだ。そして彼のウソをウソと半ばわかっていながら確認もせずに米国の多数メディアは支持したわけだし、結果、大多数の国民の支持をとりつけたわけだ。もちろん日本のメディアと大多数市民も同じだったのだけれど。こういう「真実」も、ふだん僕らがあまり喋ろうとしないのだけれど、それは結局これらが「不都合な真実」だからだろう。
結局のところ、「都合の良いウソ」がいっぱいある世界に僕らは生きている。(人間にとって)都合の良いウソは、いつも支持される。お金儲けになるし、便利さを生むからだろう。
けれど、「不都合な真実」はいつも蓋をされて隠されてしまう。それはお金になりにくいし、メディアもそういうことを伝えるのは面倒だし自分たちもその真実の加担者であるわけだから、結局報道しない。
僕ら市民も、知らないふりをしているのが一番楽だから、多くの場合無視している。
こういうのって、人が見ていないからとゴミを道路に捨てるのと同じ感覚だ。
でも、Mさんのように、アラスカに実際に行って、後退する氷河を目の前にしてしまうと、もう無視しているのはつらい。
「いったい私たちはどうしたらいいのか、すごく悩むよね。悩んで、でも、自分にいったい何ができるのか。ちっぽけなことでもやらないよりやった方がいいけど、でも、相手(地球温暖化問題)があまりにもでっかすぎて、なんだか自分の無力さを感じる・・・」
Mさんは、ぼそっとそんなことを言っていた。
確かに、地球温暖化とか、戦争反対とか、相手(相手と言うべきではないか)はあまりにも大きくて、広大で、とらえどころがないような、そんな気分になる。
今、僕は(また)ホノルルに仕事で来ている。昨夜入ったバーではカウンターにTVが置かれていて、ふと見たニュースが、こう伝えていた。
「ブッシュ大統領は、これまで地球温暖化対策について何も講じてきませんでしたが、このたび、地球温暖化問題に対処するためのコミッティを設置・・・」云々。
京都議定書に「NO」と言ったブッシュは、今、京都議定書とはまったく別の、もちろん米国主導の、地球温暖化問題に関してのあらたな国際グループを結成し始めている。京都議定書の内容はあまりにも米国にとって「(守ることになると)超面倒」なので、どうにかごまかしがきく、つまり自分たちの首をしめない、けれど外見的には「きっちりやってますよ、ほら」と言えるような、そんなシステムをでっちあげようとしているわけだ。
そう、またまた「でっちあげ」である。いつものお得意パターン。
京都議定書を無力化し、あくまで米国主導の国際組織を結成、米国主導の研究結果をベースに(きっと効力の薄い)温暖化対策を図るのだろう。哀しいことに、京都議定書を発効した国である日本も、今ではこの米国主導の組織にすでに荷担している(これもまたいつも通り市民にきちんとした説明なしで。不都合な真実だ)。やれやれ。

<今回の旅のヘヴィ・ローテ>
『METHENY MEHLDAU』PAT METHENY & BRAD MEHLDAU
『FIRST THOUGHT BEST THOUGHT』ARTHUR RUSSELL
『EACH NEW DAY』SIM REDMOND BAND
『DUB AINU DELUXE』OKI
『FROM THE SOIL TO THE SOUL』TOMMY GUERRERO

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by imai-eiichi
| 2006-09-19 13:22
030【Atoll 3 神との約束、9・11、2つの塔】

「やっと暇なシーズンが始まったよ」
仲良くなったバーテンダーのダニーが、ホッとした顔をして言う。彼はインドネシア人。世界中のいろんな人種、民族、宗教からなるスタッフが、このAtollにはいる。
ここでは毎晩、ブッフェでの夕食後にバーで過ごすのが僕の日課である。バーは、数人のバーテンダー・スタッフが交替で勤務しているが、特に3人のバーテンダーを僕は気に入っている。このダニーと、マレーシア人の女の子、メルヴィーナ、そして、メキシカンのエルネスト(アーネスト)の3人。様々な国、人種、宗教の人々と言葉を交わすのは、いつでも楽しい。驚きや発見が、いつもあるものだ。何よりも、「お互いを理解し合おう」という気持ちがそこにはあり、そういう共通認識を分かち合えたとき、とてもハッピーになる。
このバーで働く、背が高い、ハンサムなメキシカンでゲイのエルネストは、特に僕のお気に入りのスタッフで、面白いエピソードもあるのだけれど、その話は長くなるのでまた別の機会に。
今夜、バー・カウンターの向こうでダニーが言う。
「夏はほんとうに忙しいんだよ。クタクタになる。これから数ヶ月は、ちょっとのんびりかな。ただ、もうすぐラマダーンがあるから、その時にはモスリムの客がちょっと増えるけど」
ヨーロッパからのバカンス客が多いこのAtoll。一番忙しいのはやはり、毎年6月から8月末だという。ヨーロッパ人のサマー・バカンスの季節だ。
ラマダーンはモスリムたちの断食の季節だが、それは同時にモスリムにとって「休暇の季節」でもあるらしい。仕事や会社が休みになるからだ。というわけで、ラマダーンの季節にここへやって来るイスラム教の旅行者たちがいる。この小さなAtollにはキリスト教の教会だけではなく、イスラム教のモスクもある。
このAtollが含まれる海域は、モルディブ共和国と呼ばれている。いわゆる「モルディブ」。
モルディブは、200を超すAtollからなる諸島の国家だ(多くは無人島)。
ここへやって来るまで僕はまったく知らなかったのだが、モルディブ人は、100%モスリムなのだという。そう、サウジアラビアのように、インド洋のこの美しい海域は、100%正真正銘のイスラム教世界なのだ。
とは言え、戒律が厳しいサウジアラビアとは違って、ここではお酒が飲めるし、トップレスになって浜辺でくつろぐフランス女性だって大勢いる(サウジアラビアでそんなことが起きたら大変だ)。
モルディブは、大きく観光業に依存している国である。比較的豊かな国のようだが、オイル・マネーに潤うイスラム国家とは異なる。前述したように、欧米のリゾート会社に島々を長期レンタルすることで、また、それらの島々へやって来る世界中からの旅行者が置いていくお金によって、国の財政の根幹は成り立っている。
ここはイスラム教の国だが、海のリゾートに酒と水着は外せない。イスラムのルール通りにしていたのでは、欧米やアジア各地からのリゾート客を楽しませることができない。つまり、リゾートになっているモルディブの島々は、実質上イスラムの教えからの「治外法権」ということになる。
旅行者は、それぞれのリゾート島に入ってしまえば、ピニャコラーダでもマティーニでもワインでもビールでも、何でも飲める。裸で泳いでいても何も言われない。

「小さなAtollから出てきて、こういったリゾート島で働くうち、すっかり教えを忘れてしまう若者たちがいて、問題です」
妙に深刻な表情で語るアサードは、このリゾート地で働くスタッフのひとり。モルディブ人。名前からわかるとおり、イスラム教徒だ。このリゾートでキャリアの長い彼は、この施設スタッフの中では国家元首とも打合せを持つことがあるほどの立場にある人だ。実にフレンドリーでノーブル、きれいな英語を喋る。ここ数日、毎日、朝食や昼食のテーブルを共にしている。
「周りにお酒があって、水着姿の女性たちがいて・・・。戒律を守るのも簡単ではありませんね」と僕が気軽に言うと、アサードは真面目な表情でこう言った。
「でもそれは、私たちが神と交わした約束なのです。守らなくてはいけません」
彼の言い方によれば、彼の信じるイスラム教とはこうだ。
「私が(つまり、彼が)、神と交わした約束」
彼は、自分自身がいつか交わした神との約束を「守る」ことを生きる上での規範としている。たとえば冗談半分で僕が「浮気」について質問したとき、彼は笑いながらこう言うのだった。
「あなたが浮気をしようが、何人もガールフレンドがいようが、それはかまいません。それは私の人生ではないし、私の問題ではありませんから。でも、私は、今の妻と結婚したとき、私の神に彼女と一生を共にすることを約束したのです。だから私はその約束を破るわけにはいかないのです」
僕は宗教については基本的に無知な人間だが、アサードの「神との約束」という表現は好きだし、「あ、わかる」と思った。
たとえば僕の家の「サボテン」も「ミニ菩提樹」も「パキラ」も、同居する2匹の猫も、僕の家人も、それらはすべて「約束」なのだろう。確かに、そこにはお互いの「約束」がある。ただ、これまでそう考えたことがなかったので、そのアイディア、コンセプトは新鮮で、驚きだった。
パキラの生命がある限り僕は彼・彼女と共に生活しなければならない。それは僕とその植物とが交わした「約束」なのである。
アサードの言った約束が交わされている空間は彼の家族=家だが、それはそのまま村や土地、国、地球規模へと広げていくことができそうだ。
僕らはみんな地球に暮らしている生き物であるわけで、その生き物にはいろんな種類、数がいる。植物、昆虫、魚、哺乳類から爬虫類、鳥類・・・、多種多様、いろんな生き物。みんな命ある生命体だ。
僕らはみんな「約束を交わした共同生命体」ではないだろうか。
僕らは、かつて僕ら人間が、僕ら以外のあらゆる生命体と交わした大切な約束を、今も守れているだろうか。

今日は、2つの塔が崩壊した「9・11」から5年目の日。モルディブの小島から心はやっぱりマンハッタン島へ飛び、あの日のことを考えてしまう。
5年前の9月。
ついに2つの塔が崩壊したNYに僕はいた。
毎日、毎日、1日中、2つの塔が崩壊した街を歩き回った。写真を撮り、いろんな人々へインタビューしたのだった。すさまじい黒煙と噴煙が舞い上がるダウンタウンを中心に、毎日、ほんとうに全身真っ白になりながら歩いた。
グラウンドゼロ近辺では、匂いがとにかくひどかった。くすぶり続けていた死体から漂う悪臭。それは鼻腔の奥を鋭く付いた。あのひどい匂いは今も忘れられない。強烈な匂いだった。真っ白な灰で真っ白になった髪の毛や手足・・・。でも、長崎・広島はこんなものではなかったのだろうな、と思った。戦場となった沖縄の島々のことを考えた。9・11のニューヨークを体験したことで僕は、生まれて初めて本当の意味で「戦争について考えた」のだったと思う。
チャイナタウンのキャナルストリートが、グラウンドゼロへの「壁」だった。そこはツインタワー崩壊直後から警察官によって壁になっていたのだ。
1週間後、そのロックアウトが解かれた直後から、たくさんの人々がグラウンドゼロを目指し始めた。1年後そこは記念写真を撮る格好の場所になっていたが、9・11勃発当時は、写真を撮る人はいても(僕も撮っていた)、そこは確かに痛みと悲しみの現場だった。そこはピースサインをする記念撮影の現場では決してなかった。そこには塵と埃が舞い、多くの警官や消防隊、軍隊が活動していたグラウンドゼロであり、その痛々しい景色を遠巻きに眺めていた人々は、純粋な巡礼者だった。僕もそのひとりだった。宗教的な意味ではなく、命を尊ぶ者としての巡礼である。
あのとき、グラウンドゼロには、涙を流している人がたくさんいて、怒りを何かにぶつけている人々も大勢いた。でも多くの人々は、ただ静かに見守っていた。みんな、心の中で、祈っていたのだ。何を、何に祈っていたのか?
彼らは、つまり僕らは、確かに何かに祈っていた。確かに。その対象が何かは今もわからないし、その対象を、思いを、宗教として信じるかどうかは別の話だ。でも僕は祈らずにいられなかったし、何よりも、願った。平和を。ほんとうの意味での平和を。
あのとき、僕らは約束を交わしたのだ。2001年9月11日、あるいはそこから始まった数日間、僕らはニューヨークで約束を交わし合った。その約束は、「世界が交わした約束」だと思っていた。最初のうちは・・・。
世界があのとき、「約束を交わした」と思っていた。
けれど、「約束」は、やはり、なかったのだろうか。

<今回の旅のヘヴィ・ローテ>
『EXHAUST NOTE』DSK
『FIRST THOUGHT BEST THOUGHT』ARTHUR RUSSELL
『夢の引用 Love and Soul of Toru Takemitsu』Quotation of Dream
『DUB AINU DELUXE』OKI
『エテパルマ』中島ノブユキ
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by imai-eiichi
| 2006-09-11 21:47
029【Atoll 2 環礁の朝食、少年の夢】

このAtollでしっかり朝ご飯を食べたければ、レセプションの正面、大きなバニヤン・ツリーの手のひらの下にある、メイン・ダイニングへ行かなければいけない。
メインと言っても、サブがあるわけではなく、基本的に食事ができるのはこのリゾート施設の中でここ一箇所のみ。実は他に、予約制でコース料理を食べる小さなレストランと、サンドウィッチなどが食べられるバーがあるのだが、ほぼすべての滞在客は、このメイン・ダイニングで供されるブッフェ・スタイルの食事を1日3食味わっている。そう、3食すべてブッフェ・スタイルというのが、ここのリゾートの基本だ。そしてそれらの食事(ワインやビールは飲み放題)は、宿泊費にあらかじめインクルードされている。
僕は、日本では朝食はまず食べないが、旅先では常にしっかり食べる。
旅では毎回の食事は大きな楽しみのひとつであるし、また、取材=仕事で滞在していると、「食べられるときにしっかり食べる」ことが重要。朝を抜いてお腹が空いていると仕事に身が入らないし、集中力が持続しなかったりアイディアが出てこなかったり、第一にイライラしやすい。
だからこのAtollでも、毎朝早起きして僕は、しっかり朝からたっぷりのご飯を食べている。
メイン・ダイニングのブッフェは、3食とも、質量共に豊かだ。
それで、朝ご飯。
卵料理は、ブッフェとはいえコックがいてオーダーしたものを目の前で作ってくれるし、あとは並べられているものと言えば、米国的にソーセージやベイコンといった朝の肉類がいっぱい、イタリアっぽくサラミや生ハムなどもたくさん並んでいるし、各種サラダがあり、茹でた野菜も並ぶ(僕は基本的に生野菜より温かい野菜が好きだ)。フレンチトーストなどもある。
フルーツはとにかく豊富。ヨーグルトはパックのものもあれば、プレーン・ヨーグルトも皿にどっさり盛られている。アジアからの滞在客が大勢いるということで、韓国、中国、日本の、それぞれのスタイルの朝食も用意されている。もちろん、ここはフレンチ・リゾートなので、クロワッサンをはじめ、パンが各種たっぷりだし、チーズやオリーブといったものもたっぷり(昼食、夕食では、その他にデザート類も加わる)。
僕は、滞在中毎日同じ朝食を食べている。
言い訳をしておくと、東京での僕は、とんかつは目黒にある一軒の大好きなとんかつ屋に、ラーメンは乃木坂にある一軒の大好きなラーメン屋に、蕎麦は広尾にある大好きな蕎麦屋に、イタリアンは武蔵小山にあるシシリーのシェフがいる一軒のイタリア料理店に、鮨ならキラー通りにある小さな鮨屋に、飽きもせずもう何年も通っている。浮気は一切しない。美味しいと知ったらそこにしか行かない主義なのだ。
どうやら僕は同じものを毎日食べることが好きな人間のようだ。というか、チャレンジ・スピリットに欠けている、というか。まぁ単純に、試して裏切られるくらいなら最初から知っているところでお金を使いたい、ということだろう。
とは言え、保守的なグルマンなんているわけがないし、食べることが好きならいろいろ試すべきではないか、とも思う。
まぁ、そのことはいいとして。
とにかく(Anyways)、そんなわけでブッフェで食べるものも、たとえ色々置いてあって毎日変化があっても、同じものを毎日とってしまう。これは単純に僕が「ブッフェが苦手」というだけのことかもしれないけれど。

僕のAtollでの朝食。
まずカフェオレ。なぜか南洋のミルクはコンデンスミルクのような味わいで、あまり美味しくないが、仕方がない。ほんとうは、このカフェオレにクロワッサンやパン・オ・ショコラをびしゃびしゃ浸して食べるのが好きなのだが、ここではそれはやらない。
まず朝食の前菜は・・・サイコロ状に小さく刻んだフルーツを深皿に盛り、その上からドライ・フルーツとナッツをふりかけ、さらにプレーンのヨーグルトをどろりとかける。これが朝食の前菜。これだけならとても健康的なのだが、貧乏性なのか、それともやはり極度のブッフェ下手なのか、ついついその後もまだ食べてしまう。
それでメイン・ディッシュ。シェフのところで、細かく刻まれたピーマン、マッシュルーム、オニオン、ハムがたっぷり入ったオムレツをひとつ作ってもらい、それを大きめの皿の片側に盛ってもらう。その卵料理の隣に白飯を大盛り一膳分ほどのせる。ご飯に鰹節とイリゴマとフリカケをかける(そういうものもあるのだ!)。横に、梅干し(なかなか美味しい)、キュウリのキューちゃんのような漬け物(決して悪くない)、韓国のキムチとカクテキ(かなり美味)を盛って、できあがり。箸も置いているのだが、これを僕はナイフとフォークで食べるのが好きだ。勝手知ったる味なのに、異国の気分が味わえるから(実際、異国にいるのだけれど)。
この広いメイン・ダイニングのチーフ・シェフはインドネシア人で、コックには中国人、韓国人といるから、アジアのいろんなものは信頼して食べられる。キムチはとても美味しい。
とにかく、こんな具合で朝からもりもり食べてしまい、お腹がパンパン。だから、朝食後、コーヒーでくつろいだらプールに直行し、しっかり泳ぐのが日課になっている。
美しい海に面したプールは、リゾート仕様ではあるけれど、タテにしっかり長さがあるので、混んでいなければきっちり泳ぐことができる。朝はガラガラだから、もくもくと泳いでいても問題ないのだ。泳ぎ疲れてプールの淵に手をつけば、目の前にターコイズ・ブルーのインド洋。遠くに、小さな無人のAtollがぽつん、ぽつんと見える。
こういった風景から僕が即座に思い浮かべるのは、池澤夏樹さんの小説『夏の朝の成層圏』(中公文庫)の「僕=彼」が、太平洋の漂流の末に辿り着く無人島=環礁の風景。あるいは、その物語とちょっぴり似ている部分がいくつかあるトム・ハンクス主演映画『キャスト・アウェイ』のあの無人島(環礁)。また、サマセット・モームやゴーギャンがかつて思い描いた世界にも、どこか似たような風景があったかもしれない。

濃いブルーの外洋が広がり、ぽつん、ぽつんと、ターコイズ・ブルーの環を描く海域が現れる。たとえば空から近づいていけば、その円形の海域は小さな、ほんとうに小さな島で、ターコイズ・ブルーの環が外洋との境目であり、その内側に浅瀬の海があり、その中心に砂地がある、という風景だ。そう、その小さな島がAtollである。ブルーの色が変化する環は、そのAtoll=環礁のリングである。
この景色から連想するのは、前述した池澤さんの小説や、トム・ハンクス主演映画のような、「外洋を漂流して、辿り着いた小島」という物語。そしてそれは、僕自身が少年の頃から憧れ続けてきた境遇なのだ。『十五少年漂流記』の世界にどっぷりはまっていた少年時代、僕の夢は、「船から落ちて漂流し、無人島に漂着すること」だったのだから。
けれど、リゾート仕様のプールの淵に手をかけて、椰子の木陰で潮風を感じながら目の前のインド洋を見ていると、あのリーフ(環)の向こう側の外洋はまさに別世界であり、あのうねり高い海でひとり漂流し、このようなAtollに漂着するなんていうことは、まさに「奇蹟」以上の何ものでもないと思えてくる。それは、サーフボードで波を待つのとはまったく違う。あの外洋のうねりは、小さな人間ひとりを、何処にも運ばない気がする。運ぶ先は「死」でしかない、というような。
環礁のあのリーフまでは浅瀬で静かな海だ。そこは歩いても移動できるほど。でも、あの環の外は別世界。そこを漂流するなんて、とてもじゃないが、できそうにない。
僕がこうして時間を過ごしているAtollは、かつてはきっと無人の環礁であったのだろうと思う。
今は、フランスのリゾート会社がここを買い取り(あるいは借り切り)、このように美しい施設を作り上げ、世界中からゲストがやって来ている。
そんなリゾート島になったAtoll、その人工のプールの淵に寄りかかりながら、僕はどうしても想像してしまう。
もし、ここが無人の環礁で、僕は今、外洋から漂流してやっとここに流れ着いた身であったとしたら・・・と。
その想像はものすごく刺激的。そして視覚的に物語的に自分勝手にいくらでも膨らんでいくものであり、ああだこうだと考えていれば1日の浜辺での時間を全部奪ってしまいそうだ。一方で、もし実際にほんとうにそうであったなら、つまり僕が今、漂流者としてひとり無人のAtollへやって来たのだとしたら、今朝も僕は何の朝ご飯にもありつけず、お腹ぺこぺこで情けない思いの中、浜辺の木陰で小さくなっているのだろう。
南洋の無人島に漂着する少年の夢は、しょせん夢でしかない。でも、子供の頃の僕にとってそれは、小学校の作文で「将来の夢」というテーマが出された時には常に書いていた「自分の将来の夢」だったのも事実。
そう、だからこのAtollは、少年時代の僕が夢に描いた外洋の中の環礁であり、けれど大人になった今それは、何もかもサービスされる近代的な離れ小島なのだ。
そういうわけで、なんだか複雑な気分である。居心地はいい。でも、「まてよ、オレが望んでいたのはこれじゃないぞ」という感じ。それでもやはり、お腹いっぱいの朝ご飯は幸福なのだけれど。やれやれ、僕は漂流者には決してなれないということだろう。東京ですら馴染みの店にしか行けないようでは、当たり前か。

<今回の旅のヘヴィ・ローテ>
『ANCIENT FUTURE』CALM
『THE CONSTANT GARDENER』Original Soundtrack
『PIETA』MILTON NASCIMENT
『ONE PERFECT SUNRISE』ORBITAL
『SOLITUDE ON GUITAR』BADEN POWEL
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by imai-eiichi
| 2006-09-06 20:18
028【Atoll】

海の上で、島よりもずっと小さく、けれど人が暮らせるくらいにある程度の土地が存在している場所を、Atollと呼ぶ。「環礁」と日本語の辞書には出ている。
珊瑚礁が「環」を形成しているから、環礁。
その環の中に、ちょっとだけ、砂地がある。砂と言ってもそれは、公園の砂場に敷かれた砂とは違う。真っ白なそれは、古い珊瑚のなれの果て、隆起して死んだ珊瑚が粉々に砕けて白い砂地を形成しているわけだ。
とにかく、島民たちはその白い土地の上に暮らしている。そこに家を建て、マンゴーやグアヴァの木々を植え、必要なら家畜を飼い、可能なら畑を耕しているだろう。ただ、多くのAtollは、米や農作物を耕す畑には適していない。島よりもずっとずっと小さなAtollには山がない。つまりそこには滝がなく、つまり川がない。そこには(ほとんどの場合)淡水が湧き出る泉が存在していない。飲料水は雨水である。畑を耕して作物を育てられるほど安定した水量が確保できないのだ。
とは言え、食べ物にはそんなに困らない。島民たちは昔から海に出て魚を漁ってきた。魚は豊富だ。珊瑚礁の海には、たくさんの種類の魚が生息している。タコやイカもたくさんいて、環礁の中を歩いていればそれらが足下を漂うように泳いでいく。Atollにはバナナ・ツリーやグアヴァ・ツリーといった果物の樹木が生息している(多くは植林したものだ)。海辺の椰子の木々の実も重要な飲食物だ。
Atollとは、そんな「小さな、小さな島」なのだ。Atollはだから、「環礁」の他に「環状珊瑚島」と訳されることもある。

今、そんなAtollのひとつにいる。
16人乗りのプロペラ機で空を飛ぶと、海の上には数珠繋ぎのように、次から次へとAtollが現れる。大きなAtollがあり、とっても小さなAtollがある。
ある程度の大きさがあるAtollには、ビルさえ建っているし、マーレという名のAtollは、「首都」と呼ばれるだけあって、ぎっしりとビルが林立している。この小さな珊瑚の島に、そんなにたくさんのビルを建てて大丈夫なのかなぁと心配になる。この海には地震はないが、津波はやって来る。この海域のAtollのいくつかは、数年前のインド洋大津波によって大きな被害を受けた。もちろんその被害とは、人間にとってのものである。たとえば、昔々から自然の成り行きでそこに生息する植物たちからすれば、そういった自然の出来事は、古来から綿々と続いてきた「ナチュラルなこと」だろう。自然にとって自然災害は「災害」ではない。それは「ナチュラルな出来事」=「森羅万象」だ。
逆に、自然にとってみれば、人間の存在こそが災害だろう。ビルが無数に建ち我が物顔の車が行き交う都市は、猫や犬といった小動物にとってみれば「ひどい災害」だろうし、勝手に街路樹にされてしまう木々にしてみたら災害どころかそれはめちゃくちゃな「奴隷制度」だ。僕らは木々や緑を奴隷化して「美しい」と呼んでいるのだから。
まぁ、それはいいとして。
閑話休題。
Atollは無数にあるように空からは見える。ずっと遠くまで、いくつもいくつも、大小様々なAtollが点在しているのだ。無人のAtollもあるが、多くのAtollはリゾート地になっている。熱帯の緑が植林され、浜辺にはきれいに椰子の木々が並べて植えられ、長い桟橋がある。小さな、小さな陸地には、ホテルがある。多くはコテージ・スタイルの、つまり平屋の一軒家風の部屋が連なるホテルで、その最上級の部屋は海の上に作られている。いわゆる水上コテージと呼ばれるものだ。
プロペラ機で空を飛んでいくと、そういったリゾートがいくつもあることがわかる。
そのひとつに今、僕はいるというわけだ。
ここは南北に細長いAtollだ。細長いと言っても、実に小さいから、歩いていて「長いなぁ」とは感じない。島の南の端から北の端まで歩いても、わずか15分ほど。それも、のんびり浜辺を歩いたとして、である。もしジョギングシューズを履いて走ったら、あっという間に島の向こう側に着いてしまうだろう。西の浜辺から東の浜辺は見渡せるほどに近い。毎朝、(米国人のように)島の浜辺をジョギングしている人がいるが、きっとつまらないだろうなぁと思う。あっという間に一周できてしまうのだから。
島で一番背が高いのは、浜辺の椰子の木々だ。・・・と書いてから、そうじゃないことに気づいた。一番大きく、背も高いのは、島の中心に生えているバニヤンの樹だ。日本語で菩提樹、沖縄ではガジュマルと呼ばれる樹。仏陀がこの樹の下で悟りを開いたと言われることから、仏教の国では神聖なる樹とも言われる。
とにかく、そのバニヤンの樹や、浜辺の椰子の木々よりも背の高い建物は一切ない。狭い陸地には無数のコテージが建てられ、そこにゲストたちが泊まっている。ここのリゾートでもやはり最高の部屋は水上コテージである。仕事でやって来た僕は、運良くとやはり言うべきだろう、その水上コテージの部屋に泊まっている。正直ひとりで泊まるべき部屋ではないと思うのだが、広くて、眺めは素晴らしく、ひとりで泊まっていても心地いい。

広いラナイに座ると、目の前は海。200メートルほど先にリーフがあり、外洋のうねりはそこで砕けて波になっている。そう、そのリーフが、このAtollの「環」なのだ。珊瑚の環に囲まれたここは内海であり、とても浅く、静かな海だ。珊瑚礁の中にあるから、(海だけれど)「礁湖」と呼ばれる。つまりLagoon。
この水上コテージには海へと降りるステップがついていて、部屋から直接そのラグーンへと降りることができる。毎朝僕は、シャワーがわりにこの海へ入り、泳ぐ。ターコイズ・ブルーの海の中は驚くほど透明だ。泳ぐ僕のすぐそばを、アカイトマキエイや小さな白いサメたちが通り過ぎていく。
<今回の旅のヘヴィ・ローテ>
『STRAW HAT, 30 SEEDS』GABBY & LOPES
『ONE PERFECT SUNRISE』ORBITAL
『SOLITUDE ON GUITAR』BADEN POWEL
『OTHER SONGS』RON SEXSMITH
『CAFE DEL MAR IBIZAvol.7』VARIOUS ARTISTS

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by imai-eiichi
| 2006-09-03 18:05
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