ビーチサンダル・クロニクルズ TEXT+PHOTO by 今井栄一

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027【旅すること、定住すること】

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 それは悪い癖だと思うのだ。作家やライター、写真家、編集者などに頻繁に見られる悪癖というか、ついついやってしまうこと。それは、どこかへ取材旅行へ行って、その数日間あるいは1週間なりで「知った気になっている」・・・。
 たとえば、ハワイでもニューヨークでもいい。1週間、撮影やインタビューでその地へ行くとする。5泊とか6泊とか、ある程度の日数を過ごして帰国する。ただそれだけのことなのに、「ニューヨークってさ・・・」とか「ハワイって、あれだよね・・・」とか、まるで3千年前の古の時代から現在までひとっ飛びに全部体験してきたかのように語る人がいる。
 もちろん、僕もそういうことをしてしまう。
 愚かな悪癖だと思うのだ。何も知らないくせに(だいたい自分のことだってよくわからないくせに)。

 たとえばニューヨーク。
 「ニューヨーク、ニューヨーク」と言えばそれはマンハッタン島のことだけれど、そのことさえ知らない人は多いかもしれない。ブルックリンのことをどれだけ知っているのか、クィーンズは? 地下鉄のN・RラインとFラインの違いを知っているだろうか。そこに乗っている人たちの違いを。マンハッタンは人種の坩堝などではなく、かなり大雑把なサラダボウルで、アイリッシュにはアイリッシュのコミュニティが、ジュウイッシュにはジュウイッシュのコミュニティが根強く残り、それは行政や官僚システムの中にも色濃く存在している。
 消防署に勤めるのはスコティッシュ、警察官はアイリッシュ、グロウサリー・ストアは韓国系・・・、そういうことを1週間で知ることができるだろうか。マンハッタンの古典的なダイナーに入ると、テイクアウト用のコーヒーのその紙コップには、必ずギリシア文字が描かれていて、ギリシア彫刻がイラストされている。なぜか。半世紀前からニューヨークでは、総じてダイナーはギリシア移民が経営してきたからに他ならない。
 ちょっと滞在しただけでは知り得ないことが、街や土地には無数にある。

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 じゃあ、長く滞在すればいいのか。
 沢木耕太郎さんは『天涯 第一』にこんな文章を書いている。

 旅は素晴らしく、同時に無残なものである。
 長く旅をしていると、旅人の背中にその無残さが貼りついてくる。
 それを避けるためには、貼りついてこようとする無残さより速く移動することしかない。

 かつてバリ島で、アリゾナで、ハワイで、ロンドンで、あるいはギリシアで、「旅の無残さ」を背中に背負った人々を見たことがある。そこに居続けることで、長くそこに居たがためにもう出発のきっかけを失ったがために、彼らは旅行者から滞在者へと変貌し、さらに居住者になってしまったわけだ。もう、彼らは旅人ではなかった。かつては旅人であったのだ。だからこそ、彼らを見るのは辛かった。
 いつか自分もそうなるのだろうか・・・、そう考えるのは悲しいことだった。痛いことだった。

 星野道夫さんの文章が大好きだ。
 旅に出るとき、あまり本は持たない方だけれど、星野さんの本を持っていくことはある。よく持っていくのはやはり、『森と氷河と鯨』。いつ読んでも、何度読み返しても、その本の様々な場所で僕は涙をぼろぼろと流してしまう。「・・・なぜあなたがたは魂のことを話さない!」と老いたインディアンの女性が語るシーンで、涙がとめどなく流れてしまう。
 星野さんは表現者であり、旅人であったと思う。旅人でありながら、アラスカに定住した人。彼は暮らしながら、ずっと旅していた。
 アラスカは広大。でもよく考えれば、ニューヨークでもハワイでも何処でも、「ある場所を知ろう」としたらその場所はとてつもなく広大なわけで、そこを徹底的に知りたいと思ったら、定住しなければならない。その覚悟が必要だ。星野さんには、その覚悟と、勇気があったのだろう。
 彼はアラスカに定住したが、その土地の中で常に魂を追いかけていた。それは精神の旅であり、永く続く旅である。すべての場所は彼にとって新しく、かつて訪れた場所であってもその場所は季節や時間、そのときの訪問者の心ひとつで「変わるのだ」ということを、知っていた。そして旅していた。
 アラスカを素直に、誠実に、そして徹底的に語ろうとした星野さん。そう、彼は、勇気を持ってそこに暮らすことを選び、見、体験していった。だからこそ、彼は語れたのだ。
 星野さんは仮住まいの旅人であったのだろうと思う。

 僕は移動することが好きだし、見知らぬ土地へ行くことは楽しい。訪れた場所を再訪するのも好きだ。けれど、「何処かに暮らしたい」と思ったことがない。でも、星野さんのように何処かに暮らし、その土地が内包する物語を(神話と言ってもいい)、隅々まで調べたり、聞いたり、知っていくということをしてみたいと思ったりすることが度々ある。
 結局、覚悟と勇気がない、ということだろうな。

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 それにしても・・・
 定住することとは、どういうことだろう?
 もちろん僕は今、東京に定住しているのだけれど。でも、「ここは自分の居場所じゃない。故郷とは思えない」という気持ちがいつもある。いつか僕は、「何処かに住みたい」と思うのだろうか。
 ああ、勇気と覚悟があれば、とそう思う。心から。


<今回の旅のヘヴィ・ローテ>
『O』DAMIAN RICE
『ONE PERFECT SUNRISE』ORBITAL
『SOLITUDE ON GUITAR』BADEN POWEL
『宇宙』フィッシュマンズ
『NOTHING'S LOST』STRYFOAM

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by imai-eiichi | 2006-08-25 22:59

026【旅の食卓】

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 旅先ではなぜか、いつも以上に早起きになる。その土地の朝の光、風、朝の空気を見逃したくないという、半ば焦りの気持ちが、僕を自然に目覚めさせるような気がする。
 ふと、目が覚めるのだ。だいたい夜明け前に。
 それは南洋の島とか北国の山とか、そういう場所に限ったことではなく、むしろ街に滞在しているときのほうが、もっともっと早起きになるかもしれない。

 たとえばパリでは早起きして「ブーランジェリー」へ行く。ブーランジェリーとはフランス語でパン屋のこと。
 パリのパンは美味しい。バゲット、と呼ばれるそれの美味しさは唯一無二と言いたいが、実はそうではなくて、店ごとに微妙に味が違って、そこがまたいい。味は微妙に異なるが、総じて美味しい。パリだけではないけれど。フランスのパンはなんであんなに美味しいのだろう?
 モンマルトルの丘の途中に好きな宿があり、その小さな宿から歩いてすぐのところにお気に入りのブーランジェリーがある。実は、朝起きて、街路に面した部屋の窓を開けると、その店からパンを焼いている匂いが漂ってくる。東京にいるとき、朝ご飯はほとんど食べないのだが(コーヒーだけ)、旅先で僕の胃は朝から活発で、「食べようよ、食べようよ、あのパンを食べようよ」と大声で語りかけてくる。
 シャワーをさぼって歯だけ磨いて、ビーサンひっかけてブーランジェリーへ行く。いろんなパンがあって目移りしてしまうのだが、とりあえずバゲットは外せない。あと、だいたいいつも買ってしまうのが、クロワッサン・オ・ショコラ、チョコレート入りクロワッサンだ。僕はそれを、大きなカップに作ったカフェオレに浸して食べるのが好きだ。
 とにかくブーランジェリーでバゲットを1本とクロワッサン・オ・ショコラを買い、宿の部屋へと戻る。わずか数分のその距離の間に、バゲットの半分近くを食べてしまうこともある。できたてのバゲットは美味しくて、歩きながらちぎって食べていると、もうどうにも止まらない。

 僕の場合、ヨーロッパを旅していて楽しいことのひとつに、パンが美味しいことがある。東京でほんとうに美味しい蕎麦屋やラーメン屋は実に少なくて、ほとんどの店は並以下だったり、「これならカップヌードルの方がずっといいや」というひどい店も多い。だから結局、蕎麦やラーメンは、馴染みの店にしか行かないことになる。「東京は美味しい店がたくさんあっていいね」というような言葉を聞くことがあるけれど、そうは思えない。確かに店の数は多い。でも、美味しい店は実に少ないし、何度も通いたくなる店は希少な気がする。
 もちろん、舌の感覚、というのは人それぞれ、千差万別なのだけれど。
 不思議なのは、パリでもリスボンでもミラノでもバルセロナでも、(ロンドン以外の)多くのヨーロッパの都市では、だいたい「どのパン屋も美味しいパンがある」と思える。それは、すごいことだと思うのだ。

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 村上春樹はかつて紀行文で(確か、『雨天炎天』か『遠い太鼓』のいずれか)、「トルコのパンは世界一美味しい」というようなことを書いていたと記憶するが、それについて僕は「異議なし、動議支持!」と手を挙げる。
 トルコは、パンが美味しい。僕がトルコに通っていたのはもう、かれこれ17年くらい前のことになるし、いろいろ事情は変わっていると思うけれど、きっとあのパンの美味しさは今も変わらないのではないか。パリのバゲットに相当するトルコのパンは、平べったい円形をしていて、かなり大きい。ずっしりと重い。大きいのに、当時、一斤(ひとかたまりで)10円ほどだった。貧乏なバックパッカーだったから、毎日それさえあれば(あとは時々のチャイ)、お腹は満たされていた。

 今年の1月に行ったスウェーデンもパンは美味しかった。
 北欧は、アラスカやカナダなどと似て、冬が長く厳しいせいか、肉も魚も塩漬けや酢漬けが多いし、総じて味が濃いというか、しょっぱい味付けの食べ物が多い。もちろん最近は変わってきているけれど、でも伝統的な食べ物は総じて塩気がびんびんにきいている。で、パンが進む、というわけだ。だから、パンが美味しくないと人々は食卓を楽しめない。パンは自然と美味しくなる、というわけ。
 もちろんこれは僕の勝手な理論なんだけれど、間違っていないと思う。たぶん。
 様々な事柄は繋がり、そして、巡っている。時に複雑に絡み合いながら。時にぷちっと切れても、どこかでまた繋がりが現れて・・・。

 いろいろな事象はつながっていて、特に食卓=食べ物を経験すると、その土地や街、国や文化と、実に広い大きな風景=バックグラウンドが見えてくることがある。
 発見の楽しさ。思考を巡らせることの喜び。

 なぜ塩が強いのか→塩をきかせて長持ちさせる→冬が長く厳しく保存しなければならない→保存食という意味で瓶詰めや缶詰が発達する→夏は果物が豊富でそれを瓶詰め=ジャムなどにする→ジャムが美味しい→ステーキなどの肉料理にもジャムをつける→ターキーにはクランベリー、トナカイにはクラウドベリーが合う→肉料理が多い→身体がでかくなる→北欧人たちはだから巨人なのだ・・・云々。

 たったひとりの旅先の朝食のテーブルで、そんなことを考えているときが楽しい。
 だから、よく取材(仕事)でどこかへ行ったときなど、あまりに過密なスケジュールで、食事はいつもコンビニのサンドイッチばかり、なんていうこともある。そういうのって、寂しい、という以上に、残念だ。何かを見失ったまま帰ってくることになるし、その「何か」とは、実はその旅の本質=核であるかもしれない。

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 なぜ、ここの土地の人たちはこれを食べているのか?
 それを考えることは楽しく、そんなことを思いめぐらせてくれる旅先の食卓が僕はたまらなく好きだ。



<今回の旅のヘヴィ・ローテ>
『SOOTHING MUSIC FOR STRAY CATS』EDGAR 'JONES' JONES
『SIGHBOAT』SIGH BOAT
『NASHVILLE SKYLINE』BOB DYLAN
『WHAT A WONDERFUL WORLD』LOUIS ARMSTRONG
『AIR'S NOTE』TAKAGI MASAKATSU

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by imai-eiichi | 2006-08-23 11:30

025【Field of Dreams】

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 火曜日の夜、ハナの村でナイトゲームを見た。ベースボールではなく、ソフトボール。

 ハナの村の海のそばに、「ハナ・スクール」という学校がある。木造平屋、なんだか可愛い、そして懐かしい風合いの建築物。壁がぜんぶペパーミント・グリーンにペイントされている。たぶん、学校の背後にある森の緑に合わせたのだろうけれど、なんだか妙に鮮やかなグリーンだ。小さな学校には野球場、バスケットボール・コート、テニス・コートなどの立派なボールパークがある。基本的には学校の敷地(校庭)だけれど、村人なら誰でも使っていいみたいだ。たぶん、空いていれば僕が使っていても何も言われないような気がする。誰も使っていないとき、空っぽのベースボール・フィールドは緑の芝生がふさふさとしていて、とてもきれいだ。
 その野球場の前の道、そこは2車線のローカルロード。通学用の路地でもあり、学校の子供たちが歩いていくから時速10マイルが制限速度になっている。道の途中にバンプがいくつかあるから、いずれにせよスピードは出せない。

 ところで、道路のこういった「バンプ」システム(道路の途中にでっぱりがあって、スピードが出しにくくなっているもの)、なぜ日本ではこのシステムが導入されないのだろう? 学校の前や病院の前、住宅街の狭い路地などなど、制限速度をもともと30キロとか20キロに制限している道路は、おしなべてバンプを設置すればいいのだ。バンプがあれば、悪質なドライバーでも仕方なくスピードを落とすだろうし(飛び跳ねて危険だし、車の故障の原因になるから、スピードを出せない)、結果、みんなゆっくり走るようになる。日本は、警察も、道路システムも何もかも、「捕まえる、罰金を徴収する」ことにばかり一生懸命で、「防止する」という姿勢が欠如している。とは言えこれは、何も警察に限ったことではないのだけれど。この国のダークサイド、圧倒的な闇だ。
 日本について考え出すとストレスばかり溜まる。
 やれやれ。
 閑話休題。
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 ハナの話だった。
 とにかく、その道の途中に一軒の家があり、その前が駐車場になっている。
 火曜日の午後、その駐車スペースに大きなピックアップトラックが停められ、その脇にキャンプの時に使うような折りたたみ式の大きなテーブルが出され、何やら始まったのだ。
 近くをうろうろして見ていたら、ローカルのハワイアンたちーーきっと家族だろうーーがピックアップトラックの荷台からいろいろ荷物を降ろしている。大きな炊飯器、大きな鍋3つ、コンロ、料理に使うバットの大きなもの、クーラーボックス、そしてプレートランチ用のプラスティックの(蓋付きの)プレートが大量に。
 やがて、手書きの看板が道路に向かって立てられた。
 「プレートランチ、5ドル。チキン、ビーフ、ポーク。ポキ、マカロニサラダ付き・・・」
 そう、地元一家が突然始めたプレートランチの屋台、というわけだ。なぜ突然今日? 理由は1時間後にわかった。
 夏の今、毎週火曜日と木曜日は、「ナイトゲーム」の夜なのだ。ソフトボールの対抗戦が行われていて、ナイターが2試合、目の前のハナスクールのボールパークで行われるという。
 後で見に来てみようかな・・・、ぼんやり、半ば「どうでもいいけれど」という感じで考えて、とりあえず僕は、いつものようにホテル・ハナ・マウイのバーへピニャコラーダを飲みに行った。それが、火曜日の午後6時前。

 陽がすっかり暮れてから。
 部屋へ戻ろうと広い敷地を歩いていたら、遠くから歓声が響く。行ってみれば、ソフトボールのナイトゲームの真っ最中。とても身体の大きな(太め、という意味)連中が、かなり熱心にプレイしている。もちろん試合。しかも、かなりの真剣さが伝わってくる。攻守交替の際には、ベンチ前で円陣が組まれ、「行くぞーっ!」「オオーッ!」的なかけ声がかけられるのだ。

 すぐに気づいたのだが、ルールが独特、僕らが小学生の時に習ったものとはかなり違うこと。
 まずピッチャーは、「シャッ!」という感じでいわゆるスピードボールを投げてはいけない。オリンピックの投手のように投げてはいけないのだ。代わりにピッチャーは、「山なりのボール」を放ることが義務づけられている。ゆっくりふりかぶって下手でふわーっと、ボールは山なりになってバッターの手元へポトンという感じで届けられるのだ。
 ピッチャーは、山なりにゆるいボールを投げなくてはいけない。
 中にはかなりすごい山なりボールを投げるピッチャーもいて、いくら球速が遅くても、それはそれで打ちにくそうだ。
 そしてバッターは、1度の打席で1回だけしかバットは振ってはいけない。そう、だから、ファウルをしたらアウトだし、空振りしたら1回でアウト、というわけ。
 バッターは、バットを振るのは1打席で一度だけ。
 ピッチャーは、個性的な山なりボールをふわりと放る。星飛雄馬の大リーグボール3号のようにふわふわと。高く高くボールを放るヤツもいる。バッターはたった1度しかバットを振れない。というわけで、ルール的には、どちらかというと攻撃サイドに厳しさがあると言えそう。で、そのことが、面白さを倍増させていることがすぐにわかった。
 なぜなら、バッターは1度しかバットを振れないから、それだけテンポよくゲームが展開していく。かつ、バッター不利とも言えるルールだから、一方的なゲームになりにくい。接戦。見ていて面白い。何より、かなり巨_のハワイアンたちが一生懸命打ったり走ったり、守り、投げ、そして声をかけあっている姿は、見ていて実に楽しい。
 とにかく真剣。ベンチ前の円陣とかけ声が、その証し。真面目で、熱い。
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 夜のソフトボール・ゲームは、映画館ひとつない小さなハナの村の人々にとって、夏の風物詩であり、楽しみにしているナイトショーみたいだ。

 夜9時。今夜の2ゲームめが白熱している。
 フィールドを見渡す道路は今、スタンドと化している。車は一切通らない。なぜといえば、ここに今、この村人のほぼ全員がやって来ているからだ。今この時点でハナのハワイアンたちは、プレイしているか、見ているか、そのどちらか、である。先ほどのプレートランチを食べながら見ている人たちもいるし、家から6パックを持って道路にどてんと座って仲間とお喋りしながら、でも真剣に、ゲームに見入っている連中。家族連れ。カップルはデート中。
 米国は野外でビールなどアルコール類を呑んではいけないのだけれど、そこは小さなハナの村、なんでもいいのだ。というわけで、僕は6パックのおじさんにウィンクして、見事クアーズライトを1瓶せしめた。軽いビールを口に見るナイトゲーム。すごくいい気分。

 良いプレイがあると、真面目な評論が始まる。
 「今のはすごいプレイだったな」
 「いやいや、この前の試合のダニーのプレイを見たか? あれがほんとうのファインプレイさ」
 「いや、オレが見ていた先週のゲームでは・・・」
 という感じ。見ている方も熱い。
 「あいつを見てろ。すっごい足が速いんだぞ」などという解説が入るとみんながじぃっと見入って、そのプレイヤーが見事ツーベース・ヒットでも打ったりすると拍手喝采、やんやの大声援となる。もちろん、どのプレイヤーもみんな顔見知り。観客はファーストネームかニックネームで呼んで応援し、ヤジる。

 大人たちがそんなふうに、実に真剣に(6パック片手に)ソフトボールのナイトゲームに見入っている間、子供たちはというと、道路でスケートボートに夢中だったり、年頃の男女はナンパ合戦というか、恋のさや当てに忙しかったり、という具合。
 そう、かつての日本の村祭りと同じで、こういう場所・時間は、「目当ての相手(男、女)と出逢う場」でもあるのだ。若者たちからは、そういう空気がむんむんと発散されていて、近くを通るとそういうヴァイブを感じる。それもまた、楽しかったりする。
 僕はすっかり真っ黒け。長髪を風になびかせてビール片手に歩いていたら、浅黒く可愛いハワイアンの女の子から声をかけられた。「Hey You, where're you from? Tokyo?」・・・って、君は東京以外に街の名を知っているのかい?
 もちろん友達になろうとお喋りしていると、すぐに数人の女の子たちが集まってくる。年齢がぜんぜん違うからこっちはただ面白半分だけれど、悪い気はしないし、こうやって友達ができていくのだ。そのうち、彼女たちの同級生や近所の男の子たちが遠巻きになって周囲に立ち始め、こちらの会話に入りたくて仕方がないといった風情。女の子たちと話したいのだ。もちろん、女の子たちだって、僕なんかより、地元の男たちがいい。というわけで、そのうち僕は自然と輪から離れ、今度は少し遠くから、4対4くらいの村の男女の恋のさや当てをにやにや眺める番になる。
 そうこうしている間にも、ソフトボールのゲームは進行している。
 素晴らしい、ハナの夜。フィールド・オブ・ドリームスの夜。

 翌日、名物「ハセガワ・ジェネラル・ストア」の男の子が教えてくれた。なんと、小さなハナの村には16チームもソフトボール・チームがあって、毎夏、熱心にリーグ戦が行われているという。次は木曜日の夜。今から楽しみだ。6パックを持って見に行こう。
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※6パック=缶や瓶のビールの「6 Pack」。通常ビールを6本セットで売っている米国では、スラングでこう呼ぶ。「ミラーの6パック、買ってきてよ」と頼んだり、「バド、6パック大安売り!」と出ていたり。


<今回の旅のヘヴィ・ローテ>
『A COLLECTION』BILL FRISELL
『BEYOND THE MISSOURI SKY(Short Stories)』CHARLIE HADEN & PAT METHENY
『ON AND ON』JACK JOHNSON
『SMOKE SIGNALS』SOUNDTRACK
『BLACK SAND』LED KAAPANA

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by imai-eiichi | 2006-08-15 17:49

024【Hana】

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 ノニは、ホテル・ハナ・マウイのコンシェルジェのひとり。サーファーであり、勇壮で美しいフラを踊る、ハンサムなハワイアンの男だ。
 このホテルには5〜6人のコンシェルジェがいて、交替で勤務している。白人は(確か)2人。あとはみんな、ハナ出身の先住民系ハワイアンだ。ノニもそのひとり。
 「10月に、またハナへ来ようと思っているんだよね」と僕が言うと、「じゃあ次は、カフルイからドライブして来るのではなくて、飛行機で来るといいよ」と真面目な顔でアドバイスをくれた。
 「確かに、カフルイから2時間かけてハナへ来るのは楽しい。風景は美しいし、くねくねした山道はドライブにぴったりだ。滝があって、古い小さな橋をいくつも渡ってね。でも、それは1度か2度やれば、充分じゃないかな。やっぱり疲れるし、何より、せっかくならさっさとハナへ着いてしまった方がいいんじゃないかな。次に来るときには飛行機でハナ空港へ飛んでみたらどうだろう。ホノルルからも、カフルイからもフライトはあるし、オフシーズンには、かなり値段が安いんだよ」
 小さなハナの村には、小さな空港がある。夜間飛行はできないけれど、昼間は、ホノルルから、カフルイから、ヒロからと、いろいろなフライトがあるという。
 ここ1〜2年で、ハワイの島々の間を結ぶ航空会社の数が増えた。それまではほとんど、ハワイアン航空とアロハ航空の2つのチョイスだけだったけれど、今では、ゴー!航空や、インターアイランド航空もあるし、ユナイテッド航空も夏季だけ臨時便として島間のフライトを出している。競争が激しくなってチケット価格が下がるのは、利用者には嬉しいことだ。マウイのカフルイ空港から車でハナへ向かうと、だいたい2時間はかかる。飛行機なら、ホノルルから30分ほどでハナに着いてしまう。運転する必要もない。
 インターアイランド航空はホノルルからハナへYS11ダッシュ8を飛ばしていて、そちらのオンシーズン・チケットは100ドル以上するようだけれど、オフシーズンには(安いときには)50ドル前後で飛べるという。なるほど、それなら、車で時間をかけて来るよりもずっといい。だって、やっぱり「早くハナへ着きたい」のだから。

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 ホテル・ハナ・マウイは、長期休暇を楽しむ人たちのために様々なレクレーションを毎日用意している。フラのワークショップや、ウクレレ教室、レイ・メイキング、ホースバック・トレッキング、そしてもちろん毎朝のヨガ、エトセトラ、エトセトラ・・・。ハナで(ちょっとだけ)学ぶフラやレイ・メイキングは、楽しくて、嬉しい。

 たとえばこんな1日がある。

 朝6時に目覚めて、オレンジジュースとコーヒーだけの朝食を部屋ですまし、朝ヨガへ行く。6時半から1時間のコース。参加者の半分は初心者だから、身体をほぐすこととリラックスすることを目的とした、シンプルで簡単な動きばかりだ。インストラクターは何よりも参加者の呼吸を重視する。深く吸い、ゆっくりと吐く。とにかくそれを繰り返すことで、身体と脳を目覚めさせ、血の巡りを促進し、内臓を活性化し、結果、今日の始まりを心身共に元気いっぱいにしてくれる。
 汗をたっぷりかくので、ヨガの後はそのまま水着になってプールで泳ぐ。だいたい30分くらいみっちり泳ぐ。ハナ・マウイのプールは、海抜けの美しいプールだが、みっちり泳ぐことのできる大きなものだ。朝は子供たちもいないし。泳いだら、隣のホット・ジャグジーに入って再びリラックス(朝風呂だ)。それから歩いてコテージへ戻ってシャワーを浴びる。
 レストランへ行って朝食を食べるか、面倒なら部屋でマフィンやフルーツなどを食べて、それから午前中のホースバック・トレッキングに参加する。9時半頃から、2時間くらいのコース。これはトレッキングに重きがあるのではなく、「馬とふれ合いながら散歩する」ことにポイントが置かれている。海辺を歩くコース、山や森を歩くコースと、その日によってルートは違うけれど、自分が選んだ馬と語らいながら、のんびり過ごすのが何よりも楽しい。風景はもちろん美しい。でも、馬と一緒にいることで、心が穏やかになる。それがとってもいい。新鮮。馬の背から馬に話しかけ、首を撫で、心で語りかける。
 ランチは食べてもいいし、パスしてもいい。特に朝食をしっかりとった日なら、ランチをパスするくらいが実はちょうどいい(ハナ・マウイのタロイモ・パンケーキはとても美味しいからパスしづらいのだけれど)。
 午後からはレイ・メイキングに参加。1時半ロビー集合と言われていたら、まず1時ちょっと前にロビーへ行ってビニール袋をひとつ受け取る。それを持って、広大な庭園をのんびり30分ほど歩く。プルメリア、ハイビスカスなど、庭には様々な花の樹がある。木々の下には、花がたくさん落ちている。そのように自然に落ちた花々の中からなるべくフレッシュなものをピックアップしてビニール袋に入れていくのだ。花がたくさん集まった頃に再びロビーへ。先住民系ハワイアンの女の子が待っていて、みんなで庭の芝生の上に座ってレイを作り始める、というわけだ。もちろん、いろんなお喋りをしながら。作り終わったレイをその午後ずっと首にかけて過ごすのは、なかなか良い気分。Tシャツ姿でも、なんだか正装して過ごしているような、静謐な気分になる。
 夕方になってからビーチへ行くのがいい。車で5分ほどのところに、ハモア・ビーチというブラックサンドの美しい浜辺がある。地元のサンセット・サーファーたちに混ざって、ショアブレイクで潮まみれになって過ごす。ハナは、東の端にある村なので、海に沈むサンセットはない。太陽は、村の背中にあるハレアカラの稜線に消える。海に落ちる陽はないけれど、山の向こうに陽が落ちる直前の時間の光の美しさは独特だ。なぜだろう? 緑が濃くて湿気が多いからだろうか、夕陽の光が実に美しいのだ。木々や緑、風景全体が、絶妙なオレンジ色の中に染まっていく。素晴らしいマジック・アワーだ。

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 ホテル・ハナ・マウイのバーで夕食。ピニャコラーダに始まり、ローカルビール、冷えた白ワイン、モヒート・・・。つまみには枝豆(ハワイの枝豆はとても美味しい)、その日漁れた魚の刺身、ポキ。それだけでもう充分満ち足りる。
 昼間、コンシェルジェ・デスクに座っていたコンシェルジェたちが、ハワイアン・シャツに着替えウクレレやギターを持って現れて、即興のハワイアン・ライブ・ショーが始まる。バー・カウンターには、ホテルの従業員やマネージャーらも仕事を終えてやって来ている。客も、スタッフも、壁はない。
 やがて、日中レストランでウエイトレスをしていた女性がフラを踊り出す。フラが入ると、バックの弾き手たちはさらに楽しそうに演奏する。彼女のために・・・そんな気持ちの入った演奏になる。それは、見ているだけの僕らにも伝わってくる。うっとりと、女の子たちのフラに見とれていると、もうビールもワインもいらなくなる。その夜の空気だけで、充分酔っぱらっている。でも実は、朝からなんだか、ハナの風や空気だけで1日中ずっとほろ酔い気分なのだ。
 ハナは、そんな村だ。


<今回の旅のヘヴィ・ローテ>
『GABBY』GABBY PAHINUI
『HAWAIIANA』YUKI 'ALANI' YAMAUCHI
『PUNAHELE』RAY KANE
『E ALA E』ISRAEL KAMAKAWIWO'OLE
『LELE』ASANA

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by imai-eiichi | 2006-08-13 00:32

023【Sans Souci】

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 ハナにいる。マウイ島。
 昨日までは抜けるような青空が広がっていて、とても暑かったけれど、今日は雲が多い。もしかしたら午後から雨になるかもしれない。でも、もしかしたらすっかり晴れ上がるかもしれない。僕には島の天気のことはよくわからない。ここに生まれ育った人たちには、風や湿気、空気の感じで、光の具合で、今日午後の天気や明日の天気がわかるのかもしれない。来週のことも。

 今、ハナは朝の9時。ホテル・ハナ・マウイの大きなシーランチ・コテージに泊まっていて、その部屋の一画に設えられた木の机にラップトップを置き、これを書いている。右に首を傾けると、網戸越しに広いラナイがあり、その向こうに海がある。
 昨日までは、彼方の水平線からは目の痛くなるような青が幕をはるように天空を覆っていたのに、今朝は白く霞んでいる。今日は風も強い。海から吹いてくる湿った風だ。この風が雲をハナの上に呼び集めているのだろう。海の上で雲はどんどん生まれるから、風が吹けばそれらの雲はどんどんやって来て、それでたっぷり雨が降る。夏の間はそうでもないけれど、ハナは1年を通じて雨がよく降る場所だ。だから緑が濃く、滝がたくさん流れ落ち、花の香りが芳しい。マウイ島の東の端っこにある小村、ハナ。ここは素晴らしい場所だ。
 でも今朝は、ハナのことではなく、昨日の朝までいたホノルルのことを少しだけ。

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 ホノルルでは、僕はいつもサンスーシー・ビーチに建つ小さなホテルに泊まっている。そのホテルは、ホノルルでは比較的古い宿のひとつ。だからロビーも部屋も何もかも決して「すごくきれいでゴージャス」というわけではない。と言うより、ゴージャスさからは遠く離れた宿だ。長い間海の前に建っているわけだから、いろんなところにガタツキが出ている。ホテルの方もそれをわかっていて、去年は1階のバー・スペースを全面的にリニューアルし、今年はずっと部屋の改装を順番に行っている。
 「ウチはもう古くて、どこもボロいから」
 と顔見知りの従業員が笑って言う。ここ2〜3年だけでも僕はこのホテルに20回近く泊まっているから、もうホテルのスタッフはみんな顔見知り。ハウス・キーパーのおばさんたちとも仲良し。成田空港から飛行機に乗って朝のホノルルに到着し、レンタカーでこのホテルへ着くと、「Welcome Home! おかえり!」とみんながとびっきりの笑顔で迎えてくれる。そんなことが嬉しかったりする。

 この小さな古いホテルにはプールはないけれど、目の前が浜辺だから、いつでも海で泳げる。浜辺の名は、サンスーシー・ビーチ。Sans Souciというフランス語を英語にすれば、without painで、日本語にしにくいニュアンスがある。「苦しみなく」「苦痛のない」ということだけれど、その名前のニュアンスがどのようなものであるかは、一度この浜辺に来ればきっと誰でもわかるだろう。
 早朝と夕暮れ時、もし仕事が入っていなければ、必ずホテルの前のサンスーシー・ビーチで僕は過ごす。必ず。朝と夕方のこの浜辺の素晴らしさは、いろんな人に教えたくて、でも語っても語ってもうまく伝えられた試しがない。
 サンスーシーがあるのはカピオラニ公園の前、ダイアモンドヘッドの麓だ。ワイキキからはちょっと離れているからだろう、もちろん僕のような旅行者・観光客もいるけれど、ローカルの人たちのほうがずっと多い。このビーチは、ジモティたちの浜辺なのだ。
 サンセットの時間がとにかく素晴らしい。そう、それは、「Sans Souciの時間」だ。

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 毎日、夕方5時を過ぎると、三々五々という感じで、あちらこちらからジモティたちが集まってくる。
 お気に入りのラグや布をバッグに詰めたきれいな女の子たちは、その日の気分に似合った場所にそれを広げ、ごろんと寝転がったり携帯電話でお喋りを始めたり。そのうち彼女のボーイフレンドや仲間たちがやって来て、みんなでサンセット見物。片手にあのおかしなスティックを持った「トレジャー・ハンター」のおじさんも現れる。
 一番多く見かけるのは、中年のカップルや、老夫婦(老カップル)。浜辺に座る人もいるし、僕のように浜辺の入口に並んでいるベンチに腰かける人も多い。僕はそのベンチの中でも特に(木で作られたままの)古いタイプのベンチがお気に入り(ベンチは複数あるが新旧のタイプが混在しているのだ)。古いベンチに座って、両足を目の前の、浜辺と芝生の敷地を分けるための低い縁石の、上にのせる、というスタイルで、これはもちろんジモティたちがやっているのを見て、いつからか真似しているわけだ。
 とにかく、ジモティたちがほとんど。ワイキキは観光地だが、ハワイは観光地ではないのだ。「ハワイに観光地がある」という言い方が正しいのだと思う(東京も世界的な観光地だけれど、僕ら東京に住む人間はそこを観光地とは言わない。それと同じ)。多くのジモティたちは観光地かどうかに関係なく彼らの生活を営んでいるのだから。そんな彼らにとって日々のサンセット見物は重要な日課だ。

 最初はゆっくりと太陽が水平線に近づいていく感じがする。「まだ1時間くらいはかかるかな」などと思いながら僕はベンチに座ったまま、iPodのプレイリストからお気に入りのものを選んで聞いている。
 たぶん仕事が終わったのだろう、その頃になってから浜辺へやって来るサーファーたちがいる。一方で、その時間には浜辺へ上がってくるサーファーたちもいる。彼らは浜辺のどこかで交差し、軽く言葉を交わし合う。海を見ながら、どこかのポイントを指さしながら。
 この時間に泳ぎにやってくる人々も多い。多くは60代とか70代とおぼしき人々。彼らの海へのエントリーの仕方がいい。決して急がないのだ。水着にTシャツ、ビーチタオルを1枚とゴーグルを手に持って現れる。彼らは急がずに、浜辺にちょっと座ったり、あるいは水内際に立って、しばらく海を見ている。何人かで来ている人たちはお喋りをしながら。ひとりの人は黙って。彼らは、うねりの具合とポイントを見極めようとしているサーファーたちと同様、かなり時間をかけて海を見ているのだ。飽きることはない。むしろ日々その鍛錬の内容が増えているかのように、じぃっと海を見つめる。たぶん、5分とか10分とか15分とか、それくらいかもしれない。でも、静かに海を見ている彼らの背中を見ていると、時間がすごく長く伸びていく気がするから不思議。
 やがて、そういう「決して急がない時間」「浜辺で海と波をじぃっと見つめている時間」が過ぎ去り、とうとう彼らは海へ入る。そしてふと僕は気がつくのだ。夕陽がもう水平線にキスをしそうになっていることに。
 この浜辺の夕方の時間は、そんなふうに流れている。

 楕円形につぶれながら水平線に近づく今日の最後の太陽。
 波に乗るサーファーたちの姿がシルエットになる。それは、とてもきれいだ。海全体が影になって黒光りする。波の頭だけが白い。砕けてはゆるやかに全体に溶けていく波。遠くからやって来るうねり。うねりは最初小さいがやがて大きく立ち上がり長く伸び、砕け、波になっていく。波はさーっと左右に広がって伸びていき、やがて消える。でも、その後ろからもう次のうねりが入ってきている。
 繰り返し、繰り返し、繰り返し。ゆったりと自分のペースを崩さずに泳ぎ続ける人々がいて、その向こうにはカヤックやカヌーを楽しむ、あるいは練習している人々もいる。最近流行りのスタンドアップ・サーフィンをして帰ってくるサーファーもいる。
 浜辺には、太陽が水平線の向こう側に落ちるのをじっと待っている人々。その全体を見渡していることの至福。
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<今回の旅のヘヴィ・ローテ>
『FJORD』THE AURORA
『STRAW HAT, 30 SEEDS』GABBY & LOPEZ
『GATHERING』NATURAL CALAMITY
『UNTIL TOMORROW』MANUAL
『LELE』ASANA

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by imai-eiichi | 2006-08-06 06:19




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