ビーチサンダル・クロニクルズ TEXT+PHOTO by 今井栄一

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002【Salt Spring Island】

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 今、ソルトスプリング島にいる。
 カナダ太平洋コースト、ブリティッシュ・コロンビア(BC)州の島。アメリカ合州国シアトル北部から、バンクーバーがあるカナダ・BC州、そして南東アラスカに至る、いわゆる「太平洋北西コーストの沿岸地帯」は、大昔の氷河が造形したフィヨルドの海岸線で、何百、何千という島々が散らばるアーキペラーゴ=多島海だ。ソルトスプリング島は、そんな島々のひとつ。BC州の「ガルフ諸島」のひとつである。

 昨年9月に、雑誌『COYOTE』の取材でBC州を訪れたとき、僕はこの島に初めてやって来て、1週間ほど滞在した。とても素敵な島で、すぐに大好きになってしまい、「ああ、また早く戻ってきたいなぁ」と思っていたら、思いがけず仕事でまたやって来ることができた。まさに「超ラッキー!」という気分。プライベートでも、仕事でも、好きな場所を再訪すること、仲良くなった人々と再会できることは、喜び以外の何ものでもない。
 今回は、わずか3日間だけの短い滞在だったが、深い青空、初夏のような太陽の下、また素晴らしい時間を、この島は僕にくれた。……というか、「今、島が僕に素晴らしい時間を与えてくれている」。
 「Wisteria」という、こぢんまりした、林の中にあるB&Bに泊まっていて、僕はそのコテージルームの小さなキッチチン・テーブルにG4を開いてこれを書いている。母屋で使っている無線ランが電波を飛ばしていて、だから、信号がひとつもないような田舎の島の、さらに田舎の林の中にいるのに、世界とコネクトしている。そういう世界に生きていることが良いことか悪いことか、という議論は今はしたくなくて、単純に便利だし、開けた窓の向こうには今朝も素晴らしい青空が広がっているのだから、その下にある木々はキラキラと光っているのだから、今はただ、この美しい世界を感じていたいし、それをどうやって伝えられるだろうかと考えながらキーボードに向かっている。

 今は、朝6時半。小鳥の声、それから、軒下に巣を持っている燕の声が響き渡る。燕の夫婦は朝から忙しそうだ。もうすぐ出産だから、それに向けて今、忙しそうに巣の中に居心地の良いベッドを作っているみたいだ。
 もう少しすると、このB&Bのオーナーのベヴァリーが犬を連れて出てくるだろう。彼女は3匹の猫、4匹の犬と一緒に暮らしている。ニューヨーク生まれの日系3世で、ニューヨークには娘と息子が、フロリダに英国人の夫がいるという。

 ソルトスプリング島は、「アーティストの島」とか、「ヒッピーの聖地」、「スピリチュアル・アイランド」などと呼ばれている。人口1万人ほどの小さなこの島に、年間50万人規模の観光客が世界中からやって来る。とは言え、信号のないこの島には、ホテルと呼べる宿はひとつしかないし、夜7時を過ぎれば閉まってしまう店ばかりだ。ここではただ、森や海を感じ、この島のリズムに身を投じてリラックスするだけ。そういう過ごし方が苦手な旅人は、ここには来ないのだろう。
 たくさんのアーティストが住んでいて、自分のアトリエやスタジオを開放している。そういう場所を「アトリエ・マップ」を片手に巡るのが、島の楽しみのひとつ。アーティストたちはみんな、「この島は創作活動にぴったり。素晴らしいスピリッツがある島」と語る。そう、みんな「ここを選んで移り住んだ」人々なのだ。
 東京に住む僕は、だからふと悩みこむ。さて、自分は「東京を選んで暮らしているのだろうか?」と。

 ベヴァリーの滋味なる朝食を食べてから、そのままダイニング・テーブルでお喋りをするのが、僕の日課になっている。昨日の朝、僕は彼女にこう訊いた。「この島が好きだから、ここに移り住んできて、そしてこれを始めたの?」
 思慮深く、美しい女性、ベヴァリーは、10秒ほど考え込んでから、強い口調でこう答えた。
 「ここは私にとってチャレンジの場所。私はここを自分のできることを試す場として選んだの。そして今、私はがんばってチャレンジしている。ここが私自身の空間となるように、私がほんとうに美しいと思える場所になるように、そしてそこにやって来た人々を招けるように……」
 僕は東京を選んで暮らしているわけではないだろうし、じゃあベヴァリーのようにそこで「チャレンジしているか」と問われたら、「イエス」と応える自信はまったくない。
 自分の場所を持ち、自分がそこに在る意味を感じ、そこでしかなしえないことをチャレンジする……。彼女を美しいと僕が思った原因はきっと、彼女のそういった「今この瞬間の生き方」を感じ取ったからだと思う。彼女が今、自分の人生に描いている海図を美しいと思ったのだ。彼女は島の住人になったが、まさに人生の旅人だ。

 今、ベヴァリーが犬を連れて外へ出てきた。犬たち猫たちは、彼女がニューヨークやバンクーバーで、虐待されたり、捨てられてしまって、それを保護したものたちだという。1匹の犬は耳が聞こえないという。でも今、彼らはとっても幸せそうだ。
 燕が飛び交い、裏の林からいろんな鳥の声が聞こえる。庭の桜の樹は今、葉桜で、朝陽に輝いている。それがここからも見える。小径には、大好きなワイン・カラーの木蓮が咲いている。光と風が踊っている。


<今回の旅のヘヴィ・ローテーション>
『NASHVILLE』BILL FRISELL
『NEW CHAUTAUQUA』PAT METHENY
『AIR'S NOTE』TAKAGI MASAKATSU
『ON AND ON』JACK JOHNSON
『HAPPINESS』FRIDGE
『HARMONIOUS』坂本美雨(5月24日発売)
by imai-eiichi | 2006-04-25 21:11

001【Abbot Kinney Boulevard】

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 何年ぶりだろうか、ロサンゼルス(LA)へ行った。PR雑誌の特集ページの取材で、まる1週間滞在した。
 別の仕事でその前週まではホノルルにいたのだが、着いてみるとLAもかなり温かくてほっとした。とはいえ、2月終わりのLAと言えば、ほんとうは寒くて雨ばかりの時期だ。
 「カリフォルニアの青い空」というアルバート・ハモンドのヒット曲があるが、冬のLAに青空は少ない。1月、2月は、いわゆる「雨季」であるし、4月中旬くらいまでは、意外に寒いのだ。もちろん、「寒い」と言っても、同じ時期のニューヨークに比べればぜんぜんマシだけれど。晴れていればその時期、昼間の気温は摂氏15度前後、夜は8度とか、そんな感じだろうか。

 LAは元来ただの砂漠だった。サハラのような砂漠ではなく、いわゆる荒野としてのデザート地帯。誰も住まない、荒れた乾いた土地に、東からの長い旅の末にやって来た白人たちは水道管を通し、街を作っていった。今その街は、世界的な大都市になっている。

 LAは「Spread-out-city」である。「散在する都市空間」とでも言えばいいのか。LAは実に88のディストリクトから構成される複合都市で、それぞれのディストリクト=地区は、異なった行政区になっている。たとえばビバリーヒルズとマリブは、「まったく別の街」と言うこともできる。
 だからだろうか、「LAは嫌いだけど、ヴェニスの辺りだけは好きだな」とか、そんな表現をする人も多い。事実、ヴェニスビーチのリラックス&ボヘミアン的空気と、ハリウッドのフェイク&張りぼて的空気とは、随分違う。
 僕もまた「LAって好きじゃないな」とつい言ってしまう人種のひとりだが、今回の旅で大好きになったエリアがひとつだけある。「Abbot Kinney」だ。

 ヴェニスに15年以上暮らしている友人が「今はここだね」と案内してくれたのが、「アボットキニー」だった。この奇妙な名前は、19世紀に東海岸の煙草事業で大成功してLAへ移住してきた、とある大金持ちの名前に由来している。「アボットキニー・ブルヴァード」というのが正式な名前だが、ブルヴァードとは名ばかりで、わずか1・5㎞ほどの小さな通りだ。
 1970年代、ブルース・リーはここに家と道場を持っていた。その道場だったロフトが、外観もそのままに残っている。そこは今、「西海岸で知らない者はいない」と言われるヨガ・スタジオだ。その隣のやはり倉庫風の建物は写真集専門の書店で、いつも素晴らしい音楽が大音量で流れているのだが、この書店、内装はそのままに夜11時を過ぎると突如ダンス・クラブに変身する。真夜中にファッション・ショーを開催したりもする。「SMショー・ナイト」もあるそうだ。
 アボットキニーには、こんな感じで個性的な店や空間が林立している、というわけだ。

 ヴェニスビーチからもすぐのアボットキニーには、昔ながらのサマー・コテージ、ビーチ・ハウスが今も残っていて、人々はそんな一軒一軒を時間と労力とお金をかけて(外見はそのままに)改装し、住居に、あるいは、カフェやレストラン、ショップにしている。すべて低層の建物。この通りには、椰子の木よりも高い建物がない。カリフォルニアの青い空がそこにあり、その下に延びる、リラックスした懐かしい街並み。僕はまったく知らないはずなのに、「1960年代初めのLAみたいだ」と、勝手に思う(笑)。もともと芸術家がたくさん暮らしている地区でもあり、一緒に行ったニューヨーカーの友人(写真家)は、「なんだか70年代のイーストヴィレッジみたいだ」と笑った。いろんな言い方がある。
 そんな懐かしい風が流れる通りが1・5㎞ほど続き、小さな店がいっぱいある。長屋風で、実に雰囲気がある。車を降りて歩いて回るストリートだ。LAでは、その感覚がすでに珍しいし、店という店が実に新鮮な個性に満ちていて、ただ覗いているだけで楽しい。

 メルローズ・アヴェニューもサンタモニカも、今はもうすっかり「ジャージー連中」に支配されてしまったLA。ヴェニスビーチはかろうじてボヘミアン的空気を残しているものの、やはりここも立派な観光地だ。
 そんなヴェニスからすぐの裏通りに突然現れる、アボットキニー・ブルヴァード。LAの友人に言わせれば、「今、そしてこの夏が一番の旬だろうね。この夏の終わりにはセレブ連中がこぞってやって来るようになるだろうし、そうなるとハリウッドのリポーターもやってきて、メディア連中がこぞって取り上げて、で、来年の今ごろは聞きつけたジャージー連中で行列さ。君は一番いいときに来たよ」。
 なるほど。個人的には、この夏か秋に、もう一度くらい訪れてみたいなぁと思っている。


<今回の旅のヘヴィ・ローテーション>
『MORE OR LESS MONO』DUB TRACTOR
『IN A SAFE PLACE』THE ALBUM LEAF
『JOSHUA TREE』U2
『CURIOUS GEORGE SOUNDTRACK』JACK JOHNSON
『OK COMPUTER』RADIOHEAD
『LET ME SEE THE FISH』SIGUR ROSS
by imai-eiichi | 2006-04-17 11:13

プロフィール

今井栄一 (いまい えいいち)
フリーランス・ライター、フォトグラファー、ジャーナリスト。
「旅、人、音楽、スポーツ、文学、国境」などをテーマに世界中を旅し、多誌に寄稿・執筆、撮影。
近年は、ハワイ諸島、アリゾナ・ナヴァホ居留地、オーストラリア、カナダ、伊豆諸島、ニューヨーク、ポルトガルなどを好んで旅々。『スイッチ』『コヨーテ』『セブンシーズ』『ブルータス』『スカイワード』ほか多誌にインタビューやルポルタージュを寄稿するほか、FMラジオ番組・TV番組のプロデュース・構成や演出、パーソナリティを務める。
著書に『旅々ハワイ、日々カウアイ』(ブルースインターアクションズ刊)など。


旅々ハワイ、日々カウアイ

今井 栄一 / ブルースインターアクションズ
ISBN : 486020039X
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by imai-eiichi | 2006-04-15 14:24




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