048【夏の夜に屋外で温かいコーヒーを飲むこと】
午後7時半、成田空港を飛びたった飛行機は、強い追い風に追い立てられるようにして、あっという間にホノルルに着いた。フライト時間、わずか5時間半。機内アナウンスが流れ、機長が笑いながら「今日、新記録を樹立しました」と言い、小さな拍手が起きた。
日本・ハワイ間のフライト時間は、年々短くなっているようだ。10年前、成田空港からホノルル空港までは、7時間半ほどかかったと記憶している。その後、早い航路が見つかったのか、それとも風向きが急激に変わったのか、温暖化のせいか、単に飛行機の性能が上がったのか、とにかく所要時間があるときからどんどん短くなっていった。7時間を切り、6時間半を切り、いつしか6時間がふつうになった(もちろん季節によっても所要時間は違う、でも、実際短くなっているのだ)。
ニューヨークまで14時間、ロンドンまで13時間。ブエノスアイレスまで1泊2日、ケープタウンまで27時間。それを考えると6時間弱のフライトは短い。乗って、食事をして(僕はだいたい食事はパスしてすぐ眠ってしまうけれど)、食事のトレイが片づけられて一度トイレに立った頃にはすでに2時間近くが過ぎているから、残りはもう4時間。そこから映画を1本見終れば、消灯されていた機内の灯りがついて朝食のサービスが始まる時間になってしまう。ここまで、あっという間だ。
日本人旅行者にとってハワイが人気の理由のひとつに、この「近さ」があるに違いない。
東京の都心に暮らしていると、成田空港へ行くまでの移動の時間と、飛行機が離陸するまでの空港での待ち時間、それらの時間の方がずっと苦痛だ。飛行機に乗ってしまえば、ホノルルはすぐなのだ。
というわけで、またもや僕はホノルルへ来ている。苦痛の成田空港を乗り越えて。気軽な5時間半を過ごして。
今回はちょっぴり久しぶりで、3か月ぶり。最後に来たのは昨年11月の終わりだった。
到着の朝、ホノルル国際空港は雨雲の下にあった。
小さな窓から外を見ると、ワイキキもダイアモンドヘッドも雨雲の下にあり、その灰色の雲はのっぺりと広がっていた。窓に雨粒があたっていた。「今日は1日雨かな」と思い、しかしここが島である限り天候は変わりやすいから、決してどうなるかはわからない。いずれにしても、ウエルカム・シャワーで迎えられるのはいつも心地いいものだ(実際、この日は午後から素晴らしい天気になった)。
いつも通り空港で車を借り、朝の渋滞の中、FMラジオを聞きながら、可能な限りのんびり運転して(わざとゆっくり走るのだ)、いつもの宿へチェックインした。と言っても、あまりにも早く着いたので部屋の準備はまだできていなかった。そこで僕はゆっくり朝食を食べ(今回はタロイモ・パンケーキとベーコン)、今、部屋の準備ができるのを待ちながらホテルのロビーでこれを書いている。
3月終わり、今、朝の気温はだいたい22度とか、それくらいだろうか。Tシャツ、ジーンズ、ビーサンという格好がちょうどいい。何かを羽織れば暑いし、短パンだと朝の風が涼し過ぎる。でも、あと2時間もすれば太陽がもっと上がって暑くなってくるのだろう。
朝の風の気持ちよさ、夜の風の心地よさ。それがハワイの素晴らしさだ。これはハワイに限ったことではなく、バリ島、タヒチ、フィジー、モルディヴ、タイの島々・・・、つまり熱帯や亜熱帯の島々に共通する素晴らしさでもある。
熱帯の朝夕は涼しい。夜には寒いことだってある。
そう。熱帯の夜は暑くないのだ。
日本には「熱帯夜」という奇妙な言葉がある。こういう間違った、というより根本的に酷いとしか言いようのない言葉をNHKや政治家や学校教師を始めとする「自分が偉い」と思っているどうしようもない連中が堂々と使っていること自体、言葉の濫用を飛び越えて「あほで下品な社会」の何よりの証拠。だって、熱帯の夜は涼しいのだから! 「熱帯夜」なんて呼ばないで欲しい。熱帯で夜が暑いなんて、聞いたことがない。体験したこともない。しかも東京の夏の夜は暑いではなく「熱い」のだ。熱帯で熱い夜なんて、ない。あり得ない。
熱帯の夜が爽やかで涼しいように、ハワイ諸島の夜も爽やかで涼しい。
閑話休題。やれやれ。またいつもの癖が出た。ストレスと怒り。でも、すべて真実なのだからしょうがない。
今回もインタビューや撮影の仕事でホノルルへ来たわけだけれど、たとえ仕事であってもハワイに訪れることは楽しい、嬉しい。
ハワイの何がそんなに好きなのか? そう質問されたら僕は、次の3つの理由でその問いに明確に答えることができる。
第一に、僕はハワイの夜の空気が好きだ。
前述したように、常夏のハワイの夜は熱くない。暑くもない。場所によっては涼しく、あるいは寒いこともある(たとえばハワイ島カムエラの8月の夜は寒い)。ハワイ、オアフ島ホノルルで、夜、短パンにTシャツ、ビーチサンダルという姿でいるとしよう。夕食を食べ終わり僕はきっと、車でマノア・ヴァレーへ行くだろう。コーヒーを飲むためだ。
マノアにあるショッピングセンター「セーフウェイ」に車を入れ、すぐそばにあるコーヒーショップに僕は行く。コーヒーを買い求め、少しだけ牛乳を垂らしたら、屋外の椅子に座るだろう。外は少しばかり涼しくなっている。マノアは山の途中だ。風の気配、温度が、ワイキキよりも1〜2度低い。僕はあらかじめ持ってきていた薄手のロングスリーブを羽織るだろう。
ハワイで、夜、短パンにビーチサンダル、ロングスリーブという格好で、屋外で、温かいコーヒーを飲む。見上げれば星空。これは素晴らしい居心地、時間だ。
東京では、夏の夜に屋外に居たいとは思わない。思えない。東京の夏は不快指数120%をゆうに超える蒸し暑さであり、呼吸さえ難しいくらいだ。ギンギンにエアコンが効いた室内で冷たいビールを飲まなければならない。
ところが、東京より赤道に近いハワイでは、夏の夜に外で、上着を羽織って、温かいコーヒーが美味しいのだ。
これが、ハワイを僕が好きなひとつめの理由。
ふたつめは、サンセットだ。
ハワイでは、ワイキキにいても、ハワイ島パホアにいても、カウアイ島ワイメアにいても、どこにいても僕は、可能な限りサンセットを眺めることにしている。
ハワイ諸島は裕福な島々ではない。もちろん、ハリウッドのセレブと呼ばれる人たちを始め裕福な人々は住んでいる、あるいは別荘を持っている。スーパーがつく金持ちだっている。けれど、多くの人々は、つまり95%の人々は、決して裕福ではないし、たくさんの人々が貧しい暮らしの中でひっしに生きている。ハワイは税金が高く、土地代は高く、輸入品に頼る島暮らしのためあらゆる品物の価格は高い(ガソリン代も高い)。アイランダー=島人たちは困窮した暮らしを強いられているのだ。
それでも彼らは笑顔を絶やさない。彼らは、自分の暮らす土地=故郷を愛している人たちである。それが何よりも素晴らしい。この世界に、「我が故郷を心から真剣に愛してやまない」という人々が暮らす土地がどれくらいあるのだろう? 僕は残念ながらハワイ諸島以外にそういった土地を知らない。もちろん僕が無知なだけだろう。
ハワイの、ハワイを故郷として愛している人々は、毎夕、雨さえ降っていなければ必ず海辺へ出る。各々、思い思い、自分の好きな場所がある。そこへ行き、ただ夕陽を眺めるのだ。海に今日の太陽が沈むのを眺めるのだ。もちろん雲に隠れて沈むところが見えなくたっていい。その「時間を感じる」ことが大切なのだ。その大切さを、必然を、彼らは知っている人たちなのだ。そういう人たちの中に自分もいられる幸せを、喜びを、僕はハワイ諸島で感じることになる。それは何事にも代え難いものだ。
みっつめ。
もうすでに書いてしまったが、この島々は、「この島々を心から愛してやまない」という人々が暮らす場所なのだ。ほんとうに僕は、この島々以外にそういう場所を他には知らない。これほどまでに自分が居る・在る土地を愛せる人たちが暮らしている場所を、僕は他に知らない。
これらの島々は愛にあふれている。土地を愛する心に満ちている。それは、純粋に、素晴らしいことだ。そして僕には羨ましい。嫉妬の心が強く芽生えるほどだ。
愛があふれる平和な人々が暮らすこれらの島々を僕は、同じように愛そうとしているのだ。
だから僕は、仕事だろうが休暇だろうが、トランジットだろうが、エンジン・トラブルだろうが、何でも構わない、この島々へ戻ってくる、何度でも、何度でも。いつでも。たくさんの知人に呆れられてもかまわない、理解されなくてもかまわない。誤解されてもいい。自分が愛せる土地が、心から愛せる場所が、たとえひとつでもこの広い地球の上に見つけられたことに僕は喜びを感じる。他人に自慢する必要なんてない。自分が理解していればそれでいいのだ。それの何が悪いと言うのか。
だから僕はここに還る、何度でも。
ジャック・ジョンソンが唄う「I Shall be Released」を聞きながら、今日、僕は夕陽を見ている。サン・スー・シー・ビーチで。美しい。限りなく。
<今回の旅のヘヴィ・ローテ>
『BLACK SAND』LE KAAPANA
『KOI AU』MAKANA
『ENDLESS HIGHWAY〜MUSIC OF THE BAND』VARIOUS ARTISTS
『EXISTIR』MADREDEUS
『ELIZABETHTOWN』SOUNDTRACK
by imai-eiichi
| 2007-03-24 22:32