ビーチサンダル・クロニクルズ TEXT+PHOTO by 今井栄一

047【WESTEND GIRL、ロンドンは美味しい、サンマの塩焼き】

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 ペットショップボーイズの『ウエストエンドガール』が英国で大ヒットしたのは、1986年のこと。歌われている「ウエストエンド」というのは、ロンドンの「西の端の街角」のことだ。というと、ノッティングヒル、ベイズウォーター、ポートベロウ・ロード、その辺りのことだと思っていたけれど、実は(まぎらわしいのだが)ロンドンのウエストエンドというのはSOHOとかその辺りのことを言うらしい。つまりそれは「セントラル」なのだけれど、なぜかその辺りに「ウエストエンド・シアター」とか、ウエストエンドを冠した場所が数多くあるのだ。ロンドンに暮らす友人がそっと教えてくれた。
 昔から僕は、ロンドンのほんとうのウエストエンドが好きだ。つまり、地図上の「西の端の方」のこと。ポートベロウは特にお気に入りで、10年前なら、ロンドンへ行くとわざわざこの辺りの安宿に泊まっていた。当時、ポートベロウ近辺にはまともなホテルはなかったから、僕はB&Bやバックパッカー向けの安宿にいつも泊まっていた。いずれにせよ、あの頃はとにかくお金がなかったからそういう宿にしか泊まれない自分だったのだけれど(今も大して変わらないか)。

 1986年、ペットショップボーイズのその歌がヒットしている頃のポートベロウのことは知らない。僕が初めてロンドンに行ったのは、確か1988年、89年頃のことだ。
 80年代末、ポートベロウにはまだ「スモークショップ」なんかも健在で、ポートベロウ・ロードなんて歩いているだけでぷーんと「草」の匂いが漂ってきたりした。ひとりで歩いていると、「ハシシあるけど、いる?」と声をかけてくるヤツが必ずいたものだ。
 映画『ノッティングヒルの恋人』の舞台になった頃から、その辺りは急激に変化していった。映画の中でヒュー・グラント演じる主人公が経営する「トラベル・ブックショップ」は、このポートベロウ・ロード沿いにあるという設定だった(モデルになった書店は実在するが、場所は別のところだ)。そして、登場人物たちはみんなこの辺りに暮らし、この辺りで遊び、という感じで、ノッティングヒルはすなわち「六本木ヒルズ&表参道ヒルズ状態」となったわけだ。そう、ロンドンの重要な観光コースになったのである。
 『ノッティングヒルの恋人』は素敵な映画だと思う。僕は大好きだ。同じスタッフが製作した『ラブ・アクチュアリー』ともども、ときどきWOWOWなんかで放映していて、そういうとき家にいると必ず見てしまう。
 この映画には、このポートベロウ・ロードのウィークデイ名物のがらくた市が登場し、週末のアンティーク市が描かれている。だからこの映画のヒット後、観た人たちが観光客となって大勢ここへやって来るようになったというわけだ。結果、かつてのスモークショップは洒落たブティックに変わったし、ジミヘンばかりかけていた怪しげなカフェは世界的なコーヒーチェーン店になった。
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 「ポートベロウも変わってしまったよね」
 そう口にするロンドンっ子は少なくない。そう、「昔の原宿は良かったね」と言うのと同じだ。確かに、僕が知っているだけでもずいぶん変わったのだから、たとえば70年代のポートベロウを知っている人にすれば、「当時の面影もない」ということになるのかもしれない。
 それでも、今でも僕はロンドンの西のその辺りの「雰囲気」が好きだ。レイドバック、リラックス。ロンドンの中でもポートベロウには独特の雰囲気があると思うし、今もそれは(わずかながら)残っていると思う。ポートベロウ周辺のあのレイドバックした空気感は、なんというか、やっぱり「なごめる」のだ。週末は確かに観光客でパック状態だけれど、ウィークデイの午後にでも足を伸ばせば、とってもなごめる。
 ショーディッチやエンジェルといったロンドンのイーストエンドがニューヨークだとすれば、ポートベロウやノッティングヒル界隈は西海岸という感じかもしれない。年老いたヒッピーは今でもいるし、その辺りは同じロンドンでありながら時間の流れが他の場所に比べ「ゆるい」のだ。
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 ポートベロウからすぐのところに、Ludbury Roadという通りがあって、ロンドンで今回仲良くなったコーディネイター氏、タケさんによると、「今はここがキテいる」そうだ。
 行ってみると、なるほど、洒落たブティックやカフェ、レストランがちょうどいい間合いでぽつぽつ点在している。ショッピング好きな人には楽しそうな通りだ。建物の感じとか道路の幅の感じ、石畳の雰囲気などが、なんとなくニューヨークのSOHOやウエストヴィレッジみたいな感じ。歩きやすくていい。
 Ludbury Roadでタケさんに誘われて入ったのは「MELT」というオーガニック・チョコレート屋。ドアを開けて入ると、ぷーんとカカオの香り。いい匂いだ。小さな店。真っ白な壁にブラックやブラウンのチョコレートが映える。奥に段差があってキッチンがあり、そこで手作りしている。アルバイトをしている店員に、日本人とのハーフの「MARIKO」という女の子がいて、とっても可愛い。
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 「ロンドンは美味しい」と僕は思う。
 もちろん、20年前、30年前はどうだったか知らない。でも、僕が通うようになってからはずっと「美味しい」のだ。
 要は、「美味しい店に入れば、美味しい」ということ。東京のラーメン屋の8割が「ひどい店」だとするなら、「2割の良質なラーメン屋」に当たるかどうかである。同じ確率でロンドンにも「美味しい店」がちゃんとあるのだ。
 ロンドンに滞在する度に必ず行くベイズウォーター駅上の中華料理屋。ここの飲茶ランチは楽しいし、美味しい。餃子、焼売、春巻き、大根餅、空心菜・・・。黒豆を使った内臓料理も美味しい。
 そこから少し歩くとお気に入りのアフガニスタン料理店がある。そこでアフガニスタン・ワインを飲みながらガーリックたっぷりのフムスを食べると、「ロンドンに来たなぁ」という気がする。そう、ロンドンではエスニック料理が美味しい。
 東インド会社の歴史があるから、ロンドンには実にたくさんのインド人が住んでいる。だからインディアン・レストランがたくさんあって、どこも美味しい。ちょっと郊外へ出ればインド人街もあって、そこのレストランならさらに本格的だ。街を歩くとコリアンダーやクミンの香りが漂ってくる。
 ロンドンで最近目立っているのはヴェトナム人。イーストエンドにはヴェトナミーズ・レストランがずらっと並ぶ通りがあって、フォーが美味しい。
 ほかには中近東、アラブ、北アフリカからの移民たちも多く、彼らのキュイジーヌもたくさんある。ロンドンで食べるモロッコ料理とトルコ料理はたまらない。
 ポルトガル移民も多い。僕はポルトガルが大好きなので、ロンドンでは時間があるとポルトガル料理店にも必ず行く。ニューヨークにもパリにもいろんなエスニック料理店があるけれど、ポルトガル料理を出す店は見たことがない(東京にも1軒しかないし)。ロンドンにはポルトガル料理を出す店がけっこうあって嬉しい。プレミアリーグのロンドン・ホームのチーム、チェルシーの監督はモウリーニョというポルトガル人で、だからチームにはポルトガル人選手が多い。ふだんチェルシーを応援するサポーターであっても、もしロンドンで「イングランド対ポルトガル」という代表戦が行われると、しっかりポルトガル代表サポーターとして盛り上がる。それくらいロンドンにはポルトガル人がいるのだ。
 滞在中、時間がとれたら僕は必ずブリクストンへ行く。テムズ川の向こうのブリクストンは、ジャマイカン、カリビアンの街角。高架橋の下に広がるジャマイカン・マーケットを歩き、彼らのソウルフード「ジャーク・フード」を食べる。これが美味しい、すごく。気になるライブがあれば、ブリクストン・アカデミーにも立ち寄るだろう。
 パブの美味しさ、素晴らしさ。
 ギネス・ビールや様々なペール・エールのビールの美しくクリーミーな泡。ワンパイントをゆっくり飲むあの時間の豊かさは、そのままフランスやイタリアのワイン・カントリーに通じる。パブで食べるチップスやパイの美味しさ・・・。
 美しいハムステッド・ヒースのそば、住宅街にある「Wells Tavern」の素晴らしさをどうやって伝えたらいいだろう。1階はジモティが通うリラックスしたパブだ。週末、特に日曜日の午後がいい。近所に住む人々が「ちょっとね」という感じで普段着のままビールを飲みにやって来ている。暖炉のそばにソファがあって、レトリバーを連れてやって来ている常連のおばさん、大学生の4人組、カップルや家族連れ。2階は素晴らしいレストランだ。オーセンティックな英国料理が供されるのだけれど、何もかも美味しい。
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 今回の滞在中、最も印象的だったレストランは、残念ながら名前を忘れてしまったのだけれど、イーストエンドのエンジェルで入った店だ。
 エンジェルは、ここ数年ブティックや雑貨店、レストラン、カフェがいっきに増えて、人気の街角になっている。同じイーストエンドに、やはり「今、一番オシャレ」と言われるショーディッチという街角があるのだけれど、僕の印象としては、「ショーディッチはロンドンの西麻布、エンジェルはロンドンの表参道」という感じ。実際、カフェやレストランで眺める人の感じ、年齢層も、その比較にマッチする。
 エンジェルには、通称「カムデン・パッセージ・アンティーク・マーケット」という、アンティーク・ショップが軒を連ねる小径がある。タケさんにそこへ連れて行ってもらった午後、その小さな路地にあるパブ・レストランに入った。外から見るとふつうのパブだったのだけれど、中に入ると、「ふつうを装いながら実はとってもオシャレな」と形容しなくてはならない、なかなか素敵なレストランだった。
 ここで僕とタケさん、そして一緒に行った大橋クン(ラジオ・ディレクター)が食べたのが、「サンマの塩焼き」。
 いや、ほんとうに本物のサンマの塩焼きが出てきた。ただ、付け合わせがチップスだけれど(イギリスではフライドポテトを「チップス」と呼ぶ)。でも、そのチップスもカリッと揚がっていて、細身で、美味しかった。
 実に巨大な、脂ののったサンマがでーんと、質実剛健に皿の上にのって出てきたときには、ちょっと驚いた。となりの「いかにもエンジェル風」というイギリス人のカップルは目をぎょっとさせていた。それはそうだろう。こんなに巨大なサンマの塩焼き、しかも頭付きで・・・。
 タケさんは言った。
 「これはすごい。イギリスで頭のついたサンマの塩焼きが出てくるなんて、考えられない!」
 そう、欧米人の多くは「目のついた魚は食べない」のだ。つまり、ただ塩焼きして食べるにしても、必ず「頭の部分は落として」焼き、供する(ポルトガルは別だ。まるごと出てくる)。でも、この店のサンマは違った。日本の定食屋で出されるように1尾まるごときれいに焼いたまま出てきた。しかも巨大なサンマ・・・。
 「白飯、大根おろし、醤油があったら、最高ですね」と僕はタケさんに言い、「いや、でも、このままでもかなり美味しいですよ、これは」とタケさんは興奮して食べていた。いや、確かに、少しばかり興奮してしまうほど見事なサンマで、塩加減もちょうど良く、とてもとても美味しかった。それにしても、骨の多い魚って、個人的にはやっぱり箸が一番食べやすい。ナイフとフォークでは僕は上手に食べられない。箸ってすごいなぁと、日本人として、やはり思う。
 一緒に行った大橋クンはナイフとフォークで実に美しくそのサンマを完食。あまりにも美しい食べ方であったので、その「食前・食後」の姿を、ここに掲載。
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<今回の旅のヘヴィ・ローテ>
『JAGGED LITTLE PILL ACOUSITC』ALANIS MORISSETTE
『THE SERMON ON EXPOSITION BOULVEARD』RICKIE LEE JONES
『X & Y』COLDPLAY
『A HUNDRED DAYS OFF』UNDERWORLD
『NORTH MARINE DRIVE』BEN WATT

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by imai-eiichi | 2007-03-07 22:58




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