046【ロンドンは晴れ、傘とファシズム、ポンド高とフォー】

ロンドンにいる。
今日は午後に小雨がぱらついたけれど、着いた日からずっと青空に恵まれている。
ロンドンと言えば雨。でも僕は、これまで何度もロンドンへ行っているのに、ほとんど雨を経験していない。春でも秋でも、いつも晴れか曇りだった。だから個人的には、「ロンドン(英国)は天気が良い」と思っている。もちろん、たまたまそうだったというだけのことなのだけれど。
誰が何と言っても、ロンドンはやはり雨と霧の街だ。ロンドンに暮らす僕の日本人の友人は、こう言って笑う、「ロンドンはとってもいい街よ。どんよりした空模様に我慢できる限りはね」。
「ロンドンでは1日に四季がある」とイギリス人は言う。
この街は、雨が確かに多い。でも、梅雨の日の東京のようにずっと降り続くことは実は希で、ほとんどの場合はスコールのような通り雨だ。
たとえばウィンブルドン・テニスの中継を見ていればそれがよくわかる。ゲームの途中で雨が降り、例の緑の分厚いカバーがテニスコートにさっとかけられると、観客はみんな「やれやれ」という顔をしながらもひとまず雨が上がるのを待つ。テレビ中継のアナウンサーや解説者たちも決して慌てることはない。「これもウィンブルドンの余興のひとつなんだよ」とでも言わんばかりだ。そして実際、20〜30分ほどで雨は上がるのだ。
「だから雨が落ちてきても、街ではみんな傘なんかささないわよ」とロンドンの友人女性は言う、「ちょっとくらいなら濡れたって気にしないし、アウトドアのアウターを羽織って、それですませちゃう」。
確かにその通り。
昨日も短いスコールがあった。僕はそのときちょうどホテルにいて、部屋の窓からストリートを見ていたら、通りを闊歩するロンドンっ子の多くは気にもせず濡れたまますたすた歩き続けていた(もちろん傘をさす人たちもいた。観光客だったかもしれない)。

日本人は天候に対して実に律儀で、雨が降ると一斉に傘をさす。いや、律儀ではなく、1億みな右へならえの軍隊国家だからなのだろう。みんな同じ哲学を強いられるこのファシズムの国では、雨なら傘をさすのが当たり前、なのだ。
雨が降ってきても僕はあまり傘をささないから、ときどき東京で友人に注意される、「雨、降ってるよ、濡れるよ」と友人は僕に言う。僕は彼に嫌味にならない程度にこう言い返す、「うん。でもさ、雨ってただの水だから。石油が降ってくるわけじゃないんだし」。濡れたって、部屋に入ればすぐに乾くじゃないか。友人は根気よく僕に向かってさらに続ける、「でもさ、風邪ひくよ」。僕も根気よく笑顔で切り返す、「ううん、人は雨や寒さで風邪をひくことはないんだよ。風邪は、ウイルスによって感染するんだ。だから、寒い国より熱帯の国の方がひどい風邪は多いんだよ。濡れたって風邪はひかない。ウイルスに感染されない限りはね」。もちろんその友人は僕に向かって嫌な顔をする。
このようにして僕は、これまでにたくさんの友人を失ってきた。でも仕方ない。だって、僕が言っていることの方がずっと真実なのだから。結果、元友人となった彼は政府にこの出来事を密告し、僕はゲシュタポ=秘密警察に逮捕されることになる。「雨の日に傘をさしていなかった」という罪で。「一体感を壊した」という罪状で。「おまえはこの平和な社会の連帯意識を混乱させている」と裁判官は僕に言うのだ。
この国が、ほんとうにそうなる日が近い気がしている今日この頃。僕が狂っている? まさか! この国のファシズムは速やかに、圧倒的に、進行しているというのに。
やれやれ。
ロンドンにいると、良くも悪くも「個人主義の国だな」と感じる。みんな「自分」なのだ。傘をさすかささないか、ということはとても小さなことだけれど、でも、そういう小さな場面で「個人の思想」や「個人の哲学」というものはくっきりと現れてくるのではないだろうか。
ロンドンにしばらくいると、アメリカ合州国と日本がいかに似ているか、そしてその2つの国がいかに全体主義であるか、ということを強く感じる。

それにしても、今のイギリス・ポンドの強さはどうだろう。とにかく滞在費がばかにならない。何もかも高い。
たとえばランチを食べるとしよう。
東京で言えば、いわゆる居酒屋がランチタイムの営業で出している「昼の定食」というものが、ロンドンにもある。いわゆるパブで出される定食だ。主に労働者階級の人々が食べに入る(英国は圧倒的な階級社会だ)。
このような定食屋の場合、日本だったらたとえば、「鯖の塩焼き定食」とか「豚肉ショウガ焼き定食」のようなメニューが、650円から900円ほどの値段で出されているだろう。味噌汁や香の物がついている。
その類の日本の店とまったく同じ位置にいるロンドンのパブでランチを食べると、最低5ポンドはかかる。5ポンドのランチは、今のロンドンにおいて「安いね、それ!」という感じなのだ。ところが、この5ポンドは、旅行者にとっては充分に「高い!」という値段である。なぜなら今、1ポンドは230円から240円だから、5ポンドのランチということは単純計算で1200円前後ということになる。それが「労働者階級向けの安いランチ」として出されているのだ。洒落たレストランでランチを食べたら、軽く2000円以上はする。いや、3000円以上だろう。1週間ロンドンに滞在して、自費で毎日そんなことをしていたら、大変な出費だ。
ロンドンは今、バブル真っ最中で、洒落たスーツを着こんだビジネスマンやOLたちが、かるく3000円を超えるランチを食べている。僕も何度かそういう店で食べたけれど、昼間からグラスワインを飲み、前菜とメインディッシュをとり、人によってはデザートまで食べるイギリス人が周りにずらりといる。1人3000円、4000円コース。まだ昼だというのに!
このポンドの高さは、旅行者にはきつい。パリやミラノに比べると日本人観光客が年々減っていると聞いているけれど、なるほど、このポンドの高さでは仕方ないような気がする。ユーロの倍近く滞在費がかかるのだから。同じ洋服を買っても、ミラノよりロンドンの方が高くついてしまうだろう。
ニューヨークに滞在した後ロンドンへ行くと、「ニューヨークって物価が安いな!」と本気で思うことになる。それってすごいことだ。「あの」ニューヨークさえ安く感じるのだから。
バブリーなロンドンは今、確かに「イケてる」街なのだろう、きっと。でも、旅人には不向きの街だ。お金がかかりすぎる。
けれどもっと問題なのは、僕が、それでもロンドンを大好きだ、ということだ。
「ポンドが高いからロンドンではなくニューヨークへ行く」というわけにはいかない。なぜなら、ニューヨークは決してロンドンにはなれないのだから。ロンドンはロンドンにしかない。他の何物にも代えられない。
だから僕はロンドンへ行く。そして、イーストエンドのヴェトナム人街で安いフォーを食べて、毎日を過ごすのだ。世界中どこでも(東京以外は)安くて美味いフォー。それは僕にとっての旅の味。(続く)

<今回の旅のヘヴィ・ローテ>
『JAGGED LITTLE PILL ACOUSITC』ALANIS MORISSETTE
『INTO THE BLUE AGAIN』THE ALBUM LEAF
『X & Y』COLDPLAY
『A HUNDRED DAYS OFF』UNDERWORLD
『BABEL』ORIGINAL SOUNDTRACK
by imai-eiichi
| 2007-02-28 01:02



