038【クリスマスカード、ソルトスプリング島、Wisteriaの朝】

クリスマスカードが届いた。
カナダ、ブリティッシュ・コロンビア州、ソルトスプリング島から。「Wisteria」というベッド&ブレックファーストのオーナー、ベヴァリー・ブラウンからだ。ベヴァリーからカードが届くとはまったく思っていなかったから、ちょっとびっくりしたけれど、それは嬉しい驚きだった。そう、a little surprise!だ。
ときどき僕は、ベヴァリーのこと、彼女の宿のことを思い浮かべる。
東京で、車を運転して移動しているときとか、カフェやレストランのランチタイムに自分のオーダーしたものをぼんやり待っているときとか、仕事先の高層ビルの窓から街並みを見下ろしているときとか。
あるいはどんよりした曇り空の午後、ついに雨がぱらついてきたのに傘は持っていず、とは言え傘をさすほどの降りでもないなぁという小雨で、ちょうど僕はアークテリクスの防水アウターを羽織っていて、フードを引っ張り出してかぶって雨の中を歩いている・・・、そんなときベヴァリーのことを、彼女の宿のことを、思い出す。
なぜだろう?
自分でもあまりよくわからない(分析できない)。でも、そんなふうに「ふと思い出す」「思い浮かべる」という情景や場所というものが、確かにある。僕は、ソルトスプリング島、その島にあるベヴァリーの宿を、そんなふうにときどきふと思い出すのだ。
ベヴァリーのことを思っているとき、彼女の宿のことを考えるとき、自分の心がとても穏やかになる。コーヒーの香りにリラックス作用があるように、ソルトスプリング島のことを思うことは僕にとってはある種のリラクゼーションみたいだ。

ソルトスプリング島は、カナダの太平洋コーストにある。
バンクーバーがあるブリティッシュ・コロンビア州というのがカナダの太平洋に面した州。その海岸線はフィヨルドで、ぎざぎざしたコーストラインが北へ伸び、その海には無数の島々が散らばっている。その島々のひとつが、ソルトスプリング島だ。
オルカやイルカが回遊し、夏にはクジラがやって来る、豊かな北の海に浮かぶ小さな島。ひとつも信号がない島。ヒッピーや芸術家たちが集まっていて、自給自足のような生活をしている人々が大勢いる島。オーガニック・フード文化の世界最先端を行っている島。
大きなホテルは一軒だけ。あとはベッド&ブレックファーストやゲストハウス、バケーションレンタルだ。人口は1万人ほど。

港から少しだけ丘を上がった林の中に、ベヴァリーの宿「Wistera」はある。林の中の小径、木蓮や桜が咲いた(これは4月の風景)ドライブウェイを入っていくと、車寄せがあり、コの字を描くようにして平屋の建物が並んでいる。向かって正面が母屋でベヴァリーの家とメインのキッチンがある。左側の建物には4つのゲストルームと、朝食を食べる広いダイニングルーム(ソファ、TVやボードゲームなどもある)、右側に独立したコテージルームがひとつだけあり、その奥に2つのゲストルームがまたある。部屋は基本的にバスルーム付きだけれど、2つの部屋でひとつのバスルームを共有するタイプも一部ある。
僕は、はなれになったコテージにひとりで泊まった。
可愛い屋根がついた玄関から入ると、右手にデッドエンドの小さなスペースがある。小窓があり、その下にひとりがけのソファが置かれている。基本的に必要のない、飾りのような空間なのだけれど、こういう遊びというか余裕が素晴らしい。
玄関を入って左側はキッチンルームだ。大きな冷蔵庫もあるし、コンロ、電子レンジ、コーヒーメイカー、皿洗い機と必要なものはすべてそろっている。もちろんナイフやお皿、カップ、シルバー類は棚に入っている。大きな窓があり、太陽の光が燦々と注ぐ窓辺に四角いテーブルが置かれている。僕はここにMac G4のラップトップを置いて、毎朝いれたてのコーヒーを飲みながら原稿やメールを書いていた(ベヴァリーが暮らす母屋から無線ランが飛んでいる)。
キッチンルームの奥がベッドルーム。キングサイズのベッドが置かれ、ウォークインクローゼットがある。窓がたくさんあり、心地よい風が通り抜け、朝も夕方も光がたっぷり入るベッドルームだ。
バスルームはシャワーだけだけれど僕はもともとまったく風呂には浸からないので、それで充分。ベヴァリーが自分で選んだ実に肌触りの良いリネン類がバスケットの中に重ねられ、一番上にオーガニックのソープとアロマオイルがいくつか置かれ、小さなメモがある。「島で作られている天然素材のオーガニック石けんです。残った分はぜひお持ち帰りください」と書かれている。裸足で履くと気持ちいいスリッパが2組置いてあって、そこにもメモがある。「自分の部屋のようにくつろいでください。靴は脱いで、室内ではこれをどうぞ・・・」。
「神は細部に宿る」という言葉があるけれど、ベヴァリーの心遣いは細部にまで及んでいて、彼女の温かなホスピタリティが伝わってくる。

滞在中、毎朝僕は6時には起床した。
部屋のブラインドをすべて開け、熱いシャワーを浴びる。
コーヒーメイカーでコーヒーをいれ、最初の一杯をマグに注ぐとビーチサンダルで外へ出る。玄関の前はちょっとしたガーデンになっていて、その一角にデッキチェアが2つ置かれている。幅の広い大きな肘当てがついたチェアで、その肘当ての上にマグをのせることができる。
朝陽を浴びながらコーヒーを飲んでいると、母屋の玄関が開いて、ベヴァリーが現れる。ぼさぼさの髪の毛、起きたばかりという感じだ。
「おはよう」と僕。
「おはよう。あなた、早いのね」とベヴァリー。
「だって、こんなに気持ちのいい朝を逃しちゃもったいないでしょう?」
「私は朝って苦手。ほんとはもっと眠っていたいんだけど、この子たちをトイレに連れていかなくちゃいけないの」
そう言うベヴァリーの後ろから、4匹の犬が出てくる。大きな犬たちだ。1匹だけ、よく吠える。他は寡黙なほど静か。あとで知ったのだけれど、よく吠える1匹は耳が聞こえないのだ。犬たちの脇をすり抜けるようにして、猫も出てくる。僕が知っている限り彼女は、3匹か4匹の猫と、4匹の犬を飼っている。これもあとで知ったのだけれど、犬や猫はみんな、虐待されたり捨てられたりしたものたちをベヴァリーがひきとって、ここで一緒に暮らしているのだ。「捨てられた犬や猫たちを、世界中から全部ひきとれたらいいんだけれど」とある日ベヴァリーは言っていた。
僕はマグカップからコーヒーを飲みながら、犬と一緒に林の小径を歩いていくベヴァリーを眺めている。毎朝、同じように。
僕と彼女は特にたくさんの言葉を交わしたわけではない。でも、毎朝そうやって僕は、犬たちを連れて外へと出てくるベヴァリーを見たり、「おはよう」とひと言だけ声をかけ合ったり、笑顔で視線を交わし合ったり・・・、それだけのことなのだけれど、それが僕にはとても素敵な時間、瞬間だった。なんて言うのだろう、温かな心が通い合う瞬間とでも言うのか、僕と彼女はその朝の短い時間に、確かに心を通い合わせることができたのだ。お互いに初めて会った同士なのに、なぜだろう? でも、そういうことってある。

ベヴァリーはニューヨークから移住してきたアメリカ人で、ニューヨークでは某有名ホテルのレストランでパティシエをしていた女性。この宿はベッド&ブレックファーストだから朝食が必ず出るわけだけれど、ベヴァリーの朝ご飯は、毎日ほんとうに素晴らしかった。
朝食は8時から、と決まっている。ゲストはみんな母屋のダイニングルームへ8時きっかりに集まらなくてはいけない。5分でも遅れるとベヴァリーがキッチンから出てきてこう言うのだ。「もう、せっかく美味しいのが冷めちゃうわ!」。そして、誰かが笑って寝坊助を起こしに行く、というわけだ。
さすがパティシエとあってパンが実に美味しい。毎朝手作りのパンがいろいろと出るのだけれど、もうそれだけパクパク食べ続けたい。でも、ぐっと我慢しなくてはいけない。なぜなら、前菜、メイン、デザートと、朝食なのにたっぷりなコースになっているのだ。とにかくどれもこれも美味しい。毎朝違ったものが出されるから、とても楽しい。出されたお皿を全部食べ終わると、もうお腹がポンポンになる。美味しいパンは残念ながら食べきることはできず、するとベヴァリーがやって来て悲しそうな顔をする。「でもベヴァリー、もうお腹がいっぱいなんだよ、ほんとうに。すごく美味しかったよ・・・」と僕は言い訳をする。毎朝それの繰り返し。
朝食後、ダイニングルームの大きなテーブルに残ってコーヒーを飲みながら、お皿の片づけをしているベヴァリーとお喋りするのも僕の日課だった。日本人の血が混ざっているベヴァリー、ニューヨークからやって来た彼女に僕は興味津々で、毎朝少しずつ質問をした。毎朝のそれは、僕にとって至福のインタビュー・セッションだった。英国人の旦那さんのこと、子供たちのこと、故郷のこと、犬や猫のこと、なぜカナダのこの島へ、ソルトスプリング島へやって来たのか・・・
「これは私にとってチャレンジなのよ」とベヴァリーは言った。ソルトスプリング島はアーティスト・アイランド、ヒッピーの聖地などと呼ばれていて、ベヴァリーもまた見るからに元ヒッピーという女性だった。僕は彼女がソルトスプリング島のそういう空気にひかれてやって来たのかと思っていたけれど、答はそんなに単純ではなかった。
「私は、自分の可能性を試してみたかったの。新しい暮らし、新しい仕事・・・、これは憧れとか夢とかそういうことではなくて、私は自分の新しいチャレンジとしてここを選んだの。もちろんこの島は美しい、良い島だと思うわ。でもここは田舎だし、白人文化の島だし、私は見ての通り白人じゃない。住んでみて初めて体験する差別もあるのよ。理想主義だけじゃ何も成し遂げられないわ。私は、何よりもまず自分がどれだけできるのか試してみたかった。私が“こうありたい”という形の宿を作り上げて、それでやって来る人たちを満足させてあげたいけれど、それができるかどうか試したい。たとえばこのリビングルームの床も壁も、これは前の持ち主の作ったもので私の好きな色じゃないの、好きなタイプじゃないの。だからこれらを私は自分が“こう”と思うものに変えていきたい。それもチャレンジなのよ。もちろんいっきにすべてはできないから、少しずつ、少しずつ、できることからやっているの。今は庭をいじっているでしょう。私の好きな花や木々を植えたり、庭でハーブを作って料理に使いたいし。すごく大変よ、こういうことって。楽しいか?って訊かれても、“すごく大変”と言うしかないわ。もちろんここにやって来たことを後悔していないし、私は自分のためにこれをやっている。でも、チャレンジというのは常に大変なこと。チャレンジするのは楽じゃないわ。でもね、私はこれを選んだの。チャレンジすることを、私は選んだの。だから一生懸命やるし、とにかくやり遂げたいわ」・・・

僕らは確かに大切なことを語り合った。それが僕にとっては重要だった。お互いによく知りもしない間柄、短い時間、でも、それでも人は心を通い合わせることができるんだと僕は思った。もっともっといろんなことを彼女と話したいと僕は強く思っていた。きっと彼女もそう感じてくれていたはずだ。
ベヴァリーから届いたクリスマスカードは今、僕の仕事机の上に広げて置いてある。彼女の柔らかな文字を見て、僕は彼女の遠慮がちな笑顔を思い出す。
早く春が来て欲しい。次の春か初夏に僕はきっとソルトスプリング島へ渡り、ベヴァリーの宿にまた滞在するだろう。僕が世界で最も好きな空間のひとつが、そこにある。あのコテージ。あのコテージのキッチンルームの小さなテーブルで物を書きたい。玄関のドアを開け放っておくとベヴァリーの猫がのそのそと入ってくる。美しい午後の光の中、猫が昼寝をしているベッドの横で僕は読書をする。何処へ行く必要もない。だってそこの部屋、その庭が、あまりにも心地いいから。ベヴァリーの素晴らしい朝食を食べる。コーヒーを飲みながら彼女とまたお喋りをする。話したいことが僕にはある。聞きたいことがある。
彼女の宿は僕のために待っていてくれる。何処へも行かずに。今、目を閉じれば鮮やかに景色が見える。そこは今もあそこにある。今、この瞬間に。そう思うと嬉しい。東京にいても、僕にはあそこがあるのだ、と思えること。それが嬉しい。いつでも行けるのだ。そう信じて、今を生きる。

<今回の旅のヘヴィ・ローテ>
『THE TRIIALS OF VAN OCCUPANTHER』MIDLAKE
『LUNATICO』GOTAN PROJECT
『NICKY'S DREAM』GABBY & LOPEZ
『IN BETWEEN DREAMS』JACK JOHNSON
『HAPPINESS』FRIDGE
by imai-eiichi
| 2006-12-15 15:34



