023【Sans Souci】

ハナにいる。マウイ島。
昨日までは抜けるような青空が広がっていて、とても暑かったけれど、今日は雲が多い。もしかしたら午後から雨になるかもしれない。でも、もしかしたらすっかり晴れ上がるかもしれない。僕には島の天気のことはよくわからない。ここに生まれ育った人たちには、風や湿気、空気の感じで、光の具合で、今日午後の天気や明日の天気がわかるのかもしれない。来週のことも。
今、ハナは朝の9時。ホテル・ハナ・マウイの大きなシーランチ・コテージに泊まっていて、その部屋の一画に設えられた木の机にラップトップを置き、これを書いている。右に首を傾けると、網戸越しに広いラナイがあり、その向こうに海がある。
昨日までは、彼方の水平線からは目の痛くなるような青が幕をはるように天空を覆っていたのに、今朝は白く霞んでいる。今日は風も強い。海から吹いてくる湿った風だ。この風が雲をハナの上に呼び集めているのだろう。海の上で雲はどんどん生まれるから、風が吹けばそれらの雲はどんどんやって来て、それでたっぷり雨が降る。夏の間はそうでもないけれど、ハナは1年を通じて雨がよく降る場所だ。だから緑が濃く、滝がたくさん流れ落ち、花の香りが芳しい。マウイ島の東の端っこにある小村、ハナ。ここは素晴らしい場所だ。
でも今朝は、ハナのことではなく、昨日の朝までいたホノルルのことを少しだけ。

ホノルルでは、僕はいつもサンスーシー・ビーチに建つ小さなホテルに泊まっている。そのホテルは、ホノルルでは比較的古い宿のひとつ。だからロビーも部屋も何もかも決して「すごくきれいでゴージャス」というわけではない。と言うより、ゴージャスさからは遠く離れた宿だ。長い間海の前に建っているわけだから、いろんなところにガタツキが出ている。ホテルの方もそれをわかっていて、去年は1階のバー・スペースを全面的にリニューアルし、今年はずっと部屋の改装を順番に行っている。
「ウチはもう古くて、どこもボロいから」
と顔見知りの従業員が笑って言う。ここ2〜3年だけでも僕はこのホテルに20回近く泊まっているから、もうホテルのスタッフはみんな顔見知り。ハウス・キーパーのおばさんたちとも仲良し。成田空港から飛行機に乗って朝のホノルルに到着し、レンタカーでこのホテルへ着くと、「Welcome Home! おかえり!」とみんながとびっきりの笑顔で迎えてくれる。そんなことが嬉しかったりする。
この小さな古いホテルにはプールはないけれど、目の前が浜辺だから、いつでも海で泳げる。浜辺の名は、サンスーシー・ビーチ。Sans Souciというフランス語を英語にすれば、without painで、日本語にしにくいニュアンスがある。「苦しみなく」「苦痛のない」ということだけれど、その名前のニュアンスがどのようなものであるかは、一度この浜辺に来ればきっと誰でもわかるだろう。
早朝と夕暮れ時、もし仕事が入っていなければ、必ずホテルの前のサンスーシー・ビーチで僕は過ごす。必ず。朝と夕方のこの浜辺の素晴らしさは、いろんな人に教えたくて、でも語っても語ってもうまく伝えられた試しがない。
サンスーシーがあるのはカピオラニ公園の前、ダイアモンドヘッドの麓だ。ワイキキからはちょっと離れているからだろう、もちろん僕のような旅行者・観光客もいるけれど、ローカルの人たちのほうがずっと多い。このビーチは、ジモティたちの浜辺なのだ。
サンセットの時間がとにかく素晴らしい。そう、それは、「Sans Souciの時間」だ。

毎日、夕方5時を過ぎると、三々五々という感じで、あちらこちらからジモティたちが集まってくる。
お気に入りのラグや布をバッグに詰めたきれいな女の子たちは、その日の気分に似合った場所にそれを広げ、ごろんと寝転がったり携帯電話でお喋りを始めたり。そのうち彼女のボーイフレンドや仲間たちがやって来て、みんなでサンセット見物。片手にあのおかしなスティックを持った「トレジャー・ハンター」のおじさんも現れる。
一番多く見かけるのは、中年のカップルや、老夫婦(老カップル)。浜辺に座る人もいるし、僕のように浜辺の入口に並んでいるベンチに腰かける人も多い。僕はそのベンチの中でも特に(木で作られたままの)古いタイプのベンチがお気に入り(ベンチは複数あるが新旧のタイプが混在しているのだ)。古いベンチに座って、両足を目の前の、浜辺と芝生の敷地を分けるための低い縁石の、上にのせる、というスタイルで、これはもちろんジモティたちがやっているのを見て、いつからか真似しているわけだ。
とにかく、ジモティたちがほとんど。ワイキキは観光地だが、ハワイは観光地ではないのだ。「ハワイに観光地がある」という言い方が正しいのだと思う(東京も世界的な観光地だけれど、僕ら東京に住む人間はそこを観光地とは言わない。それと同じ)。多くのジモティたちは観光地かどうかに関係なく彼らの生活を営んでいるのだから。そんな彼らにとって日々のサンセット見物は重要な日課だ。
最初はゆっくりと太陽が水平線に近づいていく感じがする。「まだ1時間くらいはかかるかな」などと思いながら僕はベンチに座ったまま、iPodのプレイリストからお気に入りのものを選んで聞いている。
たぶん仕事が終わったのだろう、その頃になってから浜辺へやって来るサーファーたちがいる。一方で、その時間には浜辺へ上がってくるサーファーたちもいる。彼らは浜辺のどこかで交差し、軽く言葉を交わし合う。海を見ながら、どこかのポイントを指さしながら。
この時間に泳ぎにやってくる人々も多い。多くは60代とか70代とおぼしき人々。彼らの海へのエントリーの仕方がいい。決して急がないのだ。水着にTシャツ、ビーチタオルを1枚とゴーグルを手に持って現れる。彼らは急がずに、浜辺にちょっと座ったり、あるいは水内際に立って、しばらく海を見ている。何人かで来ている人たちはお喋りをしながら。ひとりの人は黙って。彼らは、うねりの具合とポイントを見極めようとしているサーファーたちと同様、かなり時間をかけて海を見ているのだ。飽きることはない。むしろ日々その鍛錬の内容が増えているかのように、じぃっと海を見つめる。たぶん、5分とか10分とか15分とか、それくらいかもしれない。でも、静かに海を見ている彼らの背中を見ていると、時間がすごく長く伸びていく気がするから不思議。
やがて、そういう「決して急がない時間」「浜辺で海と波をじぃっと見つめている時間」が過ぎ去り、とうとう彼らは海へ入る。そしてふと僕は気がつくのだ。夕陽がもう水平線にキスをしそうになっていることに。
この浜辺の夕方の時間は、そんなふうに流れている。
楕円形につぶれながら水平線に近づく今日の最後の太陽。
波に乗るサーファーたちの姿がシルエットになる。それは、とてもきれいだ。海全体が影になって黒光りする。波の頭だけが白い。砕けてはゆるやかに全体に溶けていく波。遠くからやって来るうねり。うねりは最初小さいがやがて大きく立ち上がり長く伸び、砕け、波になっていく。波はさーっと左右に広がって伸びていき、やがて消える。でも、その後ろからもう次のうねりが入ってきている。
繰り返し、繰り返し、繰り返し。ゆったりと自分のペースを崩さずに泳ぎ続ける人々がいて、その向こうにはカヤックやカヌーを楽しむ、あるいは練習している人々もいる。最近流行りのスタンドアップ・サーフィンをして帰ってくるサーファーもいる。
浜辺には、太陽が水平線の向こう側に落ちるのをじっと待っている人々。その全体を見渡していることの至福。

<今回の旅のヘヴィ・ローテ>
『FJORD』THE AURORA
『STRAW HAT, 30 SEEDS』GABBY & LOPEZ
『GATHERING』NATURAL CALAMITY
『UNTIL TOMORROW』MANUAL
『LELE』ASANA
by imai-eiichi
| 2006-08-06 06:19



