015【太陽と月と4千年の石】

グラスゴーでレンタカーをピックアップ、北へ向かう(正確には北北西)。北の海辺へ、北の港へと車を走らせる。
北の港から車ごとフェリーに乗り込む。フェリーが走る海には、無数の島々が浮かんでいる。すごい数だ。島、島、島・・・。フェリーは、さながらインサイド・パッセージのような、島と島に囲まれた海の道を進む。いくつかの島に寄港しながら、北へ、北へと、航海を続けていく。
夏の今、海が荒れることはあまりないが、ひと度荒れると、船の揺れは最悪だ。でも、夏の、晴れ渡って静かな海の日なら、船はまるで鏡の上を滑るような感じで、するすると移動していく。船が立てる白波がなければ、北の海はほんとうに鏡のようにつるりとして見える。とても美しい風景だ。
スコットランドは、北緯50度から60度の間にある。北海道の北端が択捉島のカモイワッカ岬で北緯41度だから、それよりずっとずっと北。だがスコットランドは、温かなメキシコ湾流の影響を受けているため、1年を通じて比較的温暖だと言われる。たとえば、冬の平均気温が5〜6度だから、なるほど確かに、北緯は北海道よりずっと北なのに、気温はそんなに下がらないというわけだ。
かなり北にあるため、冬の日照時間はとても短い。そこでは冬とは長く暗い夜の日々だ。今は夏で、それのまったく逆。昼間がとても長い。日没は9時半ごろだろうか。真夜中近くまでトワイライトが続く。夜に戸外で過ごすのが心地いい。寝不足になる。
ここは小さな村だ。ディスコやクラブの類はないし、スーパーマーケットもない。雑貨屋が1軒、小さな学校が隣の村にある。老人が多い。
そんな小さな村だが、2軒のバーがある。それぞれが自慢の地酒を出す。地酒、つまり、スコッチだ。もちろんシングルモルト。夕焼けの空を思わせる琥珀色の液体が、小さなグラスに注がれる。氷は入れない。「氷を入れるヤツぁ、アホだぜ」とジャム・バンドのドラマーのようなヒゲを生やしたバーテンダーが言う。「うまいスコッチは空気と同じだ。ありのままを飲め」。
何年も何年も何年も、このバーのカウンターに村人たちが寄りかかってきた。だから、カウンターの木の色はじっとりと黒ずんでいる。人々の手が、肘が、腕が、カウンターを擦り、その摩擦で角はいい具合にまるくカーブを描いている。バーは、北のこの土地では宿り樹なのだ。人々はここへ宿る。雨宿りをするように、バーへぶらりとやって来て、スコッチ・ウィスキーを飲む。
村人の何人かはゲール語を喋る。もちろん何を言っているかわからないが、聞いていて楽しい。多くの人は英語を喋るが、いわゆる米語から遠く離れた発音なので、何を言っているのかときどきうまく聞き取れない。「Pardon?」、「Say that again, please」、「Excuse me?」を何度も言うことになる。やれやれ。ときどき、誰かがバンジョーのような楽器を手にして歌い出す。ゲールの唄に声が重なっていく。
「どこから来たの?」と、(どこから現れたのか)女の子に声をかけられる。ボーイッシュでハスキーヴォイス。僕らは、絶妙に柔らかい泡のギネスで乾杯し、それからスコッチへとはしごする。酔っぱらって立っているのが辛くなり、奥の暖炉の前のソファに沈み込む。夏でも暖炉には小さな火が燃えていて、心地よい。北の夏、夜はずいぶん涼しくなる。上着を羽織るのではなく、Tシャツ姿のまま、こうして炎で暖かいというのがいい。こういう英国風のパブでは、必ず奥にソファでくつろげる別室がある。カウンターにはだいたいテレビが置いてあってフットボールのゲームを映しているが、奥の部屋は音楽もかかっていないからシンとしている。彼女がおかしな手品を見せてくれる。でも、それは手品なのか、こちらが酔っぱらっているだけなのか、わからない。でも、ある種のマジックに酔っぱらう夜。

ここは、ルイス島。
アウター・ヘブリデス。
スコットランド北西の海岸線は、太古の氷河が削り取ったフィヨルドのコーストラインだ。入り組んだ複雑な入り江が延々と続く。海には、島々が散らばっている。アーキペラーゴ、多島海。スコットランドの北には、とても美しい海辺の景色がずっと続いているのだ。
無人島がほとんどだが、千を超えるとも言われる島々がそこにはある。その島々のひとかたまりが、ヘブリデス諸島。500以上の島々からなるヘブリデス諸島のうち、スコットランド本土に近い島々の集まりがインナー・ヘブリデスと呼ばれ、外側、北の外洋に向かって散らばっている島々がアウター・ヘブリデスと呼ばれる。
毎年、夏至の夜にルイス島カラニッシュへ必ずやって来る、という人々がいる。多くはバックパッカーの旅人。彼らは、カラニッシュのスタンディング・ストーンの周りで夏至の夜を過ごすためにやって来る。
スタンディング・ストーンと言えば、有名なのはイングランドのストーンヘンジだろうか。ただ、あそこは有名すぎて、その「石」そのものに僕らは触れることができない。ストーンヘンジはぐるりと囲いで覆われ、旅行者は、車を駐車場に停めて、遠巻きにその起立する大きな石を見、写真を撮るしかない。
カラニッシュでは、囲いなどない。石はそこここに立っている。地面の草や小さな石っころのように、高さ3メートルから4メートルという大きな石がいくつも立っている。それらの石はたくさんある。僕らは自由にそれらに触れることができるし、寄りかかり、その石の下でまるまって眠ることもできる。夏至の夜にここへやって来る旅人は、一番きれいにまとまって立っている14本のスタンディング・ストーンの真ん中に座って(ここだけ、円を描いている)、太古の唄を聴き取ろうと心の耳を澄ませるのだ。
「だって、すごいパワーを感じるじゃないか」
出逢った旅人のひとりは、そう言って笑った。
大きなスタンディング・ストーンたち。いつ、誰が何のために立てたのか。ものの本によればそれらは4千年前の遺跡だという。
「ここは、聖地なんだよ」
と彼らのひとりが興奮気味に言う。聖地という場所がいったいどのような土地なのか、いったい聖地とは何であるのか、そんな場所が本当にあるのか・・・、僕にはまだよくわからない。セドナやアグンなど「聖地」と語られる場所を旅したことがあるけれど、やはりまだよくわからない。でも、無数の大きな石が立ち並ぶこの風景を、単純に美しいと思う。不思議な力強さを感じる。何かの気配のようなものも・・・。

午後10時。
空をオレンジ色に染め上げたまま、遠くの海に太陽が沈んだ。空はまだ明るい。もうしばらくこの状態が続くだろう。オレンジ色の空はやがてピンク色に変わり、そこに紫が混じり、やがて何とも言えない深いブルーに染まる。しばらくすると藍色のような群青色のような深い青に変わる。そのようにしてゆっくりと、この北の島に夜が降りてくる。長い、長い、北の島のトワイライト・タイムがあり、そしてやっと夜が降りてくるのだ。
月が昇り、空が白く輝く。無数の石も白く輝く。地面には無数の黒い影。その空も光も影も、4千年前と同じはずだ。
<今回の旅のヘヴィ・ローテ>
『SUN』SILENT POETS
『波』SANGATSU
『LUST』REI HARAKAMI
『JOURNAL FOR PEOPLE』MASAKATSU TAKAGI
『CLUB KAMA AINA』KAMA AINA
by imai-eiichi
| 2006-06-21 23:31



