ビーチサンダル・クロニクルズ TEXT+PHOTO by 今井栄一

006【旅する音楽】

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 数日前、久しぶりの晴れ間が広がったウィークデイの午後、明治神宮へ行った。お詣りとか、そういうことではなく、単純に明治神宮のあの広大な森の中を歩くのが好きだから。シンプルで広々とした境内は立っているだけで気持ちがいいし(あそこでヨガをしたらすごく良さそう)。特に、境内に植えられている3本の大きな楠は大好きだ。あの楠には・・・なんて言えばいいのか・・・、すごく特別な気配を感じる。
 年に何度か明治神宮へ行く。特に4月から5月末にかけては足繁く通う。4月中頃、ゴールデンウィーク前のあの森の新緑はとてもきれいだ。5月の今ごろなら、すっかり緑濃くなった森があり、雨の翌日に行くと、湿った緑の匂いが広がっていて、まさに森林浴。
 足下で響く玉砂利の音や、森にたくさんいるカラスたちの鳴き声、すぐそばの空から響いてくるヘリコプターの音、森を越えて聞こえてくる車の音・・・、そういう「原宿の音」を聞きながら歩くのももちろんいいのだけれど、今回はiPodでお気に入りの音楽を聴きながら、のんびり散歩した。

 Auroraの新譜『Fjord』と、高木正勝の新譜『Air's Note』を交互に繰り返し聞きながら、ゆっくり、のんびり歩く。バング&オルフセンのヘッドフォンは、外の音を遮断して、流れてくる音楽だけを堪能させてくれる。心地よい音楽世界に入っていく。それは自分だけの世界で、ものすごく気持ちいい。それにしてもこの2枚、傑作。
 音楽って、素晴らしいな!と、心から思う時間。
 ここ数年、音楽の存在、そして音楽とのつきあい方がまたパーソナルなものになってきたように感じる。

 19、20歳の頃、世の中にCDが普及し始めた。だからもっと若いときにはレコードで音楽を聴いていた。今でも覚えているけれど、生まれて最初に自分のお金(親からもらっていたお小遣いを貯めたお金だ)で買ったレコードは、南佐織の「17才」だった。小学生のとき。
 当時、通りを挟んで向かいの家に、武蔵美に通う大学生が住んでいて、子供の僕にとても仲良くしてくれていた。彼の部屋には油絵の具の匂いが漂っていて、いろんなオブジェや彫刻の類が雑然と置かれていた。たぶん彼の作品だったのだろうと思う。昔から絵を描くのが好きだったから、よく彼の部屋に遊びに行った。彼はピカソやマチスの画集を見せてくれたし、油絵の具の使い方もちょっと教えてくれた。小学3年、4年生頃の話。
 1970年代で、学生運動はもう終わっていたと思うけれど、彼は長髪、ベルボトムのジーンズ、いつも煙草をぷかぷか吸っていた。
 彼の部屋で僕はボブ・ディランやマイルス・デイヴィス、ジミ・ヘンドリクス、キンクスなどと出逢った。幼い僕に彼はそういう音楽を聴くことを強くすすめ、大音量で「ライク・ア・ローリングストーン」を流し、子供の僕に向かって「やっぱりこういうのを聴かなくちゃダメだよ」とか言ったりした。
 彼は、小学5年生の僕に「リターン・トゥ・フォーエヴァー」のアルバムを授けると(今もそれは大切にとってある。もらった当時は理解不能)、学生結婚した恋人と九州だか沖縄だかのど田舎へ引っ越し、電気も通っていないような土地に自分で家を作って、畑を耕し自給自足的な生活を始めたのだが(今でいうロハス的ライフスタイルだ)、その後どうなったか残念ながら知らない。

 彼のおかげで中学生になる頃には僕は、どっぷりアメリカやイギリスのロックとジャズにのめり込んでいた。日本の音楽はほとんど聴かず、アルバイトのお金は洋楽のレコード代として消えていった。
 もっと後で、CDの時代になった。そして、音楽がもっと気軽に、身軽に、聴けるようになったのだが、なぜだろう、その頃から少しずつ、大好きだった音楽への愛が冷めていった。音楽とパーソナルな関係を築きにくくなっていった。コレクトするようにして持っていたレコードやCDを大量に処分し、世界の音楽の動向にもあまり注意を払わなくなった。いずれにせよ、その頃僕はバックパッカーもどきになっていて、数ヶ月バイトをしてお金が溜まると1年とか1年半とか、海外を旅していたから、レコードもCDも必要なくなったのだ。20代前半の話。

 そして今。
 音楽への愛と情熱は今、昔以上に僕の中にある。その愛は10年ほど前に突如復活し、ここ数年でものすごく深く濃くなった。そして今、音楽は再びとても個人的なものになった。
 それは、すべてiPodのおかげだと思う。あの白い容器(そしてiTunes)が僕に、音楽への愛を返してくれた。大袈裟? 決してそうは思わない。だって、きっと僕と同じように感じている人々が世の中にはけっこういるはずだから。「携帯型音楽プレイヤー」、それは身軽に、かつ親密に、音楽を楽しめる魔法の道具だ。もうカセットテープを裏返す必要はなく、CDを入れたり出したりする必要もない。そして、この存在によって僕らは誰でも、家にある音楽をすべて携帯できる。
 iPodや最新の携帯型音楽プレイヤーで音楽を聴くことは、新しいグラスに入れられた年代物の素晴らしい赤ワインを飲むような、そんな感じ(あくまで個人的に)。
 旅をするとき、飛行機の中で僕はずっとiPodで音楽を聴いている。8千曲以上入っている60GBタイプには、たくさんのプレイリストが作ってあって、それらを聴く。あるいはその時々で気に入っているアルバムをじっくり聴く。またはiPod Nanoで曲をシャッフルさせて聴く。
 街を歩きながら僕は聴く。車の中でも聴くし、家ではボーズのiPod用スピーカーシステムで聴く。原稿を書くときには、G4にヘッドフォンを繋いで、iTunesから聴きながら書く。旅先では、レンタカーでiPodを使うし、ホテルの部屋ではベッドサイドのラジオに飛ばして聴く。
 どのメイカーのものだっていい。たまたま僕はMacユーザーだったからiPodというだけだ(と言いつつ、デザインが好き)。
 音楽って素晴らしい! そんなわけで、少年みたいにそう思う。ボブ・ディランも唄っているようにーー「I was so much older then, I'm younger than that now! あの頃僕はもっと年老いていた。そして今、あの頃より僕はずっと若い!」(My Back Pages)ーー僕らはいつでも若くなれるのだ。前よりもずっと。音楽はその勇気をくれたりもする。

 5月の晴れた午後、明治神宮の森を、音楽と一緒に僕は歩いた。素晴らしい時間だった。まさにTraveling without moving、何処か遠くへ行くわけでもなく、旅をした。音楽って、すごい。


<今回の旅のヘヴィ・ローテーション>
『FJORD』THE AURORA
『AIR'S NOTE』TAKAGI MASAKATSU
『BACHELOR NO.2』AIMEE MANN
『LE PAS DU CHAT NOIR』ANOUAR BRAHEM
『AFTERLIFE』BLISS
by imai-eiichi | 2006-05-15 07:17




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