ビーチサンダル・クロニクルズ TEXT+PHOTO by 今井栄一

005【ワイキキ、アラワイ運河で死んだ男】

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 4月上旬にオアフ島へ行ったときのこと。
 到着した日、取材が終わり、その夜、ワイキキに住む友人といつもの店で待ち合わせた。ローカルビールとインポートビールの両方がタップで飲めて、フレッシュで美味しいアヒ・ポケ(ハワイ名物のマグロの漬け)があり、茹でたての枝豆(ハワイの枝豆は新潟のだだ茶豆と並ぶ美味しさ!)はいつも山盛りで、絶妙の味付けの焼きそばやチャーハン、名物のカルビー・・・、そこは毎晩ローカルでにぎわうバー&レストランだ。
 ビールで乾杯し、「今日、着いてすぐロングボードで海に入ったよ。1時間しかやってないのに、もう肩が上がらない。運動不足、情けない」と笑って言うと、友人は真剣な顔をしてこう言った。
 「ええっ? ダメだよ、海に入っちゃ。知らないの? 今、ワイキキの海は悪質なバクテリアで汚染されているんだよ!」

 ワイキキにはアラワイ運河という人工の川がある。夕暮れてからこの運河沿いの遊歩道を歩くと、川向こうの山肌にびっしりと並んだ家々に明かりが灯り、とてもきれいだ。
 ワイキキは、19世紀末頃まで、このアラワイ運河のところまで海だったという。
 ワイキキというのはハワイ語で「水が湧き出る場所」というような意味だが、コオラウ山脈から流れ落ち、湧き出る、きれいな水がワイキキにはたっぷりあり、だからかつてワイキキは一面タロイモ水田と椰子の森だったという(その風景の写真は、たとえばモアナ・サーフライダー・ホテルの小さなミュージアムでも見ることができる)。水田だから蚊がたくさんいて、その当時、欧米からやって来た裕福な白人観光客たちはたっぷり蚊に刺され、ヒドイ目にあったとか。
 とにかく、椰子の森は伐採され、水田だった場所は土で固められ、湾は埋め立てられた。カリフォルニアなどからきれいな白い砂が大量に運び入れられ人工のビーチが造成され、その新しい海辺に沿ってビルの森が造られていった。それが20世紀。アラワイ運河はだから、かつては「ここまで海だったんだよ」という名残でもある。100年とちょっと前、そこには浜があり、波が寄せていたのだ。
 とにかく、アラワイ運河の上流に捨てられたゴミがたまり(全体的にゴミは多いのだが)、折からの長雨でバクテリア(大腸菌だろうか)が異常発生した。この1月、2月、3月と、ハワイ諸島ではずっと天気が悪く、ワイキキでは50日間連続で雨を記録という、観測史上の新記録が更新されたという。それらのバクテリアは常日頃から海中や空気中にいて、一定量の太陽光線によって消滅するそうだが、日照時間の激減でこの春、異常に増殖・繁殖してしまったという。
 アラワイの流れはそのまま海へと繋がっているから、それで先の友人の、そして地元の人々の、「海が汚染されている」という話になった。

 ホノルルに滞在中、新聞の一面には、とある若い男の記事が毎日掲載され、ローカルTVのトップニュースも毎晩その男のことを熱心に伝えていた。
 ある深夜、その男は酔っぱらって(ケンカをしていたという目撃談もある)、アラワイ運河に落ちてしまった。もちろん、すぐに上がって、ずぶぬれのまま自宅へ帰った。酔っぱらったまま、寝た。
 彼は、足に深い傷を負っていたという。
 落ちた翌日、彼は高熱を出して倒れた。家族が医者へ連れて行くと、「すぐに足を切断しないと大変なことになる」と言われた。足が切られ、2日後にはもう一方の足も切断された。新聞やTVはこのニュースを追い続けた。家族の談話が紹介され、スポーツマンだったその男の友人たちがコメントを寄せた。米国本土から金目当ての弁護士たちがやって来て「ホノルル市とハワイ州を訴える」とクールに語った。
 アラワイに落ちてからわずか4日後、彼は死んだ。

 「ワイキキの海に入ると手足が溶ける」
 こんなとんでもない風説がホノルル中に飛び交い、実際、アラワイの流れが海へと出るカイルアの海は市によって閉鎖された。と言っても、ビーチへの入口脇に小さなボードが立てられただけで、悲しいかな、多くの日本人旅行者はそれに気づかず、だから毎日新聞には「何も知らずに海に入る日本人たち」というような記事が写真入りで掲載されていた(ボードには日本語の文字も書かれていたのだが、その看板自体が気づきにくいものだった)。
 そのバクテリアがどの程度危険なのか、ほんとうに命に関わるのか。市が調査したところ、アラワイ運河やカイルアの海には、通常の何千倍という数のそのバクテリアが繁殖していることが判明した。
 この間、ワイキキのほとんどのホテルでは、滞在客に対して積極的な説明をしなかったようだ(少なくとも、日本語のメッセージが各部屋に置かれる、といった話を僕は聞かなかったし、僕のホテルでもそういう対応はなかった)。
 それはそうだろう。時は4月上旬、もうすぐ日本ではゴールデンウィークだ。大勢の日本人にやって来てもらわないとハワイは困る。「危険なバクテリアが異常発生してワイキキの海には入れない」という噂が広まったら、それでツアーが続々キャンセルされたら、観光が最大資源であるハワイ州には大打撃だ。

 それにしても、と僕は思う。日本でこのことがまったくと言っていいほど話題にならなかったのはどうしてだろう? もしほんとうに海が危険だったら関係各所はどうするつもりだったのか? もし連休中にワイキキで遊んだ日本人の子供たちがバタバタとバクテリアに倒れていたら・・・。
 アラワイ運河に落ちて死んでしまった男のニュースは気持ち悪い。けれど、もっと気持ち悪いのは、こういったニュースがーー多くの日本人に関係のあるはずの出来事が、ほとんど日本で報道されなかった事実だ(もちろん、その後何も起きなかったのは良かった)。

 日本のメディアはTVもラジオも新聞も、基本的に政府やメジャー企業と一心同体に僕には映る。そもそもこの国は、市民を奴隷化する独裁主義行政&政府によって狡猾にコントロールされているし、それを批判すべきメディアはそんな政府のプロパガンダ組織でしかない(もちろんそうじゃないところもあり、人たちもいるだろう)。いずれにせよ、そういう意味でこの国はすぐそばにある社会主義国家と何ら変わりはないように感じる(あくまで個人的に)。
 だが、こういうことは今に始まったことじゃないのだろう。今、青森県六ヶ所村で起きている恐ろしい出来事がほんの小さくしか報道されないこともそうなのだろう。
 僕らが住む世界にはあらゆる場所に「ビッグ・ブラザー」たちの力が働いていると言ったら、僕は妄想主義者だろうか。いや、妄想じゃない。だからジョージ・クルーニーは『Good Night, Good Luck』を作らざるを得なかったのだろうし、ウォシャスキー兄弟はだから『V for Vendetta』をプロデュースしたのではないのか。
 旅をしていると、外から自分の故郷を見、結果、沸々と感じることがある。もちろん、自分の考え過ぎならそれでいいのだけれど。



<今回の旅のヘヴィ・ローテ>
『DANNY THE DOG』MASSIVE ATTACK
『KOI AU』MAKANA
『SAFETY IN NUMBERS』UMPHREY'S MCGEE
『ELIZABETHTOWN』ORIGINAL SOUNDTRACK
『PUNAHELE』RAY KANE
by imai-eiichi | 2006-05-13 21:29




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