ビーチサンダル・クロニクルズ TEXT+PHOTO by 今井栄一

054【ジョディ・フォスター、THE BRAVE ONE、タクシードライバー】

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 ジョディ・フォスターが主演、製作も兼ねた映画『THE BRAVE ONE(ブレイブワン)』を見終わった直後、瞬時に思ったのは、映画『タクシードライバー』のことだった。
 『タクシードライバー』と似ているな、共通しているな、僕はそう思ったのだ。
 もちろん、2つの映画はまったく違う。すぐに見える共通点を挙げるとするなら、ジョディ・フォスターがどちらにも出ていること、舞台がニューヨークであること、それくらいだろうか。
 でも、やっぱり2つはとても似ているのだ。ニューヨークという街を「装置」として使いながらアメリカ社会全体の「今の空気」を描いた点や、特にそのエンディングが、酷似している。何より、この2つの映画はどちらも、「FEAR(恐れ、恐怖)」というものをテーマにしているのだ。

 『ブレイブワン』は、僕ら誰しもの心の中に潜んでいるFEARについての映画だ。
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 この脚本の映画化を一番強く望み、製作まで担当し、「人の書いた脚本の映画は撮らない」と言い切るニール・ジョーダンを説得して監督させてまで完成させた、ジョディ・フォスター。
 10月終わりに彼女が来日した際、短い時間だったけれどインタビューする機会があり、僕は「気を悪くしないで応えてくれるといいな」と思いながら、フォスター自身にそのことを問うてみた。
 「この映画を見終わったとき、即座に思ったのは『タクシードライバー』のことなんです。あの映画へのオマージュということはできないと思いますが、『ブレイブワン』と『タクシードライバー』は、どこか似ていると思いませんか?」
 それは質問というより、僕の個人的な感想を述べたに過ぎないわけだから、フォスターにその気がなければ何も応える必要はなかっただろう。でも彼女はその質問に対しても同じように笑顔を浮かべながら丁寧に、ニューヨーカーを思わせる早口で、こう答えてくれた。
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 「それはとても面白い意見だと思うわ。そして、ある意味とっても正しい見方と言えるわね。私も、そう思う。2つの映画は似ているってね。でも同時に、2つの映画は全然違うってことも言えるわよね。
 どちらも舞台はニューヨークだけれど、『タクシードライバー』は1970年代初め。『ブレイブワン』は21世紀の現在。向こうは主演が男で、こちらは女。デニーロが演じたトラヴィスという男はある種の野蛮人。私が演じたエリカは、知的な、きちんと学業を終えたタイプ。
 『タクシードライバー』の時代のニューヨークは、汚くて、ジャンキーがたくさんいて、犯罪都市そのものだった。『ブレイブワン』のニューヨークは、すっかりきれいになって、バブリーな高層マンションが林立するモダンな都市。
 デニーロ演じるトラヴィスは、ベトナム戦争帰りの元兵士。彼は、ベトナムで結局何も成し遂げられなかった。アメリカは戦争に負けたばかりか、その戦争がそもそも間違っていたという事実を突きつけられていた。トラヴィスは、ベトナムで何もできなかった自分に対してイライラしていて、だから、ニューヨークという街で、自分は何かをするんだ、この街を正しい街にしてやる、というようなおかしな野望を抱くのね。それが、ああいう狂気の行動につながっていった。
 一方『ブレイブワン』のニューヨークは、9・11後の世界。ベトナムとは違うけれど、実はこちらも戦争後の世界なのよ。エリカは銃を手にして街を彷徨い、悪人を撃つ。それは絶対許されるべき行為じゃないけれど、なるほど、こう見ていくと、トラヴィスとエリカと、2人の考え方や行動は似ているのよね。
 何よりもこの2つの映画が似ているところは、FEAR=恐れ、恐怖というものを描いているところだと思う。『タクシードライバー』でも『ブレイブワン』でも、ニューヨークという街を舞台にして、人々の心に潜むFEARというものを表現しているわけね。このFEARというのはとってもやっかいなものよ。すごく強くて、大きくて、消えない。時に攻撃的にもなれるし、時に人の心を弱めもする。FEARがやっかいである一番の理由は、それが決して“目に見えないもの”だからよ。FEARはいつでもそこにある。私たちの中に、街の中に、誰でも持っているの。漂っているわ。そこここに。確実に。でも、それは決して目に見えないから、追い払ったり、どこかへ投げ飛ばしたり、壊すことができない。消えないものなのよ、それは。
 今のアメリカ社会は、そんなFEARによって覆われていると思うわ。アメリカ人全体が大きな、目に見えない、どろっとしたFEARに包まれてしまっている。そのFEARをやっつける道具として、銃や爆弾が選ばれている。そんなものでFEARが消えるわけがないのに。これは、今のアメリカ社会の大きな、深刻な、問題だと思う」
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 なんて正直な、そして誠実な女性だろう、僕は心からそう思いながらその言葉を聞いていた。僕自身が思っていたこととまったく同じ意見であることはもちろん嬉しい驚きだったけれど、そんなことより彼女が、アメリカ人であり、現在のアメリカの映画界を代表する女優である彼女が、そのような意見をしっかり持つだけでなく、きっちり公の場で(インタビューという仕事の場所で)発言するその姿勢、態度、意志、そして、勇気。
 六本木のホテルの一室に設えられたインタビュー・ルーム。僕の前に座っていたのは、台座に載った宝石のようなグリーンに染まった瞳を持った、ショートカットで明るい栗色の髪の毛をした、美しい、そして実に可愛い女性であった。
 ジョディ・フォスターは、アメリカ人として、今のアメリカ社会のことをきちんと理解し、時に客観的に、時に主観的にその世の中を見、そしてこのような映画を作ることで「発言」しているのだ。たとえ見ていても発言しない人は多い。発言するのは勇気がいることだからだ。
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 『ブレイブワン』は素晴らしい映画だと僕は思う。暗いとか、重いとか、エンディングがどうこう・・・、もちろん批判されるべき箇所はあるのだろうけれど、そんなことは小事を見て大事を見失うことだと思う。
 これはいわゆる「グレイゾーン」について描いた、メッセージした映画だとも言えるだろう。
 ジョディ・フォスター演じるエリカは、ニューヨークのAMラジオ局のDJ。ある事件をきっかけに、エリカは拳銃を購入し、自分の銃で、街の犯罪者を殺害していく。そう、「処刑人」である。

 ジョディ・フォスターは、はっきりとこう言った。
 「彼女の行動は決して許されるものではない。明らかに間違っている。でも、たとえば25歳の警察官が拳銃を持っていても犯罪にはならないけれど、25歳の会社員が拳銃を持っていたら犯罪になる。それっておかしいことだと思わない? なぜ警察官はよくて、他の人はだめなのかしら? 拳銃とはパワーよ。パワーを持つと人間は変わるの。拳銃はまた、持っている人を生かし、相手を殺すもの。あなたが拳銃を持てばあなたは生き残る、そしてあなたの前にいる人は死ぬことになる。それが拳銃というものよ」
 拳銃で人を撃つことは、たとえその相手が犯罪者であったとしても、「決して正しいことではない」と彼女は言う。けれど一方で、映画の中でエリカという女性がなぜそのような行動に出なければならなかったのか、「それを見ること、考えることが大切なんじゃないかしら」とフォスターは言う。
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 「私たちの世界は、白か黒かという世界じゃないわ。私たちは実に曖昧な世界に生きている。グレイゾーンの中に私たちはいるの。そんなグレイゾーンにいるとき、大切になるのは私たち自身のモラルだと思う。そういう意味ではこの映画は、人のモラルについて考えた映画だと言えるんじゃないかな」
 ジョディ・フォスターはそう言った。


<今回の旅のヘヴィ・ローテ>
『ENCANTO』MARCOS VINISIUS
『THE BRAVE ONE』DARIO MARIANELLI
『GUERO』BECK
『GO GO SMEAR THE POISON IVY』MUM
『ANGELS OF THE UNIVERSE』HILMAR ORN HILMARSSON

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# by imai-eiichi | 2007-11-04 22:48

053【バンクーバー、イラン、移民の街で】

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 バンクーバーのダウンタウンから空港へ向かうタクシーの運転手は、イランからの移民だった。
 とてもお喋りな男で、だからイタリア人かなと思ったりもしたのだけど、顔つきがちょっと違う。
 「どこから来たの?」ときいてみたら、「イラン!(英語では、i-ran=アイランという発音になる)」と元気いっぱいの答が返ってきた。たぶん僕よりも若いだろう。
 その答は、そのときの僕にとってちょっぴりシンクロニシティというか、奇妙な感じだった。なぜかと言うと、ちょうど5日ほど前、ソルトスプリング島から水上飛行機でバンクーバーへ戻ってきたときのこと、港からダウンタウンへ向かうタクシーの運転手が、やはりお喋りなイラン人だったからだ。
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 東京にはイラクやイランからの移民が多いと聞くけれど、残念ながら僕はこれまで会ったことがないし、僕の周囲にはイラン人の知人友人は皆無。
 渋谷や新宿の街角で、「中東系だな」と思う人たちを見かけることは多い。でも、パッと見ただけではその人がイラン人なのかイラク人なのかアフガニスタン人なのか、どうもよくわからないものだ。
 よく見れば、イラン、イラク、アフガニスタンなど、それぞれの顔や肌の色はずいぶん違う。
 イラン人はペルシャ人であり、イラク人はアラブ人、また、同じアラブ人の中でもいくつも民族があって、微妙に顔つきは違うのだ。アフリカ人はひとつでない。ナイジェリア人というのもひとつではない。ナイジェリアという国境は欧米の白人社会が勝手に引いた線であり、勝手に名づけた領土だ。ナイジェリアには、たとえばイボ人、ヨルバ人、フラニ人と、もともとの民族がいて、それぞれの領土が、ほんとうは、あった。
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 この1週間でたまたま僕は、人生で初めてイラン人と言葉を交わし、さらに人生で二度目にイラン人と言葉を交わした、ということになる。しかも、どちらもタクシーの中で。
 「バンクーバーは移民が多いのは知っているけれど、イランからの移民も多いの?」と僕は運転手にきいてみた。
 「何人くらいいるかっていうのは、わからないけど、けっこういると思うよ」
 実は5日くらい前に乗ったタクシーの運転手もイラン人だったんだ、と僕が言うと、彼は「名前、覚えてる?」ときいてきたけれど、残念ながら覚えていない(名前を僕は確かにきいたのだ、そのときに)。
 「イラン人タウンみたいな場所があるの?」と僕はきいた。
 「そういうのはないね。でも、みんなで集まるパブなんかはあるよ」
 「みんなでフットボールを見たり?」
 「そう、チャンピオンズリーグ! 俺はリバプールのファンなんだ」
 「僕はアーセナル!」
 僕らは笑って、フットボール情報をしばし交換しつつ、ワールドカップやアジアカップではお互いライバルになる日本代表とイラン代表の話で盛り上がった。「日本は一番強い。イランはダメ」と彼は言ったけれど、決してそんなことはない。先のアジアカップでは力を発揮できなかったけれど、今、オーストラリアをのぞけば「イランこそがアジア最強」と評するフットボール評論家が多いのだ。
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 「あれ? イランって、お酒は禁止なんじゃないの? パブでビールとか飲んで、いいの?」と、ふと気づいて僕はきいた。
 「ここはイランじゃないからね」と彼は当然の顔。
 確かに。「じゃあ、向こうではぜんぜん飲まないわけ?」
 「いや、飲むよ」と、さらり。
 「飲んでいいわけ?」
 「いや、オフィシャルにはダメ」
 僕は笑った。「隠れて飲むんだね?」
 「そう。アンダーグラウンドな場所はいっぱいあってさ、暗黙の了解ってやつだよ。あと、自宅で飲めば誰も迷惑しない。警察も、目につかない限りは何も言わないんだ。イランはね、他のイスラムの国ほど戒律に厳しくないんだよ」
 「サウジみたいに」
 「あそこは大変! 酒なんて絶対無理。捕まっちゃうからね。イランは、自由な国なんだよ」
 博識な彼は、そしてこんな話を聞かせてくれた。ワインに関する話だ。
 「俺たちの国は、酒の歴史が古いんだ。もともとワインが生まれたのは、俺たちの国なんだからな」と彼は言った。イランという国家は新しいけれど、確かにペルシャは古い、とっても古い国だ。
 「シラーズってワイン、知ってるだろ? 有名だよな。あのワインは、イランが起源なんだって、知ってた? イランにシラーズって街があってね、そこで大昔にワインが作られていたんだ。紀元前の話だよ、ずーっと昔々のことさ。イタリアやフランスなんて国がまだぜんぜん存在しない頃だ」
 「君たちの国の方が、歴史的にはずっと古いもんね」と僕は少し彼の鼻を高くしてあげた。インタビュアーの心得だ。相手を気持ちよくして、喋らせる(警察官や検事はまったく逆。相手を泣かせたり怒らせたり嫌な気持ちにさせた挙げ句、疲労困憊させて無理やり偽や嘘の供述をとる)。
 「その通り。俺たちの国は古い、古い国なんだ。それで、シラーズという街では葡萄が栽培され、ずっとワインを作っていた。昔々からね。それからずーっと後で、フランスのローヌ地方で美味しいワインが作られるわけだけど、そのワインの種が、イランのシラーズから持っていった種だったってわけ。それで、ワイン通で知的なフランス人は、俺たちイランの街とオリジナリティに敬意を表して、そのワインの品種にシラーズって名前をつけたんだよ」
 「それ、ほんと?」
 「マジさ。すっげぇマジ。俺はこう見えても読書家でね。いろんなことを調べて知っているんだ。自分の国のこと、自分たちのこと、すっげぇ勉強したからね」
 「そんなに自分の国が好きなのに、カナダにいるのは、なぜだい?」
 「こっちには、なーんでもあるだろ。仕事もあるし」
 「可愛い女の子もいっぱいいるし」と僕は言ってみた。
 「イランの女性は美人だよ。でも、こっちの女性の方が話しかけやすいね。すぐデートできちゃう」
 「君は独身かい?」と僕はきいた。
 「もちろん! 俺は自由が好きなんだ。何ものにも縛られたくないもんね」
 彼はもっともっといろんな話をしたそうだったし、僕の方もイラン人の彼ともっと知り合いたかったけれど、残念ながらそうこうしているうちに車は空港に到着した。バンクーバー市内から空港までは車でわずか20分ほどなのだ。とても便利である。成田空港とは大違いだ(あれが東京の国際空港なんて、まったく詐欺みたいじゃないか)。
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 僕はバンクーバー空港のドメスティック・ターミナルに入り、ペンティクトンまでの国内線にチェックインした。
 ペンティクトンは、カナダ、ブリティッシュ・コロンビア州オカナガン・トンプソン地方の街。もちろん、耳にするのも行くのも初めて。
 出発まで時間がたっぷりあるので、僕は空港内の書店に入り、一昨日までいたソルトスプリング島の大きな地図をひとつ買った。地図を見るのが僕は大好きだ。東京の自分の車にはもちろんカーナビの類はついていない。それは僕の車がオンボロだし小さいからだけれど、いずれにせよ僕は自分で地図を見て道を探しながら走るのが好きなのだ。

 書店で何気なく新刊のベストセラーが並んでいる書棚を眺めていたら、そのトップ1の場所に置かれているちょっと大きめなペーパーバックが目をひいた。赤を基調にしたカラフルな表紙、鳥のイラストがとても可愛い。手に取ってみるとそれは、レナード・コーエンの最新散文集だった。
 結局それも購入し、もうやることもないからとゲートへ向かって歩いていった。
 ペンティクトン行きのゲートはメインターミナルからかなり離れた、一番片隅に位置するゲートだった。そのゲートのちょっと手前に、「ABSOLUTE SPA」という店があった。出発待ちの時間に気軽に受けられるスパやマッサージ、ネイルケアの店だ。店といっても、空港内なので仕切があるわけではなく、まったくのオープン。
 時計を見ると、出発時間までにはまだたっぷり1時間以上ある。僕は、30分ほフット・マッサージを受けることにした。
 白衣のような制服を着た女性が2人。ひとりは金髪の白人で、もうひとりも白人だけれど中近東系、黒髪の女性。
 「30分ほどフット・マッサージをお願いしたんですが」と僕が申し出ると、金髪の女性が、「あなたはラッキーよ。彼女のフット・マッサージは最高なんだから!」と言って、黒髪の女性が僕の担当であることを告げた。
 ゆったりとしたソファには電動マッサージ機能がついていて、背中をぐりぐりされながら僕の足のマッサージははじまった。よく見ると、彼女はとても美しい女性だった。薄いターコイズブルーの瞳が実にセクシーだ。
 彼女はお喋りな女性だった。
 僕は彼女に、「どこから来たんですか?」ときいてみた。
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 東京にいると、というか、日本にいると、「どこから来たのか」という質問は都道府県をきいているに過ぎないけれど、バンクーバーにしろパリにしろロンドンにしろ、そういった世界の都市では、「どこから来たのか」という質問は、「あなたの生まれた国はどこか」ということを意味している。
 数多の人種と民族が暮らす都市では、「その人が何人で、どんな宗教なのか、どんな歴史の中に生きてきたか、どんな戦争を経験してきたか」ということが、時として重要な意味を持ってくる。
 たとえば、ニューヨークで友人の家に招かれたとしよう。もしその人がイスラム教徒であるなら、招待のお礼にとワインを持っていくことはできない(イスラムは酒は禁止。先ほどのイラン人タクシー運転手の話は別)。また、誰かの家でパーティを開くとして、もしやって来るゲストの中にインド系の人がいたら、ホストは牛肉の料理は出さないようにするだろう(インドでは牛は神聖なる動物)。
 こういった発想というか、当たり前のこと、考え方、あるいは習慣になっているインターナショナルな暗黙のルールが、東京には欠如していると思う。もちろん、それで悪いとは言わない。ただ、東京がいかに「国際都市ではないか」ということは言えるだろう。どこまでいっても東京は極東の田舎街に過ぎないのだ。外資はたくさん入っているし、世界的なブティックや高層ビルは林立しているけれど、それは容器が立派になっているだけで、中身は空っぽに等しい。見せかけだけ。だから、東京(日本)にはそれなりの文明はあるかもしれないけれど、文化はまったく見えない。と、僕は思っている。

 僕が「どこから来たの?」とマッサージを施してくれている女性にきくと、驚いたことに彼女はこう言った。「イランからよ」。
 また、イラン人。
 なんだか、偶然にしては、できすぎているみたいだ。こういうことがあると、僕はどうしても映画『トゥルーマンショー』を思い出してしまう。被害者意識が強いのだ。
 僕は彼女に、ここ5日間で僕がたまたま出会ってきたイラン人の話をした。出会った、というほどのことでもないのだけれど。
 ・・・「その2人のタクシー・ドライバー、そして、君が3人目。これまでイラン人と接点がまったくなかったのに、なんだか奇妙な偶然だと思うんだ・・・」
 「きっと、イランがあなたを呼んでいるのよ」と彼女は僕に言った。そのときの彼女の顔に浮かんでいた不思議な笑顔はどんな意味だったのだろう。魔女のような(と言っても魔女に出会ったことはない)、僕に魔法をかけたみたいなスマイルだった。
 「イランは美しい国よ。美しい女性たちがたくさんいるわ」
 「きっとそうでしょうね。ところで、あなたの名前は?」
 「マジューニア」
 「マジューニア・・・。美しい名前だ」
 「ありがとう」
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 マッサージは終わり、僕はお礼を言って立ち上がった。
 「次の旅のときも、ぜひ、また寄って」とマジューニアは言った。そして、またあのスマイル。黒髪と薄い青の瞳に吸い込まれそうだ。
 イラン、イランか・・・、僕はゲートへ向かって歩きながら考えていた。
 知らない国、行ったことがない場所は無数にある。この世界は、僕らが知らないことで充ち満ちている。

<今回の旅のヘヴィ・ローテ>
『ENCANTO』MARCOS VINISIUS
『AERIAL VIEW OF MODEL』GLIM
『GUERO』BECK
『KHALI』ALEJANDRO FRANOV
『THE ESSENTIAL LEONARD COHEN』LEONARD COHEN

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# by imai-eiichi | 2007-10-13 18:22




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