book

Feature of the month '06.Nov

「私以外」の経験を味わう背徳感

Feature of the month \'06.Nov_b0071699_18592395.jpg ある雑誌で脳科学の第一人者に取材した際、百年後の未来では、脳の状態を克明に記録する科学技術が成立しているだろうという話を聞いた。脳内の情報を記録することで、その日起きた出来事の客観的な情報だけでなく、その出来事を通じて「私」がどう感じたかの主観的情報までも保存し、いつでも再生できるようになる。現代人のようにブログを書く人は誰もいなくなる……。
 胸踊る話だ。しかし、ちっぽけな「私」の記録を完璧にデータベース化できたとしても、そこにアクセスする機会はほとんどないんじゃないか、とも感じた。では「私以外」の存在に起きた経験がデータベース化され、自由にアクセスできるとしたら? しかも「私以外」でありながら十分に「私」の、つまり理想的な「私」が、理想的な「世界」を生きる経験を五感全てで追体験できるとしたら。飛浩隆の『ラギッド・ガール』に登場するヴァーチャル・リアリティは、そんな体験を使用者(ゲスト)にもたらす。
 <廃園の天使>シリーズ第二作に当たる本書は、前作『グラン・ヴァカンス』でも描かれたネットワーク上の仮想リゾート<数値海岸>の姿を、そこに暮らすAI達と、その世界を作った科学者達、双方の視点から描く中短編集だ。ラギッド(ざらざら)な皮膚を持つ醜い天才少女によってもたらされた、ヴァーチャル・リアリティ理論はこうだ。仮想世界のAIは、人間(ゲスト)の欲望に応え、サービスするためにプログラムされた存在であり、自らがAIであることを自認している。ゲストは仮想世界に没入しリアルタイムで経験するのではなく、「情報的似姿」という名の架空の「私」をその世界にあらかじめ送り込み、経験した結果をビデオデッキで録画・再生するように選択的に追体験する。「情報的似姿」に人間と同程度の処理能力を持たせることは不可能だから、「感覚」を処理する機構は一元化し、「感覚」自体を仮想世界の座標点に置いておく!
 ミステリー小説の最後で惨殺されるヒロインについて、作中人物がこう語る、「私が本をひらくまでは、ミランダは紙に印刷されたただの活字。そのままにしておけば彼女は死ぬこともなかったわ。うかつにも私が読んだりしたばっかりに、彼女は“生きた”」。本を読むこと、「私以外」の経験を味わうことの甘美な背徳感が、この小説のヴァーチャル・リアリティ観と共鳴する。圧巻なのは、「魔述師」と題された中編だ。反<数値海岸>を掲げる女性運動家は、なぜAIの“人権”保護にこだわり、どのようにして人間によるAI虐待を止めさせるのか? 「清新であること、残酷であること、美しくあることだけは心がけたつもりだ。飛にとってSFとはそのような文芸だからである」。前作のあとがきで示された「SF」観は、本書でもどくどくと息づいている。本をめくる手を止めさせるほど、強烈に。最高の「SF」は、最高のホラーでもあるのだ。(吉田大助)

『ラギッド・ガール』 飛浩隆 早川書房 ¥1,600(税別)

# by switch-book | 2006-11-17 00:05

読んでおきたい本4冊 '06.Nov

読んでおきたい本4冊 \'06.Nov_b0071699_1583443.jpg『永遠の花 Everlasting Flowers』
蜷川実花/小学館/3,700円(税別)
人間の手が花の有り様に近づけて造花を作っていくとき、なぜだろうその花はどんどん本来の花から遠ざかっていく気がする。あれほど色鮮やかに、可憐に、見た目は自然の花と何ら変わらず華やかであるというのに。そう考えると、本来の花の美とは、咲き、そして枯れ逝くことにこそあるのか。この写真集は、死者が眠る墓地に手向けられた決して死なない造花のみ。蜷川がシャッターを押さずにいられなかった永遠は、こんなにも生きている人間をゾッとさせる。(川口美保)




読んでおきたい本4冊 \'06.Nov_b0071699_1584419.jpg『DEATH NOTE HOW TO READ(13)』
大場つぐみ・小畑健/集英社/648円(税別)
「13巻」の表記で刊行された『デスノート』公式解析マニュアルの目玉は、本編のプロトタイプとなる読切版50ページと、大場つぐみ・小畑健両氏のロングインタビュー&対談だ。大場いわく好きな漫画のジャンルは「ギャグ」、連載中心掛けていたことは「(担当編集者に)ボツにされても各話一か所は笑える所を入れる事」。そして初公開された原作ネームの三頭身タッチ……この人は、やっぱり“あの人”ではないのか!? 本作を巡る謎、全て解かれたわけではない。(吉田大助)




読んでおきたい本4冊 \'06.Nov_b0071699_1585323.jpg『グッド・ニュース』
デヴィッド・スズキ/ホリー・ドレッセル/ナチュラルスピリット/2980円(税別)
副題は「持続可能な社会はもう始まっている」。環境問題を扱った本には、ネガティヴで悲観的な事実を並べて警鐘を鳴らすものも多い。もちろんそれも必要なことなのだろうが、そのような観点からばかり現実を見ていくと、「結局何も変わらないのではないか」という絶望に行き着いてしまうこともある。本書は逆に、すでに起こっている環境問題の分野におけるポジティブな例を挙げ、変化への良いニュースを知らせ、希望の一端を垣間見せてくれる。(猪野 辰)




読んでおきたい本4冊 \'06.Nov_b0071699_159258.jpg『WWWWW』
石塚元太良/青幻舎/1890円(税別)
世界中のさまざまな国をめぐりながら、テーマ性の強い写真を撮りつづけている写真家、石塚元太良の新作写真集のテーマは「壁」。津波の痕のスリランカの壁、ヤクの糞でできたエチオピアの壁など、それぞれの国にはそれぞれの壁があり、その国の歴史や事象を雄弁に物語る。歴史や風土、民族や宗教といった、さまざまな要素を吸収してきた壁には、国や地域の個性を読み取ることも、あるいは世界をめぐる人の営みの普遍性を読み取ることもできる。(猪野 辰)
# by switch-book | 2006-11-17 00:00




ページの上へ