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Feature of the month '07.Jan

絶対断固、映像化不可能な「漫画」

Feature of the month \'07.Jan_b0071699_1834854.jpg『SPA!』誌の調べによれば、「恋するあなたが気になる彼に会う時は?」という質問に対して、二百人中実に百四十八人もの女性から最も多く寄せられた回答は「口ひげを剃る」なんだそう。男性性の象徴である口ひげが、女性のカラダにも共有されている……いや、そもそも男性の中には女性ホルモンもY染色体も入り込んでいるわけで、男性だってある程度は女性で、女性だって男性で……。そんなもやもやした気持ちで金田一蓮十郎の漫画『ニコイチ』(「ヤングガンガン」連載中)を読むと、さらなる混乱が生じることは間違いない。
 主人公は、昼間は会社でサラリーマン姿をしている二十九歳の須田真琴。一歩会社を出ると、誰もが振り返るモデル体系の“美人”へと変身し、家では血の繋がらない一人息子・崇のママとして、完璧な女装ライフを送っていた。しかし、ある事件をきっかけに、OLの菜摘と「女友達」に。自分は男であるとカミングアウトできぬまま友情は深まり、「友達以上恋人未満」へと感情は高まり、やがて二人は一線を越える!?
 ペンネームは男の名前の、若手女流作家によって描かれた“性別転換もの”の最新型だ。男が女に変身し、別の女と同性愛カップルになってしまうけれど、でも男は男として彼女と付き合いたいと思っている。なんて現実ではありえないような設定を、できるだけリアルに、ファンタジー抜きで転がしてみたら、見たことないラブコメに変貌してしまった。面白いのは、女友達との仲が深まるうちに、男の自分が女の自分にツッコミを入れる場面が激減し、モノローグさえ女言葉になっていくこと。今が良ければそれでいい、場当たり的な行動は、男としての立場をますます隅に追いやっていく。
『ニコイチ』には、漫画でしか表現できない面白さがつまっている。ビジュアルを読者の想像力にゆだねてしまう小説では「絵」の面白さがまったく再現できないし、映像化するには、女のような男を演じる俳優のキャスティングが難しい。強いていえばアニメ化は可能かもしれないが、もしも律儀に一人の女性声優が男女両方のキャラを演じた場合、視聴者は猛烈な違和感に襲われるだろう。声に刻まれた性別の質は、見た目のそれよりも決定的であることを、経験上誰もが知っているからだ。どんなに見た目は女らしくても、声を出した途端に、ニューハーフは男になるように……。
 と、ここまで考えてきて、この作品が吐いている最大の嘘は「声」であることが判明した。漫画には音がない、というディスアドバンテージをアドバンテージに変えることで、『ニコイチ』はラブコメの可能性を更新したのだ。こんな恋愛関係、ここでしか味わえない。フィクションよりも現実のほうが面白いなんてざれごとは、この漫画を読めば二度と言えなくなる。そしてもろもろ面倒臭い目にあっている主人公の彼の姿を見ると、変身願望を満たすより今の自分の性を受け入れる気持ちが高まることも、確かなのです。(吉田大助)

『ニコイチ』(既刊2巻) 金田一蓮十郎 SQUARE ENIX ¥505(税別)

# by switch-book | 2007-01-19 00:05

読んでおきたい本4冊 '07.Jan

読んでおきたい本4冊 \'07.Jan_b0071699_18261450.jpg『マムアンとマナオ』
ウィスット・ポンニミット/ミリオン出版/1500円(税別)
漫画、アート、アニメーション、音楽……とさまざまなメディアを浮遊するウィスット・ポンニミットの、意外なことに初の絵本。キャラ立ちした絵柄にしても、シンプルな言葉の感覚からしても、そもそも絵本というメディアが似合いそうな作家なわけで、実際完成した絵本は彼の魅力を余すことなく伝えてくれる。女の子と愛犬を主人公にした微笑ましいお話で、今回は絵本ということもあってか、漫画などで時折顔をのぞかせる、ビターな切なさは抑え気味。(猪野 辰)




読んでおきたい本4冊 \'07.Jan_b0071699_18262315.jpg『赤朽葉家の伝説』
桜庭一樹/東京創元社/1700円(税別)
千里眼の祖母、漫画家の母(モデルは紡木たく?)、何者でもない「わたし」。鳥取で製鉄業を営む旧家の女たちの人生と日本の戦後史を3部構成で物語る、女流小説家・桜庭一樹渾身の大河ロマン。浪花節の利いた“女の一生もの”小説かと思い込んでいた矢先、突然推理小説に変貌する瞬間の衝撃といったら! 何度も訪れる心地よい不意打ちが、ページをめくる手を休ませない。そして「未来」という単語を今、こんなふうに使える作家は他にいないのではないか?(吉田大助)




読んでおきたい本4冊 \'07.Jan_b0071699_18263060.jpg『雑誌的人間』
佐山一郎/リトルモア/2200円(税別)
のっけから、「ここ10年の間で最も凋落の激しかった興味対象が雑誌」という手厳しい言葉で始まる書き下ろしエッセイに加え、延べ1,000人に上るというインタビュー原稿からセレクトした「生前遺稿集」、さらに書簡の「赤面しながらの全文掲載」と、雑誌的人間を標榜する著者の四半世紀が凝縮されている。が、(今とは全く違う)スタジオ・ボイス誌の編集長として駆け抜けた80年代に関する記述に最も惹かれるのは、それこそが彼にとっての「夢の砦」だったからだろう。(東屋雅美)




読んでおきたい本4冊 \'07.Jan_b0071699_18263898.jpg『失われた町』
三崎亜記/集英社/1600円(税別)
デビュー作『となり町戦争』でいきなり直木賞候補となった作家の新作長篇。30年に一度起こる町の「消滅」では、その町の住人が忽然と失われる。町の消滅は意識を持った「町」により引き起こされると言われ、消滅する「町」と接触した人間は「汚染」され、「町」は悲しみを持つ人間に干渉する……という、近未来SF的な設定だが、小説はあくまで日常と地続きの世界で生活する人々が、突如として降り掛かる不条理な喪失といかにつき合い、乗り越えうるかを模索する。(猪野 辰)
# by switch-book | 2007-01-19 00:00




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