Feature of the month '06.Apr
『オぉジョオします』 他者との“出会い”を意識すること
エステティシャンとギャグ漫画家の色ボケ生活とそれぞれの職業事情を描く『雲の上のキスケさん』、テレビドラマ化もされたオリジナル結婚式制作会社の群像劇『SWEETデリバリー』など、“働くことと恋すること”を常にワンセットで描き出してきた、漫画家の鴨居まさね。彼女の9年ぶりとなる新作短編集『オぉジョオします』は、そこに“この日常を生きること”の楽しさとスリルが上乗せされていて、「せつないラブ・ストーリーにはちっともドキドキしない」(本文より)人にも自信を持ってオススメできる、最高傑作だ。
表題作の主人公=語り手は、都会のお寺に嫁いだ32歳の“ぎちえ”(旧姓「中木智恵」、現「青柳智恵」)。3年ぶりに再会した元カレに頼まれ、彼の拘置所暮らしを口述筆記するバイトを始めたのをきっかけに、2人は昔の関係を取り戻していく……ことなどなく、「遠い親戚かなにか」みたいな特別な関係性を実感することになる。
わずか30ページの中にみっしりエピソードを詰め込んだこの1編に象徴されるように、本書に収録された5編は“胸を焦がす片思い”や“恋の駆け引き”といった、分かりやすいドラマは選ばれていない。恋を既に始めていて、恋する気持ちも落ち着いている男女間のコミュニケーションが、ドラマの主軸となっているのだ。売れない女性ミュージシャンと、シナリオ大賞を受賞して一躍人気作家となった年下の彼氏。潔癖性の夫と、骨董好きの妻……。
男女間、だけじゃない。彼氏いない歴25年のやとわれ占い師と、充実した恋愛ライフを送る顧客の女性。妻の実母が暮らす家に、夫の実父を連れて引っ越してきた上田家5人(と猫のマル)……。まさに老若男女。どの短編にも、年齢も性別もばらばらの人間が登場して、決して単一ではない、多様にして複数の人間関係を結んでいく。と同時に、登場人物が各々の人生で経験し、出会った人々との会話が“語り”として現れていくのだが、この“語り”が彼らの実在感を立ち上げる。漫画を読む間、読者は“他者”と触れ合っている感覚が生起し続けていて、読み終わった後も“出会い”の感触が心に残るのだ。
人は目の前の相手に、身ぶりや手ぶり、表情も含めて語りかけられるからこそ、そこに“他者”を感じ、“出会い”を意識することができる(ネットの絵文字群は、文章に少しでも表情を付けようとする人情の現れだ)。そう考えた時、作者のトレードマークでもあるフリーハンドのやわらかさ漂う描線が、最大の武器になっていることが分かる。フォルム全体に輪郭を付けてきっちり描き込むのではない、多少いびつでも細やかな仕草や表情を積み重ねるあのタッチが、“他者”の実在感を強烈に喚起するのだ。
本書を読むと、“この日常を生きること”すなわち“人と出会うこと”の喜びを心から味わうことができる。鴨居まさねは無敵の漫画家である。
『オぉジョオします』 鴨居まさね 集英社 420円(税込)

表題作の主人公=語り手は、都会のお寺に嫁いだ32歳の“ぎちえ”(旧姓「中木智恵」、現「青柳智恵」)。3年ぶりに再会した元カレに頼まれ、彼の拘置所暮らしを口述筆記するバイトを始めたのをきっかけに、2人は昔の関係を取り戻していく……ことなどなく、「遠い親戚かなにか」みたいな特別な関係性を実感することになる。
わずか30ページの中にみっしりエピソードを詰め込んだこの1編に象徴されるように、本書に収録された5編は“胸を焦がす片思い”や“恋の駆け引き”といった、分かりやすいドラマは選ばれていない。恋を既に始めていて、恋する気持ちも落ち着いている男女間のコミュニケーションが、ドラマの主軸となっているのだ。売れない女性ミュージシャンと、シナリオ大賞を受賞して一躍人気作家となった年下の彼氏。潔癖性の夫と、骨董好きの妻……。
男女間、だけじゃない。彼氏いない歴25年のやとわれ占い師と、充実した恋愛ライフを送る顧客の女性。妻の実母が暮らす家に、夫の実父を連れて引っ越してきた上田家5人(と猫のマル)……。まさに老若男女。どの短編にも、年齢も性別もばらばらの人間が登場して、決して単一ではない、多様にして複数の人間関係を結んでいく。と同時に、登場人物が各々の人生で経験し、出会った人々との会話が“語り”として現れていくのだが、この“語り”が彼らの実在感を立ち上げる。漫画を読む間、読者は“他者”と触れ合っている感覚が生起し続けていて、読み終わった後も“出会い”の感触が心に残るのだ。
人は目の前の相手に、身ぶりや手ぶり、表情も含めて語りかけられるからこそ、そこに“他者”を感じ、“出会い”を意識することができる(ネットの絵文字群は、文章に少しでも表情を付けようとする人情の現れだ)。そう考えた時、作者のトレードマークでもあるフリーハンドのやわらかさ漂う描線が、最大の武器になっていることが分かる。フォルム全体に輪郭を付けてきっちり描き込むのではない、多少いびつでも細やかな仕草や表情を積み重ねるあのタッチが、“他者”の実在感を強烈に喚起するのだ。
本書を読むと、“この日常を生きること”すなわち“人と出会うこと”の喜びを心から味わうことができる。鴨居まさねは無敵の漫画家である。
『オぉジョオします』 鴨居まさね 集英社 420円(税込)
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by switch-book
| 2006-04-17 20:50
読んでおきたい本4冊 '06.Apr

本城直季/リトルモア/2,625円(税込)
ジオラマの世界に人が魅入られるのは何故だろう。そこにどんな理由があるのかはわからないけれど、この写真集に収録された俯瞰の風景を見ていると、一瞬ジオラマであるかのような錯覚を覚え、目を凝らしていくとどうやらそれが本物であることがわかってくる。この撮影方法は間違いなく「発明」と呼ばれるべきものだ。しかも、見た瞬間に魅入られ、長い時間目を離すことができず、やがてドキドキしたりワクワクしたりする類いの発明であることが素晴らしい。(猪野 辰)

JTリロイ/シンコーミュージック/1,890円(税込)
18歳のときに発表した自伝的小説『サラ、神に背いた少年』、そしてアーシア・アルジェントが映画化した続編『サラ、いつわりの祈り』で話題を呼んだ小説家、JTリロイは、今年2月、ニューヨークタイムズの調査により、実在しない人物であることが判明した。本書は多くの人を唖然とさせたこの珍事も記憶に新しいなか出版された作品。とはいえ、読者にとってその事件とはまったく関係なく、とてつもなく汚れた世界の物語が、そこに寂しく佇んでいるだけだ。(猪野 辰)

せきしろ/マガジンハウス/1,575円(税込)
「カフェと呼ぶには垢抜けなさ過ぎ、喫茶店と呼ぶには訪れる客が多目的過ぎる」(喫茶)店・ルノアールを愛して通い続ける著者が、5年間60カ月、隣の席に聞き耳を立て、勝手な妄想を繰り広げた日々日常をひたすら綴る60編のエッセイ集。客の服装の観察描写が頻出するのが特徴か。店の「昭和っぽい独特の高級感」は、独特の安っぽいセンスを身に付けた客を招き寄せるのです。一気読みではなく、まったりと時間をかけてちびちび読み進めるのがイキかと。(吉田大助)

山本圭子/講談社/1,575円(税込)
自分の昔の写真や古い雑誌を見て「うわ」と声を上げる理由は、大抵が気恥ずかしいファッションと髪型、そしてメイクにあったりする。女性の顔をキャンバスに時代を表現してきた、つまりはメイクがれっきとしたカルチャーだからだ。本書はそんな江戸時代から現代までの日本メイクの変遷を、まさに風俗の合せ鏡として捉えている視点が秀逸。文体もやわらかく、日本人にとって“お化粧”がどんな存在だったのかを一気に学ぶことができる。(内田正樹)
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by switch-book
| 2006-04-17 20:48