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Feature of the month '06.Dec

読み手の感覚をただす最高の物語

Feature of the month \'06.Dec_b0071699_1558831.jpg 九六年に十九歳で小説家デビュー、〇三年に文庫三分冊で発表した長編小説『マルドゥック・スクランブル』が第二十四回日本SF大賞を受賞し、日本のSF/ライトノベル/エンターテインメント小説新時代を牽引する書き手として熱い注目を集める、冲方丁(うぶかた・とう)。三年半のインターバルを経てついに、『マルドゥック』シリーズ第二弾にして前作の過去篇となる『マルドゥック・ヴェロシティ』全三巻が刊行された。
 前作は、科学的に再生された元少女娼婦・バロットと、ウフコックという名のネズミ型万能兵器が巨悪に挑む「少女と敵と武器」の物語。そのラストシーンで撃破された「敵」、重力を自由に操る人間兵器・ボイルドの過去をたどる「都市と男と告白」の物語が、本作『ヴェロシティ』だ。作者が明らかに競争心を抱いている標的のひとつ、『スターウォーズ』シリーズになぞらえて言えば−−ボイルドはどのようにしてダークサイドに堕ちていったのか?
 友軍への誤爆により戦時裁判にかけられ、特殊研究所に収容された中年兵士ボイルド。外界から途絶したその場所で、彼は同じように人体改造を施された仲間達と出会い、ネズミのウフコックとパートナーシップを組んでいた。やがて戦争終結とともに外へ出た十人と二匹は、人外の存在となった自らの「有用性」を世間に証明するため、チームの指揮を執るクリストファー教授考案の証人保護システム「マルドゥック・スクランブル−09(オー・ナイン)」の任務につく。社会的弱者を庇護し、チームの友愛を高めながら、幾つもの事件をこなしていくボイルド達の充実の日々。しかし、少しずつ都市=支配者側の思惑に絡め取られていった彼らは、死への行軍を開始していた……。
 ジェームズ・エルロイを思わせるノワールな世界観、少年漫画的“複数対複数”のバトルシーンを小説で読む新鮮さ、『24』並みのキャラクター数とプロット量、そして現代社会のリアリティを揺るがすSF的ガジェット。それらがヴェロシティ=速度の名の通り、−−(ダッシュ)と/(スラッシュ)、等記号や体現止めを活用した疾走感あふれる新生ウブカタ文体で、全千百ページに詰め込まれている。
 だが、考えてもみて欲しい。押井守の『イノセンス』も宮崎駿の『紅の豚』も、作品のクオリティうんぬんというよりも、ヒロインの不在によって不本意な興行成績を遂げた。中年男のやつれた話なんて求めていない、日本人はみんな戦うヒロインが大好きなのだ! でも大好きなものばかりを食べ続けていたら、栄養が偏り、味覚の幅は広がらないのではないか? 『ヴェロシティ』に刻まれたボイルドの物語を読みほせば、いつの間にか蝕まれていた自分の味覚障害がただされ、新たな感覚が覚醒するはず。
 誰よりも「良心」を求めていた男の、「虚無」の果てへの、声なき慟哭に満ちたこの物語。とにかくひたすらに、かっこよくてかなしい。あとはただ一言。傑作だ。

『マルドゥック・ヴェロシティ』 冲方丁 早川書房 各¥680(税別)

by switch-book | 2006-12-19 00:05




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