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Feature of the month '06.Aug

『生きてるだけで、愛。』再生=再読したくなるループ感

Feature of the month \'06.Aug_b0071699_12123842.jpg 終わりまで読み終えてすぐ、始めから読み始めてしまった。かすかながら確かなカタルシスを与える物語構成力と、文学的な目配せを無視した口語感覚&疾走感あふれる文章表現、そして普通の小説ではなかなかお目にかかれない“笑い”のセンス。劇作家としても活躍する本谷有希子の最新小説集『生きてるだけで、愛。』は、まるで極上のポップソングのように、何度も繰り返し再生=再読したくなるループ感がみなぎっている。それはこの本が「ループ」を主題にしているせいなのかもしれない。どういうことか?
「ねえ、あたしってなんでこんな生きてるだけで疲れるのかなあ?」
 本年度上半期芥川賞候補となった表題作は、「愛」の一字からも明らかなように、一風変わった恋愛小説だ。と同時に、「生きてるだけで」他に何も特別なことをしているわけでもないのに、世間や自分からいらだちを享受してしまうヒロインが、ほんの少しだけ気持ちを前進させる、一種の成長小説でもある。
 主人公の新垣寧子(「あたし」)は、東京に暮らすメンヘルでニートの二十五歳。「妥協におっぱいがついて歩いている」と自己分析する彼女は、雑誌編集者の津奈木景と三年前のコンパで知り合い、知り合ったその日から同棲生活を続けている。確かな恋愛関係を持てていたのは最初のごくわずかな期間で、バイトも家事もせず寝てばかりいる寧子と、自分の世界に引きこもりがちな津奈木は無限に隔たりつつある。そんな時、寧子の前に津奈木の元彼女が現れ、強制的にバイト生活へと突入。そこで出会った心優しきヤンキー社会人達との交流が、彼女の孤独を決定付ける……。
 この小説が恋愛小説らしくないのは、恋愛の不可能性を描いているからだ。だが、それは単なる否定ではない。恋愛の不可能性の中にほんの一瞬——本作の表現を借りれば「五千分の一秒」——可能性が芽生えることをも示していて、その可能性が、彼女を支える。そして彼女はこう考え直す、「クビになるためにバイトするわけじゃないし、眠るために起きるわけじゃないし、別れるために恋愛するわけじゃないし、またあとで鬱になるために立ち直るわけじゃない」。
 二人の関係にはきっと悲劇的な帰結が待ち構えているし、何一つ問題が解決したわけではないけれど、彼女は胸の内に抱えていた無限のループを、こっそりと断ち切ってみせる。本編の後に収録された、二人の前日譚となる書き下ろし短編『あの明け方の』でも、ループの存在とその断ち切りが示されている。
 たぶん、ごくごく控えめに言って、人は昨日とさして変わらない今日をループしながら生きている。でも、やっぱり今日は今日なのだ。そんな屁理屈じみた、でも大切にしたい意識の変化を引き起こしてくれるからこそ、この本を何度も読み返したくなる。そしてとにかく、読み返すたびにはっきりときらめきの角度を変化させる、たまらなく魅力的な小説なのだ。(吉田大助)

『生きてるだけで、愛。』 本谷有希子 新潮社 1,300円(税別)

by switch-book | 2006-08-19 00:05




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