Feature of the month '07.Feb
セーラー服と蒸気機関車
中村宏 図画事件 1953-2007@東京都現代美術館/開催中(4/1まで)
www.mot-art-museum.jp
明治以降、西洋文化にどっぷりつかり、敗戦を機にさらに欧米化が進んだここ日本では、洋画をルーツとする絵画表現に純粋無垢に向き合うことは、結構難しい。情報化社会になって、気持ち的に国境を越えてしまった新世代はともかく、少なくとも、戦後まもない頃に作家活動を始めたアーティスト達は、この絵画という厄介な枠組みに対してなにかしらの自問自答を繰り返してきた。
一九三二年生まれで、今も現役で制作する中村宏の、初めてといっていい大規模な回顧展には、絵画と格闘しながら、不意に王道の美術史から脱線し、逸脱してしまった、世にも特異な世界観が広がっている。
戦後の日本美術史展などでも中村宏が紹介される際にまず取り上げられる代表作が、一九五〇年代の「ルポルタージュ絵画」である。世の中の政治的な事件や社会的状況を取材し、記録&伝達するこの方法は、もともと安部公房や勅使河原宏、池田龍雄、山下菊二らが始めた戦後のリアリズム運動が母体である。中村にとっては、政治的意識というより、作家の心情吐露の表現を否定するための方策だったようだが、ブリューゲルやリベラを参照し、輪郭線を強調して広角ワイドに構成した群像図は、描かれた事件性やメッセージの強さもあってか、圧倒的なインパクトがある。
そして、なにより展覧会の目玉は、続く一九六〇〜七〇年代に描かれたセーラー服の女学生や蒸気機関車をモチーフにしたシリーズだ。なぜあえてレトロな蒸気機関車なのか、奇怪な女学生を描くのか、不思議なことこのうえないが、無個性、メカニックな点が、私的な心情吐露を排除した「図画」づくりに好都合だとのこと。ここから中村の世界は迷走を始め、メビウスの輪のように時空が曲がり、ねじれながら、ぐるぐると躍動しはじめる。その得体の知れない迷宮のエネルギーが、文句なしに面白い。
近代的な自我を追いやって、淡々とあっち側に見える異界の事件をルポルタージュする。絵画を舞台にした中村が、結果として、マンガやアニメに通じる主観的世界に自然に接近していってしまった事実が興味深い。まずは必見の展覧会。(宮村周子)
by switch-art
| 2007-02-19 00:05