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Feature of the month '06.Oct

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大きな衣で包み込むような暖かな眼差し

イケムラレイコ展「うみのこ u mi no ko」@ヴァンジ彫刻庭園美術館(三島・静岡)/開催中(12/19まで)
http://www.vangi-museum.jp/
イケムラレイコ新作個展「パシフィック」@SHUGOARTS 開催中(11月4日まで) http://www.shugoarts.com/ イケムラレイコ詩画集『うみのこ』赤々舎より発売中

 ひとりのアーティストが、何年も時間をかけ、作品を通じて変化し、成長していく過程を目の当たりにすると、心底感動を覚えてしまう。それは彼らにとっての創作が、生きることと表裏一体であるなによりの証拠だし、そうした作品は、見る人にとっても深い励みや癒しになりうるからだ。
 一九七三年にヨーロッパに渡り、現在はドイツとスイスに暮らすイケムラレイコは、人の潜在意識に分け入って、精神の根元的な形をとらえようとしているアーティストだ。故郷である三重県の海が心象風景にあるという彼女は、鮮やかな水平線が引かれた色面に、亡霊のように佇み、あるいは横たわる少女の姿を描いてきた。少女は、キャンバスに描かれることも、彫刻で表されることも、またドローイングに登場することもある。尻尾がついていたりもする、妖怪じみた容姿ともの言いたげな仕草は、はっきり細部が描写されていないがゆえに、見る者の心をとらえてはなさない不思議な魅力を放っている。
 そんな心の形とも言える少女の姿へとイメージが収斂される以前は、様々な絵画的模索もあった。八〇年代の新表現主義の影響が濃い、物語的だった画面は、やがて生命の進化をたどるように変化する生き物の単身像と、抽象的な背景色とに集約されていく。そうして生まれた少女の姿は、近年、ひとり孤独に佇んでいたイメージから、二重、三重にと増殖する群像としても描かれるようになった。「一は二を含みます。私たちの精神のなかには、他を探す部分がある。自分とは何だろうかという問いは、他者を通してのみ理解できるのです」(イケムラ)。
 九〇年代初頭から現在までの珠玉の作品が並んだ展覧会の開催にあたって、イケムラは『うみのこ』という初めての詩画集を出版した。「うみのこは ははしらず ちちしらず やきつく しろいすなから しんだ ははたちの ほねを ひろって あそぶ」(詩画集より)。母なる海から生まれたうみのこは、やがて丘へあがり、人間社会での葛藤を経て、再び海を想い、人と恋をし、つくること、うみだすことについて見つめ直す。そうして生命が循環していく、輪廻転生の世界の成り立ちが、ぽつりぽつり発せられるひらがなだけの言葉でやわらかにつむがれている。数年前、郷里で亡くなった母への思いを海のイメージに託し、絵を描いていたイケムラだったが、今の彼女は、そうした悲しみも、社会との葛藤や孤独にさいなまれる人の思いも、すべてを超えて、なおかつ大きな衣で包み込むような暖かな眼差しをいつのまにか獲得しているように見える。この本と展覧会には、それでも変わらない彼女のポエジーやユーモア、そして大きな変化の過程が凝縮されている。(宮村周子)
by switch-art | 2006-10-19 00:05




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