笑いのツボと言うのは実に分かりにくいものだと思う。
僕自身も共通のツボを持った人に出会いづらい。
今日出会ったカップルなんかも僕とは絶対に笑いのツボがずれている、というかむしろもう別物だ。
前からやってくるのが例のカップル、僕は走っている。辺りは静かで人影が無い。
近づくにつれて、カップルの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。女の言ったことに対して男が笑っているという図式。遠目から見てもパッとしないカップルだ(ひがみ)。多分明後日あたりに別れるだろう(ひがみ)。
すれ違う少し前あたりから走る僕を女が見ているのが分かった。当然僕も訝しげに見返す。
すれ違う瞬間、女がパッと閃いたような晴れやかな顔をして男の方を見た。カップルを後方に走ってゆく僕の耳に女のうれしそうな声が聞こえた。
「ねぇえ!あの人来年の東京マラソンにでるんだって!」
あたかも僕から聞いたかのような女の口ぶり、あいにくそのような予定は無い。間髪入れず男が反応する。
「マァジかよっ!!」
二人、大爆笑。
いいえ。マジじゃねぇよ。
おそらく女としては、前方から走ってくる僕をみて咄嗟にタイムリーな話題で面白いこと言ってやろうと目論んだのだろう。しかも都合の悪いことにその目論見は見事に成功を収めてしまった。悪のはびこり方と似ている。
遠ざかっていく爆笑は徐々に小さくなりフェイドアウト、笑いのツボのずれに対するもどかしさと、後味の悪い悔しさが走るスピードを少し上げた。 逆太郎(唇かさかさ)