吉原遊女の供養

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1923年9月1日、関東大震災の時、この場所で亡くなった約500人の吉原遊女の供養を毎月させていただき14年。今年は関東大震災から90年になるのですね。ここは池がありました。この池に火災から逃れるために遊女が飛び込み、次々と上から飛び込んできて、溺れて約500人が亡くなったのです。とても悲しい場所ですが、毎月一回、ここに来て、遊女たちに会うのが、とても楽しみなのです。14年前、ここで毎月供養をさせていただくと決めてから、お経をずっと上げてきたのですが、下手だったと思います。得度をしただけで、僧侶でなかったから。でも遊女たちは、下手なおお経を一生懸命受け止めようとしてくれました。もっと上手なお経が聞きたかったのでしょう。私を僧侶にするため、どんどん道をつけてしまったのです。お経は、やっぱり男性僧侶が上げた方が素敵ですが、遊女たちが一生懸命聞いて、お経を受け入れてくれるので、私もウチにいるような穏やかな気持ちで、お経を上げさせていただいてます。明日は鹿児島。師僧である池口恵観大僧正が
、八千枚護摩行100回目を成満されます。

東京都庁

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田辺三菱製薬・持田製薬・吉富薬品株式会社様主催の京王プラザホテルでの講演会に参加させていただきました。42階という凄い控え室をいただき、振り返ったら目の前が都庁でした。しかも真正面。てっぺんから一階まで全部見ることができ、感激しました。(本当は、高層ビル、大好きなんですよね、高所恐怖症で、歩道橋も一人で渡れないのに)いい天気で、スカイツリーまで見ることができました。今日は、弘法大師の「さとりとは、ありのままの自分を知ること」を、ぜひお伝えしたいと、そしてそれを少年院で、更正プログラムの一つとて、おこなっていることなどお話しました。意見発表会で、参加された医師の先生方とお話をさせていただきました。精神科医の先生方って、本当にお優しいんですね。そして患者さん一人一人のことをいつも思ってらっしゃるから、立ち話をしてもすぐ患者さんの話が出てくるのですね。ある先生が、「よくぞクリニックに来て、このドア開けて入ってきてくれましたね、と、抱き締めているつもりで、患者さん一人一人に接して
いる」と、おっしゃってたのが、心に深く残っています。「でもそれは大変でしょう?」と、言ってしまった時、その方の瞳が揺れたのも、とても心に響きました。こうして患者さん一人一人を生かし、助けたいと力を注いで下さる医師に出会えたら、患者さんは本当に幸運ですね。精神科医の先生方に囲まれ、私も癒していただきました。では僧侶として、どう死と関わったらいいか。。今日、課題が、より大きくなったように思います。

ウチの娘・ジュリアーナ

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今朝、フロリダに住む娘が「知らせたいことがあるの」と、もごもごしながら電話をしてきました。「いいニュース?」と聞くと、「とてもいいニュースだけど、どう言葉に表したらいいか判らない」「結婚したの?」「結婚はいずれするからいいんだけど、それより私、妊娠したの!」凄く嬉しそうに、優しい口調で言いました。「おめでとう!」と私は言いながら、(彼女は子供が大好きだから、妊娠したことが、まず嬉しいんだ。。アメリカの女性って面白いな。)と私は客観的に見つめていました。私は、妊娠した時から出産一週間前まで悪阻に苦しみ、さらに血液が子供にうまく行ってないと判り緊急手術。その後、耳が聞こえなくなるかもと宣告されたり。。でも無事に24歳になりました。アメリカでは十代ママが多いので、それだけはダメと言ってたのです。「よく十代で出産しないでくれました」なんて私が言って「もう24よ」と言われてる。「23じゃなかったっけ?」と言ってまた笑われて。彼女が生まれた時、肌の色の違う子ってどんなかなと、客観的でした
。英語を喋るようになり、尊敬が始まりました。手術で生まれ、シュミラックという缶詰めミルクで育ったので、私はずっと子供でなく人として接してきたようです。今突然、娘が私のお姉さんになった気分です。「彼(同居してる)が指輪を買いに行かなくっちゃと言ってる」「男の子みたい。超音波の写真送るわ」(送られてもよく私わからないけど)初めての経験は、こんな調子で、始まりました。私、作家の目で見てる。。また日本人とアメリカ人の違いを見つけてる。。そんなことを考えながら、私の後、お母さんが二回変わった彼女だからこそ、大切に家庭を築いていくだろうなと、またまた尊敬している私でした。

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