カテゴリ:供養( 98 )

吉原遊女の供養(台東区千束)

d0339676_20210219.jpg
1923年9月1日、関東大震災で亡くなった吉原遊女たちの供養に行きました。毎月1回供養をさせていただいて、今月の供養で丸20年。240回の供養を今日終えました。来月から21年目に入ります。20年間毎月供養をさせていただいたお礼として、11月9日14時から、この地で青空法話をさせていただきます。場所は、吉原弁財天、台東区立病院の斜め前です。雨天の場合、近くの建物内に移動していただきます。宗教宗派、関係なく、どなたでも参加できます。ぜひ、ぜひお越し下さい。

吉原遊女の供養

d0339676_14134496.jpg
先週、雷で焦ったのか、経本を忘れて般若心経しか上げられなかったので、今日、追加でまた吉原の遊女の供養にきました。またまた激しく雨が降っていましたが、供養している間だけ、雨がやんでいてくれました。この雨よけテントは、近所の登さんが、昨日、雨が降るだろうからと、ブルーシートを張って下さいました。そして、ゆうさんが、溜まった雨を落としたり、蚊取り線香を焚いたりして下さいました。皆さんに助けられ、毎月供養をさせていただいています。

吉原遊女の供養

d0339676_23385637.jpg
凄い雷雨の最中から、吉原遊女の供養を始めました。でも、後半に入ったら止みました。夕立のあと、蒸し暑くて暑くて、法衣は首をピタッと2枚の白衣で閉じているため余計に汗がダーダー止りません。今、まだ停電している千葉県の被災された方々は、こんな状態が24時間続いているのですね。1分でも早く復旧して欲しい!どうしたことか、雷に焦ったらしく、理趣経の経本を忘れてしまい、般若心経50巻と15巻(同じ敷地内で祈る場所がいくつかあるのです)しかあげられませんでした。20年間毎月やらせて貰っていることは、決して欠けてはいけませんーと自分で決めている以上、また来週、理趣経を上げにいかなくては。。

吉原遊女の供養

d0339676_22041130.jpg
月に1度の吉原遊女の供養に行きました。夕方6時すぎても気温32℃。浅草で法衣の雑貨を買いたくて着物のお店を何件か回ったあと、浅草なのに道に迷ってしまい、国際通りに出たらいいのに、なぜかあえて繁華街を通り同じ道を何度もぐるぐる。。午後5時から6時まで汗だくになり、なんと5キロも浅草に着いてから隣町の吉原まで歩いていました。草履で5キロは結構キツイです。着物3枚着てますから余計に暑いです。20年毎月供養に通っているのに、隣町の浅草で迷うなんて信じられません。来月9月1日は、1923年に関東大震災があり吉原が焼けた日。500名以上の遊女が亡くなった日。また命日がやってきます。

吉原遊女の供養(台東区東京)

d0339676_18104019.jpg
吉原(台東区東京)の遊女の供養に来ました。台東区は最高気温24℃、最低気温は20℃より下で、涼しいというより肌寒いです。今日は連休最後の日ということもあり、多くの方が立ち寄っていかれました。でも手を合わせて下さる方々が少ないのが現実です。こちらは弁財天様の奥の院でもあるのですが、吉原神社に納経にきて立ち寄った方々でも手を合わせて行く方が少ないです。納経って、確かにお参りしましたという証明のようなものですが、お参りしないで納経だけしているのは、嘘ついていてまずいのではないでしょうか?

吉原遊女の供養

d0339676_01160582.jpg
昨夕の強い雨の中での吉原遊女の供養で、傘をさしながら読経したり仏具を使わなくていいよう、地元の方々が温かい協力をして下さっていました。1923年関東大震災のあった時、ここは池でした。500人以上の遊女が火災から逃れるため飛び込み亡くなりました。その池がほんの少し残っています。その池掃除(下座行)をずっとされて下さっているのぼるさんが、ブルーシートを屋根代わりに敷いて下さいました。経本や蝋燭などを入れておけるビニール袋を向かいの喫茶店・鈴乃音のママが用意をして下さっていました。20年前、1人で始めた吉原遊女の供養ですが、今ではこうして助けられ、支えて貰いながら続けさせていただいているのです。

吉原遊女の供養

d0339676_19141739.jpg
関東大震災で亡くなった吉原遊女の供養に来ました。毎月供養させていただくこと、今年で20年です。これまで雨の日もありましたが、未だかつてない雨量と風!しかも気温17℃!供養させていただく場所が水たまりどころか池になってしまいました。この水たまりの先に線香立てがあり、バシャバシャ入って行かないといけないので、寒いですが、足袋も脱ぎました。でも今回の激しい雨は、ここには必要な雨でした。何人も男性が成仏してくれたのです。見慣れた場所が、とても澄んで輝き美しくなり、「きれい。。」と、思わずつぶやいていました。顔が無意識に笑顔になってしまうのです。命を感じました。まさしく恵の雨でした。

吉原遊女の供養

d0339676_14401222.jpg
浅草の気温30℃!5月はまだ衣替え前ですが、急遽、夏用の法衣で吉原遊女の供養に来ました。1923年関東大震災で亡くなった500名以上の遊女の供養を毎月させていただいています。写真を撮って貰ったら、たまたま後ろの葉が飛び出していて、猫耳のようになりました。もう蚊がたくさんいて、足袋からはみだしている素足を噛みまくります。遊女たちに「網戸はないし、渦巻き蚊取り線香もないし、どうしてたの?」と、般若心経を上げながら尋ねたら「蚊除けの草」を焚いていたという返事が返ってきました。

吉原遊女の供養

d0339676_15193380.jpg
吉原の弁財天様・観音様は向かって右側にいらっしゃいます。街路桜にかろうじて間に合いました。供養をしていますと、桜の花びらがひらひらと風に乗って降りてきます。なんとも穏やかな優しい気持ちになれます。1923年9月1日、関東大震災で亡くなった500名以上の吉原遊女の供養を20年間毎月させていただいています。それが私に与えられたお役目と、今は供養させていただけることが喜びとなっています。

吉原遊女の供養

d0339676_19511191.jpg
明日、吉原で供養させていただきますが、今日は法衣でなく立ち寄らせていただきました。夕方になると風が冷たいです。

Copyright © bizki Inc. All rights reserved.