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吉原遊女の供養

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1923年 関東大震災で亡くなった500名以上の吉原の遊女の供養に行きました。毎月、供養をさせていただくこと21年目。今日も、1人の男性(吉原で働いていた人)が、白装束で旅立ち(成仏)ました。風が冷たくて、合掌している手が、固まるくらい冷たかったです。いつもお経を唱えながら、まず「気」をきれいにして、それから供養に入るのですが、今回、お正月があり、かなりの初めての方が参拝されたようで、落としていった、置いて行ったモノも莫大で、最初、相当濁った「気」に負けそうになり、般若心経が上がらないくらい苦しくなりました。今日はもうダメかなと思った時、観音様が助けて下さいました!瞬間でけろっと元気になれました。凄い観音様のお力です。そのあとは、せっせと「気」のお掃除をして、本来の供養ができました。

吉原遊女の供養と、年末のお礼参り

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いつも吉原遊女の供養をさせていただく弁天池跡の写真は、夕方か夜が多いのですが、朝の風景です。赤提灯の灯りがないと、随分違って見えます。初詣などで、神社やお寺で今年お願いごとをした方は、叶おうと叶わまいと、年末までに必ずお礼参りに行って下さい。今年こうしてお礼参りに来られたことについても、必ずお礼を申し上げて下さい。最初に、どこの誰か自己紹介することもお忘れなく。でないと、どこの誰かわかりません。

吉原遊女の供養と、吉原神社

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昨夜、吉原遊女の供養に行き、観音様にお力を貸していただく突発的な出来事が起こりました。そして法力による一瞬の対処が行われました。そのお礼を申し上げ忘れたのです。一年のお礼や、昨日供養をさせていただいたお礼、師走の挨拶も終えたのに、肝心なことのお礼を忘れ、今朝、お礼を申し上げに行きました。ここは、いつもの供養の場所から50メートルほど離れた所にある吉原神社です。

吉原遊女の供養

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1923年9月1日、関東大震災で亡くなった吉原遊女の供養に行きました。夕方からなので寒くて冷たくて。。でも、いつも弁天池をご奉仕でお掃除されている地元の方が、石油ストーブを出して下さいました。優しさと温かさが心と体に浸みます。今日は供養中に、色々な方が訪れました。今年後半から、神様仏様は、私に次の高いハードルをお与え下さるようになりました。また成長させていただくためのハードルですが、高くなる度、さらに難しくなります。難しすぎて潰れないよう、真摯に1つ1つ積み上げていかなくては。。ますます行(ぎょう)に気が抜けません。引き続き、そういう年に来年もなりそうです。

吉原遊女の供養と、青空法話のお知らせ

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1923年9月1日、関東大震災で亡くなった500人以上の吉原遊女の供養に行きました。毎月供養させていただくこと20年。今月から21年目に入りました。きょうが241回目。酉(とり)の市をしていて、前の道も人でいっぱいです。大きな熊手を持っている人々もいます。明日9日14時から、毎月の供養を20年続けさせていただいたお礼に、弁財天様、観音様、お地蔵様に青空法話を奉納させていただきます。ぜひお越し下さい。場所は台東区千束。台東区台東病院斜め前。地下鉄入谷駅から徒歩9分、浅草駅から15分。タクシーなら初乗りで行けると思います。お待ちしています。

吉原遊女の供養(台東区千束)

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1923年9月1日、関東大震災で亡くなった吉原遊女たちの供養に行きました。毎月1回供養をさせていただいて、今月の供養で丸20年。240回の供養を今日終えました。来月から21年目に入ります。20年間毎月供養をさせていただいたお礼として、11月9日14時から、この地で青空法話をさせていただきます。場所は、吉原弁財天、台東区立病院の斜め前です。雨天の場合、近くの建物内に移動していただきます。宗教宗派、関係なく、どなたでも参加できます。ぜひ、ぜひお越し下さい。

吉原遊女の供養

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先週、雷で焦ったのか、経本を忘れて般若心経しか上げられなかったので、今日、追加でまた吉原の遊女の供養にきました。またまた激しく雨が降っていましたが、供養している間だけ、雨がやんでいてくれました。この雨よけテントは、近所の登さんが、昨日、雨が降るだろうからと、ブルーシートを張って下さいました。そして、ゆうさんが、溜まった雨を落としたり、蚊取り線香を焚いたりして下さいました。皆さんに助けられ、毎月供養をさせていただいています。

吉原遊女の供養

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凄い雷雨の最中から、吉原遊女の供養を始めました。でも、後半に入ったら止みました。夕立のあと、蒸し暑くて暑くて、法衣は首をピタッと2枚の白衣で閉じているため余計に汗がダーダー止りません。今、まだ停電している千葉県の被災された方々は、こんな状態が24時間続いているのですね。1分でも早く復旧して欲しい!どうしたことか、雷に焦ったらしく、理趣経の経本を忘れてしまい、般若心経50巻と15巻(同じ敷地内で祈る場所がいくつかあるのです)しかあげられませんでした。20年間毎月やらせて貰っていることは、決して欠けてはいけませんーと自分で決めている以上、また来週、理趣経を上げにいかなくては。。

吉原遊女の供養

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月に1度の吉原遊女の供養に行きました。夕方6時すぎても気温32℃。浅草で法衣の雑貨を買いたくて着物のお店を何件か回ったあと、浅草なのに道に迷ってしまい、国際通りに出たらいいのに、なぜかあえて繁華街を通り同じ道を何度もぐるぐる。。午後5時から6時まで汗だくになり、なんと5キロも浅草に着いてから隣町の吉原まで歩いていました。草履で5キロは結構キツイです。着物3枚着てますから余計に暑いです。20年毎月供養に通っているのに、隣町の浅草で迷うなんて信じられません。来月9月1日は、1923年に関東大震災があり吉原が焼けた日。500名以上の遊女が亡くなった日。また命日がやってきます。

吉原遊女の供養(台東区東京)

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吉原(台東区東京)の遊女の供養に来ました。台東区は最高気温24℃、最低気温は20℃より下で、涼しいというより肌寒いです。今日は連休最後の日ということもあり、多くの方が立ち寄っていかれました。でも手を合わせて下さる方々が少ないのが現実です。こちらは弁財天様の奥の院でもあるのですが、吉原神社に納経にきて立ち寄った方々でも手を合わせて行く方が少ないです。納経って、確かにお参りしましたという証明のようなものですが、お参りしないで納経だけしているのは、嘘ついていてまずいのではないでしょうか?

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