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天ちゃんに「沢山の有りが灯」お香

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アシスタントが「天ちゃんに」と、「沢山の有りが灯(たくさんのありがとう)」お香を送ってくれました。天ちゃんは、今年が初盆です。毎月命日に焚いて、24本がなくなる頃、心の穴が少し埋まるかも。。と。明るくて、まっすぐな天ちゃんは、まさに向日葵でした。今、ひまわりの花をあちこちで見かける度、その瞬間から涙が溢れ出ちゃうんです。とはいえ、天ちゃんに向日葵の花と、大好きだった栗まんじゅうをお供えしてるんですが。「沢山の有りが灯」(株式会社丸叶むらた製)を焚く命日を楽しみにして迎えられそうです。

吉原遊女の供養

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1923年9月1日、関東大震災で亡くなった500人以上の吉原遊女の供養を毎月させていただくこと21年。今日は暑かった!です。3枚着物を着ていて、しかも襟をキチッと閉じているので、蒸し風呂のようです。風を時々、観音様がプレゼントして下さるので、こういう時は、合掌してるのに、ちょっとだけ両手を広げて、脇に風が入ってくれるようにするんです。21年供養をさせていただいているので、観音様も「合掌を解くな!」なんて厳しいことはおっしゃらず、見ないふりしてくださいます。屋外なので、夕方を狙って供養を始めましたが、33℃。完全に夜になるまで、しつこい暑さでした。でも来月は暦の上ではもう秋です。

吉原遊女の供養

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1923年9月1日。関東大震災で亡くなった吉原遊女の月イチ供養に行きました。近所ののぼるさんが、雨の日の供養のために、素敵な素敵なテントを用意してくださいました。色まで考えてくださって!大好きな紫!のぼるさんと、ゆうさんがテントの組み立てと片付けをしてくださいました。のぼるさんは、池のお掃除をボランティアで、雪の降る冷たい日でも、いつもしてくださっているのです。吉原遊女の供養は、こうして多くの温かい人々に支えられて続けることができるんです。関西の方、14日15日16日の産経新聞夕刊ご覧ください、インタビュー記事を載せていただいています。それと高野山駐在法話は、感染拡大防止を熟慮し、年内中止になりました。

吉原遊女の供養

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1923年9月I日、関東大震災で亡くなった吉原遊女の供養に行きました。毎月供養させていただくこと21年になります。YouTube法話でも、吉原をご紹介したく、今日は吉原の撮影もしました。雨が降ると予報でも言われていたので、雨を覚悟してましたが、供養が終わるまで雨が降らなかったんです。供養が終わった途端、激しく雨が降ってきました。

吉原遊女の供養(千束・台東区)

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吉原(台東区千束)に、吉原遊女の供養に行きました。毎月1回、1923年9月1日に関東大震災で亡くなった450名以上の吉原遊女の供養を21年間させていただいています。今日は風は強いですが、爽やかない〜いお天気でした。こんな、YouTube法話3回目をUPしました。高知県室戸が出てきます。ぜひ、ご覧下さい。また2回目の法話のあと、神社やお寺にお参りに行って下さった方々、おうちで祈って下さっている方々。一人ひとりは小さな祈りでも、みんなで祈れば大欲・大望になります。ありがとうございます。

吉原遊女の供養

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昨夜、吉原遊女の供養に行きました。1923年9月1日関東大震災で亡くなった500名以上の吉原遊女の供養を毎月し続けること、20年と4ヶ月。まさかこのような世の中になるとは、全く予想だにしていませんでした。でも今月も無事に供養させていただけたことに感謝です。桜はもう散り始め、満開には間に合いませんでしたが、私が般若心経をあげている時、何人かの遊女が現れ、手に持つ小さな太鼓に合わせて楽しそうに踊っていました。

吉原遊女の供養

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1923年9月1日、関東大震災で亡くなった吉原遊女の供養に行きました。毎月、供養させていただくこと20年と5ヶ月です。私をこの場所に導いていただいた浅草ロック座の齋藤恒久社長(私たちは、齋藤社長がロック座の社長でなくなってからも、いつも「社長」と呼んでいました)が先月亡くなりました。ここで、お会いしても、私は供養をしているし、社長は草花をいじってるし。。で、お話することはほとんどなかったのですが、吉原遊女を助けるという目標は一緒でした。この場所で繋がっている同志たちの1人を失い、淋しくなりました。

吉原遊女の供養

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吉原遊女の供養に行きました。1923年関東大震災で亡くなった500名以上の吉原遊女の供養を21年前から毎月させていただいています。気温は7℃。止んでいた雨が激しく降ってきました。地元のゆうさんと、のぼるさんが、雨よけのテントを張ってくれました。さらに、のぼるさんがストーブも用意して下さいました。手は痛いくらい冷たくなりましたが、皆さんの温かな心遣いで、心が暖まります。だからもっともっと遊女たちに、楽になって貰いたいと祈れます。不思議なことに雨が降るといつも、体も心ももっと調子がよくなる私です。

吉原遊女の供養

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1923年 関東大震災で亡くなった500名以上の吉原の遊女の供養に行きました。毎月、供養をさせていただくこと21年目。今日も、1人の男性(吉原で働いていた人)が、白装束で旅立ち(成仏)ました。風が冷たくて、合掌している手が、固まるくらい冷たかったです。いつもお経を唱えながら、まず「気」をきれいにして、それから供養に入るのですが、今回、お正月があり、かなりの初めての方が参拝されたようで、落としていった、置いて行ったモノも莫大で、最初、相当濁った「気」に負けそうになり、般若心経が上がらないくらい苦しくなりました。今日はもうダメかなと思った時、観音様が助けて下さいました!瞬間でけろっと元気になれました。凄い観音様のお力です。そのあとは、せっせと「気」のお掃除をして、本来の供養ができました。

吉原遊女の供養と、年末のお礼参り

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いつも吉原遊女の供養をさせていただく弁天池跡の写真は、夕方か夜が多いのですが、朝の風景です。赤提灯の灯りがないと、随分違って見えます。初詣などで、神社やお寺で今年お願いごとをした方は、叶おうと叶わまいと、年末までに必ずお礼参りに行って下さい。今年こうしてお礼参りに来られたことについても、必ずお礼を申し上げて下さい。最初に、どこの誰か自己紹介することもお忘れなく。でないと、どこの誰かわかりません。

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