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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
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新年会
今日は成人の日
古巣の北里大学形成外科の新年会の日でもある。
退官して13年。教室員も大分新旧の交代があり、半数近くは僕の知らない顔だった。
それだけ教室も発展し若返ったということだろう。

僕も現役の時は成人の日に新年会を東京アメリカンクラブで設けていた。
あの頃は一月十五日に日にちは固定されていた。
23年間続けて、何時もほとんど晴天で、
少なくも雨天は一日もなかったのはまことに運が良かった。

今年は、同門の横浜市大の鳥飼教授が形成外科基礎学術集会の会長である。
また再来年は日本形成外科学会を北里の内沼教授が主宰することになっている。
新年会_b0084241_23283175.gif

かつて教鞭を執った者にとって、弟子たちの活躍は一番の喜びである。
教室、同門一丸となって、形成外科の発展と、患者さんの為に頑張って欲しい。
僕も“草葉の陰から”(まだちょっと早いかな)応援します。
by n_shioya | 2010-01-11 22:30 | コーヒーブレーク | Comments(4)
「賢い皮膚」
アンチエイジングを始めた頃、皮膚の加齢による変化を知りたいと思い、某皮膚科の教授にお尋ねしたところ、
“あんたねぇ、俺たちゃは皮膚病になってくれなきゃわからんですよ。正常な皮膚のことを聞かれてもお手上げだ。そう、化粧品会社の研究所の方がデータを豊富に持ってますよ、例えば資生堂さんあたりにあたってみたら。”
と言われ、さすが偉大な臨床医とはこういうものかと感心させられたことがある。

それだけでなく、美容は邪道だと言って皮膚科では関わりを避けてきたので、我々美容外科医が手術だけでなく、レーザー、ケミカル・ピールといったメスを使わない皮膚の若返り、本来は皮膚科医の領域まで進出出来たのである。
さすがに最近では皮膚科の医師も美容に目覚め、失地回復を叫んで美容皮膚科学会とかが蠢動し始めたようである。

ま、このような下世話な陣取り合戦の話はさておいて、資生堂に戻る。
さすがは資生堂だけあって、研究所はデータ取りだけでなく先端的な研究も続々生まれている。が、企業秘密ということもあり、我々が知りうるのはその一部だけだ。
たとえば皮膚の機能

物理的、化学的、生物学的なすべての外敵から生体を防御し、また生体の体液の流出を防ぐ、二重のバリア機能は誰も知っている。また目隠しをすれば手探りに頼るのでわかるように、知覚器官でもある。
だが、その知覚も神経末端は真皮といって表皮の下の組織で終わると、永いこと思われていた。
ところが表皮まで神経は侵入していることを発見したのも確か資生堂研究所であった。

「賢い皮膚」_b0084241_1512310.gifそして今、その主任研究員、傳田光洋氏の近著「賢い皮膚」を読むと、表皮細胞自身が感覚機能を持っていることがわかったという。
表皮細胞自身が、圧力、温度、匂い、色までに反応し、伝達物質を分泌するのだという。これが神経系や血流を開始、他臓器ことに脳に影響を及ぼすのではという。
そこで彼は本の副題として=思考する最大の臓器=と打ち出している。
素晴らしい発見である。
いわゆる「皮膚感覚」は比喩的でなく実在のものということだ。
また、“心の状態”も皮膚に反映しうるという。
皮膚は心の鏡」。もはやポーカーフェースは不可能ということだ。
など、僕は一人ですっかり興奮して、いま、“傳田漬”になっている。
by n_shioya | 2010-01-10 22:11 | スキンケア | Comments(4)
日本の医療を憂うる会
久しぶりに“青臭い議論”に花が咲いた。
通称「日本の医療を憂うる、ではなかった、考える会」の久々の集まりが、横浜西口のベイシェラトンで催された。

神奈川県の医学部の教授有志の集まりで、当初は名誉教授は僕を含め二人だけだったが、この数年でその数は現役教授より多くなってしまった。
その割には日本の医療制度と教育の改革は進んでいない。

メンバーの議論を聞いたところでは、主な問題は次のようだ。

①まずは2年の研修制度による、医局制度の崩壊。アメリカ的な制度を中途半端に導入した為の混乱。
さっさと廃止して、卒前教育で臨床経験を身につけさせればよい。
また、医学部の年限を延長など愚の骨頂だ。
医師不足が叫ばれているがこれは一時的なもので、また、医師の偏在にもよる。
定員五割増など必要ない。医学部増設などとんでもない話だ。
③医師、病院の評価を導入し、格差をつけてインセンティブを与えること。
研修医も専門医も教授も、技術料に差がないなど、馬鹿げているとは思わないのだろうか。
また、病院も第三者的な評価が必要であろう。
④悪名高いゆとり教育のしわ寄せが、医学教育にも及んでいる。やる気のない、グータラ学生が急増している。
健康保険制度の抜本的改革。

こんな体たらくにしたのは、お前たち名誉教授の世代ではないか、とのそしりを覚悟で、今日の議論を総括してみた。

今後は、これらを連関づけて、一つのパッケージとして改革案を提示しようということになった。
なお、医療崩壊については数年前に立ち上げた別のブログがあるので、参考にしていただきたい、このところ更新を怠っているが。
by n_shioya | 2010-01-09 23:26 | 医療崩壊 | Comments(6)
永遠に美しく…
アンチエイジングネットワークのHPに新しいコラムが加わった。
題して“アンチエイジング・シネマ”。
アンチエイジングに関わりのありそうな映画を取り上げて、
新進気鋭のHP編集者が僕に肉薄してくるインタビュー記事である。

今回の話題は「永遠に美しく…」だ。

永遠に美しく…_b0084241_2328114.gif実はこの映画のDVDのラベルの絵、これまでアンチエイジングの講演の枕に利用させていただいてきたが、中身を見るのは初めてだった。

御承知かと思うがこれは不老不死が如何にばかげているかのパロディである。
が、よく考えると一番パロディ化されているのは、我々形成外科医かもしれない。
前回も感心させられたが、最近のCGの技術は驚異的である。
詳しいことはHPをご覧いただくことにして、今回もベテランのインタヴューアーの巧みな舌車に乗せられて、ついうっかり本音をべらべらしゃべったのは慙愧の極みである。

次回は「ベニスに死す」だそうだ。ふむ、これは魅力的だ。また、DVDで見直す価値がある。


その先は「田園交響楽」、「失われた地平線」など、続々アンチエイジングのメガネの対象が控えていると編集者にあおられている。
なるべく本心は明かさないように心掛けるつもりだが・・・

過去ブログこちらも!
★アンチエイジングシネマ対談第二回「永遠に美しく…」・前編・後編

★アンチエイジングシネマ対談第一回「ベンジャミン・バトン」
・前編・後編
by n_shioya | 2010-01-08 23:15 | アンチエイジング | Comments(4)
温泉文化
アメリカ留学の八年間、一度も日本食が恋しくなったり、更に言えば日本に帰りたいとは一瞬たりとも思ったことのない僕だったが、一つだけ懐かしく思い出すものがあった。
それが「温泉」である。

僕にとっての「温泉」は、山間の、出来れば渓流のほとりにたたずむ鄙びた日本の宿。
湯煙りと共に夕餉の香りも漂ってくる、まあ、手っ取り早いところでは、箱根の早川沿いの、木賀、底倉、宮の下そして強羅といったイメージであった。
勿論、駿河湾の雄大な落日を楽しめる、伊豆の西海岸の宿の露天風呂も悪くはない。
日本の温泉文化は世界に冠たるものである。

正月三ヶ日後の三日間を過ごした、三重の榊原温泉もまさに僕の好みにぴったりの宿だった。
昔清少納言のお気に入りだったとどこからか聞きこんで、去年の暮れから配偶者に、是非とせがまれての温泉行だった。
どうやって清少納言との関わりができたのか、そんな詮索も忘れてのんびりと過ごすことができた。

そこは幸いに観光地の賑わいもない、また、爺むさい湯治場のイメージでもない、まして熱海などがその地盤沈下の原因となった、いわゆる宴会客目当ての歓楽街でもなかった。
今若い女の子の間では“温泉ブーム”だそうだが、いまあげた三ッつのタイプの温泉街はどれもお呼びでないという。
日本の温泉文化はそれなりに尊重するとして、今の若い人が求めているのは、新しいスパ文化ではなかろうか、例えばヨーロッパ風の。

と考えて、以前、日本にもヨーロッパ風のスパ文化を起こしたいと思い、ドイツ、フランス、イタリアなどのスパを廻ったことがある。
スパの老舗バーデン・バーデンでは、市長に招かれて市庁舎まで出向いた。ブロンドの魅力的な女市長だった。
彼女の意見は明快であった。
スパには三つの要件があるという。
まず、劇場。その時僕たちは、幸いなことにキリアンの三つの舞踊団の合同公演を見ることが出来た。
そしてカジノ。立派な造りである。昔ドストエフスキーがスッテンテンになって追い出されたという。
更には競馬場。残念ながらその時にはレースが行われていなかった。
つまり、スパでの保養は長期ステイを前提としているわけだ。ドイツでは2週間までは国の健康保険?がカバーしてくれるという。
日本では、保険のカバーどころか数日の有給休暇さえ取りづらい状態だ。

というわけで日本にヨーロッパ風のスパ文化を導入するのは至難の業といえる。
だが、まだ未練は残っている、アンチエイジングの為にも。
by n_shioya | 2010-01-07 23:23 | アンチエイジング | Comments(4)
芭蕉の旅
僕は芭蕉という人を、そして俳句を全く知らなかった。

芭蕉の旅_b0084241_21335079.gif今回の旅行で伊賀上野に足をのばし、蓑虫庵、芭蕉翁生家そして芭蕉記念館を訪れて、つくづく彼の俳句の凄さと生きざまに感動した。
どうも小学生の頃、あの“古池や蛙飛び込む水音”を名句として最初に教え込まれたのがよくなかったと思う。
なんであたりまえのことを五七五に並べただけのものが、あれだけ賞賛されなければならないのか不可解のまま、芭蕉や俳諧そのものと無縁に過ごしてきた。

今回は配偶者の希望で、伊勢の津にある清少納言ゆかりの榊原温泉に二泊した。
津の街から車で30分ほどの山間にある、観光とはおよそ縁のない鄙びたといってよい温泉地である。
そのなか日、風は冷たかったが快晴なので、周辺をドライブすることとし、伊賀上野そして伊賀焼の永谷園などを回ったのである。


芭蕉の旅_b0084241_2134660.gif伊賀は忍者の里とは知っていたが、芭蕉の生地とは迂闊にも知らなかった。
そこでまず、忍者屋敷を見学し、ついでに忍者珈琲館キドで忍者コーヒーを御馳走になり、その後で芭蕉の面影を心行くまで堪能したのである。

今の僕にとって芭蕉はどんな存在か。
「人間の営み」をレーザーメスで鮮やかに捌いた人、といえるだろうか。
色と音と匂いと、五感に訴えるものを象徴的な言葉で対比させ、感動的な小宇宙を演出する天才、ともいえるだろうか。

そしてあの“・・・いずれの年よりか、片雲の風に誘はれて、漂泊の思いやまず・・・”という聞きなれたセリフが、改めて琴線に触れたのであった。

これは以前、ヘッセの故郷カルフを訪れた時、彼の遺品や原稿に接し、ペーターカーメンチントを紡ぎだしたヘッセの心の奥深い底に触れた時のような思いに通ずるものであった。
やがては僕も“旅に病んで夢は枯野をかけめぐる”のだろうか・・・
by n_shioya | 2010-01-06 20:45 | コーヒーブレーク | Comments(10)
褒め上手
僕が元主催していた教室の懇親会の席で、
K君がスピーチで述べた言葉にいまだにこだわっている。
“・・・あまり人を褒めないボスでしたが、自分は一度だけ褒められたことがあります・・・云々。”
何で彼が褒められたのか忘れてしまったが。

レジデントの最後の年は、最優秀者が一人だけチーフを務める習わしだった。
その歴代のチーフの中でも、最も優秀なのがK君だった。
僕は彼のパーフォーマンスすべてに満足し、充分彼もそれを感じてはいたと思う。
ただ、言葉に出して褒めたことがあるか、といわれると、それは定かではない。
口に出して言う必要のないほど、自明の理だった・・・と思っていたこと自体が、
こちらの独りよがりだと知らされたのである。

人はよく“褒めることが大事だ”、また“褒められて人は育つ”ともいう。
だが、この褒めることは意外に難しい。
口に出さずもわかってる筈と思うのは、やはり怠慢のそしりをまぬかれない
また、下手褒めたりすると、そのおだてには乗らないぞ、
と反発を買うのではないか、という遠慮もある。
褒めることの気恥ずかしさ。これは何だろう。
そのくせ、人に褒められると、お世辞でもうれしくなる自分。

振り返ってみると、感謝は言葉に出しても、御苦労さまと労をねぎらっても、
よく出来た!君は才能がある。などと人を褒めた覚えはあまりない。
一体どういうことだろう。
人を褒めるには自分に自信が必要なのかもしれない、そして包容力も。

一年以上前褒め上手」と書き記したブログを読み返し、
あれ以来何の進歩もない自分が恥ずかしくなった。
by n_shioya | 2010-01-05 23:14 | コーヒーブレーク | Comments(4)
スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス
「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス!」
懐かしい言葉でしょう、ミュージカル、メリー・ポピンズがなにかというと唱える魔法の言葉。
それで世の中が明るく変わる。

スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス_b0084241_2135085.gif
そんな呪文があったら、と思うかもしれないが、誰でも何かしら苦しい時に口にする言葉はあるのではないだろうか?
例えそれが、お母ちゃん、マミーといった素朴な精神安定剤のようなものでも。

僕がインターンの頃仲良くしていたステューデント・ナースがいた。カナダ生まれで、小柄だが目が生き生きしていた。
あるとき彼女が漏らした。
“わたしマイフェアレディが大好き。あれを聴くと、落ち込んでいてもまた元気が出るの。”
どのメロディーとは言わなかった、でも、おそらく「踊り明かして」だったかもしれない。



何も言葉に限らない。何か不安な時、気を落ち着かせたいとき、誰でも自分で抜け出すコツがあるのではないだろうか。

かつて、インターンにこう言われたことがある。
“今だから申し上げますが、始めの頃はメスを持たされると、カーッと頭に血が上ってしまい、何していいかわからなくなったんです。
その後、自分で解決策を見つけました。まず、呼吸を整え、手術が成功した時のイメージを頭に描くのです。
すると気も静まり、手がスムースに動き始めることがわかったのです。”
恐ろしいことを、と思ったが、多かれ少なかれ、初心者がメスを持った時は、似たような心境だろう。
そしてまた、彼の解決のコツは、今はやりのイメージ・トレーニングに通ずるものがある。

では己のコツは?
お教えしたいのは山々ですが、これもイメージ・トレーニングの専門家に言わせると、人に漏らすとその効果は薄れると言うので御勘弁のほどを。
by n_shioya | 2010-01-04 21:06 | コーヒーブレーク | Comments(6)
生き甲斐について
まだ横浜市大で教えてた頃だから、40年前のことだろうか。
卒業を間近に控えた医学部の学生が、部屋に訪ねてきた。
卒業式でスピーチをすることになっていて御相談したいという。
彼が言うには「生きがいについて」という題で話すことになっているのだが、何をしゃべればいいか困惑しているという。

僕は仰天もし、がっくりもした。
この男、もう大学を出て明日からは社会人になろうと言うのに、今まで何を考えて生きてきたのか?
我々の頃は旧制高校というのがあって、学業は二の次で三年間、“己とは何ぞや”とか“生きがいとは”といった問題を議論し続けたものだった。
答えはコンビニでは売ってなかった、とでも言いたいのか。

だが、考えると、そういう疑問を持ってくれただけでも良しとせねばならぬのが、今の子供だろう。
僕は熱海の老人ホームに隠居した親父の話をした。

それまでは毎日が超多忙な内科医だった。84歳でやっと仕事を離れ、熱海に移り住み、好きなゴルフ三昧の生活に満足していたが、半年ほどすると落ち込んでしまった。
ゴルフは楽しいが、“今のおれはなにも人の役に立ってない、生きてる価値が無い人間だ”というのである。
その後、なんかのきっかけで、最長老ということでマンションの居住者の集まりの世話役を頼まれ、それが成功したのか、見違えるように元気を取り戻した。
それからは自分の健康法を著書にし、全国を講演して回るようになった、と。

その時僕が感じたのは、「生きがい」とは「人に必要とされること」である。いや、錯覚でもいいから、人の役にたってると思えることだと、くだんの学生に言い聞かせた。
そして、これを参考にしたまえと神谷美恵子の名著「生きがいについて」を手渡したのを覚えている。
今考えるに、あの著作は「生きがい」に関する学問的な論述であり、彼女の深い洞察がどこまで彼の役に立ったのか、知りたい気もする。

その後、改めて自分なりに考察を加え、「心の平和」、「生きる喜び」、「他者への愛情」など、「生きがい」を支える様々な要素に気づかされたが、「人から必要とされる」ことこそ、「生きがい」の大黒柱だとますます思うようになり、今に至っている。
by n_shioya | 2010-01-03 20:43 | QOL | Comments(5)
墓参り
“俺はなぁ、お前さんたち。あんな狭いとこにいるつもりはないからな。なにも来る必要はない”
と親父は生前よく言っていたが、おふくろや弟はそうはいかぬだろう、と思い、今日は多磨墓地に墓参りに行った。

昔、ディズニーランドなど遊園地の少なかったころは、多磨墓地は子供にとって格好の遊び場だった。
春分、秋分の日は、朝からお握りを持ってピクニック気分ででかけ、広い墓地をかけずり回って、皆で墓石の品評をしたものである。

我が家の墓石は四角の柱だが、上の方へ行くほど多少細くなっている。これは神道のしきたりだそうだ。そして墓石には鹽谷家奥津城(おくつき)と彫られている。

墓参り_b0084241_22184091.jpg塩谷にわざわざ難しい鹽の字を使い、墓所の代わりに古めかしく奥津城と記されているのが、なにかいかめしく他を圧倒するようで、子供心に誇らしげに感じたものである。

日本の墓石は名前だけの記載が多いが、西洋では墓碑銘として,故人の業績や、家族の思いが記されたものが多く、墓地めぐりは意外に楽しいものである。
ただいつも不思議に思うのは、日本と違って土葬だから、よくスペースが足りなくならないことだ。
日本では火葬でも、墓地の入居難が騒がれているのに。

ところでで改めで墓石の下のスペースを考えると、親父じゃないが僕もこんな狭苦しいところに閉じ込められるのはごめんだな。それに多磨墓地は場所が不便で、碌なカフェもないし、小金井の桜ぐらいしか見るべきところもない。
きっと生前よりももっと自由に、四次元の空間を飛び回り、墓参にきた遺族に、“あら、また、いないわ。きっと女の子を追っかけてどっかに飛んでったのね、しょうがない人。”といわれるようでありたい。
by n_shioya | 2010-01-02 22:01 | コーヒーブレーク | Comments(8)




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