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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
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クリスマス・プレゼント
あと4日でクリスマスというのに街はあまりその賑わいがない。
不景気ということもあるが、やはりクリスマスは、キリストと無縁なわが国のライフスタイルに定着し損ねた感がある。

僕にはクリスマスが来るたびに思いだす気まずい経験がある。
大学の頃、あるクリスマス・イヴに仲の良い友人が自分の家に何人かの仲間を夕食に招いてくれた。
中学の頃両親を軽井沢の自動車事故で亡くしたが、代々の資産家で六本木の洋館に住み、しっかり弟妹の面倒を見てきた偉い奴である。
生活も洋風だった。

食事の後、彼はクリスマスプレゼントだと言って、それぞれにそのころは貴重品だった靴下を手渡し始めた。
アメリカ製のウールのしゃれたデザインの靴下だった。
僕の番になった時、自分でも意外なことを口走ってしまった。
“クリスチャンじゃないし、ちょっとしっくりこないので、せっかくだけど遠慮しとく。”
何もほかにバッティングする信仰があったわけでない。その瞬間までこだわりも感じてなかったのに、口が勝手に動いてしまったのである、なにかに操られたように。
その場の空気を壊したことに間違いないが、それすら気がつかぬほど、言葉が自然に出てしまったとしか言いようがない。
数年後、米国で洗礼を受け、カトリックになったが、当時は良くも悪くも、キリスト教とは無縁だったのに何故だったろう。今でも解せない。

社会人になってからも、無意識な発言で人を傷つけたに違いないことが、自覚してる限りでも何回かある。

その一つは、さる高名な女性科学者の講演の後だった。
司会の方に“ではどうぞどなたでもご自由に御発言を”とうながされ、またやってしまった。
“今日のお話はまるで餡子のない最中(もなか)を食わされたような感じで。”
と言ったのである。
まずいことに、その後別の男が、“いや、私もそう感じました。”と追随してくれた。

確かに、物言いが大げさな割には中身がなかったが、それを意識したわけでなく、勿論揶揄する気は全くなかった。唯が素直に動いてしまったのである。
日本で有数の女性科学者の顔色がどう変わったかも気づかなかった。

魔が差すというのはこういうことだろうか?
by n_shioya | 2009-12-21 23:00 | コーヒーブレーク | Comments(2)
そうだドイツへ行こう
Kさん:
昨日のコメントありがとうございます。
来年はミュンヘンだそうで.羨ましい!
「詩人の恋」の“麗しの五月”ではない六月ですが、バヴァリアの野山は緑と色々とりどりの草花で輝いているでしょう。
そして夜はビールを浴びるほど飲んで。オクトーバーフェストにはちと早いですが。

今年もドイツをドライヴされたとか。
もう行かれたかとは思いますが、ノイシュヴァンシュタインのお城は、ミュンヘンの郊外でしたね。
東へちょっと走れば、オーストリア国境を越えてザルツブルグです。もしお泊りならゲトライデガッセにあるカラヤンの定宿ゴールドナー・ヒルシュよりも、背後の丘にある、シュロス・メンヒシュタインがお勧めです。蔦の絡んだ古城のレストランからは、ザルツブルグの街を一望に見渡し、王侯貴族の気分に浸ることができます。

もしヘッセにこだわるなら、一気に西の方フランクフルトへ向けて車を飛ばし、その更に西にある、ヘッセの故郷、カルフを尋ねられたら如何でしょう。
ヘッセは、つい最近までは、街の名誉を傷つけた“落ちこぼれ”として、カルフでは迷惑な存在だったようですが、今は立派なミュージアムもあり、ヘッセの軌跡をたどることができます。
そこからは、「車輪の下」の舞台となった、あのマウルブロンの修道院まで僅かの道のりです。

余計なお世話かもしれませんが、ヨーロッパのドライヴには、ミシュランの地図が最も便利です。非常に見やすいし、シーニック・ルートは緑でなぞっています。

そうだドイツへ行こう_b0084241_23191178.gifドライヴの便利なところは、泊りは決めずに気に入った場所や宿があれば、そこに錨を下ろせばよい。だが、僕はできれば、シュロス・メンヒシュタインほど立派でなくとも、古城ホテルを泊り歩くことをお勧めします。
丁度、フランスのルレ・エ・シャトーのグループと同じように、かつての城や城主の館をホテルにしたもので、「シュロス・ホテル」という小冊子があります。


多少古くなりましたが、ドイツのドライヴ・ガイドなども手元にありましたので、よろしければお送りしましょう。

では、よいお年を!
by n_shioya | 2009-12-20 23:02 | コーヒーブレーク | Comments(2)
あやめ
彼女と一緒に僕は、高層ホテルの窓際のスツールに腰掛けて、眼下に広がるパリの夕暮れを眺めていた。
パリは高さ制限が厳しく、ベージュのレンガ造りの家並みが頭をきれいにそろえて立ち並び、街に落ち着きを与えている。
彼方にかすんで見えるのはモンマルトル。丸いドームはサクレ・クールだろう。

我々はもう一人の女友達が会議を終えてディナーに迎えに来るのを待っていた。
会議が長引いているらしい。もう約束の時間をとうに過ぎている。
“どう、これでも読んでいたら。”
ぼくは彼女に手元にあった文庫本を手渡した。
ヘッセの「メルヘン」。あやめ_b0084241_231713.gif
そのなかで“これが僕のお気に入り”と言って開いて見せたのが「イリス」の物語である。

主人公のアンゼルムは幼少時代、何時も庭に咲く草花や虫たちと戯れていた。中でも母親の最も愛するイリス(アヤメ)に魅せられていた。
それは少年にとって、どんな花よりも大切であり、「一切のものの比喩」であった。
だが、ある年の春、すべての蝶や花たちが神秘な輝きを失った。
そして青年アンゼルムは新しく始まった人生にがむしゃらに突進した。「比喩の世界は吹き消され、忘れられた。」

やがて彼は学問の道を歩み始め、教授となり学生の尊敬を集める。
だが、突然彼はそれまでの生活を空しく感じるようになる。
そのとき彼は友人の妹に出会う。その名はイリスだった。
その物静かな、しかい風変わりな女性に彼はひかれ、やがて彼は彼女に結婚を申し込む。

彼女はだが一つ、注文をつける。
「・・・私は多くのものはなくてもやっていけます。しかし一つのものだけはどうしても欠かすことはできません。それは心の中の音楽です。私がある男の人と一緒に暮らすとしたら、それは、その人の心の中の音楽が私の音楽と十分に調和するような人でなければなりません。それはその人の心の中の音楽が私の音楽と十分に微妙に調和するような人でなければなりません。またその人自身の音楽が純粋であり、私の音楽とよく共鳴することが、その人の唯一の欲望でなければなりません。あなたにそれができますか、アンゼルムさん?」

アンゼルムは面食らって押し黙った。
そこで彼女は一つの課題を出す。
「あなたは私の名を口に出すごとに、かつてあなたにとって大切であり神聖であったけれど、忘れてしまったあることを思い出すような気がするとたびたびおっしゃいましたね。
お願いします。さあ、行って私の名前を聞いて思い出させるものを、記憶の中に見出してごらんなさい。あなたがそれを再び見いだした日に、私はあなたの妻として、どこへでもあなたのお望みのところへ一緒に参ります。」
困惑したアンゼルムは、彼女に送り出されて課題を説く放浪の旅へ出かける、すべてを捨てて。・・・・・・・

“私にはさっぱり分からない、”読み終えた彼女は絶望的な目で僕を見上げた。
“そう、でも女性と言うものは意識せずとも似たような注文をもつものでは?”僕は言いかけた。
そのときノックして戸が開いた。
“お待たせ!”と元気よく入ってきた女友達は言った。
“あら、ヘッセね。私大好き。なに難しいですって。じゃゆっくりお食事しながらみんなでお話しましょう。”
そして三人でホテルを後にして、女友達のお勧めのシーフードレストランへと向かった。
by n_shioya | 2009-12-19 23:17 | コーヒーブレーク | Comments(4)
膝の診断
左ひざのトラブルに診断が下った。
半月板の内側の部分の軽い傷みと膝蓋骨(いわゆるお皿)のごく僅かのズレだそうだ。
膝の診断_b0084241_745556.gif

恐れていた軟骨の変化はないようである。
加齢とともにこの軟骨が摩耗すると、いわゆる変形性関節症と呼ばれる状態になり、歩行が困難となるからだ。

とりあえずは、軽いO脚気味を矯正するとよいといわれ、ヒールクッションという薄い柔らかいプラスティックのシートを、中敷きの上に挿入して歩いている。
しばらくこれを続ければよくなるでしょう、というのが先日ご紹介した“膝の名医”の御託宣だった。ただ、一旦傷んだ半月板が元に戻ることはないという。
もし痛みがある場合は、ヒアルロン酸の注射も考えますが、今その必要はないとのことだった。

ところで僕の愛車は暦の年齢は年だが、走行距離はもう二十万キロに近いので、そろそろ各部にトラブルが出始めている。
幸い今のところ、大幅なリペアの必要はなさそうだ。
車と同じで、人体も年月とともにいろいろ障害が出てくるものだ。車と違い人体は、多少の傷や摩耗は自身の治癒能力で修復していくがそれにも限度がある。
すると次はパーツの交換と言うことになる。人工臓器や臓器移植の出番だ。

車の下取り価格はまず年式が基本のようだが、走行距離も査定の条件の一つで、十万キロを超えるとほとんど零になるという。
二十万キロを超えても、だましだまし三十万キロ、いや四十万キロぐらいまで乗るか、このへんで廃車にして、新しいのに取りかえるか、思案のしどころだ。

だが人体には廃車という選択はなさそうだ。
与えられた身心をエンジンが動く限り、大事に使いこなしていかねばならない。
なんのことはない、それがアンチエイジングじゃないか、と妙なところで納得をした次第。

註:半月板の変化はMRIで診断されたが、わかりずらいのでフォトは省略した。
レントゲン画像は、膝蓋骨を下から撮っている。左の図が左膝で、その左側が左膝の内側を示す。
by n_shioya | 2009-12-18 22:54 | 老年病 | Comments(4)
ショスタコーヴィッチ
僕はショスタコーヴィッチはどうも苦手である。ショスタコーヴィッチ_b0084241_7212382.gif

留学時代、同僚のレジデントでショスタコーヴィッチおたくがいた。
自室の大型ステレオのヴォリュームをマキシマムにして、ガンガン鳴らす。
いつもアルファ・ロメオのスポーツカーを飛ばしていたが、フルオープンで、しかも大音響のショスタコーヴィッチなので、助手席に座らされると、たまったもんではなかった。

今日のN饗は、シャルル・デュトアの指揮で、前半がラヴェルで後半がショスタコ―ヴィーッチの11番「1905年」であった。
ラヴェルはともかく、11番は革命がテーマの標題音楽で、民衆の怒号、軍隊のラッパが4楽章を通して鳴り響き、演奏が終了した時は聴衆もへとへとだったが、指揮者のデュトアがコンサートマスターの堀正文に握手の手を差し伸べた時、堀さんがすぐに立ち上がれず、フーッとため息をついて、そのまま握手したのが面白かった。

その後、会場を出て駐車場で出会った見知らぬカップルと目があった時、どちらからともなく、“いやー、疲れましたね”と思わず言葉を交わしたのがまたおもしろかった。

今晩はゆっくりとモーツァルトでも聞いてから休みたい。
by n_shioya | 2009-12-17 23:13 | コーヒーブレーク | Comments(6)
顔が軽くなった
顔が軽くなった_b0084241_13371718.jpg先日の田中宥久子女史の施術のお陰で、皆さんから若返ったとお褒めの言葉をいただいたが、見た目以上に本人としては、“顔が軽くなった”という感じがする。
丁度顔の皮をカーテンに見立てれば、重いドレープが軽やかな紗になったような。

その理由を僕なりに考察してみた。
まず、リンパの鬱帯がマッサージで軽減したこと。
また、皮膚の血行が改善されて、活性化したこと。
次に、顔面の筋肉が適度に緊張を取り戻したこと。
この最後が大事ではなかろうか。

施術の前に、“先生、ずいぶん顔の筋肉が凝ってますね”と言われ、そんなことがあるかと、正直、思ったのを思い出した。
実は僕は肩がこったことがない。というか肩こりがどういうものかわからない。
ずいぶん幸せな、と人には羨まれるが、配偶者には“貴方はただ鈍いだけよ。”といなされる。

通常筋肉はある程度の緊張を保っている。これを我々はトーヌスと呼んでいる。
筋肉が完全に緩めば皮膚はだらりと弛緩する。
きゅっと縮めば其れに直角に表面の皮膚にしわを生ずる。額のヨコジワや眉間のタテジワがそうで、最近ではボトックス注入で筋肉をマヒさせ、一時的ではあるがこのようなシワを取ることができるのは先刻ご承知の通り。
ただし自然な表情が多少は犠牲になることもあるが。

顔面筋をもみほぐすことで、意識してない凝りが取れると、筋肉は自然のトーヌスを取り戻し、ダラリ感も締め付け感も消えて、顔が軽く感ぜられるようになるのではないだろうか。

これはあくまで素人である医師の推論である。
これをなにか医学的に立証できれば面白いのではと考えている。
そして、次なる課題はその効果がどれだけ持続するか、また、永続性を保つにはどのようなメンテナンスが必要かである。

ところで今回はまずお弟子さんが施術をスタートし、あとは大先生が引き取って、おんみずから施術を完了してくださった。
顔が軽くなった_b0084241_1337357.jpg

お弟子さんも腕は立派なものだが、やはり大先生のタッチは違う。
指が触っているというより、手全体が顔を包み込んで、表面を這いまわるような感じだった。
局所と言うか、一定の部位をほぐしている時でも、同時に他の部位もタッチして、バランスを取りながら全体的にもみほぐされていくような感じであった。そしてその流れが途切れることがない。

今後、可能ならば、施術中の筋肉、皮下組織の変化、更には大脳の活性化などを、最近はやりの画像診断で解析してみたいものである。
by n_shioya | 2009-12-16 21:57 | スキンケア | Comments(4)
赤と黒
男の意地心意気はコインの裏表である。
そのどちらを描かせても、フランス作家にかなうものはないだろう。
心意気の極致は言うまでもなく、エドモン・ロスタンの「シラノ・ド・ベルジュラック」そしてマキャベリズムを危うくしてまでも意地を張るのはスタンダールの赤と黒の「ジュリアン・ソレル
どちらも“”ですなぁ。赤と黒_b0084241_028321.gif
そのジュリアン・ソレルをフランス映画界切っての名優ジェラール・フィリップが演じた「赤と黒」のデジタルリメーク版が、テアトルシネマ銀座で上映中だ。
いやー、もうただただ粋で格好いい。男でも惚れ惚れします。
岩波映画の高野悦子さんのように、“ジェラール・フィリップ様”と、女性なら“様”づけにしたい気持ちもよくわかる。
ジェラール・フィリップのジュリアン・ソレルか、ジュリアン・ソレルのジェラール・フィリップか、と言われるのも無理はない。

それにしてもかつてのフランス映画界には名優が輩出した。
男優なら、ルイ・ジューベ、ジャン・ギャバン、ジャン・ルイ・バローそしてシャンソン歌手のイブ・モンタンも演技はうまかった。
そして女優では、「赤と黒」でも主演したダニエル・ダリュー、アルレッティ、エドワージュ・フィーユそして古いところではフランソアーズ・ロゼ―と枚挙にいとまない。

“やはり映画だって、演技で見せるものだよねぇ”と語らいながらの帰り路、そう言えばこのあたりに昔、「ジュリアン・ソレル」と言う店があった筈だがと見まわしたが、栄枯盛衰の激しい銀座の裏通りである、もう跡形もなかった。
“なんでそうこだわるの?”
配偶者は怪訝そうである。
“いやちょっとしたカフェがあってね。”
とだけ答え、その下の階がその頃は珍しい女性のランジェリー専門店だったことは伏せておいた。
by n_shioya | 2009-12-15 23:08 | コーヒーブレーク | Comments(2)
田中宥久子女史の魔術
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78歳の誕生日に10歳若返る?
そんな魔法みたいなことがと思うでしょう。
それを可能にしてくださるのが、田中宥久子女史である。
一月の講談社企画の対談の打ち合わせの為に原宿のサロンにお伺いし、ついでに今話題の造顔トリートメントの施術を受けさせていただいた。
術前、術後とその工程はフォトでご覧ください。






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クリニックに戻ると、僕の隠密行動を知らない女の子まで、“何をされたんですか、肌がつやつやしてる”とか、“なんか引き締まって小顔になった”とか不思議そうである。

そうして夜は美女軍団有志が、10歳若返った78歳の男の誕生日を、イタリアンで祝ってくださった。
店長の玄人はだしの、マジック・ショウのおまけまでついていた。
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完璧なアンチエイジングの誕生日でした。
皆さん、ありがとうございました。
by n_shioya | 2009-12-14 23:37 | スキンケア | Comments(21)
ハーブとインフルエンザ
ハーブとインフルエンザ_b0084241_23355446.gif表参道の並木道を原宿に向かって下ると、明治通りの交差点の手前の左側に、「生活の木」と言うハーブのお店がある。
今日はそこの教室で、「ハーブとインフルエンザ」というお話を聞いてきた。
講師は山手クリニックの入谷副院長である

アンチエイジングの重要な分野として、代替医療、補完医療とよばれるものがあるが、ハーブはその主要な武器の一つである。
日頃人にはそう説いているが、僕自身、ハーブの話をまとめて聞くのは初めてだ。

最近、夜は安眠を妨げるので、極力コーヒーの代わりにハーブ・ティーを飲むことにしているが、ハーブの世界がこれほど奥深いとは知らなかった。
サプリメントのように高価でもなく、副作用も心配せず、日常生活の中に楽しみながら取り入れられ、しかも健康に役立つ。こんないいことはない。

インフルエンザのお話も面白かった。
医者ともあろうものが、と言われそうだが、半世紀前の医学部の講義には、インフルエンザなど治療はおろか、正体も不明だった。
それが、ワクチンから特効薬、そして診断キットまでルーティン化している。隔世の感があった。

ハーブとインフルエンザ_b0084241_23363226.gif勿論ハーブは治療薬ではない。罹患してから慌てて飲み始めても効果は薄いので、普段から常用し、やばそうな感じがしたら、エキセニアなどのチンク油を混ぜて飲むのがよいという。

ちなみに新型インフルエンザは下火になったが、これからは在来型、すなわち季節性インフルエンザがはやり始める時期だという。
両者の症状は類似しているが、あえて鑑別しなくも、対処法は同じと考えてよいそうだ。

配偶者のお伴で昨日はサカタ種苗店、今日はハーブのお店。
いろいろと勉強になり、「婦唱夫随」も悪くない。
by n_shioya | 2009-12-13 23:05 | 医療全般 | Comments(6)
シクラメンの想い出
シクラメンの想い出_b0084241_22581178.gif「あなた作る人、僕食べる人」と言うインスタントラーメンのCMが、女性蔑視だとバッシングを受け、表現を多少改めたのは40年ほど前のことだった。
が、当然ながら我が家ではこの鉄則は結婚以来50余年、何の疑いもなく順守されてきた。
だが、これが庭仕事となると「あなた作る人、僕愛でる人」などとは、そう簡単に配偶者は納得してくれない。
一つには、“昔は園芸が趣味だった”という、僕の言葉が祟っているようだ。

今日も配偶者がサカタで苗を買いたいというので運転手を務めたが、それだけではご不満のようである。
“もちょっと力仕事の分を手伝ってくれれば”、という気持ちもわからぬではないが、どうもその気にならないのはどういうわけだろう。
このことに限らず、自分の興味のあることでも“身内がやってくれると、自分でやったような満足感が得られてしまうからだ”と言ったら、余りにも身勝手な論理だろうか。

それはともかく、サカタも今日はポインセチア、そして最近人気のクリスマス・ローズなどクリスマスの花で溢れていた。だが僕が最もクリスマスらしさを感じる花はシクラメンである。
昔は赤一色だったが、最近は白、桃色、紫、さらには白に赤の縁どり、またフリルの花弁も出回っている。
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その昔、アメリカ留学から帰国しての初めてのクリスマス。
どの家の庭にもきれいに飾られたクリスマス・ツリーが立ち並んでいるニュー・ヨークのホワイト・クリスマスを見慣れた目には、唯寒々とした日本のホリディ・シーズンは、賑やかなホーム・パーティもなく、ただ、ただ侘しかった。
そんな時、我が家を明るくしてくれたのが、知人から届いたシクラメンの大きな鉢だった。“かがりびばな”という和名にふさわしい贈り物だった。
以来、シクラメンの虜になって、目黒の柿の木坂のシクラメン専門の中島農園に足しげく通ったものである。
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こうしたシクラメン遍歴の中で、とりわけ心に残るのは、ロァールのほとりのシャトー・デクリモンの広大な庭の中心にある池の周りを、縁どるように咲き乱れていた白い野生のシクラメンであったことを付け加えておこう。
園芸種よりはるかに可憐な花々は、あたかも空の星屑のようにシャトウの庭園を飾っていた。
by n_shioya | 2009-12-12 22:29 | コーヒーブレーク | Comments(6)




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