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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
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カラヤン広場
カラヤン広場_b0084241_1012916.jpgANAホテルとサントリーホールの間の広場は、「カラヤン・プラッツ」と呼ばれている。
何時もN饗の定期公演の時は、ホテルのコーヒーショップで軽食を取り、広場を抜けてホールに入る。
N饗の切符でコーヒーショップが一割引きになるのと、コーヒーショップ利用で駐車場のサービスが受けられるからだ。

広場の入り口の壁にはめ込まれた、「Karajan Platz」のプラックを、今日はしばし感慨深く眺めていた。このところ、カラヤンものを立て続けに何冊か読んだところなので。
ま、これほど毀誉褒貶の豊かな指揮者も少ないが、演奏は歯切れがよくて僕はミーハー的に好きである。
初期はともかく晩年はどうもと、くさすのが、プロの方々の習わしのようだが。

今日の演目はベートーベン尽くしだった。
コラリオン序曲
ピアノ協奏曲第4番
交響曲第七番。

指揮はベテランのクリストファー・ホグウッド。
そしてピアノは若手?のベザイディンオート。これがまた素晴らしかった。

フルトヴェングラーが「ベートーベンを頂点として、その後音楽は堕落の一歩をたどった」と極言しているが、その当否は別として、判じもののような現代絵画、カコフォニ―としか言いようのない現代音楽に悩まされる化石人にとっては、ベートーベンのような秩序ある、論理的な音楽を聴くとほっとするのが本音である。
ところでフルトヴェングラーは、「振ると面食らう」と異名をとっていたと言うが、残念ながら我々世代は、生で聴くチャンスには恵まれなかったので、彼の指揮の論理性についてはコメントは控える。

七番を聴くと想い出すのは、20世紀初頭のフランスの男性舞踏手セルジュ・リファールである。
来日公演で七番の二楽章に振りつけて踊ったソロは、曲の旋律に見事に溶け込んで、ギリシャ悲劇をほうふつさせるものがあった。
by n_shioya | 2009-09-10 23:12 | コーヒーブレーク | Comments(4)
滝川エステティック学院
滝川エステティック学院_b0084241_9572396.jpg
今日は滝川エステティック学院の講義の日だった。
名誉顧問を仰せつかっているが、講義は年に一回だけである。
その代わり、2時間たっぷりとアンチエイジングの話をさせていただいた。

エステティックは今後ますます需要が増えると思う。
まず、スキンケア
一般の方はあまりにも、スキンケアの常識に乏しい。年に数回でも、できれば月に一度ぐらいは、専門家のケアと指導を受けることをお勧めする。
また、医療の立場から言うと、今高齢化社会で大問題になりつつある褥瘡の予防も、基本はスキンケアである。
老人ホームや、介護施設にももっとエステティッシャンがかかわって欲しい。

また、エステのリラクゼーション効果も忘れてはならない。
ストレスの多い現代社会で、エステのリラクゼーションの効果は計り知れないものがある。

最近は男性のエステも盛んになってきた。大変結構なことである。
不肖僕も、過去に何度か経験させていただき、効果のほどは実感している。
もっと受けたいが、なかなか時間が取れないのが悩みの種だ。その時間を作る努力自体が「抗加齢」につながるということはわかっているのだが。

生徒さん達のモチベーションは高く、皆熱心に僕の散漫な講義に耳を傾けてくださる。
ただ残念なことに、いまだにエステティッシャンの公的資格は存在しない。
一日も早く資格制度が確立して、彼女らの努力と特技が報われるような仕組みが生まれてほしい。

ところで今週から来週にかけ、僕のかかわるアンチエイジングの講演やセミナーがいくつか予定されている。
その一つが来週月曜日の学習院の生涯学習センター講座だ。まだ、多少の余裕はあるようなので、ご興味のある方は
http://open.gakushuin.ac.jp/course/detail/2009/B/070/
を覗いてください。
by n_shioya | 2009-09-09 21:32 | エステティック | Comments(2)
ティアラ・ウォーク
ティアラ・ウォーク_b0084241_1115168.jpg

今日のフォトを見てなんだコスプレかとかやっぱりあいつは…だったのかなど早とちりしないでほしい。
これはれっきとしたウォーキング・エクササイズである。
ティアラ・ウォーキングと言って、頭にのっけたティアラを意識することによって、背筋の伸びた優雅な歩きを習得する方法である。

アンチエイジング・ネットワークのミニセミナーの一環として、その創始者の彩戸先生をお招きしての実習風景である。

医学的にも、また体育の専門家の立場からいっても、背筋は重要である。
頭は非常に重いものである。それが真っすぐな背筋の上に乗っていれば、体への負担は少ない。さもないと、というのは猫背で頭が前に出ていると、体の他の部分へも影響が出るし、見た目も格好悪い。

常々言うように、アンチエイジングと言っても何も特別なことに凝る必要はない。大半はライフスタイルの問題である。
それも特別なことをやるより、日常の生活に組み込まれることが理想的である。
歩くことは誰にとっても避けられない動作である。
それをちょっとした工夫でアンチエイジングに結びつけることができればそれに越したことはない。
今日のセミナーはそういう意味で貴重なレッスンだった。

彩戸先生ありがとうございました。
事務局の皆さん、御苦労さまでした。
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by n_shioya | 2009-09-08 22:48 | エクササイズ | Comments(4)
2カ月ぶりの洗髪
今日は二カ月ぶりに床屋に行ってさっぱりした。
合間はシャンプーをしないので、二カ月ぶりに髪を洗ったことになる。
あまり自慢できることではないが。

かつてアートネーチャーの顧問をしていた時、シャンプーのコマーシャルに出演を頼まれたことがある。
ミュージカルの南太平洋のヒロインのように、裸で頭に泡をつけて踊りまわるわけではなく、白衣を着てシャンプーの効果を説けばいいとのことだったが、それほど言行不一致なことはできないので、出演料には未練があったが、お断りした覚えがある。
名誉教授になって、懐がさびしくてコマーシャルに出たと思われたら、恥ずかしくて友達にも会えない、と配偶者の猛烈な反対にあったのも諦めた理由の一つではあった。

僕は何も白洲次郎のように確たる“プリンシプル”をもって行動する男ではない。ただ不精なだけである。
だが、美女の白魚のような指で二カ月間のフケをこすり落としてもらうと、実に気分は壮快である。
これからはせめて月に一回は行くとしよう。
アンチエイジング五箇条の第一条に「いくつになっても男と女」と謳って、年をとってもおしゃれ心は忘れぬよう、人に説いている身としては。
by n_shioya | 2009-09-07 23:21 | ヘアケア | Comments(8)
敵は本能寺にあり
この金、土はまた学会だった。
日本褥瘡学会である。
ニューヨークの孫のお守もあったし、いろいろ立てこんでいたので今回は勘弁してもらうつもりだったが、どうしても出なければならない委員会があって、金曜日に日帰りで大阪に行ってきた。
なまじ交通の便が良くなったため、日本国中主要都市はほぼ日帰り可能になったのは善し悪しである。

これから年末までは学会シーズンとなる。
僕が関係しているだけでも、日本美容外科学会、日本形成外科学会基礎学術集会、日中形成外科学会、国際形成外科学会アジア太平洋会議、日本美容外科学会抗加齢研究会、日本創傷治癒学会等々、枚挙にいとまない。
現役時代はこの2倍も3倍もあったわけで、学会に精勤したらとてもじゃないが、仕事にならない。

学会には新しい研究発表とその評価、会員の啓蒙、会員の交流等それなりの存在意義はあるし、学問が進歩すればそれだけ研究会の数が増えるのはやむを得ないが、 “会長になりたい者の数だけ学会は増加する”という「何方さんかの法則」は最も納得のいく理由である。
そして学会は、いったんできればまずなくなることはないので、後を引き受けるものは苦労させられる。

ところで学会に出席して最も役に立つことの一つは、企業展示である。
新しい器機にしても薬剤にしても、通り一遍の発表よりも、企業の展示ブースで手に取り、また、営業マン、MRと言っているが、から詳しい説明を受けるほうが、はるかに判断の材料となる。
企業も心得たもので、最近では意図的に美女を配置し、刺客と言うと大げさだが、鼻の下の長い医師どもを取り込もうと心がけている。
僕などもその最たるもので、すっかり丸め込まれてしまったのは我ながら不甲斐ないとおもう。
そもそも委員会よりも、刺客に襲われるのが大阪日帰りの目的であったという本音は、あまりにも不謹慎なので差し控えておく。
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ところでその委員会だが、これは3年先の創傷治療の国際学会の第一回の組織委員会で、僕は名誉顧問団の委員長として、海外の重鎮をメンバーとして選ぶ役目を依頼された。
それぞれの国の長老で、ある程度集客能力があり、集金出来ればもっとありがたいが、だがあまり運営には口は出さず、なおかつ3年先でも御存命であること、という条件を満たす方を10名ほど、選ばねばならぬ。だが、肝心の委員長が存命がどうかは神のみぞ知るですぞ、と釘を刺しておいた。
by n_shioya | 2009-09-06 22:52 | 医療全般 | Comments(2)
「語り」の世界
今日は得難い経験をした。
「ストーリーズ」グループの三人の声優の「語り」を聴いてきたのだ。

「語り」は太古から引き継がれてきた人類の文化とも言える。
それが文字の創生、そして印刷術の発明とともに、「読む」活字文化へとシフトしてきた。さらに映画の出現で映像の文化が加わり、現在はテレビの発展で、活字文化も押されぎみである。

“百聞は一見に如かず”と言うが、テレビの映像はインパクトが強い。だが、それが今はのさばりすぎて、報道がゆがめられてきた感がある。
ヴィジュアルの効果がなければ、たとえどんなに重要なニュースであっても、後回しか無視するのが、テレビ業界の悪弊だからだ。
視聴率が神様のこの業界では、ヴィジュアルなスキャンダルほどおいしいネタはない。

そんな時、加藤精三の三人のお弟子さんによる「語り」の世界は、一服の清涼剤であった。
ごく当たり前の民話や短編が、声優たちの心のこもった「語り」で、新しい息吹が与えられる。
語られた作品は
「月あかりの中庭」  作者:立原えりか   語り:雨宮京子
「おこんじょうるり」 作者:さねとうあきら 語り:高見沢絹江
「ひばり笛」     作者;杉本苑子    語り:倉田美香
の三つである。
「語り」の世界_b0084241_1094738.jpg

ヴィジュアルに頼る弊害を説きながら、すでに我々の世界ではスライドが必須で、今はパワーポイントなしには、短い講演すらできなくなってしまった。
特に僕の力を入れている「見た目のアンチエイジング」では、画像がなければお手上げである。
だが、映像に頼れば頼るほど、その場でのインパクトはあっても、肝心の中身というかメッセージは希薄になってしまうような気がしてならなかった。
これを機会に一度、スライド抜きで、「語り」だけで聴衆を魅了してみたいものだが。
それにはまず、加藤精三先生に弟子入りをさせていただくか。
「語り」の世界_b0084241_1010313.jpg

by n_shioya | 2009-09-05 22:55 | コーヒーブレーク | Comments(5)
湖水地方の案内人
湖水地方の案内役のキースは結構な変り者だった。

“今日の旅程をご説明しましょう”と言って、ロビーの椅子に座り込んだ。
“タバコを吸ってもよろしいか?”と聞く。
“もちろん“と僕は答える。
今ほど嫌煙権がのさばっていないころの話だ。
と、やおらクラッチバッグから小さな紙片を取り出した。地図ではない。薄い白い紙である。
次に出てきたのは、タバコの葉だ。紙の上に敷き詰め、くるくると巻いて一本の煙草が出来上がった。
マッチで火をつけ、うまそうに吸い始める。

戦後タバコが払底した時、好きな人はキセル用の煙草の葉を紙で巻いて、自前の煙草を作ったものである。辞書に使われるあの薄い白い紙、インディアン・ペーパーが最適ということで狙われ、何冊の辞書が灰となったことか。

案内中も勝手に写真は撮らせてくれない。
自分の好みのところに来ると車を止め、ここからこの角度でと撮影のご指南がある。
湖水地方で生まれ育った男だ。湖はもちろん、山や川、街並み、草花の一本一本まで知り尽くしている。
被写体は彼に任せることにした。

昼になると“腹の具合は”という。
“そろそろ”
“○○を試してみたいか?庶民の食いものだが”
その○○の名前が思い出せないが、土地の言葉で「昼の軽食」を意味するらしい。
“勿論“と言うと道端の馬小屋のようなところに車を止めた。
なかは薄暗く、カウンターとテーブルが一、二卓。ミレーかゴッホでも描きそうな農民風の男が2,3人ビールを飲みながら。何やら食べている。
出てきたのは、インドのスラム街の道路わきから拾ってきたような、カレー風味の食いものだった。うまくないこともない。

こうして湖水地方を一巡して一日が終わるころは、われわれはすっかり仲良しになってしまった。僕も多少変わっているのかもしれない。

別れ際に彼は、ポケットから一枚の写真を出して見せながら叫んだ。
“いい女だろう、もうすぐ結婚する予定だ。ああ、俺はなんと果報者だろう。”
その女性は何ともユニークないでたちをしていた、メーキャップも含め。ふむ、これがキース好みか。

その後本社の方が訪日されるたびに、キースからよろしくとのメッセージが伝えられた。
ある時“彼の結婚はどうなった?”と聞くと、“それがそのう、彼もちょっと個性が豊かでしょ…”と不得要領な返事が返ってきたままで終わっている。
by n_shioya | 2009-09-04 22:58 | コーヒーブレーク | Comments(3)
湖水地方
“グッドモーニング、サー”といって、中肉中背の精悍な男が、ロビーのソファーで休んでいる僕に声をかけた。それでも年の頃は60代だろうか。

その男の名前はキースといった。
キース・ベル。
元ロイヤルエアフォースのパイロット。今はスミスアンドネフュー社の要人用のドライバー。
本社のあるヨークからヒースロー空港まで約600キロ。ヨークを出るのが何時になっても、必ず要人の出発便には間に合わすというツワモノである。
その日は「湖水地方」を彼が案内してくれることになっていた。

中学時代、だれでも英語の授業で習うワーヅワースの詩「水仙」に接して以来、ワーヅワース、キーツ等多数のイギリス詩人を育てた「レーク・ディストリクト」は憧れの地だった。
今回、スミスアンドネフュー社の招きで、ヨークの研究所を訪問し、創傷治癒に関する討議に参加したご褒美に、「湖水めぐり」を計らっていただいたのである。

キースは「湖水地方」の生まれである。スタートはまず彼の生誕の地、アンブルサイドから始まった。
そこからワーヅワースの生地、コッカマウス、最もプロダクティヴな時期を過ごしたダブ・コッテージ、終の棲家となったライダル・マウント
更にはラスキンの館、そしてその地方の中心であるケズィック
このへんの順序は後に述べる理由で定かではない。

最後がピーター・ラビットのベアとリックス・ポッターのニア・ソーリー
そこでは、キースが子供時代から可愛がってくれた、モリー・グリーンというおばあさんの家を訪ねた。
その地方独特のスレート造りの、かわいらしい一軒家に住んでいる。もう90歳は越していたと思う。一人住まいだが、身の回りのことはまだ全部自分でやるという。
その日も、ストーブを焚いて、マッフィンを焼き、我々を待っていてくれた。
あれほど素朴だが味のあるマッフィンをその後食べたことがない。

湖水地方_b0084241_10135594.jpgイギリスの田園は哲学者出隆が「英国の曲線」という本で述べたように、高い山はないが、なだらかな起伏が続く。そのアップダウンの激しい、またカーブの連続する山間の道を、キースは自慢のBMWスピットファイア(戦闘機)のように縦横無人に走らせる。最後には僕もくらくらしてしまい、どのような順序でまわったかは定かでない。

ところで今日はニューヨークの孫が二週間の滞在を終え成田から発った。
出発便が遅れたので、ターミナルの本屋で買った雑誌をめくっていると、「湖水地方」の特集が載っていた。
昔を懐かしみながら、掲載された写真で「湖水地方」の一巡を終えるころ、準備の整ったコンティネンタル8便は、ニューヨークへ向け無事A滑走路から飛び立っていった。
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by n_shioya | 2009-09-03 23:31 | コーヒーブレーク | Comments(5)
女心と秋の空
昨日から今日にかけてブログのサーバーが故障して、アクセスできたりできなかったり、ご不便をおかけした。
やっと不具合も解決したようなので、明日からまた、しっかりと更新いたします。

パソコンが不安定だと、こちらも情動不安定になってしまい、一日仕事が手に付かなかった。
しかもこのところ天気も不安定である。

女心と秋の空」とはよく言ったものだが、今の僕は「女心とコンピューター」と言い変えたい、おっとまた失礼。
念のために広辞苑を引くと、“変わりやすいことのたとえ。古くは「男心と秋の空」”と記されていた。

まあ、われわれ同罪ということですな。
by n_shioya | 2009-09-02 23:46 | コーヒーブレーク | Comments(8)
「世界の10大オーケストラ」
「世界の10大オーケストラ」_b0084241_1425520.jpg“科学に国境はないが、科学者には祖国がある”と喝破したのはパスツールだった。
同じように“音楽に国境はないが、音楽家には祖国がある”といえる。

しかも“「オーケストラ」は、極めて政治的な存在であり、戦争や革命といった歴史的大事件に翻弄されやすい”と「世界の10大オーケストラ」の著者中川氏は言う。
従って本書で取り上げた10のオーケストラの歴史を追うことは、即19世紀から20世紀にわたる欧米の歴史をなぞることにもなる。

またこの著作は、その名門オーケストラの主導権を廻っての指揮者たちの熾烈な権力闘争の物語でもある。
巷間で、脚光を浴びる存在を、悪く言えば自己顕示欲の強い奴を“プリマドンナ”と揶揄することがある。
たとえば、脳外科医にはプリマドンナが多いからな、といった具合に、失礼。
どうも指揮者のエゴマニアックの度合いはその比ではないようだ。が、これは仕事の性質上やむを得ない資質ともいえる。
その頂点がカラヤンであることは言うまでもないし、この本のキーワードもカラヤンである。

また、オーケストラが誕生してからたかだか200年しかたっていないということは初めて知った。
つまり、ベートーベンの頃はまだ、専門集団としてのオーケストラは存在してなかったことになる。
そして指揮者が専門職として登場するのはさらにそのあとのことだという。

これまではすでに出来上がった形として受け入れてきたオーケストラだが、実は裏でこれほどのドラマが展開されてきたということを学べたことは、音楽よりもゴシップにはるかに感受性の強いミーハーにとっては、実に有益な本であった。
by n_shioya | 2009-09-01 22:48 | コーヒーブレーク | Comments(3)




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