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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
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毎日が日曜日
毎日が日曜日_b0084241_1644669.jpg城山三郎の「毎日が日曜日」を読み返した。
定年を迎える商社マンの生態を巧みに描いた城山三郎の代表作のひとつであり、アンチエイジングに首を突っ込んでいると、定年退職者の生きがいの問題がいつも頭を離れないからである。
そして北里大学を首になってからの僕自身の「毎日が日曜日」のはずの生活と比べてみたかったということもある。

今テレビの連続ドラマになっている「官僚たちの夏」を含め、城山三郎の書いたものはほとんど読んでいるつもりだ。
どの著書も彼独特の「男の美学」で貫かれているが、最も好きなのは短編ではあるが、西中佐の最後を書いた「硫黄島に死す」である。

昔読んだ本を今読みなおすと、一体あのころは何がわかっていただろうと思うことがしばしばである。
それだけこちらが人生経験を積んで、読みが深くなったのかもしれないが、昔のようにただ夢中で読みふけるということが少なくなったのはいささか寂しい気がしないでもない。

今回読み返して知らされたことは、定年退職者の生活や気持ちもさることながら、いわゆるサラリーマンの、特に商社マンの、日本の貿易立国の担い手としてのあまりにも過酷な日々である。
自分の家族も、楽しみもすべて犠牲にして「会社人間」に徹するか、「落ちこぼれ」となるか。城山三郎の描写は生々しい。
サラリーマン生活どころか、特殊な事情でいまだかつて上司に仕えた経験のない僕にとっては、衝撃的でさえあった。

日本のような「運命共同体」としての会社への帰属と違い、個人の能力で勝負するアメリカの流儀になじんできたからかもしれない。
アメリカにも「仕事人間」は多い、その度合いは日本人よりも強烈かもしれぬ、だが、彼らは決して「会社人間」ではない。
彼らには「自分の生活」という不可侵の領分がある。それが時間的には全生活のたとえ数パーセントでも、仕事よりもはるかに高いウェイトを持っているような気がする。
年金といった老後の保障もさることながら、彼らがリタイア後の生活を楽しみにするのは、この「生活の質」に対する価値判断によると思う。

団塊の世代リタイアメントに突入しようとしている。
その大半は広い意味でのサラリーマンであろう。
彼らが会社の殻を脱ぎ捨てて、リタイアメント・ライフの意義を見つけるには、根本的な頭の切り替え、気持ちの入れ替えが必要になりそうだ。
そうなるとアンチエイジングの世界でも、体のメンテナンス以上に心のケアが求められるようになるのではなかろうか。
by n_shioya | 2009-07-11 21:59 | 医療全般 | Comments(6)
冬の旅
「死とはモーツァルトが聴けなくなること」というアインシュタインの言葉は先日引用したばかりであるが、死後の世界を信ずる僕の場合はこうなるだろう。
「死とはシューベルトが絶えず響いている世界である。」
久しぶりに「冬の旅」を聴き終えてそう思った。

五味康祐は「自分はその人が青春をベートーベンの第五で過ごしたか、モーツァルトのト短調で過ごしたかで区分けする」と書いていた。
その点では僕は人を「冬の旅」と生きてきたかどうかで区別すると言いたい。
ベートーベンの深刻さにはお付き合いにも限度を感じ、かといって甘美なモーツァルトに無条件で酔うこともできなかった僕にとって、シューベルトはいつも心の友であった。

60年も前の話である。すべての音楽は78回転のSPレコードで齎された。シューベルトの歌曲は、ゲルハルト・ヒュッシュの独壇場だった。「冬の旅」「美しき水車小屋の娘」そして「白鳥の歌」の三大歌曲集。そして「水の上に歌える」「紬むグレーチェン」はソプラノのエレナ・ゲルハルト。そう、不世出のコントラアルトのマリアン・アンダーソンの「死と少女」、これは最後のシュラーフェンのフェンをオリジナルの低さで歌いきっていた。

戦後間もなくヒュッシュが初来日した時の熱狂ぶりはすごかった。夢中で席取りに駆け走り、眼鏡を落として自分で踏みつけてしまったのも懐かしい思い出である。
その後、フィッシャー・ディスカウ、ハンス・ホッター、ペーター・シュライヤーなどの名バリトン、名テナーが続々と来日しファンを楽しませてくれるようになった。

戦前の名画「未完成交響曲」も忘れてはならない。
旧制高校時代、ドイツ語勉強と称して、新宿にあった日活名画座に弁当もちで籠り、朝から繰り返し見続けたものである。
シューベルトの失恋の相手の女優はマルタ・エゲルトと言ったと思う。
フィナーレにアベ・マリアの伴奏で映された、田舎の道の傍らのマリア像が印象的だった。

ところで今日聴いていたのはフィッシャー・ディスカウで伴奏はブレンデル
伴奏というより二重奏と言えるすばらしいコンビである。

by n_shioya | 2009-07-10 22:38 | 美について | Comments(5)
アンチエイジングの小グループディスカッション
秋からスタートさせる予定の公開講座のことで頭を悩ましている。
これまでもアンチエイジングの市民講座的なものはいろいろとかかわってきたが、多くはカリキュラムやプログラムができていて、その中にはめ込まれる形なので、あまり自分で企画をしないでも済んだ。
この辺で、それとは別に、自分の言いたいことを網羅し、しかも自分の考えで全体を繋げ、しかも一本筋を通す作業をしてみたくなったのである。

まず、月に一回、6回をワンコースとする。だが、一回だけの参加も可能とする。
コースの呼び名はなんとするかは別に考えるとして、まず全体をどのようなテーマで括るかである。
老年学入門。
75歳で言えること。
団塊の世代へのメッセージ。
などなど考えたが、今僕が一番関心があるのは「みためのアンチエイジング」なので、それに焦点を絞ろうかとも思っている。

次に対象だが、幅広くはしたいがやはり性別、年齢はおおよその絞り込みが必要なようだ。それで時間帯とか、テーマ自身が決まるからである。
30歳から50歳ぐらいの主婦層。そして男性を含む自由業。もちろんどなたでも参加は自由。
時間は平日の午後。
場所はNPO法人の事務局の会議室。広くはないが、元来、10人から15人ぐらいの小グループには適している。

つまりこの小グループが一番の狙いである。
今までのセミナーのように、一方通行でなく、小グループのディスカッションを育てたいのだ。もっと本音を言えば、話し合いの中で、ある程度共通の意識レベルを育て、お互いにアンチエイジングに向けて切磋琢磨できるようなグループ。

具体的なプランは今事務局の方々が練ってくださっている。
“小グループと言っても、2,3人しかではまずいでしょう?”と事務局氏が心配されたが、僕はこう答えた。
“興味のある方ならそれで結構。たとえ一人でも聞いてくださる方があれば喜んで話をさせて頂くというスタンスで、僕はこれまで講演やシンポジュームをお引き受けしてきたので。”

如何なものでしょう?
by n_shioya | 2009-07-09 23:04 | アンチエイジング | Comments(4)
結婚記念日
次男が昼間突然訪ねてきて、子供たち一同からの結婚記念日のお祝いと言って、大きな花束を手渡された。
“あら、そうだったわね、ありがとう!”言ったのは配偶者で、僕はちゃんと覚えていて、今晩はどこに誘おうかと思っていたところである。
結婚記念日_b0084241_9591579.jpg


52年。よく持ったものだと思う。
喧嘩一つせず、危機的な状況を経たわけではないが、結婚は綱渡りのようなもの、というのが僕の受け止め方である。愚かな人間同士の営み。いつ何が起こっても不思議はないというのが心情だ。
だいぶ以前、結婚式のスピーチでついその本音を言ってしまい、あれで祝辞のつもり、と配偶者にきつくたしなめられこともある。

二年前、金婚式にはニューヨークからも二組駆けつけてくれ、全員で盛大に祝ってくれたが、例年は二人だけでひそやかにディナーを楽しむことにしている。
数年前まではちょうど海外出張と重なることが多く、異国のレストランで祝杯をあげることも多かった。
あるときはフィレンツェ、またあるときはパリ、そしてプラハ。銀婚のときはモントリォールだった。イギリス、ドイツもあったかもしれないが、定かでない。

当初はクリストフルのシルバーを、少しずつ記念に買うことにしていたことがある。ティー・スプーンのペアから始めて、フォーク、ナイフといった順に。
だが半分もそろわないうちに、パリで免税でまとめ買いしたほうがはるかにお得なことに気が付き、かといって一括購入も味気ないなど思案しているうちに、パリに行くチャンスが訪れず途絶えてしまった。
一つにはクリストフルの食器はは大振りで我々の食卓向きでないということもあった。
ちなみにタリスマンというシリーズで、落ち着いた漆色の模様の入ったデザインである。

8年先はダイヤモンド婚
配偶者は今度はひっそりというが、僕はニューヨークと東京が歩み寄ってカリフォルニアはどうかと思っている。それもサンフランシスコからハイウェイ・ワンを南下した所のモントレーにあるリゾート地カーメルは如何だろう。
それもこちらの天命も含め、諸般の事情が許せばだが。
by n_shioya | 2009-07-08 23:04 | コーヒーブレーク | Comments(15)
手術場のプリマドンナ
最近マスコミは手術の名手を「神の手」と言って持ち上げる風潮があり、大方は立派な方だが、中にはマスコミの作り上げたかなりいかがわしいものもある。

由来外科医にはパーフォーマンスに秀でたタイプが多く、アメリカではそのようなタイプは、「手術場のプリマドンナ」とからかわれたものである。
自己顕示欲の発露もある程度までは御愛嬌だが、メスを持つと人格変化を起こして理不尽な振る舞いが目立つとはた迷惑になる。
またその傍若無人な言動が日常に及ぶことも、アメリカの外科医には少なくなかった。

たとえばオハイオ大学のゾリンジャー教授
当時話題になった「ゾリンジャー・エリソン症候群」の提唱者である。
レジデントがもたついていると、昔小学生が受けた罰のように、手術が終わるまで水を満杯にしたバケツを捧げ持たされる。
また、自分の駐車スペースに誰かが間違えて停めた時は、怒り心頭に発し、自分の車で突っ込んで二台とも目茶苦茶にしてしまったという伝説もある。
たとえそれだけの奇矯な行為があっても、業績さえ上げていれば大きな顔をしていられるのが、アメリカの面白いところである。
最も先のラムズフェルド国防長官のように、態度もでかければ、被害も世界的なスケールということも起こりうるが。
また困るのは、名手だから奇癖も許されるのに、奇癖をまねれば名手になれると勘違いする輩が続出することである。

ところが僕は外科の専門医の口頭試問のとき、試験官としてそのゾリンジャー教授にあたってしまった。
その日の最後の受験生として入室するとき、足がガタガタ震え、のどがからからになったのを思い出す。
所が彼は僕を見るなりソファーにごろっと寝そべり、“俺はなあ、もう疲れた。お前なんか聞きたいことはないか?”と言う。
ゾリンジャー・エリソン症候群の現状は?”と恐る恐る伺いを立てると、
“しっちゃかめっちゃかじゃ。あんなこと言い始めなきゃよかった。”といわれる。
そして突然こちらを向いて“日本では桜はいつ咲く?”と聞かれる。
“四月です。”と答えると、“違う、おまえはアメリカに長くいすぎて日本のことを忘れておる。桜は五月に咲くものだ。”
それはアメリカのことでしょう、と口元まで出かかったが、ぐっとこらえ
イエス サー!(さようでございます)”と恭順の意を表した。
口頭試問で試験官の挑発に乗ると、一発で落とされると聞かされていたからである。
無事合格したが、今考えてもチンケな試験だった。

所で外科医の奇癖はわかったがお前たち形成外科医はどうだ?
それには巷間流布するアメリカでの形成外科医の定義をお教えしよう。
世界中で俺一人しかいない、と思うのが形成外科医である」と。
by n_shioya | 2009-07-07 23:02 | 医療全般 | Comments(4)
羊の群れ
星座による運勢や性格判断は一般的だが、干支でよく取りざたされるのは、丙午(ひのえうま)の女性の強さである。
それに引き替え、ひつじ年は名は体を表すのか、柔和な男が多いと自認している。
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僕の所属する西北ロータリーでは、同じ思いのひつじ年の男だけの「羊の会」というのがあり、今日はその数カ月に一回の例会だった。
幸いメンバーの一人が、京王プラザホテルの元支配人なので、例会はいつも京王プラザホテルで格安の会費で開催される。

当然ながら年齢は若いのから後期高齢者まで、12年間隔で分布している。そして今僕が77歳で最長老のようだ。
ロータリーの特徴として、さまざまな業種の方の集まりで、話題は豊富である。
エネルギー問題、建築業界の現状、あまり大きな声で言えないがバイアグラの効能、さらには空手、合気道等々。

そして最後はやはり日本の滑稽かつ悲惨な政治と行政についての、冷静な議論。
やはり阿呆で無能な政治家たち、ことに2世3世議員には退場してもらい、税金の無駄遣いを続ける役人たちには責任を取って監獄に暫く居を移してもらう。
そして、「羊の会」のメンバーが国政を担えば、日本に明るい未来が開けるのではないか、という至極穏当な結論だった。
by n_shioya | 2009-07-06 23:31 | コーヒーブレーク | Comments(4)
日曜日の生き甲斐
今日は朝教会に行き、午後は配偶者のお供で三越へ。そして夜は孫たちと食事。
穏やかな、平凡な日曜日だったが、いま読んでいる「エイジングの理論」の高齢者の生きがいのチャプターによれば、まことにアンチエイジングの一日だったようだ。

まず家族とともに過ごす平安な時間。
多少は孫を喜ばせることができたという達成感と、大げさに言えば社会での立ち位置の確認。平たく言えば、まだ何か役に立つこともあるという認識。
そう、それから配偶者が美容室にいる間に過ごした丸善での2時間。これは僕の趣味の世界であるが、洋書のフロアだけで一日は過ごせる。ま、一種の中毒かもしれないが。
それと忘れてならないのは、朝の教会でのの祈りの時間。

至極当たり前のことだが、最近は社会心理学の分野では、高齢者の心理学、特に老人の為に「生きる意味」についての研究が盛んなようである。
その人の性格、幼児体験、生活環境など様々な要因が働くが、生きがいとは究極「人から必要とされている感じ、たとえ錯覚でも」と、親父を見ての経験から僕が言い続けてきたのも、あながち間違いではなかったようである。
by n_shioya | 2009-07-05 23:25 | アンチエイジング | Comments(2)
昭和30年卒の戦友会
今日は医学部のクラス会が学士会館であった。
このところ同窓会やら、何やら仲間内の会が続いたが、同窓会は新旧の入れ替わりがあっても連綿と続くものだが、クラス会というものは年々メンバーは減少しても、絶対に増えることがないのは宿命と言える。
それでも107名の卒業生のクラスですでに40名以上が他界したなかでの、35名の出席は悪い方ではない。
だが、この一年で物故者が5名というのは過去最高で、やはり我々世代、いま一つの山場を迎えているのかもしれない。

それでも出席者のほとんどが名誉院長とか顧問とか、まだ何かしらの仕事を続けており、意気盛んである。
いつも言うことだが、昭和一桁は成長期に戦中戦後の食糧難を体験し、いわば粗製濫造な体なので、寿命が短いと思われていたが、こうしぶとく生き延びているのは、やはり結果的にはカロリー・リストリクション(CR)がプラスに働いたのだろうか。
CRとは、ある程度の飢餓状態が続くと、動物は長寿遺伝子のスウィッチがオンになり、寿命が延びるという最近はやりの学説である。

だが長寿になっても、ピンピンコロリならいいが、ダラリは困るというのが皆の本音である。
やはりダラリの最たる原因は「脳梗塞」と「認知症」のようだ。
クラスメート全員をアンチエイジング・ネットワークに巻き込んで、迫りくる少子高齢化社会に立ち向かわねば、と改めて感じた。
そして来年のクラス会の時には、メンバーに一人も欠員が生じないことを祈る。
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by n_shioya | 2009-07-04 22:55 | コーヒーブレーク | Comments(6)
容貌のメッセージ性
10年ほど前、ベルゲンでフィヨルド巡りをした時、同じ列車に乗り合わせた日本人夫婦とお近づきになった。
それが菅沼ご夫妻で、御主人は理研にお勤めの科学ジャーナリストで、ご夫人はゲド戦記の翻訳で知られる児童文学者清水真砂子さん(旧姓)だった。現在は青山学院で教えられている。
帰国後も文通は続き、ご著書をいただいたり、お食事を一緒にさせていただいたり、頻繁ではないが、親しい交流を続けてきた。

来年で定年なのでその前に一度学生たちに講義を、とのお申し出を受け、二つ返事でお引き受けし、今日その責務を果たしてきた。
講義のタイトルは「容貌のメッセージ性」。
我ながら厚かましいテーマだと思ったが、長年美容形成外科に携わってきて、さまざまな患者の悩みに接し、その集大成としてこれから取り組みたい課題だったからである。
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形より心とよく人は言うが、どっこい人の気持ちはそんな建前で片づけられるものではない。
容貌のコンプレックスをメスで和らげるのが美容外科と僕は心得ている。
美は主観的なものともよく言うが、明らかに大方の認める美の基準は存在する。
たとえば白雪姫の顔を鬼婆で置き換えてごらんなさい。ぶち壊しでしょう。
つまり類型化が可能ということは、美の基準があるということではないか。

誰でも人に好かれたいし、人を不愉快にはしたくない。
だが、容貌が自分を裏切って、発したいメッセージと逆に人を不愉快にするとしたら、その苦しさはいかばかりであろう。
シラノは類まれな文才があり、素晴らしい恋文をかけたが、その世にも不愉快な醜い鼻がそのメッセージをぶち壊すと信じていた。
その朋友、クリスチャンは素敵な男振り、今で言うイケメンだったが、哀れにも言葉を操るすべを知らなかった。つまり顔にふさわしいメッセージを発信できなかったのである
そして二人で、絶世の美女ロクサーヌに恋の合作をしかけて、ドラマは展開していく。

容貌のメッセージ性_b0084241_17294275.jpgこれが名作「シラノ・ド・ベルジュラック」だが、僕はここに容貌のメッセージ性が描かれていると思った。もちろんこの戯曲の真髄はシラノの演ずる「男の美学」であることは言うまでもないが。

容貌とその発信したいメッセージとの乖離
このギャップを、メスによって安全に埋めるのが美容外科の使命、と熱弁をふるったが、50人ほどの学生の中で、シラノを知っていたのはわずか数人。読んだものは一人もいなかった。
それでも僕のつたない話に耳を傾けてくれた。

“今日の僕の話など忘れてもよい、だが、卒業までにぜひこのフランス文学の最高傑作「シラノ・ド・ベルジュラック」を読んでほしい”、とアピールして講義を終えた。
by n_shioya | 2009-07-03 22:54 | 美について | Comments(9)
ひと月半ぶりの洗髪
久しぶりに床屋に行って実にさっぱりした。
僕は無精で、床屋の合間に洗髪することはないので、この爽快感は毎日洗髪する男にはわからないだろうと思う。
だが考えてみると、決して自慢できることではないので、これ以上余計なことは書かぬことにする、夜も更けているし。
by n_shioya | 2009-07-02 23:45 | ヘアケア | Comments(5)




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