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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
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老化に関するハンドブック
老化に関するハンドブック_b0084241_945354.jpgこのところ抗加齢を含め「老い」に関する書物が陸続と出版され、書店の棚を埋め尽くしている。
おかげで我が家も汗牛充棟といったところだ。
今日もまた、丸善で一冊買ってしまった。

「Handbook of the Theory of Aging」という800頁の大部の書である。
読みだすと実に面白くて読み続けるうちに、明日になりそうになってしまった。
というのは、ブログをはしょってしまう言い訳である。

社会環境から心の問題、そして体の老化、さらには遺伝子レベルまで包括的に扱っているだけでなく、それらをすべて関連付ける壮大な試みである。
しかも2009年発売なので、これ以上の最新情報は他では得られないだろう。
とりあえずすべてを放擲して、夏休みも返上し、これと格闘することにした。
そのエッセンスはブログで折々ご紹介するつもりなので、今日のところはこれでご勘弁のほどを。
by n_shioya | 2009-07-21 23:46 | アンチエイジング | Comments(2)
ドイツの森
“ねえ、アヤ、ベルリンを出ない?もう憂鬱になっちゃった。”
と娘が言いだした。アヤとは僕の家族間での呼び名である。
ヨーロッパの形成外科学会に娘を同伴させて三日目のベルリンである。
午後から学会を抜け出して、東ベルリン、ポッツダムなど観光から戻ったところである。
あと二日で学会を終了し、パリに飛ぶはずだった。
だが、壁の崩壊直後の東ドイツのあまりにも荒んだありさまに、娘はめげてしまったようだ。
“どこに行きたい?”
一瞬考えて
ブラックフォレスト(黒い森)”と言う。

ルフトハンザのオフィスに行って相談の上、シュツットガルトまで飛び、そこからレンターカーでブラックフォレストを回り、ストラスブールで車を置いてパリまで、と旅程を変えてもらった。

シュツットガルトの空港で借り出した車は青いオペルのセダンで、黒い森のアップダウンの多いカーブを小気味よく走ってくれる。
泊りは、以前から一度はと決めていた、ヒンテルツァルテンのパークホテルアドラーであった。マリーアントアネットがオーストリアからパリに御腰入れの際、フランス国境に入る前の最後の晩を過ごした由緒ある宿である。

マリーアントアネットが止まったとされる古い棟に我々は部屋を取った。
リビングスペースの両側にベッドが分かれて置かれている。
“ああ、助かった。”とほっとしたように娘は言う。
ベルリンのホテルは普通のツインだったが、夜便所に行ったとき、足元でグニャッと踏みつけたのが娘だった。ぼくのいびきがうるさくて、ベッドから逃げて便所の床に寝ていたのだった。
“でもなぜブラックフォレストに来たかったの?”
“ブラックフォレストってケーキがあるでしょ。その産地をみたかったの。”
なるほど。あのチョコレートスポンジにチェリーとクリームを挟んだケーキは僕も好物である。

翌日は、ケーキを訪ねて森を走りまわった。
スイスほど急峻ではないが、イギリスの丘陵よりは落差がある。
だが、名前からうけるイメージとは違い、広大な地域全体が昼なお暗き鬱蒼とした森で覆い尽くされているわけではなく、ここかしこに草原も広がっていた。
だがブラックフォレストに限らずドイツは森の豊かな国で、ドイツ国民にとって森は心の故郷と言える。
グリム童話の多くも、その森から生まれた物語だ。

実は今日お誘いを受けて、小澤征爾音楽塾のオペラ「ヘンゼルとグレーテル」を観てきたところである。
出演者も一流で、演出も楽しかった。
そしてあの物語ももしかしたら、ヘンゼルとグレーテルの名前を借りて、ドイツの森の魅力と魔力を唄ったものではないかと、あらためて感じた次第である。
by n_shioya | 2009-07-20 22:08 | コーヒーブレーク | Comments(5)
シグニフィカント アザース
Significant others という言葉はいつごろから使われ始めたのだろう。
僕が知ったのは10年ほど前、学会参加の登録からである。

昔からアメリカの学会は夫人同伴が通例だった。
プログラムも婦人方の為のレディースプログラムが設けられていた。
従って、参加申し込みも、夫人同伴か否か書き込むようになっていた。始めのころはspouse という枠をチェックするようになっていた。
そのうち、娘の場合もありということか、accompanying person という言葉が使われるようになった。同伴者というわけである。
それが最近では、よくsignificant others という言い方に変わってきた。
Oxford Dictionary を引くと
「a person with whom someone has an established romantic or sexual relationship」とある。
平たく言えば同棲関係を公認しての言いでもあり、欧米の結婚の形態の変化がうかがえて面白い。

元来アメリカは離婚率が高かったが、その中でも形成外科医は群を抜いていた。
学生時代に看護婦と結婚し、開業して年収が増えるに従って、文字通り乗り換える。中には、3度4度という猛者もいた。
我々はそれをmortality rate(死亡率)と呼んでいた。

学会では懇親会の前にその辺の事情を探っておかないと、失礼することがあるので気を使う。だが、たいていの場合、当人たちはあっけらかんとしたものだ。
昔夫婦同士で仲良く付き合っていた奴が、若い子と手を組んで現れ、『おれは初めて幸せを知った』などぬかすと、返事のしようがなくなる。

抗加齢の世界では高齢者のQOLの評価で配偶者の有無が重要視されている。
配偶者の喪失は非常なストレスであるが、離婚はさらに大きなリスクファクターとされていた。
そして最近は、独身の方、また配偶者を亡くされた方にとって、significant other の存在は、老後のQOLを高めるうえで大変効果的な要素である、と強調されるようになった。
ただし、「失楽園」のリスクはしょいこまぬようにとの但し書きがあったことを付け加えておく。
by n_shioya | 2009-07-19 20:37 | アンチエイジング | Comments(6)
ドクターズコスメ
昨日ドクターズコスメのことを書いたら、そもそもドクターズコスメとは何ぞや、とご質問をいただいた。
結論から言おう。
なにもはっきりした定義があるわけではない。
ただ巷間には三種類のものが出回っているる。

まず、医師が一人一人の患者に処方し、その処方箋に基づいて薬局で調合するもの。これが本来のドクターズコスメであろう。
次に医師が開発を指導して成分を配合し、化粧品として販売されるもの。
最後に残るのは、医師の名前だけちょうだいして、何々先生の化粧品として宣伝するもの。これは全くドクターズコスメと呼ぶに値しない。

じっさいにドクターズコスメとして市場に出回っているものの大半は、二番目のものである。
昨日取り上げたイヴォ・ピタンギの化粧品もまさにこれである。

僕は化粧品の専門家でないし、また男なので自分で使ったこともないので、あまり具体的な話はできないが、この半世紀で化粧品は以下のような変遷を遂げた。

まず、僕が学生の頃、皮膚科の教授は“肌にいい化粧品はない、ただ俺たちはみな化粧品会社とつながっているので、表向きそのようなことは言えないが。”とおっしゃっていた。50年前までの話である。
その後、肌トラブルを防ぐべく化粧品会社も努力し、肌にに害のない化粧品へと進化した。
その後、バイオと再生医療の発達で、積極的に肌の改善を図る試みが始まり、ケミカルピールのためのフルーツ酸入りのもの、美白効果を狙ったもの、さらには細胞活性を図るなど、機能的と言える化粧品が現れるようになった。このきっかけになったのがドクターズコスメと言えないことはない。

だが、化粧品の成分はほとんどがどれも似たようなものである。
その残されたわずかの成分に工夫を凝らし、差別化を図っているのが現状と言えよう。
その僅かの部分で値段が一ケタも違ってくるが、それだけの効果の違いもあるかどうかは、使用される皆様方のほうがお分かりのはずで、素人の僕には何とも言えない。

だが、あるビューティライターの言を借りれば「女性が化粧品の選ぶときのあの高揚感は男性には絶対わからない世界」とのことである。
ならば値段もそしてブランドイメージも、使用者の満足感に寄与する化粧品の重要な要素と言えるだろう。
by n_shioya | 2009-07-18 22:29 | スキンケア | Comments(4)
イヴォ・ピタンギのコスメティックス
今日はチャーミングスクェア白金アンチエイジングセミナーで話をさせていただいた。
題して「心の年齢 体の年齢」。
チャーミングスクェアはゼクスの運営する高級老人ホームで、去年三月の開所式には参加している。
もうすでに20組ほどの居住者が入られ、生活感に溢れていた。
僕も人にお説教をするより、自分の老後を真剣に考えるべき年齢である。
そう思うと、参加者の方とご一緒にアンチエイジングに取り組んでいくという心境でお話ししたが、うまく僕の気持ちが通じたかどうか。

夜は日本に新しいドクターズコスメを導入されようとしている方と会食をした。
開発はブラジルのイヴォ・ピタンギ
欧米のセレブなら誰でも知っている超一流の美容外科医である。
僕も何回か学会ご一緒したが、もう80歳を超えているはずなのに、相変わらず精力的に活躍されているようだ。
その彼のコスメならきっと日本でも人気が出るだろう。
by n_shioya | 2009-07-17 23:28 | スキンケア | Comments(2)
抗加齢医師のぼやき
梅雨が明けた途端に、猛暑が襲ってきた。
連日34,5度の暑さである。暑さ以上に湿気がこたえる。

親父が百歳の夏も、記録破りの猛暑だった。
それまで現役ゴルファーとして、毎週一回、必ず18ラウンド回っていた親父が、珍しくハーフで帰ってきて言うには、
“なあ、信幸。暑さが堪えるというのは俺も年かもしれん。”
その信幸はまだ七十七だ。今から音を上げているようでは、とても親父ほど長生きはできそうもないし、またしたいとも思わない。

そう弱音を吐くのはいくつか理由がある。
まず、加齢により確実に体力は落ちていく。そのために今まで楽にできていたことが、多少の努力を必要とするようになる。これがいずれ多大の努力になることが恐ろしい。つまり自分で自由が利かなくなることである。
その時どう感じるか?
それなりに順応していくか、じれったく感ずるか、なってみないとわからない。

それが高じて要介護となることも厭わしい。
だが、行く手には脳梗塞、動脈硬化、大体骨折そして認知症など、もろもろの敵が手ぐすねを引いて待っている。
それを迎え撃つのが抗加齢のはずだが、正直まだそこまで進歩しているとも思えないし、必要な節制ができるほど親父のように意志が硬くない。

唯一つ、加齢とともに向上していい能力がある。
それは「知力」というか、経験の積み重ねの「判断力」だ。
もちろんこれとて意志と努力を必要とするが、衰退をくいとどめるという消極的なものと違い、積極的に増強をはかるわけで、当人の意欲を掻き立てやすいのではなかろうか。

とすると次なる課題は、高齢者が如何に知力向上のモチベーションを高めるか、そしてその結果生まれるはずの「英知」をいかに社会が活用するかであろう。
そしてまた、認知症がらみの頑固さを、本人が「英知」と思い込む危険性をいかに防止するかも、頭の痛い問題と言える。
by n_shioya | 2009-07-16 22:36 | アンチエイジング | Comments(7)
アンチエイジング
今日、ハーマン・ミラー社からアンチエイジングに効果があるという椅子が届いた。
詳しく書くつもりでいたら、突如、猛毒のビールスに襲われたので、ここでパソコンの使用を停止し、あす専門家の消毒を受けることとなった。
アンチエイジング_b0084241_22483342.jpg


この椅子の詳細は、アンチエイジングネットワークをご覧ください。
by n_shioya | 2009-07-15 21:06 | アンチエイジング | Comments(11)
医食同源
医食同源_b0084241_22442380.jpg今日はNPO法人アンチエイジングネットワークのミニセミナーに出席した。
食から考える美肌塾』で、講師は久住麗子先生。
久住先生は薬剤師で、国際中医師である。
中医師と言うのは中国の伝統医学の医師で、国際中医師は検定試験に合格した外国人に与えられるもので、医師の資格とは違うようである。

よく「医食同源」ということがいわれるが、今日の話はその「美肌効果」についてのお話のようにうかがえた。
だが、元来の中国医学の陰陽や、実証、虚証などのタイプ分けを前提にした話なので、正直、全体像がよく把握できなかった。

いずれにせよ、人間の健康状態を臓器別ではなく全体像としてとらえ、それに対しての適切な漢方や食事の指導をするということらしい。
西洋医学の臓器別の分析手法を補完するものには違いなさそうだが、このことは僕もまだ、まだ勉強が必要である。
by n_shioya | 2009-07-14 22:24 | 食生活 | Comments(2)
山の休日
山の休日_b0084241_9423057.jpg週末を山で過ごし、今横浜に戻ったところ。
こちらは熱帯夜が続いたと聞いたが、山では毎夜火を焚く涼しさだった。
天気はまだ梅雨なのではかばかしくなかったが、それでも降ったり晴れたり、十分森の霊気には満たされて帰ってきた。

下界では都議選で自民大敗。いよいよ民主の出番か。
政治屋は右往左往し、阿呆だけ一人泰然としておる。
”阿呆と馬鹿の違いは、馬鹿は死ねば治るが阿呆は死んでも治らない。”
と誰かが言っていた。
by n_shioya | 2009-07-13 23:18 | コーヒーブレーク | Comments(7)
イギリスの古都ヨーク
ヨークは日本の京都に匹敵するイギリスの古都である。
ロンドンから北へ300キロ。東は英国第三の港ハルを擁し、西にはブロンテ姉妹の故郷ヨークシャー・ムアを控えている。
市街地の直径はわずか1キロ。ぐるりをローマ時代から作りかえられてきた城壁が囲んでいる。

ヨークが誇るものは三つある。
まずヨーク大聖堂。英国最大のゴシック建築。
次いで世界最高のランクと言われるヨーク国立鉄道博物館
そして我々に関係の深い医療品企業スミスアンドネフュー社

10数年前、そのスミスアンドネフュー社の招きで、僕を含め6名の医師がヨークを訪れた。当時同社が力を入れていた「湿潤療法」について学ぶためである。
研究所で一日、「湿潤療法」のレクチャーを受け、研究室の見学をすませたあと、研究部長の案内で、市内観光に出た。
イギリスの古都ヨーク_b0084241_175665.jpg

先ほどの二つの名物を見物し、さらにバイキングの博物館にも敬意を表し、最後はショッピングストリート、かの「シャンブル通り」を散策する。
狭い通りの両側に骨董屋、古書店、洋服屋など古いお店が、通行人に覆いかぶさるようにひしめいている。京都の古い町並み、とりわけ清水の安寧坂に通ずる風情がある。
“喉が渇いたでしょう”と部長が我々を誘ってくれたのが、やはりヨークの名物老舗のベティズ・ティーハウスだった。
当店オリジナルのブレンドの紅茶をゆっくりと味わっていると、また部長がいう。“夕食の後にゴースト・ツアーはいかがですか?”
“はあ?”
“いやなんせここは古い都なので、過去の亡霊に満ち満ちているんですよ。それに我々は芝居がかったことが好きなもんで”と言われる。

夜八時、ツアーは市の広場の一角から始まった。
とんがり帽子で黒の装束の男があらわれ、まず一人ずつ、5ポンド札を巻き上げられる。ツアーガイドである。
この館では16世紀に奥方が毒殺されました、という口上とともにバルコニーに奥方の亡霊と思しき姿が現れ、恨み事を綿々と訴える。
と向かいの角から血みどろの男が現れ、こちらに向かってくる。何世紀か前に暗殺されたなんとか公の亡霊だと、まじめな顔でガイドは説明する。
そのような演出が延々と続き、歩き疲れ、体も冷え、腹もすいたところで、とあるタバーンに入り、これも当地方名物のヨークシャ・プディングにありついて、ツアーは終了。

観光も楽しかったが、目的としたスミスアンドネフュー研究所訪問は十分にその成果を上げた。
イギリスではじまった革命的な創傷治療法「湿潤療法」がわが国で普及し始めたのは、この旅行がきっかけになったからである。
by n_shioya | 2009-07-12 23:24 | コーヒーブレーク | Comments(4)




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