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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
2016年 02月 11日 ( 2 )
三つの願い
何故か僕はよく昔のドイツだったかの民話、「三つの願い」を思い出す。
”ある貧しい夫婦が神様からなんでも好きなこと、三つだけ願いをかなえてやろうといわれる。
三つの願い_b0084241_2247025.gif二人はまず、ソーセージを山ほどとお願いした。
これが第一の願い。
そのソーセージの分配で二人は喧嘩になり、ひとりがお前の鼻にソーセージがくっつけ、とさけぶ。
とたんにソーセージは飛んでいって相手の鼻にくっつきもう取れない。
これでもう第二の願いを使ってしまう。
困った二人は、どうかソーセージを取ってくださいと願う。
ソーセージはとたんに離れるが、これで二人はせっかくの三つの願いを使い果たしてしまう。”
といった話だったと思う。
よく僕は人の一生はこんなものだと思うことがある。
一生懸命自分達で傷つけあって、やっと何とか修復できても元に戻っただけ。
我々の努力なんて、神様の目から見たら所詮このソーセージの脱着に過ぎないのではなかろうか。
又、もっと、もっとと金をかけて飽食もする。
その結果体内に有毒物質が溜まってしまう。
こうなるとやはりこれは取り除かないわけにはいかないと、またせっせと金を使ってキレーションする。
考えてみると人類の歴史も、戦争と修復という愚行の連続だった。
20世紀になって我々は遂にプロメトイスの火を手にする。
だがその結果、原爆というソーセージが人類にとっついてしまった。
このソーセージをなんとかならず者国家の手から奪い取ってください、というのが今我々の三つ目の切実な願いとなっている。
by n_shioya | 2016-02-11 22:47 | Comments(0)
教養主義の復権
教養主義の復権_b0084241_99913.jpg

昔、旧制高校という教養主義の温床があって、そこの住人である旧性高校生という蛮族は弊衣破帽と高下駄で闊歩し、昼は寮の万年床に沈殿し、夜は酒を飲んでは寮歌を放吟してあたりを睥睨していた。
広辞苑をひもどくと、この行為自体教養主義の悪癖といえるが、教養とは“単なる学識・多識とは異なり、一定の文化理想を体得し、それによって個人が身につけた創造的な理解力や知識。その内容は時代や民族の文化理念に応じて異なる。”
ウーム、さすが岩波文化の結晶の広辞苑。一言も付け加える言葉も、省く言葉もない。
そう、蛮族のよりどころは岩波文化であった。
読むべき本は、阿部次郎の「三太郎の日記」、西田幾多郎の「善の研究」そして倉田百三の「愛と認識の出発」、話す言葉は和製ドイツ語と決まっていた。
教養主義が、それゆえに日本を破局へと導いたか、にもかかわらず破局への道を防げなかったとするか、ここでは論じない。
ただ、前出の定義を認めれば、教養を主義として掲げる意味は次の三つに要約できると思う。
①物事の本質を見据える眼力の育成
②多様な価値観の許容
③己の立場の明確化
ちょうど、幼児期の味覚の発達、学童期の言語の習得など、人が能力を獲得するにはそれぞれ適当な時期があるように、教養の擦り込みにも適当な時期があるようだ。つまり古典、芸術などを吸収・・・できなくても、感受性を高める適齢期が。
過去を振りかえり今僕は、それは思春期すなわち15歳から18歳ぐらいではないかと思う。つまりちょうど今の高校時代ではなかろうか。
その大切な時期が無益とも言える受験勉強に費やされている。
大学の教養課程ではもう手遅れかもしれないし、本人たちは受験勉強で疲弊しきっているだろう。そしてさらに就職への準備過程が優先度を高め、教養など役立たずのお遊びの時間は消えていく。
だが僕は、ここで改めて教養主義の復権を叫びたい。
今になって僕は、昔の教養主義の遺産で食いつないでいることを痛感するからである。
迂遠な様でも、これが人生に幅と深みを与えてくれるのだと信じている、例え配偶者に貴方のはただのペダンティックな引用癖に過ぎないと迷惑がられようとも。
by n_shioya | 2016-02-11 09:09 | コーヒーブレーク | Comments(0)




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