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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
2009年 11月 20日 ( 1 )
縄文顔と弥生顔
b0084241_10342259.gifさてそこで昨日の特別講演に戻る。
講師は国立科学博物館名誉研究員である馬場悠男先生。
題目は「頭蓋の進化と変容~縄文顔・弥生顔に戻れ~」である。

初めて耳にすることだが、我々は縄文時代から弥生時代へと古代史で教わってているので、あたかも日本人は縄文人から弥生人へと進化したようにとらえているがそれは間違いで、両者には断絶があるという。
先生によれば、アフリカから渡来した縄文人が先住民であり南方アジア人と呼ばれ、北方アジア人である弥生人は、あとから渡来して日本を支配するようになったという。

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縄文人は顔が彫りも深く、どちらかというと現代のヨーロッパ人に近いが、弥生人は、北方アジア人として酷寒に耐えるように、顔もバンビロなモンゴル系の容貌になったと思われる。
先生のお話では、縄文顔の方が現代人に共通な要素を備えているつまりユニバーサルなもので、弥生顔の方が特殊な少数派といえるのだそうだ。
勿論その後、両者の混血は起こり、その度合いによって結果的に日本人の顔は、縄文系弥生系そして中間系とに分けることができるという。

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問題は長期にわたってわが国は、弥生系によって支配されてきたので、バンビロ、そして引き目鍵鼻がもてはやされたが、明治以降、西洋文化が尊重されるようになり、縄文型の顔、つまり彫りの深いバタ臭い顔が復権を遂げつつあるのだそうだ。

実は以前、馬場先生のお師匠さんの埴原教授や美術解剖の中尾先生らと、顔の研究会を何年か続けたことがある。
その時埴原先生が言われたのは、顔の変化は確かに環境によって合目的に代わってきた面もあるが、鎌倉時代から江戸時代へと短期の間に起こった変化をみるとなにか内在的な方向性があるように感じられる、唯そのメカニズムは何かはわからないが、ということだった。

そして今「顔学会」というのが誕生し、原島教授が会長で、馬場先生が副会長である。
顔の美醜を云々し、しかもメスで操作を加える我々形成外科医としては、容貌の形態形成の意味合いについて、「顔学会」が鋭いメスを入れてくれることを期待する次第だ。
by n_shioya | 2009-11-20 23:33 | コーヒーブレーク | Comments(7)




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