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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
2009年 06月 15日 ( 1 )
頑張れ、北里!
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土曜日に京王プラザで催された北里医学部同窓会のフォトが送られてきた。
第一回生の卒業が1976年だから、今年の卒業は33期生ということになる。
ずいぶん成長したものだが、ここまでには紆余曲折もあった。
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そもそも北里は40年前の学園紛争を期に生まれた医学部である。
医学教育の改革を掲げて始まった学生運動は、全学連三派などの政治運動に拡大して失敗に終わり、既存の医学部の改革は無理だ、“新しい酒は新しい革袋に”ということで、医局制度を否定して、教育も診療も研究も、全く新しいコンセプトで造られたのが、北里大学であった。

だがその後、後に続く大学が現れず、学生運動も潰え、孤軍奮闘の末ある程度妥協を余儀なくされ、変貌も遂げたが、北里の建学の精神は脈々と受け継がれ、それを支えてくれているのが初期の理想を持ち続けている同窓会の諸君である。

北里の魅力は古い陋習と決別し、しがらみがないことである。
そして講座制をとらなかったために、各科の壁がなく至極風通しがいい。
僕のようなアメリカ帰りのピント外れの男でも包み込む包容力があり、23年間本当に居心地よく過ごさせてもらった。

だが僕がどれほど北里に貢献したかと言われると、忸怩たるものがある。
卒業生から、昔、先生に教わりましたと言われると、ドキッとなる。
いったい何を教えたのだろう。
僕はその大半の時間を、帝国ホテルの経営する地下のカフェ・テラスで過ごしていたからだ。医局がないので居場所がないというのが言い訳ではあったが。
外から僕に電話が入ると、外来や手術場に回す前に、交換手はまずカフェ・テラスに繋いでくれたものである。

医局だけでなく講座制そのものを廃止していたので、科の予算、も人員枠もなく、必要なものは中央で購入し、臨床の科でも自由にスタッフを、PhDを含め採用することができた。
23年間、稼げと言われたことは一度もなく、自分の科の収入がどれだけだったかも一切無縁だった。
今思うと夢のような時代であった。
現役の教授連からは、先生たちはいい時に逃げ切りましたね、と真顔でうらやましがられる。

今は苦しいかもしれない。だが、建学の理想である「患者中心の医療」を守る限り、必ず未来は開けてくる。

頑張れ、北里!
by n_shioya | 2009-06-15 22:34 | 医療全般 | Comments(2)




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