ウーマンエキサイト ガルボ Exciteホーム | Woman.excite | Garboトップ | Womanサイトマップ
ガルボウーマンエキサイト
NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
2008年 09月 20日 ( 1 )
ジョン・ハンター
b0084241_1022898.jpgともかくハチャメチャな男である、このジョン・ハンターと言う奴は。

医学に多少とも関わっている方で、ジョン・ハンターを知らない方はいないだろう。
18世紀のイギリスの解剖学者、そして外科医
僕はちょうど、アメリカならボストンのビーコンストリートあたりにオフィスを構えたハーバードのスタッフにも通ずる、気取った英国紳士をなんとなくイメージしていた。
とんでもない。社交界だけではない、医学界の慣習をまったく無視して、ひたすら解剖と手術に没頭した、型破りの男のようである。

実は今朝から「解剖医 ジョン・ハンターの数奇な生涯」を読みふけっている。後100ページだが、このまま読み続けると、夜を徹することになり、ブログにアナがあくので、小休止。

初めて聞く話ばかりで、ただ、唖然としている。
むこうは土葬である。外科医の修行や研究には遺体が必要だ、それもなるべく新鮮な奴がいい。
そこで外科医は闇社会と結託して、昼間埋葬された遺体をよる盗掘する。
ジョンにはやはり外科医のウィリアムという兄がいた。其の手先として長年遺体を調達し、また其の腕を買われて、兄の解剖学教室の手助けをする。

まだ外科医は内科医からは医師とみななされず、床屋と同列に置かれていた時代である。
勿論、麻酔無菌法もない時代である。
当然手術は無麻酔で、素手で行われ、患者の大半は、痛み、出血、感染で死亡した、想像を絶する時代である。
内科医にしても、やることといえば、瀉血、下剤、そして嘔吐剤の三つしかなかった。

ハンターの偉いところは、既成の概念にとらわれず、自分で観察し、理詰めで対処法を考えたことである。
正統な教育を受けていなかったことも幸いしていた。(ちなみに僕も学校は大嫌いだった。もし学校教育で芽を摘まれなかったら、もっとましなことが出来てた筈だと、いまだに確信している。)
彼が近代外科学の父といわれるゆえんである。

何事でも、いつの時代でもパイオニアーは迫害を受け、イカサマ呼ばわりをされる。
僕もずいぶんこれまで、医者ともあろうものがといわれてきた。
形成外科を始めたときでも、美容外科に手を出したときも、そしてまたエステに関わったときも。さらにはアンチエイジングですら。
だが、ハンターの伝記を読むと、もっと罵声を浴びるようにならなければ、一人前とはいえないようだ。
今からでも遅くはない、これからは顰蹙を恐れず頑張ろう。
(配偶者曰く:顰蹙をかえばパイオニアーになれるわけじゃありませんよ!)
by n_shioya | 2008-09-20 22:50 | 手術 | Comments(12)




woman.excite TOPへ Copyright © Excite Japan Co., Ltd. All Rights Reserved.
免責事項 - 会社概要 - ヘルプ | BB.excite | Woman.excite | エキサイト ホーム