ウーマンエキサイト ガルボ Exciteホーム | Woman.excite | Garboトップ | Womanサイトマップ
ガルボウーマンエキサイト
NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。
2008年 01月 21日 ( 1 )
迎春は美女軍団と共に
AAC銀座クリニックの隣に“しゃぶしゃぶ屋”がある。「らん月」という。

戦後まもなく料亭としてスタートしたが、僕の学生時代は“すき焼き”で知られていた。
そもそも“しゃぶしゃぶ”は関西のもので、京都の「十二段屋」でお茶漬けに牛肉を乗せたのが始まりだとされている。
その後大阪のスエヒロが今の形のしゃぶしゃぶを、自店の料理として出したのが、昭和27年だという。
だから僕の学生時代には、関東にしゃぶしゃぶはなかった。

昭和39年、アメリカ留学から帰って初めてしゃぶしゃぶのの存在を知った。
帰国後すぐに知り合ったキャンプ座間の日本びいきの軍医が、相模原の水車園でご馳走してくれ、その食べ方から、名前の由来を教えてくれたのである。
相模原に北里大学が出来るはるか以前である。
気風のいい女将で、その後北里に奉職するようになってからは、何かにつけて利用させてもらった。

余談になるが、その後「十二段屋」で元祖しゃぶしゃぶをご馳走してくださったのは、今は亡き京大の森本名誉教授だ。
“塩谷君、ここはその昔なんだったか知っとるか?”
“いえ”
“芸者の置屋じゃった。学生時代、俺はここから医学部に通っとった。”
その頃京都では、京大生といえばVIP扱いで、ただ食いも出来たそうである。いわゆる出世払いという奴だそうだ。古きよき時代とはこういうことかと羨んだものである。

ちなみに今度帝国ホテルで開業した宇津木君は北里出身だが、学生時代は水車園から通っていたと聞いている。

前置きが長くなったが、新春を迎えるには美女軍団の“揃い踏み”でと、そのらん月まで繰り出して新年を祝ったのが数日前である。
b0084241_937114.gif

by n_shioya | 2008-01-21 22:38 | QOL | Comments(4)




woman.excite TOPへ Copyright © Excite Japan Co., Ltd. All Rights Reserved.
免責事項 - 会社概要 - ヘルプ | BB.excite | Woman.excite | エキサイト ホーム